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 イカれてると巷で話題のマッド・アイ・ムーディだったが、ホグワーツでは学期初日から既にちょっとしたヒーローになっていた。マルフォイをケナガイタチに変身させてみせたり、マクゴナガル先生にも怯まなかったり。やりたい放題ですねおじさん。はしゃぎまくりじゃないですか。云年ぶりのシャバの空気がさぞ美味しいとみた。

 休暇明けの恒例となりつつあるセドリックとの昼食会。いつものようにお昼をくすねようと大広間に入ったセドリックが首を傾げる。

「あれ、なんか……少ない?」
「よく分かったね。私達、午後一でムーディの初授業があるの」
「なるほどね」

 私の言葉にセドリックは納得して頷いた。この様子だとハッフルパフ六年の初授業もさぞ“クールを超えて、超クール”だったんだろう。これは初日にムーディの授業を体験してきた双子とリーからの情報だ。
 二代目悪戯仕掛け人ともいえるあの三人組からそんな情報を流されて、四年生たちが沸き立たないわけがないよね。みんなさっさと昼食を済ませて教室に行ってしまったみたい。それにしたって早すぎるけど。忍者か?

 湖のほとりで昼食をとりながら、話の流れで思い出したことをなんとなく口にする。

「そういえば私、クィディッチワールドカップ行ったよ」
「え?!! 本当?!!」
「声でか」

 そこまで食いつかれると思ってなかった。少し引き気味の私を気にすることなく、セドリックは嬉々としてワールドカップの解説を始める。オタ特早口……。相変わらずのマシンガントークだ。

「みんなクラムばっかり注目してるけど僕としてはアイルランドのリンチがやってたあの──ああ、僕も早く試してみたい!」
「夏の間にやってみなかったの?」
「近所の敷地なんかよりここのフィールドの方が断然いいに決まってる──と思ってたんだけど」
「今年はクィディッチないものね」
「そうなんだよね……」

 忙しなく動いてたセドリックの口が唐突に止まる。「あのさ」彼がぽつりと呟いた。

「対抗試合、エントリーしようと思ってるんだ」
「……そっか」
「うん……で、どう思う?」
「どうって……、……セドリックは、なんで出場したいの?」

 セドリックは目を瞬かせた。「そうだな」と、私の質問返しに気を悪くすることもなく、少し考えてから口を開く。

「自分の力を試したい。一人の力でどこまでやれるのか、自分に何が出来て何が出来ないのか。ちゃんと見極めたいんだ」
「……」
「それに、あの三大魔法学校対抗試合に出場したなんてとっても誇らしいことだし。就職とかにも役立つかも?」

 前半の真剣さを隠すように、セドリックは冗談めかして後半の言葉を続けた。

「素敵だね」
「!」
「いいと思う」

 なんてことないように、軽い調子で聞こえるように。そうやってなんとか絞り出した私の声に、セドリックはパッと瞳を明るくさせる。自信がなかったのか怖気付いていたのか。どちらにせよ今の彼は嬉しそうだった。

「ほ、本当に?」
「もちろん! ……応援してるよ」
「っありがとう!」

 セドリックは声を上げてから「まだ僕が選ばれるって決まったわけじゃないけど」と恥ずかしげに頬をかいた。私はそれもそうだね、と笑って立ち上がる。そろそろ予鈴がなりそうだった。


 早足で廊下を進む。

「(“どう”って、そんなの)」

 エントリーなんてしなければいいのに。

 それに限るに決まってるだろう。どんな理由でのエントリーだろうと、そう思わずにはいられない。だってそうすればセドリックは殺されないで済むんだから。

 そこまで考えて口内を噛んだ。馬鹿か私は。そんなことしたってなんの解決にもならない。セドリックがエントリーしなければ別のホグワーツ代表が選ばれるだけだ。そして結局、その人が──


 両手で挟むように頬を叩く。
 しっかりしなきゃ。そんなことにならないために頑張るんだって決めたんだから。



「あ、エレナ、こっちこっち」

 教室に着くとネビルが手を上げて私を呼んだ。私が最後かな、と周りを伺ってハリーとロンの机に空きがあることに気付く。ハーマイオニーがまだみたい。あの子ここ数日、ずっと早食いしては図書館に篭ってるけどなにしてるんだろう。

 本鈴が鳴って少ししてからムーディが教室に現れる。その後にシリウスが蜘蛛が数匹入ったガラス瓶を持って続いた。ハリーと会えるというのに、シリウスの表情は浮かない。今回に限ってはハリーがいるからこその表情だろうな。

 皆の目の前に並べられた分厚い教科書を見て、ムーディは吐き捨てるように言った。

「そんな物、しまってしまえ。教科書なんて必要ない」

 出席をとったあと、ムーディは私たちの学習の遅れについて厳しく指摘した。

「呪いの扱い方についてお前たちは知るべきだ。違法とされる闇の呪文を。戦う相手を知るべきだ──さて、……ウィーズリー!」
「はい?」
「立て!」

 恐る恐る、周りを見渡しながらロンが立ち上がった。マジかよと顔にでかでかと書いてある。シリウスがガラス瓶から蜘蛛を1匹取り出して、机の上に置く。ロンはギクリと身を引いた。

「魔法法律により最も厳しく罰せられる呪文を知っているな?」
「えーと……パパから聞いたのが、一つだけ。たしか、『服従の呪文』?」
「服従の呪文! お前の父親ならたしかにそいつをよく知ってるはずだ──インペリオ!」

 その声とともに蜘蛛が信じられないような芸当を披露し始める。宙返りをしたり、タップダンスをしたり。または水盤の細い縁を、態とらしい危うげを見せながら渡ってみたり。まるでサーカス団のピエロのようだ。みんなが笑っている。

「はは、芸達者だろう──このまま身投げでもさせてみるか?」

 ムーディのその一言で、満ちていた笑い声が一気に沈黙へと塗り替えられる。

「わしはこいつを思うがままにすることができる。完全な支配だ。何年も前、多くの魔法使いたちが自分はこの呪文に支配された──と言った」

 コロコロと杖で蜘蛛を転がしながらムーディが静かに続ける。付け加えられた言葉には憎しみが篭っていた。話の流れ的に、元闇祓いとしての感情だと、きっと誰もが信じて疑わないだろう。

「しかしそれをどうやって見分ける? ……この呪文と戦うことはできる。しかしそれは個人の持つ真の力が必要で、誰でも出来るわけではない。できれば呪文をかけられぬようにするほうがよい。油断大敵!」

 突然上がった声のボリュームにみんなが飛び跳ねた。ほんとノリノリだなこの人。夏の間ムーディの研究たくさんしたんだと思うと微笑ましくすらなっちゃうな。ならないけど。

「他の呪文を知っている者は?」

 魔法界だとやっぱり常識なんだ。いつになく挙手率の高い教室内にそう感心していると、あのハーマイオニーが手を挙げていないことに気付いた。いつもなら真っ先に誰よりも高く指先を伸ばすのに、今の彼女は顔を曇らせて周囲の皆を見渡していた。
 隣からも動く気配がする。なんとネビルの手がそろりと伸びている。彼が手を挙げるのなんて薬草学でも滅多にない。つい驚いてネビルの顔を見ると、なぜか私と同じくらいその表情は驚愕していた。

「(……ん?)」
「ロングボトムだな? スプラウト先生から聞いてるぞ、薬草学が得意だとか?」
「え、あっ……あの、えっと──『磔の呪文』」
「そうだ、来い! さぁ、身も竦むぞ!」

 ムーディは何か言いたげに口を開きかけたシリウスを手で制し、困惑顔のネビルを教卓の前まで呼び付けた。ネビルは不安そうにしながらも通路を歩いていく。ムーディはガラス瓶から2匹目の蜘蛛を取り出すと、教卓の上に置いた。

「この呪文について説明するためには少し大きくする必要がある。エンゴージオ──クルーシオ!」

 歌うような滑らかさでムーディが2つ続けて呪文を唱える。一瞬のうちに蜘蛛のサイズはタランチュラよりも大きくなった。“少し”とは。──そして当然、その分苦しむ様も分かりやすくなっている。蜘蛛は見えないなにかから逃げようと手足を引き寄せてくねらせていた。必死に身を縮めようとしてままならず、全身を痙攣させる。

 ネビルの後頭部が、蜘蛛から目を背けようとしたのか少し動いた。しかし完全に背けられることはなく、中途半端に動いて止まる。後ろから見ていて分かるくらいその肩が荒く上下し始めた。

「やめて!」
「ムーディ!」

 私が金切り声をあげるのと同時にシリウスも吼えた。そこでやっと、ムーディはネビルの様子に気付いて呪文を止める。誰も声をあげない。あげられなかった。
 デスクをがっしり掴んで立ち竦むネビルを気にする素振りを見せつつ、ムーディはコツコツと義足を鳴らして私の前に元のサイズに戻された蜘蛛を置く。

「では許されざる呪文の最後のひとつは?」
「……」
「知らぬはずがない。闇祓いの親族がいるお前が」
「……アバダ ケタブラ」

 挑発するような物言いに、諦めてその呪いを口にした。逃げ惑う蜘蛛を見て思わず言葉尻が震える。ムーディが低い唸り声をあげて杖を蜘蛛へ向けた。その瞳はどこか勝ち誇っていた。

「その通り、死の呪文だ──アバダ ケタブラ!」

 眩い緑の光が大きく弾ける。光の余韻が消えるころには、蜘蛛は仰向けにひっくり返り、完全に全ての動きを止めていた。

「反対呪文は存在しない。防ぎようがない。これを受けて生き残った者は、ただ1人だ」

 置物のようになってしまった蜘蛛を、ムーディはなんの感慨もなく机から床へと払い落とす。そしてハリーの机までゆっくりと移動した。

「今、ここにいる」

 じろじろとハリーを見下ろして、ムーディはマントの内側から携帯用酒瓶を取り出して、乱暴に煽る。

「反対呪文がないならなぜ見せたのか? それはお前たちが知っておかなければならないからだ。最悪の事態がどういうものか、お前たちは味わっておかなければならない──油断大敵!」

 声が轟き、再びみんなが飛び上がった。


 許されざる呪文についてしばらくの間ノートをとっていると、授業終わりの鐘が鳴った。教室をでるとみんなが一斉に話し出す。みんな先程の呪文について、表面上は恐ろしそうに語っていた。そんな生徒の群れを縫って、ネビルの手を引き人気のない廊下に連れて行く。

「ネビル?」
「……ああ」

 立ち止まって名前を呼ぶと、彼は不自然に明るい笑顔を浮かべた。だがその顔色は今にも吐きそうなほど白い。表情と顔色がひどくアンバランスで、無理しているのが丸分かりだった。

「さっきの、とっても面白い授業だったよね? ほんと。僕、“あれ”を見たの、初めてで──ああ、夕食のだしものはなんだろう? 僕お腹ペコペコだ、だって面白かったし──」
「ネビル!」

 ネビルは普段よりかなり上擦った声で捲し立てる。私が慌ててそれを遮った直後、うしろからコツッ、コツッという音がした。振り返るとムーディが足を引きずりながらやってきている。シリウスはいない。教室の片付けでもさせられてるのだろうか。
 ムーディの肩越しにハーマイオニーたちがきているのが見えた。心配そうにこちらを見つめている。

「大丈夫だぞ、坊主。さ、部屋に来い、茶でも飲もう……」

 先程死の呪いを唱えたとは思えないほど優しい声音で、ムーディはネビルの肩を引き寄せた。魔法の目が私を見つめる。

「エドガーの奴はどうだ?」
「元気ですよ、若干ワーホリ気味っぽいですけど」
「フン。あいつもそろそろ潮時だろうに」
「そ、うなんですかね〜」

 私の無難な返事に満足したのか、ムーディはネビルを引き連れてマントを翻した。


 ……落ち着こう。ビークールだ。これはあくまでクラウチJrの意見。死喰い人に引退してほしいって望まれるほどすごい闇祓いなんだ、きっと。ね? そういうことだよね? 嫌味なんかではない、むしろ賛辞だ。
 無理やりそうでも思わなければ、口がいらないことをしゃべりだしそうだった。なんだかんだいって私は叔父を尊敬しているので。ほんと、ネビルの件といい地雷踏み抜いてくるなあの人。

「大丈夫かしら」
「さぁ……でも、フレッドとジョージの言うことは当たってた。ムーディ……ほんとに、キメてくれるよな? 『アバダ ケタブラ』……あの蜘蛛、コロッと死んだ。あっという間におさらばだ──」

 廊下を歩きながらロンは授業を思い出して恍惚とした目をする。しかしそこまで言って、ロンはハリーの顔を見て急に黙り込んだ。自分が『誰』の前で『なに』を言ってるのかやっと気付いたのだろう。

 ……まぁ、十四歳なんて日本でいうとちょうど中二の時期だし、そこまで気を回せって言うのも無理な話かもしれない。自分の中二の頃ってどんなだったっけ。中二真っ只中でグレてた気がする……ちょっと考えてみたがなにも思い出せなかった。もう何十年も前だし当然だよなぁ。

 少し覚えた寂しさをそう納得させて飲みくだす。きっとどうせ黒歴史なんだから、忘れてたって構わないんだ。
 

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