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 せっかくネビルがくれた薬なのに、自分の死について考えるためなんかに使いたくはない。
 しかしかといって彼に打ち明ける勇気だってない。そもそもなにからどこまで話せばいいのかだって分からないし。

 そうして悩んだ末に、私は結局薬を使わないことにした。もちろんネビルに打ち明けることもしない。
 ネビルの優しさに甘えるには、きっとまだ早いだろう。


 キラキラとした薬瓶を小箱の中へそうっといれて蓋をする。そして杖先から作り出した深紅のリボンを巻き付け、飾りあげたそれをトランクの奥の方へとしまった。


 この先どんなことがあっても、トランクの底にこの箱が、ネビルからもらったこの薬があることを思えばもうちょっとだけ頑張れるような気がした。
 



 そうして結局変わらぬ日々を過ごすこと数日。
 いつもの教室で昼食をとろうとしていれば不意に勢いよく教室のドアが開いた。視線を向ければ、ここ数週間ですっかり見慣れた顔が覗く。走ってきたのか黒髪が乱れ、息が少し上がっていた。当たり屋先輩はドア口から、ぽかんと間抜け面を晒す私を見つけると、何も言わずにすぐさまその場から走り去っていく。

「……なんだったの、今の」

 時間にして三秒にも満たなくて、話しかける暇すらなかった。まあ話しかけたってきっと無視されるけど。それにしたって相変わらずの嵐っぷりだ。だけど私がここにいるのなんてもはやいつも通りなはずだし今更避けるなんてことある? 未だ謎の多い、というか訳の分からない人だ。髪飾りも返してくれないし。なんでもいいけどドア閉めていってほしかった。廊下から入り込んでくる冷たい風に身震いをする。仕方ないと席を立ち、ドアの方へと向かう。

「(そういえばあの日以降三つ編みしてないなあの人……)」
「──エレナ!」
「うわっびっくりし、た……」

 ドアに手をかけた瞬間、目の前に現れた大きな影に覆われる。反射でついた言葉を口にしながら顔を上げて、声が萎む。私の名前を呼んだその人──セドリックは少し眉を下げて「ほんとにここに居たんだ」と呟いた。

「最近あんまり見掛けなかったから……じゃあ、いつもここで?」
「うん、まぁ……セドリックこそ、どうしてここに?」
「君を探してたんだ」
「私を?」
「ほら、話せてなかっただろ? ──あの日以降」

 セドリックは少し言いづらそうにして最後の言葉を付け加えた。あの日、とは代表選手発表の日以外ない。セドリックからすれば話したいこと、というより言いたいことはたくさんあるに決まってる。

「(ああ、やだな)」

 きっと、すごく怒っているのだろう。この先の展開が読めてしまい、目を逸らしてしまう。彼の顔が見れなくなった私は、少し俯いて相槌を打った。

「違うよ! そうじゃなくて、えぇと……あっ!」

 しかしセドリックは、慌ててなにかを否定しはじめた。なんのことかと訝しんで彼を見上げていれば、セドリックは突然パッと思い出したように笑って片手を上げる。その手にはバスケットを持っていた。

「僕もお昼とってきたんだ、一緒に食べてもいいかい?」
「それはいいけど……」
「ありがとう!」

 セドリックはにこやかにそう言うと、教室内に入り、私の鞄が置いてある近くまでスタスタと歩いて行った。……怒りに来たんじゃないのかな。まさか空腹で本題を忘れてる? そんな食いしん坊キャラだったっけセドリックって。不思議に思いつつも、私は改めて教室の扉を閉めた。

 セドリックは私の前の席に横向きで腰掛けていた。己の膝をじっと見つめて考え事をしているようだった。
 私が席に戻ってくると、彼はハッと顔を上げ、やがて意を決したように「あのさ」と口を開く。その眼差しに、いよいよ来るかと身構える。さっきよりかは糾弾される覚悟はできていた。

「大丈夫?」
「え……えっ? だい、え、なにが?」
「なにがって、そりゃ色々さ」
「いろいろ……」
「色々」

 私のオウム返しにセドリックも律儀に頷いて言葉を繰り返した。大丈夫とか色々とか、……いや、話の流れがさっぱり分からない。全くのノーガードのところをいきなり攻め込まれても困る、対処できない。そういう意味ではなんにも大丈夫ではない。

「代表に選ばれちゃったこととかさ。それに第一課題までもう一週間もないし」

 セドリックは「僕にも手伝えることあるかなって」とこともなげに続ける。その声色も視線も表情も、どれをとっても責める色は見つからない。むしろ、心配するかのように気遣わしげで──

「(嘘だ、そんなの有り得ない)」

 信じられなくてつい目を伏せた。楽観的にも程がある。応援するとか言ったくせに、結果裏切ってるんだから。そう俯いた拍子に視界へ映りこんだセドリックの体を見てそういえば、とあることに気付き、思わず小さな声がでた。私の呟きを拾って、セドリックが首を傾げる。

「どうかした?」
「いや──バッジがないなって思っただけ」
「バッジって……なんで僕があんなもの付けると思うんだ?」

 私の言葉にセドリックはいたく憤慨したのか、荒く語調を強めた。チョウの件で揶揄うときとは違い本気で怒ってるみたいだった。それこそ、ハリーが代表と発覚したときよりも。
 またまた予想外の反応を返され、ついたじろいでしまう。そう、この反応。これがさっき来ると思ってたんだよ私は。なのにどうしてセドリックは今になってこんなに怒ってるんだ。順番が違うでしょ。

「なんでって、逆に付けない理由がある?」
「あるに決まってるさ、僕はきみの友達なんだから!」

 なんとか絞り出した返答も、ひとつ大きく吼えられてしまえばなんの意味ももたない。唖然と口を開いたままにしていれば、セドリックがため息を吐いた。感情を落ち着けた顔で、私に視線を合わせてくる。

「僕はエレナが自分から立候補したなんて思ってない」
「!」
「それは僕だけじゃなくて、この学校できみをよく知ってる人達ならみんな思ってることだよ。特にネビルなんかは一番ね」

 最後まで私の目を見て、セドリックはきっぱり言い切った。驚いて呆けている私に、彼はまたムッと眉を吊り上げる。

「僕は友達を応援できないほど心が狭いヤツだって思われてたのかい?」
「そんなことは……だって私、『応援する』って言ったのに、その、結果的には裏切る形になっちゃったわけだし」
「裏切るって……考えすぎだよ、そんなふうに思うわけないだろ」

 そうだろうか。……そうなのかもしれない。
 呆れた表情を浮かべるセドリックを見ているとそう思い始めてくる。改めて考えると、思考が悲観的に寄りすぎてる気がしないでもない。

「……そっか」
「そうだよ」

 セドリックは軽く肯定すると、息を吐くように緩く相好を崩した。




 すっかり仲直り──というとなんだかおかしな言い方になるが、とにかくセドリックとも和解した後は『誰が私達の名前をいれたか』という話へとなった。
 セドリックは静かに口を開くと「ハリーのことは分からないんだけど」と前置きをして話し出した。

「スミルノフなんじゃないかな」
「えぇ? まさかぁ!」

 挙げられた名前に、有り得ないと吹き出して笑ってしまう。しかしそれでもセドリックは真剣な顔を崩さなかった。

「確か彼女はもう十七歳を超えてるから年齢線には引っ掛からない。それにあいつはきみのことをよく思ってない」
「それが理由でいいなら、十七歳以上のスリザリン生は全員候補に上がりそうだけど」
「まだあるさ。彼女の家は闇の魔術に傾倒してるって噂があるんだ。きみを代表に選ばせるような、なにか強い魔法をゴブレットにかけたんじゃないか?」
「……いや、それってあくまで家の噂でしょう? それに生徒にそんなことできっこないよ」

 真に迫るセドリックの様子に、つい一瞬納得しかけてしまった。けれどすぐに彼の考えを否定する。再三言うけどあのアルバス・ダンブルドアが直々にかけた魔法やゴブレットとの魔法契約やらを一介の学生にどうにかできるわけがない。あとそういう噂で推測をたてるのはよくないよね。どこぞのプリンスを思い出しちゃう。ともかく、今回のバグはクラウチJrのやらかしに決まってる。

 そう思ってばっさり切り捨てたが、セドリックはやっぱりまだ納得がいかないようだった。

「そうかなぁ。あんまり言いたくはないけど、スミルノフって正直かなり優秀な魔女だし。性格は最悪だけど」
「面倒臭い性格してるのには同意するよ。でも私、あの人と最近少し話すようになったんだけど、そこまで悪い人だとも思えなくなってて」
「それこそ“まさか”だよ! ……ああでも、きみがこの教室にいるって教えてくれたのは彼女だったな」
「えっそうなの」
「うん、昼休みが始まってすぐにね」

 どうしてだろうと二人で首を傾げる。気まぐれ親切だろうか。もしかして眠り薬のお礼? 最初に渡して以降わりと高頻度で要求されてるしそれなのかな。在庫処分も兼ねてるからwin-winなんだけどな。別に気にしなくても……ああでもそれなら髪飾りの方も返してほしい。セドリックと仲直りできたのも嬉しかったけど……。

「──じゃあ誰が、なんのためにエレナの名前をいれたんだろう」

 セドリックの言葉にハッと顔を上げる。しかし独り言のつもりだったのか、彼は持参したパンをぼんやりと齧っていた。


 名前を入れて細工したのはクラウチJr。
 それはもう私の中でほとんど確定していた。

 でも言われてみれば、確かになんのために私まで巻き込んだのだろうか。




「……ところでスミルノフってあの人のことだよね」
「? 他に誰かいる?」

 ……今までずっと間違えていてすみません。
 この場にいない当たり屋先輩に向けて、心の中でそっと謝罪した。
 

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