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 行きのようなハプニングもなく、まったりと汽車に揺られること数時間。みんなと別れた私は駅付近の道路に待機していたお父さんの車へ乗り込んだ。今年あったこと(ルーピン先生に襲われかけたことはもちろん除き)を語ったりして、和気あいあいと話していればあっという間に我が家に着いた。

 洗面所にも寄らずすぐに部屋に行き、トランクの中身を手早く整理し直してからリビングへ向かう。リビングの暖炉へ真っ直ぐ歩いていき、その中に薪を数本くべて火をつけたマッチを投げ込んだ。暖炉の中で季節外れの小さな炎が踊る。リビングの入口ではお父さんが複雑そうな顔をして私を見つめていた。お母さんはその横で腕を組んでそっぽを向いている。

「エレナ、本当にもう行くのかい?」
「うん」

 迷いなく返事をすれば、お母さんが何か言いたげに顔を上げた。その視線を無視してポケットから小さな巾着袋を取り出す。その中から光る粉を一掴みし暖炉に撒けば、赤い炎はたちまち鮮やかな緑色へと変化した。大きく立ち昇ったエメラルドの炎の中にまずトランクを、それから片足を入れ踏み込む。足先からじんわりと包んでくるような心地よい熱気だ。温泉行きたくなる。
 そんなことを悠長に考えていると背後から悲鳴が聞こえた。走ってくる音に慌てて全身を暖炉の中にしまいこむ。完全に暖炉に入ってから振り向くと、お母さんが今にも倒れそうな顔色でこちらに向かってきていた。

「それじゃあ、また来年ね」
「待っ──」

 伸ばされた手が服を掴む前に、私は叔父さんの家の名前を叫ぶ。その瞬間、足から捻じるようにぐるりと身体が急回転し始める。すぐに視界はエメラルド一色で染められ、あっという間に父も母も見えなくなった。



 少しずつ回転が緩やかになり、やがて完全に動きが止まる。暖炉の縁をがっしり掴んで外へ出た。三半規管は弱い方じゃないと思うんだけど、そんなレベルの話じゃないなこれ。胃になにも入れてなくてよかった……。

「よ、大丈夫か?」
「あんまり……」
「煙突飛行粉でそんなんになってるようじゃ姿現しなんて到底無理だな」

 一年のとき姿くらましでダイアゴン横丁まで連れて行こうとしたこと、忘れてないからね私。そんな思いを込めたジト目に気付かず、叔父さんは「部屋に荷物を置いたら夕食にしようか」と笑った。


 私がこの夏休みを叔父の家で過ごすと決めたのはクリスマスの朝だった。お母さんからのプレゼント、セカンダリースクール用の学習教材一式を見て気付いた。転学まだ全然諦めてないなあの人、と。
 だからこの叔父宅への逃避は『転学なんて絶対しないから』という私なりの意思表明だ。冷戦ってこういうことなのかな。板挟みになってるお父さんには少し同情してしまうけど、折れる気はない。

 夕食を終えた後、そんなクリスマスのことを話すと叔父さんはからからと楽しそうに笑った。

「いいじゃないか、せっかくだしホグワーツの授業と平行して勉強してみたらどうだ? 知識はいくらあっても無駄にはならない」
「そうかもしれないけど……でも平行なんで無理だよ、私はハーマイオニーじゃないんだから」
「いやあの子はやばいよな。全教科って。常人なら一ヶ月もしないで気が狂うぞ」

 叔父さんが深刻そうに眉を寄せた。やっぱりあれ大人から見てもやばいのか。常人なら狂うところをハーマイオニーは“少し”パンクしかける程度で済ませてしまうなんて、精神力えげつなくない? 強靭すぎて恐ろしくなってしまうまである。マクゴナガル先生、相当ハーマイオニーのこと信頼してるんだな。

「今日は疲れたろう、もう休むといい」
「あ、洗い物やるよ」

 お世話になるしせめてこのくらいは。食器を持って立ち上がると、叔父さんが不思議そうに首を傾げる。

「休暇中は魔法が使えないんじゃなかったか? どうするつもりだ?」
「え、手洗い……」
「手洗い!」

 爆笑された。そんな笑う? そんな面白いこと言いましたか? 複雑な気持ちで二人分の食器を洗っていく。洗い終わる頃には流石に笑いは止まっていたが、涙目になっていた。いやどんだけ笑ってるのさ。
 昨年に続き快く受け入れてくれたお礼、と言ったらなんだができる範囲で家事の手伝いでもしようと思っていたけど……この調子だとなにをするにも爆笑されそうだな。くそぅ。マグル式の何が悪い。


 お風呂に入り歯を磨いてから二階に上がる。去年使ったのと同じ部屋の扉を開いた。内装は前とほとんど変わっていないみたいだ。変化といえば棚に置かれていた薬入りの小瓶が片付けられてる程度だ。少し埃っぽいから明日は掃除でもしよう。もちろんマグル式でな!
 そう決めてから、ベッドに横たわった。


 お母さんがどんなに頑なになろうが、私はホグワーツを辞めるつもりはない。私だってお母さんといつまでもこんな喧嘩のようなことしていたくないし、早くわかってほしいけど……そう簡単にはいかなそうだ。
 今年は特定の生徒たちを除いて怪我をする多分ほぼ機会はないはず。今年こそ1年間怪我なく安全に過ごせたら、きっとお母さんの憂いも少しは取り除けるんじゃないだろうか。
 
 とにかく怪我だけはしないように。

 よし、今年の目標はこれでいこう。
 ……ちょっとフラグっぽい気がするけど大丈夫かな。大丈夫だよね。だって代表選手以外怪我しようがないもんね? あるとしたら授業中の不注意とか喧嘩くらいだ。うん、大丈夫。多分大丈夫なはず……。
 

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