5
◆◆◆
「今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う」
ハーマイオニーがホグワーツの食事の真相に打ちのめされたり、今年のクィディッチ取り止めを伝えられたり(これに関しては周りにバレないようにガッツポーズをした)、魔法の天井が荒れに荒れて果てには落雷騒ぎまで起こしたり、それを劇的に登場した新任のマッド・アイ・ムーディが直したり。
なんやかんやありながらも、ダンブルドア先生は遂にそれを生徒たちに宣言した。
試合の壮大さや来校する他学校について、そして一千ガリオンの賞金という一気に投下された大量の情報に生徒たちが沸き立つ。そして最後に校長は『年齢制限』というなにより大事な情報を付け加えた。
「ある一定の年齢に達した生徒だけが──つまり十七歳以上の生徒のみが代表候補として名乗りをあげることを許される。このことは──」
「……みんな不満みたいね」
説明中であるにも関わらず巻き起こるブーイングの嵐にハーマイオニーは困惑していた。私も同じ気持ちだ。『夥しい死者』って聞いてよく出場したいと思えるよね。ついセドリックを見てしまった。彼は周りの同級生たちと楽しそうに肩を叩き合っている。
「……」
「エレナ? 誰見て……セドリック?」
「「なんだって?」」
ハリーの言葉に騒いでいた双子が揃ってこちらを見た。咎めるような剣幕の二人にたじろぐ。
「まさかとは思うけどアイツを応援する気か?」
「あのちょっと爽やかなだけのウスノロを?」
「「グリフィンドールなのに?」」
「そんな畳み掛けなくてもよくない?」
とんでもない裏切りをしたとでも言うような口調で詰ってくるじゃん。
しかも去年の試合でハッフルパフに負けたことをまだ根に持ってるグリフィンドール生はかなりいるのか、周りの視線が痛い。双子だけじゃなくハリーやロン、シェーマスたち──主に男子勢がじっとり私を睨んでいる。これだからクィディッチは嫌なんだ、もう。
「あんな図体だけの冴えない男──」
「あら、セドリックはすごくハンサムだと思うわ、私」
「それにとっても優秀らしいし、加えて彼、監督生よ」
逆にジニーやハーマイオニーといった女の子たちはセドリックをチラ見してクスクスと笑っていた。あ、このセドリックへの確執、クィディッチだけじゃないな。女子に人気なのもちょっと妬んでるとこあるでしょ、絶対。
もちろんグリフィンドールから名乗りをあげる人がいるならその人を応援する。そう伝えれば、「「俺たちがいるだろ!」」と双子がまた声を合わせて言った。
「二人はまだ未成年じゃない」
「あとたったの七ヶ月だ!」
「誤差の範囲だろこんなの!」
七ヶ月を“誤差”で片付けるにはだいぶ無茶があると思います。
「──さて、そろそろ儂の話にも飽きてきたころじゃろうが、出来ればもうほんの少しだけ耳を貸してほしい。闇に対する防衛術の補助職員についてまだ報せることがあるのでの」
「補助職員?」
対抗試合の話に夢中になっていた皆がダンブルドア先生へと注目する。ここ四年で闇に対する防衛術に──というよりどの科目であっても──補助職員がついたことなど一度もなかったからだ。……それどころか、原作でだって聞いたことがない。
ダンブルドア先生は教職員の席の背後にある入口を振り返り、手でこちらにくるように合図を送った。呼ばれた人物が入口の影から姿を現す。
「…………は」
蝋燭の明かりに照らされた顔に生徒たちが再びざわめきだした。私は思わずハリーを見る。グリフィンドール生から集まる何本もの視線に気付かず、彼は口をあんぐりと大きく開けて祭壇に立つ人物を凝視していた。
「今や知らない者のほうが少なかろう。が、敢えて紹介しよう。闇に対する防衛術の補助職員としてこの度就任して下さる──シリウス・ブラックじゃ」
「エーッ?!」
大声で叫んで立ち上がったハリーを見て、シリウスは悪戯っぽく笑った。ハグリッドがパチパチと大きく手を鳴らす。マクゴナガル先生は少しだけ微笑んでゆったりと落ち着いた拍手をしていた。スネイプ先生は……言わずもがなだ。手をテーブルの上で固く組んだまま微塵も動かしていない。視線だけでシリウスを呪い殺そうとしているかのように憎々しげに睨んでいる。
「彼はここの卒業生で優秀な魔法使いじゃった。それを是非、これから皆もその目で確認していってほしい」
そう言って、ダンブルドア先生はパンパンと二回手を叩いた。
「さ、就寝の時間じゃ!」
「シリウス!」
ぞろぞろと大広間から出ていく生徒たちの中を、ハリーが教職員席へ向かって猛スピードで逆走していく。その勢いのまま飛び込んできたハリーを、シリウスは手を広げて難なく受け止めた。
「どうして? いつ決まったの?」
「八月半ばの夜更けにダンブルドアとエドガーが家に来てな。その時にエドガーが提案してくれたんだ」
「……え? き、聞いてない!」
みんなが一斉に私を見た。慌てて──特に非難がましい目をしたハリーに向けて──首と手をぶんぶん振る。驚きすぎて言葉も出なかったさっきの私をご存知ない? みんなハリーに注目してたから見てるわけないよね知ってた!
「そりゃあそうさ。エドガーには内緒にしてくれと頼んだからな」
シリウスはそういって片目をつぶるとパチンとウインクを決めた。様になってるのがなんかちょっとイラッとした。
「補助職員ってなにするの?」
「授業準備や授業の手伝いとか……あとはマッド・アイの私生活も手伝えと言われたな。だから今年一年の期間限定職員さ」
なるほど、つまりバイト。社会復帰の足がかりにしてあげようって魂胆だったのかな。これまでずっとアズカバンだったからここで少しずつ実地経験積もうね、みたいな? なんか生々しい……。勝手に大人の事情を汲み取ってしまっていたたまれなくなった。
シリウスショックから抜け出し、ぞろぞろと寮に戻ってパジャマに着替えて寝支度を整える。明日の教科なんだっけ……時間割を確認する私の横で、布団を捲ったハーマイオニーが「まあ!」と眉を吊り上げた。きっと、布団の中の(屋敷しもべ妖精が用意してくれた)湯たんぽを見たのだ。どうするんだろ、外に出すのかな。ハーマイオニーはかなり長いこと葛藤した末、諦めて湯たんぽをしまったままベッドに入った。ちょっと面白かったけど、今のはロンたちには絶対教えられないな。
「ねえ、イブニングドレスどんなのにした?」
「そういうあなたは?」
ベッドの上で枕を抱えたラベンダーが私たちに向けて目をキラキラさせる。あ、牽制だなこれは。全員がすぐに気付く。ドレスの系統が被ってる人がいないか今からチェックする気だ。わ〜女子っぽい。ハーマイオニーが抜け目なく尋ね返した。
「あら、そんなの決まってるわ。聞くまでもないでしょう?」
ラベンダーは芝居がかった仕草うっそりと微笑んだ。もしかしてラベンダー色? 主張つよ〜い! かわいい! 淡い紫はラベンダーの白い肌や薄黄色の髪の毛にきっと映えることだろう。自分の魅せ方を分かってる強気なスタイル。かっこいい。
思いの外あっさり答えたラベンダーに少し空気が緩む。自信満々なラベンダーにハーマイオニーはやれやれと肩を竦めた。
「タフィーピンクのドレスにしたわ。ママとパパはミントグリーンにしてほしかったみたいだけど」
「天才の選択。さすが。私もハーマイオニーにはタフィーピンクが世界一似合うと思う。でもミントグリーンもいつか着てみせてね」
「機会があればね」
「パーバティは?」
「私はオレンジとピンクのサリーよ。パドマとお揃いなの」
「絶対可愛いやつじゃん、それ。二人の写真撮らせてね」
「それは別に構わないけど……あなたって時々すごく……なんていうか、ちょっと気味が悪いときがあるわよね」
オブラートに包もうとして結局包めなかったパーバティの言葉が心の柔い部分に深く突き刺さった。そんなこと思ってたの? 四年目のルームメイトから告げられた衝撃の事実。ハーマイオニーの「ダメよそんなこと言っちゃ」というフォローが余計心にくる。『気持ちは分かるけど』って含まれてるじゃん、それ。分かるよ、伝わってくるもん……ええ、これからは控えようかな。これ以上変態と思われるのも……いやでもいくらこの世界に馴染んだ、慣れたとはいえ所詮根はオタクだし。イベント事に興奮しちゃうのは仕方なくない? それに直接伝えられたということは公認されたと同義では? うん、そうだねきっと。前向きにそう結論づけた私はにっこり笑った。
「みんなが大好きだからしょうがないかな!」
「あ、開き直った」
「エレナはなににしたの?」
「水色っぽいやつ」
ハーマイオニーに素敵ね、と微笑まれたので笑い返す。そんなに長いこと参加するつもりもないしって目に付いたやつを適当に選んできた。ダンスできないしね。
パーバティがベッドに肘をついて寝転がった。ハーマイオニーも本を閉じてすっかり雑談の姿勢をとっている。
「ダンスパーティ、いつするのかしら。ハロウィーン?」
「それじゃ困るわ、色々準備もあるし……多分クリスマスだと思うけど」
「他校の人もきっと参加するのよね。どうしましょう、申し込まれちゃったら!」
ラベンダーがうっとりと目を蕩けさせる。ダンスを申し込まれる自分を想像したのか、きゃあっと身悶えして枕を抱き締めた。早い早い、気が早い。呆れるやら微笑ましいやらで苦笑する私たちに、ラベンダーはムッと口を尖らせた。
「なによ、他人事みたいに。みんなだって誰かしらには申し込まれたいでしょう?」
「そうね、この学校の男子に期待したって無駄でしょうし。特にグリフィンドール生には」
「言えてる」
「そう、だから希望は他校の男子以外ないのよ」
ハーマイオニーはつっけんどんな言い草にパーバティもラベンダーもあっさり同意する。みんなド辛辣だ。異論は全然ないけど。事実談話室に着くまでみんなして『如何に年齢制限を出し抜くか』ってことしか話してなかったし。
パーバティが急にニヤリとして「セドリックと行きたいんでしょ」としたり顔をした。
「…………え、それ私に言ってる?」
「当たり前じゃない。さっきだって見てたものね?」
「見てたけど、別にそんなんじゃ──」
「エレナ、セドリックとやけに仲良いわよね」
「そんなことは、……まぁあるけど」
パーバティに悪ノリしてラベンダーもにやにやしていた。仲は、うん。それなりにいいと思う。色々面倒を見てもらったりはしている。そういえば、よく考えるとみんな他寮の上級生とはあまり関わりがない気がする。意外と目立ってたのかなぁ、なんて今更気付いた。でも期待してるところ悪いけどセドリックはチョウが好きなんだよ。もう溺愛なんだよ。メロメロのメロなんだよ。一応隠してたらしいから暴露できないのがもどかしい。
本当に違うよと否定すれば納得してくれはしたが、それはそれでと二人はつまらなそうに目を細めた。
「じゃあ他に踊りたい人もいないわけ?」
「それはもちろん──」
「言っておくけどネビルはなしよ」
「えっ?!」
「──ほら、そろそろ寝なくちゃ。明日だって早いんだから」
先回りして封じられてしまった。レジリメンスですか?? いや女の勘かな……。
ずっと静かにしていたハーマイオニーが呆れたように私たちへ注意した。まだ監督生でもないはずなのに、彼女の言葉にはやけに重みと説得力があり私たちに寝なくては、と思わせる。
みんなが大人しくベッドに潜り込んだのを確認すると、ハーマイオニーは杖を振って部屋の明かりを落とした。
“踊りたい人”
ラベンダーの言葉に真っ先に思い浮かんだのはネビルだ。次に話の流れでセドリック。でもチョウとの仲を邪魔したくないから却下。せっかくだからハリーやロンとも踊ってみたいけど二人はきっとあんまり好きじゃないだろう。
「(他にって言われても、やっぱり思い浮かばないな)」
頭の片隅にちらつく、たった一人の存在には意地でも気付かないふりをした。だってきっと踊ってはくれないだろうから。考えたって無駄だ、こんなこと。……トロールの方がまだ可能性がある気がする。
そう考えて面白くなると同時にとてつもなく虚しくなった。余計なこと考えるんじゃなかったな。もう寝よ。
◆◆◆
- 64 -
←前 次→