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思い出せもしない黒歴史に頭を悩ませる暇はいやでもなくなった。なぜって今年に入ってから四年生にだされる宿題が爆発的に増えたからだ。それも全教科満遍なく。
「『O・W・L』は来年だってのに、気が早すぎるよ」
マクゴナガル先生に抗議し、にべもなくやり込められたディーンが口を尖らせた。
「大体ハリネズミを針山に変身させてなにになるっていうんだ?」
僕は裁縫なんてしない、と文句を言うディーンの後ろでハーマイオニーが澄ました顔をしている。彼女は先程の変身術で、ハリネズミを針山に変えることのできた唯一の生徒だった。
そんなふうに授業を受けて課題をやってを必死に繰り返していれば、十月三十日はあっという間にやってきた。
寒い校庭で空飛ぶ馬車と湖に現れた船を出迎えた後、ボーバトンとダームストラングの生徒たちを交えて見慣れない外国料理が並ぶテーブルを囲む。
「あのでーすね、ブイヤベース食べなーいのでーすか?」
夕食が始まって少し経ったとき、長いシルバーブロンドを腰まで流した美少女は訛り混じりにロンとハリーの背後から言った。振り向いたロンが自分を見つめる大きな青い瞳にたちまち真っ赤になる。ロンは美少女の顔をじっと見つめ、なんとか口を開いた。しかし声がだせないのか僅かにゼイゼイと喘いでいる。ハリーが押しだしたブイヤベースの皿を持ち上げながら、美少女はことりと首を傾げた。
「もう食べ終わりまーしたでーすか?」
「ええ、ええ、美味しかったです」
ロンが息も絶え絶えに言う。彼が食べてもいないブイヤベースを美味しかったといった瞬間、ハーマイオニーの眉がぴくりと上がった。レイブンクローの席へ戻っていく背中を穴があくほど見つめるロンを、ハリーが可笑しそう笑いだす。その声にロンはハッと意識を取り戻した。
「あのひと、ヴィーラだ!」
「いいえ違います! マヌケ顔でポカンと口を開けて見とれている人は他に誰もいません!」
ハーマイオニーがイライラしたように言い切る。しかし何人かの生徒が未だに先程のロンよろしく口もきけなくなっているのを発見し、ロンは再び「間違いない!」と興奮した。
「あれは普通の女の子じゃない! ホグワーツじゃ、ああいう女の子は作れない!」
「ホグワーツだって、女の子はちゃんと作れるよ」
「(ひっどい会話)」
ロンの言葉にハリーが反射的にそう言った。チョウに視線を固定してなければ百点満点のフォローだったんだけどね。ああもう、そういうのはせめて男子だけのときにやればいいのに。ハーマイオニーの、というより周りの女子の反応に気付いてほしい。あのジニーですらハリーを冷たい目で見てるんだから事態の深刻さを早く理解してくれ。
「ネビルは普通なんだね?」
「見れてなかったんだ。ちょうどパイの切り分けが上手くいかなくて」
顰め面を並ばせる女性陣に困った顔をしながらネビルが答えた。ヴィーラ<キドニーステーキ・パイ。和む。ほんとうに和む。実際、数人の女子の表情も緩んだ。
テーブルの料理がデザートに切り替わると、ロンはちょうど自分の目の前に置かれた皿を見て顔を顰めた。
「なんだよこれ」
「シュトーレン」
「君までクシャミしなくていいよ」
「ロンって海外旅行できなさそうだよね」
「こんなカビに覆われた原木みたいなのがシュトーレンだって?」
カビて。普通の粉砂糖じゃん。そんなんでよく去年エジプト楽しめたね。エジプトこそクシャミ料理ばっかりだったでしょうに。
ネビルがシュトーレンと私を見比べながら目で『美味しい?』と聞いてきたので頷く。彼はなぜか爆弾物を取り扱う並に用心して一切れ自分の皿に取り分けた。なんでよ、そんなにカビに見える? 普通に美味しいのに。イギリスのシュトーレンは粉砂糖があまり乗っていないものが多いから、どうもみんな警戒してしまうらしい。
「ドイツ式のシュトーレンだよ。フランスでも似たようなの食べる風習はあるらしいけど」
「じゃあさっきの子、また取りに来るかな?」
「フン、来るわけないわ」
シュトーレンをレイブンクローから見やすい場所まで押しのけて、ロンが期待しながらさっきブイヤベースを取りに来た子を見た。ハリーたちも少しそわっとしている。ぴしゃりとした調子のハーマイオニーの声は聞こえなかったみたいだ。私も絶対来ないに三ガリオン。だってシュトーレンのカロリーエグいし。案の定ボーバトンの子たちは自分のテーブルにあるシュトーレンを指差し、眉を顰めてひそひそしていた。
それとは逆に、ダームストラングの生徒たちは興味深そうに一切れつまんではパクパクと食べている。よほどお気に召したのかにっこにこだ。分かりやすい。強面だけど思ってるより素直な人達の集まりなのかな、あそこ。
「時は来た」
歓迎のご馳走をすっかり食べ尽くすと、ダンブルドアは改めて対抗試合についての説明をした。ルード・バグマンやバーテミウス・クラウチがいくつかの補足を付け足す。クラウチさん、あれでもう服従の呪文かけられてるっていうのにいたって正常に見えるんだからかの呪文ほんと恐ろしいな……。
「代表選手に名乗りを上げたい者は、羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、このゴブレットの中へ入れるように。これから二十四時間の内に、その名を提出するよう。──また年齢に満たない者が誘惑に駆られることのないよう、その周囲にはわしが年齢線を引くことにする」
杯口いっぱいの大きな青白い炎を踊らせるゴブレットを前にして、ダンブルドアは半月鏡をキラリと光らせて抜け目なく広間を見渡す。背後に控えたマクゴナガル先生が双子の方をちょっと心配そうに見ていた。
「僕も立候補するべきかな?」
みんなでグリフィンドールの寮へ帰りながら、ネビルは『老け薬』について話しているフレッドたちをチラッと見て言う。彼はお祖母様が立候補してほしいと思うだろう、と考えているみたいだった。
「老け薬……明日までに作れるかな」
「絶対やめといたほうがいいと思う」
「う……やっぱり僕じゃ上手く調合できないか……」
私の即答にネビルはガックリと肩を落とした。あまりの落ち込みように、ついそうじゃないけど、と言いかけて口を噤む。ネビルは最近魔法薬学で大ポカをやることはなくなったし、調合自体は多分上手くいくだろう。でも問題はそこじゃなくて。
「……もしフレッドたちが成功したら超特急で作って試してみたら?」
「分かった!」
ネビルの返事に私はほっと安堵した。ネビルが髭面になる未来はなさそうでよかった。家の名誉云々をいうなら、髭面で吹き飛ばされなんかすればそれこそ大激怒に決まってる。今度こそ吠えメールが来ちゃいそう。
さて翌日。双子が朝っぱらから揃ってゴブレットに景気よく吹き飛ばされ、無事立派な髭をつけたのを見届けてから実験室に籠ること数時間。製作した大量の眠り薬を急いで寝室に戻して大広間に下りる。グリフィンドールの席では、髭の取れたジョージとフレッドを中心にしてみんなでなにかを熱心に話し込んでいた。
「何の話?」
「老け薬以外でどうやったらゴブレットを出し抜けてたかなって」
ネビルから返ってきた答えに半目になった。いよいよ選抜が始まるってときにまだ言ってるよ。どうやったって(錯乱の呪文以外は)無理に決まってるのに。「ゴブレットを線外まで移動させるのは?」暴れ柳の所まで一気に吹き飛ばされそうな案はやめなさいネビル。
「ポリジュース薬で十七歳以上のやつに成り代わるとかどうだ?」
「薬打ち消されて髭でしょ」
「なら引き伸ばし呪文を腕にかけて線外から名前をいれるとか!」
「……いや、それなら浮遊呪文で外から名前をいれたら?」
ゴムゴムの海賊王じゃあるまいし。もし吹き飛ばされるついでに腕が無限に伸びるとかいう特典がついちゃったらどうするの。
みんなの案に逐一ツッコミをいれていれば視線を感じる。顔を上げると、双子がショックを受けた顔をしていた。
「それだよエレナ!」
「えっ海賊王?」
「浮遊呪文さ! クソ、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ!」
「そうしたら俺たちだってあんな髭こさえなくて済んだのに!」
「イヤだよ……うっかり成功したら困るじゃない」
「「困らない!」」
「み せ い ね ん !」
しかしとはいえ、あのダンブルドア先生のことだ。空中にもシールド張ってそうだしこれだって老け薬と同じくらいダメ元。そう付け加えても双子はまだ未練が抜けないようだった。諦めなさいな。
ハロウィーンの豪華な食事も代表発表の前には劣るのか、みんな気もそぞろにしながら皿をほぼ無心で空にしていく。そして長い長い夕食が終わり、ダンブルドアが立ち上がった。大広間のガヤガヤが一瞬にして消える。
「さて、代表選手の名前が呼ばれたら、その者たちは、大広間の一番前に来るがよい。そして教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るよう──そこで最初の指示が与えられるであろう」
ダンブルドアが杖を大きく一振りした。途端に、くり抜きかぼちゃを残してあとの蝋燭が全て消え、部屋はほとんど真っ暗になった。前に置かれたゴブレットの炎だけがキラキラと輝いている。
揺れていた青白い炎が一瞬でマゼンタに近い色にまで赤くなる。意志を持っているように炎のからだをくねらせて高く天へと立ち上った。某動く城の釜戸にいる悪魔みたい。炎の先から落ちてきた羊皮紙をダンブルドア先生が読み上げる。
「ダームストラングの代表は──ビクトール・クラム」
ホグワーツからですら歓声が上がった。さすがの知名度。さすがの人気だ。騒がれるのは慣れっこなのだろう。それでもいつものむっつりを少し緩めた顔で、クラムは教職員テーブルの奥の部屋へと消えた。
再び炎が赤く染まる。
「ボーバトン代表は──フラー・デラクール!」
ブイヤベースを取りにきた彼女──フラーが当然ね、というのを隠しもせず、しかし頬を紅潮させながら優雅に立ち上がった。ハリーがロンの肩を叩く。取り残されたボーバトンの女の子たちは全員とてもがっかりしていて、中には泣き出してしまう子までいた。あの人たち、今年一年はここにいるんだろうから勉強なんて出来ないよね? 留年扱いになるのかな。うわぁ、それは辛いな。ご愁傷さま……せめて楽しいホグワーツ生活を送ってほしい。
フラーもまた奥の部屋へと行き、そして「炎のゴブレット」が三度目の炎を上げた。最後の判決に広間中が固唾を飲んでダンブルドア先生の声を待つ。先生は掴んだ羊皮紙を持ったまま固まっていた。誰も喋らない。自校の代表だから焦らしてるのだろうか。
かなり長い沈黙の後、ダンブルドア先生はとうとう咳払いをして読み上げた。
「ハリー・ポッター」
呼ばれた名前に目を見張る。聞き間違え……なわけがない。ダンブルドア先生の声は静まり返った広間によく響いていた。教職員テーブルからにこやかに見守っていたシリウスが顔を強ばらせてサッと立ち上がる。マクゴナガル先生も同様の動きをした。ルード・バクマンがダンブルドア先生の耳元で何かを囁いている。
「僕、入れてない」
ハリーは突き刺さる視線から身を隠すように縮こめてボソボソと言った。助けを求めるようにハーマイオニーとロンを見ていたが、2人とも放心している。
「ハリー・ポッター! ハリー! ここへ来なさい!」
「行くのよ、行かなくちゃ」
ダンブルドア先生の呼び出しと、我に返ったハーマイオニーに背中を押されたことでハリーはやっとのろのろと歩き出した。二人の選手と同じように教職員テーブルを沿って歩き、部屋へと入っていく。
「……さて。なんであれ、一先ずこれで三人の代表選手が決まった」
ダンブルドア先生が話し始めたことによって止まっていた時間が突然動き出した。大広間が爆発したように一気に沸く。いやうるさっ。鼓膜の危機を感じたので素早く自分の耳を手で塞いだ。グリフィンドール生は周りに比べればそこまで叫んでないけど、うるさいものはうるさい。年齢制限が発表されたときよりも大きなブーイングだ。寮監の先生方が必死で場を収めようとしていたが全て掻き消されている。
耳を塞いだまま、ハリーが消えていった部屋の扉を見て、それからセドリックを見た。周りの生徒のように怒鳴ってこそいないが、やっぱり怒っている。怒り七割困惑三割。怒り狂ったハッフルパフ生に比べたらかなり温和な反応だ。あくまで比べたらの話ですが。
本来ならばセドリックが三人目の代表に選ばれていたはずだった。
……なんて知ったら比べるべくもなくなっちゃうんだろうな。烈火のごとく怒りだすセドリック……うーん、見たくない。普段優しい人の激昂って信じられないくらい怖いよね。
クラウチJrはハリーを墓場に連れて行きたかっただけで、他の選手たちを積極的に殺したかったわけではなかったはず。このままいけば、原作的にはハリーは一人で墓場に行くことになるだろう。
ということは、今年は“誰も死なない”のでは?
思い至った可能性にドクンと心臓が跳ねた。
だって他に直近で危ない人といえば……ハリーの名付け親さんくらいだけど、それは一応来年の話だ。
思わず耳に当てていた手を外し今度は口を抑える。だって興奮で勝手に口がニヤけてしまいそうだった。でもこれムーディにはバレてるんだっけ。不審に思われてないかな、なんて少し不安になったが、幸いなことに魔法の目もハリーを追っているのかこちらを見てなさそうだ。あの人も計画成功でちょっと浮かれてるんだろな。
「(……いや、それにしても)」
むむ、と思わず零れた唸り声は、未だ止まない不満の渦に呑まれる。
最近予想外のこと起こりすぎじゃないか? バックビークは連れ去られたし、シリウスがホグワーツに就任したし。それに代表選手が三人だけなんて。いやこれは正しいんだけど。でも正しいけど正しくないじゃないか。
別に強くてニューゲーム! って思ってたわけじゃなかった。未来が分かると自惚れてた部分があるのは正直否めないけれど。でもこんな予想外のことが立て続けに起こるって、それもう未来が分かるなんて到底言えないのでは?
「……なんだかなぁ」
「鎮まれ!」
どうせ聞こえないでしょ。と思った途端にダンブルドア先生がブーイングを押さえ込む驚きの声量で一喝した。大広間がシン、と静まる。チキンレースみたいになっちゃった、危な。
ダンブルドア先生説明を聴きながら顔を俯けて肩の力を抜く。
いや、この展開はいいことなんだ。今年セドリックが死ぬ可能性がほとんど0になったと言ってもいいんだから。しっかり喜んでおこう。呪文と薬は練習続けとこうかな。今年一年はほぼやることないの確定したし。
「──諸君が分け隔てなく応援し、選手たちへ貢献することを……」
ダンブルドア先生の言葉が突然途切れた。不満そうながらも沈黙を守っていた周りも再びさざめきだす。私はぼんやりとした気持ちのまま顔を上げて、目を見開いた。ゴブレットが再び炎を赤く染め、パチパチと火花を散らしていたからだ。
空を舐めるようにして燃え上がった炎の先から、ヒラヒラと舞い上がった羊皮紙をダンブルドア先生は空中で素早く掴んだ。しかしそれ以降、手の中をじっと見つめたまま動かなくなってしまった。
羊皮紙が落ちてきたということはつまり四人目の代表がいるということ。
本来ならここでハリーが呼ばれるはずだったけれどもう彼はいない。なら今呼ばれるのは残された一人──セドリック・ディゴリーしかいないだろう。
「(……えーーー?)」
なにその時間差フェイント。私だけが得た確信に、ひとりこっそりと落胆する。だってせっかく誰も死なないのかと思ったのに……なんでぬか喜びさせた、なんで順序逆にした? ゴブレットの肩を掴んでガクガク揺さぶりたい。
「ホグワーツ代表」
やがて校長が声を上げた。みんなが身を乗り出す。そうだ、ゴブレットくんを揺さぶってる場合ではない。呪文と薬、本気で頑張らなきゃな。そう改めて気合いを入れ直した。これこそが正しいんだから。予定調和予定調和。
「エレナ・ワイアット」
「…………え?」
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