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 いつものようにひとりで昼食を済ませたあと、私は地下牢教室へ降りていき、窓際の席を陣取った。机に肘をついて今日の授業である解毒剤のページを開き、ぼんやり目で追う。何一つ頭には入ってこなかったが、それでもひそひそ声や視線を拒絶することはできた。授業前でまだ生徒は少数だったが、少ないぶん逆に敏感になってしまう。
 不意に隣の椅子が引かれた。一瞬どきりとしたが、座った人物を見て安堵する。ネビルだった。彼は鞄から教科書や道具をだして机に並べたあと、最後に小瓶を取り出した。ネビルは黙り込んだままそれを私の前に置く。

「これ、よかったら使って。頭冴え薬なんだけど」
「頭冴え薬?」
「うん。考え事したいときにぴったりな薬なんだ」

 『考え事』という言葉に思わずネビルを見る。どうして、そんなこと誰にも言っていないのに。
 しかし彼はいつもとなにも変わらない、普通の表情をしていた。なんとなく意外な気持ちになる。ネビルは私と目が合うと、にこっと笑った。

「エレナにあげる。使っても使わなくてもいいから」
「あ、ありがと……」
「……でも僕が作ったやつだからあんまり効果でないかも」
「そんなこと、」
「だから、もし使ってダメだったら僕に言ってね」

 被せられた言葉に息が詰まった。相談してもいいよと言われてるように聞こえたからだ。使っても使わなくてもいいという台詞すら逃げ道みたいで。都合よく受け取りすぎかもしれない。甘えすぎている気もする。そうは思うものの、私は彼になんと返せばいいのか分からなくなってしまった。二の句が継げなくなった私に、ネビルはゆるりと瞳を緩めて微笑んだ。

「約束だからね」
「……ネビル──」

 何を言うかも定まらないまま、彼の名前を口にする。しかしその直後、教室の外から大きな爆発音が響き渡ってきた。二人して飛び上がるほど驚いてドアの方を見る。室内にいた数人の生徒たちも、何事かを確認しに向かったので、私とネビルもそれにならって立ち上がる。ドアへ向かいながら、私はこれまでの空気が有耶無耶になったことにこっそり安堵していた。


 廊下に出て最初に目に入ったのは目立つ金髪だった。私からは彼の後頭部しか見えず、目は合わなかったが、視界にいれることすらなんとなく憚られ、彼に相対するように立っているハリーへと視線をずらす。ハリーのさらに後ろではロンが蹲るハーマイオニーに駆け寄ったところだった。ロンの肩越しに見えるハーマイオニーは、物凄い勢いで歯を伸ばしていた。それを見て、私は小説のあるシーンを思い出したので慌てて杖を取り出した。

「フィニート!」

 ハーマイオニーに駆け寄りながら呪文を唱える。呪文が当たると、歯の成長はピタリと止まった。それでも歯はもう下顎に迫るくらいまで伸びている。ハーマイオニーが口元を抑えながら涙目で私を見上げた。

「医務室に行かなきゃ」
「この騒ぎは何事だ?」

 私が呟いたと同時に地下牢の主、スネイプ先生が現れる。頼れる寮監の登場にスリザリン生が口々と説明し始めた。それに負けじと、その場に居合わせたグリフィンドール生も抗議の声をあげる。

「先生、ポッターが僕を襲ったんです──」
「僕たち同時にお互いを攻撃したんです!」
「ポッターがゴイルを──見てください」

 そういえばゴイルも呪いかけられてたんだった。ハーマイオニーの方が被害重大だから忘れてた。ついでだから治してあげればよかったな。鼻を毒キノコばりに大きく膨らませたゴイルに、スネイプ先生は落ち着き払って「医務室へ」と指示をした。その対応に、ロンが憤慨しながらハーマイオニーを無理やりスネイプ先生の方へと向かせようとした。

「ハーマイオニーだって──おいエレナどけよ!」
「いやだって! まず口で説明しよ?!」

 こんなに人がいるところで見せたいものじゃないでしょ。隠してる時点で察してあげてほしい。そんな願い虚しく、ロンは皆からハーマイオニーを隠すように壁になった私を怒りながら押し退けた。ちょっもう、この……ロンのアボカドバナナめ!

「いつもと変わりない」

 顎まで伸びた歯を見て、スネイプ先生は冷たくそう言った。ハーマイオニーが泣き声をもらしてその場から走り去っていく。
 私はというと、スネイプ先生の言葉を聞いた途端、口が「はあ?」の形で固まっていた。声が出なかったことだけが救いだ。いやだってデリカシーとかモラルとかさぁ……最低すぎてド直球でドン引きしてしまっている。どういう意図なの? シンプルに嫌味? それとも『いつもと変わらないからそんな気にしなくていいよ』ってフォローなの? それはそれで普通に最悪だけどね。アボカドバナナ二って呼ぼうかな。

「グリフィンドール五十点減点。ポッターとウィーズリーはそれぞれ居残り罰だ」

 そんで私がドン引きしてるたった数秒の間にハリーたちは一体なにしたん……。
 スネイプ先生はねっとりとした猫なで声で2人に減点と罰則を与えると、続けて廊下に溢れる生徒たちへ向けて「教室に入りたまえ」とすげなく言った。

「材料の準備はもう全員できているはずだな。それを注意深く煎じるのだ。それから、誰か実験台になる者を選ぶ……」

 スネイプ先生の目が明らかにハリーを捉えた。ハリーに絶対毒飲ませたいんだな……呆れていると、地下牢教室のドアをノックする音がする。開いたドアからコリン・クリービーがひょっこりと顔を覗かせた。
 コリンはハリーに笑いかけて、それから私を見つけてまたにこっとした。可愛い。つられて私もにこっとする。そろそろと教室に入ってきたコリンは、一番前まで歩いていくとスネイプ先生の前に立った。

「なんだ?」
「僕、ハリー・ポッターとエレナ・ワイアットを上に連れてくるように言われました」

 スネイプ先生のぶっきらぼうな言い方にも臆せず、コリンははっきりと言い切った。しかし鉤鼻の上からじろりと見下ろされ、コリンの顔から笑顔が消える。さながら大蝙蝠VS子リス。

「あと一時間魔法薬の授業がある。二人は授業が終わってから上に向かう」
「先生──でも、バグマンさんが呼んでます。代表選手は全員行かないといけないんです。写真を撮るんだと思います……」

 リータ・スキーターか。ちょっと億劫だけど、ハリー(人柱)がいるからそんな気にすることもないかな。未成年代表選手ということを除けば叔父に闇祓いがいるってくらいしかネタはないし、なにか変な嘘記事を書かれることもないだろう。

「よかろう。ただしポッターは持ち物を置いていけ。戻ってから自分の作った解毒剤を試してもらおう」
「すみませんが先生、持ち物を持っていかないといけません。代表選手はみんな──」
「よかろう! 二人とも鞄を持って、とっとと我輩の目の前から消えろ!」

 そこまでブチ切れなくても。私にまでキレてるじゃん。どんだけハリーに毒を飲ませたかったんだ。どうするの、ハリーの解毒剤が全然効かなかったら。守るべき対象を積極的にピンチに追い込もうとするのなに? ある種の縛りプレイかな?

「すごいよね、ハリー、エレナ?」

 荷物をまとめて地下牢教室を飛び出すや否や、コリンがキラキラ顔で喋りだした。切り替え早いのはコリンのいい所だと思う。

「ね、だってそうじゃない? 君たちが代表選手だってこと、ね?」
「コリンもすごかったよさっき」

 スネイプ先生に対して全然怯まなかったのほんと偉かったと思う。そう言うと、コリンはへにゃっとした照れ笑いを浮かべた。可愛い。

「コリン、なんのために写真を撮るんだい?」
「『日刊予言者新聞』だと思う!」
「そりゃいいや」

 全然いいと思ってなさそうな声でハリーが言った。その顔はうんざりしている。

「僕にとっちゃ、まさにお誂え向きだよ。大宣伝がね」
「うん、本当に……あ、ここだよ!」

 コリンはハリーの言葉に深く同意するように神妙に相槌を打った。指定された部屋の前で、コリンは「がんばって!」とガッツポーズをするようにぎゅっと拳を構えた。ハリーは返事とも唸り声ともとれる声をだしてから、ドアをノックして中へ入る。コリンにお礼をしてから私もそれに続いた。

 使ったことがない教室だ。中はかなり狭い。クラムはむっつりとした表情で皆から少し離れたところに立っていた。フラーは体の前で手を揃え、ぴしりと背を伸ばしている。行儀正しい佇まいだがその眼差しはとてもつまらなそうだ。部屋に入ってきた私に気付くと、フラーの瞳は冷たく細まった。めっちゃ嫌われてる〜こわぁい。
 濃い赤紫色のローブを着た見慣れない魔女──リータ・スキーターと話し込んでいたバグマンさんは、私たちに気が付くと急いで立ち上がって弾むように近付いた。

「ああ来たな御二方! さあ、こっちへ…。なにも心配することはない。ほんの『杖調べ』の儀式なんだから」
「杖調べ?」
「君たちの杖が万全の機能を備えているかどうか、調べないといかんのでね。それからちょっと写真を撮ることになる……こちらはリータ・スキーターさんだ」

 ハリーの心配そうな声にバグマンさんが安心させるように説明した。バグマンさんの紹介に、彼女は待ってましたとばかりに身を乗り出して、大きな目をさらに見開いてぎょろぎょろさせている。口角をぐっと吊り上げて笑顔らしきものを浮かべていた。

「ルード、儀式が始まる前に、ハリーとちょっとお話してもいいかしら? だって最年少の代表選手ざんしょ……ちょっと味付けにね?」
「いいとも! いや──ハリーさえよければだが?」
「あの……」

 バグマンさんに尋ねたときには、リータ・スキーターは既にハリーの腕を掴んでいた。完全に形だけのお伺いだった。助けを求めるようにハリーがちらちらと私を振り返る。が、杖の節が気になってしょうがなかった私はそれに全く気付かなった。気付かなかったんです。そういうことにしておいて。だって私に出来ることはなにもないし。

 コガネムシもといスキーター女史は「すてきざんすわ」とおざなりに言ってハリーを部屋の外へと連れて行った。今の間でなにをすてきに思ったんだろう。ライターの感性はよく分からない。とりあえず南無三ハリー。ハリーは犠牲となったのだ……。

「ちゃんと挨拶する機会がなかったんだが……きみ、エドガーの姪っ子さんだろう?」
「ああ、はい。そうです」

 顎髭を撫でながら、バグマンさんがにこやかに私に話し掛けた。やはりでたなエドガー。正直来ると思ってた。叔父さんと言えば、まだ代表選手になってしまったこと伝えてないんだけど知ってるのかな。ダンブルドアとやたら親しいし知っていてもおかしくはない。

「前はよく飲みに行ってたんだが最近はなかなか予定が合わなくてね」
「なんかずっと忙しそうにしてますよね」
「ああ。働きすぎなくらいだ。アイツは遊び心が足りないんだよなぁ。悪い奴じゃないんだが……」

 目を伏せて少し言いづらそうに口篭るバグマンさんにちょっとショックを受ける。だってこれちょっと不満ある人に対しての言い方じゃん。やたら顔見知り多いし勝手に人望あるのかと思ってたけどそんなことないのかな。実は裏では敬遠されてるの……? それ気付いたとき一番傷付くやつじゃん。やだ、なんか叔父さんの内情を考えてたら気持ちがすごく沈んできた。

「賭けにも全然ノッてこないし」
「あっそういう……堅実なんですよ、多分」

 続けられた言葉に一気に安心した。賭けね。もう全てを察しました。賭けにノらないって、だってそれはそうでしょう。バグマンさんと賭けは、ねぇ? パクられそうだし……確かこの人今ゴブリン達と揉めてたはずだ。双子の賭け金だってなあなあにされてるし。

 バグマンさんは私に賭け事の楽しさをつらつらと話し出した。話の節々から私と賭けをしたいというのが伝わってくる。いや絶対しないよ。よく脳内でぼっち賭けはしてるけども。ていうか十四歳に賭博教えようとしないで教育に悪い。途中、あとから教室にやってきたクラウチさんやオリバンダーさん、そして他校の校長たちに『何話してるんだこいつら』という目で見られた。何話されてるんだろうねほんとに。

 ハリーとスキーター女史、それから続けてダンブルドア校長がやってきて、杖調べの儀式が始まった。やっと賭け事講座が終わったのでこっそり息を吐く。まだななにも始まってないのになんだか変に疲れた。

 オリバンダーさんはフラー、クラム、ハリーの順で杖を調べていく。そして最後に私の番が来た。オリバンダーさんは私の杖を受け取ると懐かしそうな表情を浮かべた。少し嬉しそうだ。

「貴方の杖ももちろん覚えていますとも。樫の木にユニコーンの毛。よくしなる、三十センチ……」

 オリバンダーさんは独り言のように材質を呟いた。丹念に調べあげると、最後の仕上げとばかりに杖先からシャボンを噴き出させる。宙に舞うあぶくの最後のひとつが弾けるのを見届けると、オリバンダーさんは満足げに私に杖を返した。

「この杖は今でもなんら変わらず、貴方の忠実な友のままじゃ。貴方の信頼にきっと答えることじゃろう……」

 この杖友達だったんだ。四年目にして初めての気付き。ごめん全然知らなかった……。受け取りながら、伝わっているかは定かではないが心の中で杖に謝る。改めて肝に銘じます。これからもどうぞよろしくね、こんな私だけど笑って許してね。杖が笑うのかは知らないけど。


 新聞用の代表選手の集合写真を撮り終えたあと、スキーター女史が個人写真がほしいと言い張ってきかなかったので、私たちはまたそれぞれ順番に写真撮影を行った。スキーター女史たっての希望で、ハリーは一番最後だった。
 個人撮影を終わらせたクラムやフラーがさっさと教室から出て行く。私も彼らの後に続いて教室を出ようとして、ドア付近で少し振り返る。ちょうど、スキーター女史の自動速記羽根ペンがハリーの体の至る所を突いたり羽で撫でたりして指導を入れているところだった。顔の向きに体の方向、顎の引き方や目線、それから表情。撫でられた所がくすぐったかったのか、ハリーがくしゃりと顔を顰めた。なんかハリー、ここ数時間で痩けた気がする。強く生きて。内心で手を合わせて、そっとドアを閉めた。私に出来ることはやっぱりなにもないので置いて帰らせてもらうね。必要な犠牲でした。合掌。
 

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