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 バックビークもピーターも見つからないまま、そうしてあの日から三日が経った。


 ミルクを飲みながらネビルのフクロウが運んできた日刊預言者新聞を覗き込む。三日経った今でも新聞の一面はシリウスたちのことでもちきりだ。トーストの切れ端をフクロウに与えながら、ネビルが職員席を見る。森番の定位置にはぽっかりと穴が空いていた。

「バックビーク、どこに行っちゃったんだろうね」
「うん……」

 思い当たる可能性は『ピーターが逃走手段として連れ去った』というものだ。ていうかそれしかないよね、流れ的に。
 なんとなく答えづらくて目を滑らせると、教職員のテーブルに、もう一つ空きがあることに気付いた。

「ルーピン先生はどこ?」
「えっ……ああそっか、エレナはずっと医務室にいたんだもんね」

 ルーピン先生ね、と続けられた言葉に、私は大広間を飛び出した。



「辞めるんですか?!」
「やぁエレナ。辞めるよ」

 そ、そんな朗らかあっさりと……。
 いきなり突撃したにも関わらず、彼は穏やかに私を出迎えて微笑んだ。


 スネイプ先生は『人狼』であることを言いふらしたりしなかった。今回は言いふらして腹いせの復讐をする理由もなかったから。先生が狼人間であることを知っている生徒は私とハリーとロンとハーマイオニーだけ。当然、私達も口外しようだなんて思っていなかった。

 だからてっきり、ルーピン先生は来年も残ってくれるものかと思っていたのに、まさか自分から公表した上で辞職してしまうなんて。

「どうして……」
「生徒に怪我をさせてしまった。これ以上のうのうと続けることはできない」

 キッパリとそう言い放つ。それから「すまなかったね」と沈痛な表情をした。

「怖い思いをさせただろう」
「や、やめてください。謝らないで」

 頭を下げられて狼狽える。私があんなときにあんな所でぼけっとしていたのが悪いのに。

「怪我なんて……本当に私気にしてなくて──」
「だめだよ、エレナ。これは気にしなきゃ“ならない”」

 私の言葉を遮って先生がピシャリと叱りつけた。まるで授業中に私が致命的なミスをおかしたというような口調だ。

「君は自分の恐怖に疎い節があるね。ボガートといい吸魂鬼といい」
「吸魂鬼ですか?」

 オウム返しすれば先生は重苦しく頷いた。先生がなにを伝えたいのか分からず首を捻る。ボガートは疎いというより鈍感極まれりしてただけだし、吸魂鬼は怖さより怒りが勝っちゃっただけだ。後者の感覚的には脚の多い虫を見たとき反射的に『きもっ!』って叫ぶようなものというか……。しかしその説明に先生は首を振る。

「怖さに怒りが勝つことはない。怒りは常に後から追い付いてくるものだ。怒りは第二次感情だからね」
「第二次感情……?」
「そう、怒りには必ず理由があるんだ。エレナは本気で『怒っていたから怖くなかった』と思っているのだろう?」

 先生の声が諭すような優しい声になっている。私は戸惑いながら小さく頷いた。でも先生の言う通りに解釈したら、私は『怖いから怒った』ということになってしまう。

「納得がいかないかい?」
「……『怖い』と『怒った』の間にもうちょっとなにかありそうな気がして」
「なら、もう少し思い出してごらん」

 思い出したい気持ちは山々なんだけどほんとに憶えがZEROなんだよね。片手でこめかみを揉みながらうんうんと記憶を捻り上げようと努力してみる。ルーピン先生は静かに待ってくれていた。


 いやしかし、どう頑張ってもやっぱりあの声からあの台詞以上の情報は引き出せる気がしない。もうさっぱり、微塵も、まんじりたりとも心当たりがないんだもの。
 他の心当たりを探るとしたら私の感覚のみになっちゃうけど────


 突然チカリと目の前が明滅した。視界が二重にブレてぐらぐらする。点滅する中で金の長髪がゆらゆらと揺れているのがうっすら見える。瞬きをした。映像が切り替わる。夕焼けだ。瞬き。目の前が霞む。瞬き。誰もいない。瞬き。ルーピン先生の部屋の床。

 フラッシュバックとやらが終わったことに気が付く。私は額から手を外し、顔を上げた。迷いながら口を開く。

「哀しかった……気がします、多分」

 思い出せた記憶が断片的すぎてあんまり自信がない。頬がいやに冷たかった、と思った気もするけどそれは吸魂鬼の冷気のせいだろう。「怖くて哀しかったから怒ったんだね」と確認するように繰り返した先生の声に私は頷いた。

「恐怖は決して悪じゃない。向き合わないことこそが問題になるんだ。それは簡単なことじゃないけれど、エレナならできるはずだ──ピーターの生きる理由を考えようとしてくれた君なら」

 諦めたような声色だった。ハッと先生を見る。彼は机に広げられた忍びの地図を懐かしそうに撫でていた。

「十二年前、私は全てを失った気持ちだった。輝かしい、愛すべき過去をくれた友が皆消え、── 一時は未来などどうでもいいと、本気で思ってしまったこともあったよ」

 この部屋へと向かってきている黒い点を見つけ、ルーピン先生の指が止まった。嬉しそうに目が細くなる。

「私はただ恨むだけだった。ただ奪われたと嘆き憎むだけだった。理由など、考えようともしなかった。──きっと寄り添えたはずだったのに」

 深い後悔にみちた声に、彼らの出会いを思い出した。最初はピーターとリーマスが友達だったんだ。もしかすると、リーマスはピーターの抱く劣等感に気付いていたのではないだろうか。

 すごく気になる。が、ただの生徒である私がそこまで突っ込んで聞くわけにもいくまい。……今更とは我ながら思うけどね。そんな配慮ができるならピーターへの質問責めもやめとけばよかったのにという話になるんだけど、そこはほら、流れ的にいけそうだったから……。

 先生が立ち上がり、杖を振った。どこからともなく現れた大きな板チョコに顔が引き攣った。ルーピン先生の配るチョコ、なにが困るってはちゃめちゃに美味しいことだ。急増していくニキビに悩みつつも泣きながらチョコを頬張る女生徒の数といったら。もちろん私もその内の1人です。ハーマイオニーはご両親が歯医者さんだから食べる量はきちんとセーブしてたみたいだけど。

「これは君への最後の餞別だ」
「ワアアリガトウゴザイマス……あの、これからどうするんですか?」
「まだはっきりとは決まってない。私のような者を受け入れてくれる場所はそう多くないから……」

 自虐的な言葉に眉根が寄ったが、先生は特に悲しんだ様子もなくさらりとした調子だった。『事実だから』と受け入れてしまっているのがこの人のタチ悪いところだと思う。

「また会えますか?」

 私の言葉に先生はただ笑みを浮かべるのみだった。




 ハリーが来る前に先生の部屋からお暇し、廊下を歩きながらチョコレートを割る。最後の餞別を口の中でゆっくりと味わった。う、美味しい、罪の味がする。そしてまたハーマイオニーに怒られる……でもやっぱり美味しい。


 このまま普通に生活してたら、ルーピン先生と会えるのは四年後の最終決戦の最中になるだろう。その時だって乱戦中だから会えるか分からないし……直近の可能性でいうと来年の夏休みもあるけど、その時私がグリモールドプレイスにいるとも思えない。だから結構今生の別れに近いと思っているのでかなり寂しい。たった一年ぽっちの生徒と教師の縁、なんて儚いことだろうか。チョコを貪りながら泣きそうだ。


 でももしかしたら叔父さん伝いでその内ひょっこり会えるかもしれない。かなり望み薄ではあるけれど……まあ期待するだけならタダだろう。

「あ、セドリック、チョコいらない?」
「僕甘いものはちょっと……」
「まあそう言わず。チョウと一緒に」
「え、な、なんで知ってるの?!」
「いやあんなに惚気られたら分かるよ」

 罪深いほど美味しいチョコレートを通りすがりのセドリックに押し付けると、彼は顔を真っ赤にさせた。何を今更。会う度にクィディッチ八割近況二割だった会話がクィディッチ六割チョウ三割その他一割になったんだから。そりゃ分かりますとも。セドリックと恋バナする日が来るとは思わなかったな〜って聞いてたんだけどそんなつもりなかったのね、あなた。

「早く付き合っちゃえばいいのに。お似合いだよ」
「そんな簡単に言わないでよ。きっかけとかムードとかさ……」

 わあ思春期。可愛い。それでダンスパーティーが最適だと思ったんだ。

「結婚式には呼んでほしいなぁ」
「だからさぁ?!」
「あはは、ごめん。……あ、そろそろ行かなくちゃ」

 首まで真っ赤にさせて怒鳴るセドリックに軽く謝って手を振る。彼はまだ少し不機嫌そうにしながらも「チョコ、ありがとう」と律儀さをみせた。


 そうして別れて、数歩あるいてから私は背後を振り返った。

 結婚式で惚気内容をスピーチにしたらきっと大盛り上がりだろうな。
 遠ざかる背中にそんなことを思う。彼は「もうやめてくれ」とさっきみたいに怒るかもしれないけれど。でも多分チョウは喜ぶだろう。

 数年後の未来に思いを馳せて口元が緩む。
 そう、“数年後”だ。つまり私は来るべき晴れの日のために、まだまだセドリックの惚気エピソードを溜め込まなきゃいけないのだ。

「絶対、なんとか────」

 最後まで言う前にグッと声を飲み込む。中途半端な言葉は穏やかな初夏の風に溶けていった。
 

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