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ハーマイオニーの大きな叫び声に、カラスたちが一斉にバサバサと飛び立っていく。ガアガアという不満そうな鳴き声が不協和音を奏でていた。そのうちの一羽がこちらに向かって飛んできたので、咄嗟に頭を腕で隠す。そんな喧騒の中、ハーマイオニーが再び叫んだ。
「ほらあそこ! スキャバーズだわ!」
「はあ? 突然なんだよハーマイオニー。スキャバーズが生きてるわけ──スキャバーズ!!」
「え? あ、ちょっと待ってよ2人とも!」
ハーマイオニーが指をさした方を胡乱げに見つめたかと思えば、ロンはすぐにその目を見開いた。ハーマイオニーがダッと大股で走り出す。すぐにロンも彼女に続き、ひょいひょいとカボチャの山を器用に避けながら畑の向こうへ駆け出して行った。状況が読み込めないまま置いて行かれたハリーが慌てた2人の後を追っていく。
「スキャバーズ? ロンのネズミのか?」
「多分。私は見えなかったけど」
「ふむ……。今までずっと小屋の中に隠れとったのか? 通りで最近ファングがよく吠えると思ったわ」
「……」
「だが生きとってよかったじゃないか、えぇ?」
ハグリッドはそう言ってニコニコとした。しかしすぐに空を見て心配そうに表情を曇らせる。
「しかしアイツら、早く城に帰らんと。もう日が暮れちまうぞ」
「捕まえられたらすぐ帰るよ、きっと。それより、ねえハグリッド。私バックビークに認められたと思う?」
さっきまで確かにお辞儀をしようとしていたはずの彼は、今やすっかり地面に腰を落ち着けてしまっている。フェレットをつつくのに夢中なのか、こちらには見向きもしない。ハグリッドは苦々しい顔で「まぁまた来いや」と、慰めるように私の背中をポンと叩いた。よろけた私はカボチャ畑に突っ込んだ。
成功しかけた記念としてお茶を1杯ご馳走になってから小屋をあとにした。だいぶ時間を食ってしまった、と早足で夕方も終わりかけの仄暗い校庭を抜けていく。
暴れ柳がはっきり見えた、と思った矢先、根元に蹲る人影──>ルーピン先生が消えた。根元付近には折れた枝が落ちていた。なるほど穴はあそこか、と思うと同時にしまったと顔を顰めた。木の幹のどこかを枝で突つくのは覚えてるけど正確な位置までは分からなかったからだ。もうちょっと早く着いてれば先生の真似出来たんだけどな……。どうしよう、突っつきチャレンジでもしてみる? いや絶対無理だ。
「アレスト・モメンタム!」
ここは大人しく呪文を使うのが吉。突っつきチャレンジはまた今度にしよう。動きを止めた柳の根元に近付き、穴の中に滑り込んだ。
おしり擦り切れるかと思った。
叩きつけられたときの膝と手も痛い。至るところがヒリヒリと痛みを訴えてきていた。まだ着いたばっかなのに満身創痍とはこれいかに。なんでここ滑り台にしちゃったの。階段とかにしてくれればよかったのに……。服破けてないよね? 服をはたきながら全体を軽く確認する。見たところ一応大丈夫そうだった。
気を取り直して狭い穴を歩き出す。身を屈めるようにして暫く進んだところでやっと広い部屋に出た。エントランスホールのようだ。誰もいない。叫びの屋敷初めて来たな、なんて呑気なことを考えたところで上の階から金切り声が響いてきた。
「なんてことなの!」
今にも泣き出しそうな声だ。軋む階段をゆっくり登った。一歩進むごとに、くぐもっていた声はどんどんはっきりしたものになっていく。
「──この人、狼人間なのよ!」
「へえ、だからボガートが月だったんだ」
なんでだろうって思ってたんだよね。
へらりと笑って思ってもみないことを言いながらドアを開ければ、部屋中の視線が私に集まるのを感じた。我ながらいいタイミングなのでは? 顔面蒼白のルーピン先生が僅かに開いた口を震わせた。
「エレナ……何故ここに」
「先生が暴れ柳からどこかに行くのが見えたので、つい」
「ついって……」
私がいつものように話すせいで気が抜けたのだろう。先生は小さく息を吐いた。暗い室内で見る先生はいつもの数倍草臥れて見えた。
埃っぽい部屋の中へ踏み入り、へたり込むロンを庇うようにして立つハリーとハーマイオニーの隣に並ぶ。そうすると“彼”の顔がよく見えた。その人はギラギラと目を血走らせてスキャバーズを睨みつけていた。
「私はシリウスが城に入る手引きもしていないし、もちろんハリーの死を願ってもいない……──だが私が狼人間であることは否定しない」
ロンは気丈さをみせて立ち上がろうとした。しかしすぐに痛みに呻き座り込んだ。そんなロンを心配するように身動ぎをした先生に対して、ロンは「僕に近寄るな、狼男め!」血の気の失せた顔色で、それでも強い語調で拒絶した。うわ正直すぎる。ロンってこういうとこある。
あまりの言い分だったはずなのに、先生は顔を僅かに強ばらせただけでそれ以上の変化は態度に見せなかった。そして何もなかったかのように、ハーマイオニーに向き直ると「いつから気付いていたのかね?」と話し掛けた。
「ずーっと前から。スネイプ先生のレポートを書いたときから……」
「スネイプ先生がお喜びだろう。誰かに気付いてほしいと思ってあの宿題を出したんだ」
先生がちらりと私を見た。視線で私も気付いていたのかと問うている。首を振った。原作知識があるから知ってたけど、普通の学生してたら気付けないよねこんなの。それを見て、先生は一瞬目を細めて奇妙な顔をした。しかしすぐに気を取り直して話を続けた。いや、続けようとした。
「先生はずっとブラックの友達だった!」
「ハリー、それは違う。聞いてくれ──」
「先生はずっとこいつの手引きをしてたんだ!」
ハリーが激しく怒鳴る。親友の息子に憎しみを持って指を差されたシリウスはとうとうスキャバーズを睨むのをやめた。フラフラと天蓋付きベッドに埃を立てて身を埋める。涙を抑えるように顔を片手で覆っていた。
「私はシリウスの手引きはしていない。訳を話させてくれ。説明するよ──」
ルーピン先生はそう言いながら、持っていた杖をハリーたちにそれぞれ投げ返した。自分の杖をベルトに挟み込み、両手をあげる。無抵抗を示す先生にハリーは目に見えて困惑していた。そういえば力のある魔法使いは杖なしでも魔法が使えるそうだけど……まあ今は言う必要もないか。
「……ブラックの手助けをしていないならこいつがここにいるって、どうして分かったんだ?」
「地図だよ。『忍びの地図』を事務所で調べていた」
「使い方を知ってるの?」
「もちろん。私もこれを書いた一人だ。私はムーニーだよ──学生時代のあだ名さ」
先生の瞳に懐かしさが滲んだ。一度の瞬きですぐにそれを隠すと、部屋をいったりきたりし始める。話しながら自分でも考えを纏めようとしているのか、彼の動きは忙しない。
「君たちはきっとハグリッドの畑にいたんだろう──地図では小屋の中までは見えないからね──そうして暫く見ていると君たちの近くに突然もう一つの名前が現れた」
「そんなはずない、誰もいなかった!」
「ソイツを追い掛けてハーマイオニー、ロン、それからハリーが走り出した……。そしてブラックがロンとソイツを暴れ柳へと引き込んだ」
「違う、僕だけだ! いたのは僕と……」
怒ったように口を開いたロンが言葉の途中でピタリと口を止める。先生の言い方は分かりやすかった。ハリーがまさかとロンの方を見て、ハーマイオニーが息を呑んだ。ロンは呆然とした表情で先生を見ながらサッとローブのポケットを抑えた。「ロン」先生が落ち着いて名前を呼ぶ。
「ネズミを見せてくれないか」
ルーピン先生が真剣な表情でゆっくりと近付く。今度はロンも叫ばなかった。ローブのポケットから引っ張りだされたスキャバーズはじたばたと暴れていた。ロンの手からというよりこの場から逃げ出したいようだった。黙りこくった先生にロンが震え声をあげる。
「僕のネズミだ。ただのペットだ。それがいったいなんの関係があるって言うんだ?」
「それはネズミじゃない。そいつは『動物もどき』だ」
シリウスが突然掠れた声でそう言った。
「名前はピーター・ペティグリュー」
その瞬間、背後の扉が大きな音を立てて独りでに開く。ルーピン先生は杖を構えると部屋の外を警戒した。私はそれとすれ違うように、キラリとなにかが部屋に入ってくるのを見たような気がした。
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