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私の強み、それは『前世の知識』だ。
若干の脆弱性がみえてきているのは否めないけれど。それでもまだじゅうぶん強みといえると思う。
私の生きていた世界には魔法なんてなかったし、当然ドラゴンだって存在していなかった。が、ドラゴンと類似するような『モンスター』なら幼い頃から身近だった。
──もちろん、ゲームの中での話だけど。
ドラゴンに睨まれながらも、とりあえず一歩だけ前へ進んでみる。
するとドラゴンは歯をむきだしにしてぐるぐると唸り声を上げた。体勢を低くして今にも飛びかかってきそうだ。まだ卵まで全然近くないし、ほんの少ししか動いていない。それなのに全力で警戒されてる。怯えとは別の理由で思わず頬が引き攣った。
「(『動物に嫌われる』ってやつ、ドラゴンにも適応されちゃうのか)」
予想してなかったわけじゃない。でも今回だけはノーカンだといいなって思ったのに。まあヒッポグリフがだめでドラゴンだけはいけるっていうのもおかしな話だけど……あれ待って、てことは水中人大集合の第二課題もキツいのでは? う、うわ無理気付きたくなかった! どんなタイミングでアイデアロール成功させてるんだ。
不意にドラゴンが視界から姿を消した。それから頭上が突然暗くなる。あ、これ上───私は弾かれたようにその場から駆け出した。
「なんと、間一髪です!」
ついさっきまで立ち尽くしていた場所が凶悪な爪のついた足によって大きく抉られるのが一瞬見えた。バグマンさんの実況が聞こえるがそれどころじゃない。えっ卵守ってる最中の動物って普通は卵のそばから離れないんじゃないんですか?! 私が嫌いだから真っ先に排除しにきたってことですかなるほどね!!
パニックになりながら会場を走り続ける。すぐ背後からは岩を砕いていく轟音が休むことなく追ってきていた。逃げる途中、飛んでくる瓦礫に何度も当たったし、足元を見る余裕もなくて何度も転ぶ。自衛の呪文を使うひまはない。最後の方は心の中ででさえ叫ぶ余裕はなかった。
「ワイアット選手、無事に危ういところを切り抜けました!」
「(いやボロボロなんですけど……)」
会場を半周以上した頃合いで一旦諦めたのか、ドラゴンからの襲撃が止まる。観客のブーイングだか悲鳴だかとバグマンさんの実況に、悔しそうなドラゴンの咆哮が被った。なにこの地獄の三重奏は。耳がバカになりそう。壁に手をついた状態で聞きながら息を整える。
息を吸うたびに口内で血の味がした。頭が重くて、心臓の音と一緒に耳鳴りもする。会場広すぎだし足場が悪すぎる。
荒い呼吸を繰り返しながらも、胸を抑えてドラゴンを振り返る。と、ドラゴンの方もこちらを見ていた。大きく広がった鼻奥からちらりと赤い炎がせり上がってくるのが見え、大岩の後ろへ転がるようにして逃げ込む。一瞬間に合わなくて足首が炎に炙られた。燃え焦げた靴の合間から真っ赤になった皮膚が覗く。ただでさえ痛いのに、空気に当たるとさらにヒリヒリと痛んだ。
岩に隠れて炎をやりすごしながら、なにかが垂れてくる感覚に目元を拭う。手の甲を確認すると血がべっとりついていた。汗かと思ったのに。どうやら額が切れているみたいだ。腕や足も、破けた服の間から痣や擦りむけが見えている。穴あきや傷をひぃふぅみぃと数えかけてやめた。そんなことをしてたら日が暮れそうだ。
傷を治す呪文とか覚えておけばよかった。怪我するのなんて分かりきってたことなのに。傷口を血を使って凍らせながら後悔する。この方法、雑だし寒いしあとでマダム・ポンフリーにばちばちに怒られそうだし。
呼吸も整ったので岩から少しだけ顔をだす。しかしすぐに炎が襲ってきたのでまた定位置に戻った。でもこの岩ももう耐えられないだろう。そろそろ私の作戦を始めたほうがよさそうだ。
岩の壁を見上げる。都合のいいことに、ちょうど卵のすぐ下まで来ていたようだ。ラッキー。
「(やっぱどうみても『ドラゴン/ほのお』だよね、あれ)」
ドラゴンタイプなんてみんな『かえんほうしゃ』覚えるからちょっと不安だったけど、でもあの全身を覆うゴツゴツとした赤い鱗に顔の周りの金の棘。見た目いかにも『ほのおタイプはいってます』って感じがする。完全に私の感覚だけど。
ともかく、それなら想定してた作戦──『じめん/いわ』攻めも『こうかはばくつぐん』なはずだ。
「(まずは足元を崩さないと)」
炎が止まった瞬間、岩から飛び出す。炎を吐かせるより先に、ドラゴンの足元へ杖を向けてボンバーダ・マキシマを数箇所に放った。虚をつかれたのか、炎は吹かれなかった。しかし威嚇するように大きく吼えられる。
飛ばれて回避されては困るのでドラゴン本体に向けてインペディメンタも加減なしでひとつ飛ばす。その衝撃も相まってか、至るところに亀裂が入った地面はガラガラと崩れだした。そして瞬く間にドラゴンの立っている場所を中心に深く陥没する。ドラゴンの頭まですっぽり余裕で隠れてしまうくらいの大きな穴ができた。
ドラゴンはいきなりのことで混乱しているのか首をきょろきょろと動かし辺りを確認している。その間に、私は逃げる間に岩へとかけていた呪文を発動させた。
なにも、ただ無意味に怪我を増やすためだけに走り回っていたわけではないのだ。
「おーっと、会場中の岩が宙へ浮き始めました!」
もっと速く、もっと高く、もっと遠くへ。
意識を空へ飛んでいく岩へと集中させる。杖を上げ、祈るような気持ちで空を見上げた。岩がごま粒のようになり、やがて完全に見えなくなったとき、私は杖腕はそのままに、ドラゴンを見下ろした。深い掘りの中から、ドラゴンと目が合う。青白く濁った真珠玉のような瞳に、私の影が映っているのがやけにはっきり見えた。
「フィニート」
呪文を解除すれば、墜ちてくるのは一瞬だった。
幾つもの大岩が雨のようにドラゴンへと降りかかる。一際大きな岩が翼を地面に縫い止めるように落下した。逃げ出そうともがく合間にも次々に他の岩が墜ちてくる。耳をつんざくような、空気を震わせる絶叫に顔を顰める。一瞬ふらついて近くの岩に手をついた。
そうして岩の雨が止むころには、ドラゴンは全身すっかり瓦礫の下敷きになっていた。一部の隙間から赤い鱗がちらりと見えるか見えないかくらいだ。
「なんということだ! ドラゴンを完全に封じ込めてしまいました!」
「(似非りゅうせいぐんの似非がんせきふうじ……なんちゃって)」
歓声が聞こえた。しかしなんだかぼんやりする。幕ひとつ隔てたようにはっきりせず、どこか他人事のように感じた。
ドラゴン技の完璧再現なんて不可能だしただの隕石もどきだ。でもたとえこの子がドラゴン単タイプだとしても、ここまでやればまあさすがに全く効かないってことはないでしょ。それにドラゴンなんて恐竜みたいなもんだし。恐竜は隕石で滅んだらしいし。効く効く。
しかもこれだけ岩で固めちゃえばステロがわりにもなるし、そう簡単には身動きとれないはずだ。ということで暫くは大人しくしてもらって。
私はドラゴンに背を向けて卵の巣へと走りだす。いくら動きを封じたからといって悠長にもしていられない。時間制限あるのか知らないけどそれなりに時間は食っちゃってるだろう。
半分よじ登るような形で卵の巣まで向かう。よかった、傷ついたりはしてないみたい。ホッとしながら卵に手を伸ばした。
「ドラゴンが!」
誰かの叫び声に背後を振り返る。ドラゴンは大量の岩から抜け出そうと全力でもがいている所だった。のしかかった岩が振り落とされていく。
吹き出される炎や岩石の合間から、憎々しげに睨み上げる瞳がはっきりと私を捉えた。大きな尾に振り払われた岩がこちらへ真っ直ぐ飛んでくる──咄嗟に杖を構えたが呪文がでてこない、頭の中が真っ白だった。
終わった、と思った。しかし幸運なことに、ものすごいスピードで飛んできた岩は、私の足場よりかなり下に直撃した。バランスを崩しかけはしたが、近くの突き出た岩を掴んでその場に留まる。そしてなんとか体勢を立て直し、私は今度こそ金の卵を掴んだ。
「ワイアット選手、卵をとりました! 競技終了です!」
「よくやりました、ワイアット!」
スタンドを出た途端、マクゴナガル先生が駆け寄ってきた。近付くうちに顔の怪我に気付いたのか、サッと顔が白くなる。傷だらけの全身を見ると、先生は口元に手を当てた。
「ああなんと……早くマダム・ポンフリーの所へ……」
「大丈夫です、見た目ほど痛くないので……それより採点は──?」
話しながら改めて会場を見直す。何人かの魔法使いがドラゴンを鎮めたりスタンドを直したりしていた。いや我ながらめちゃくちゃやったなぁ……これで減点されたらどうしよう。
「さて、それでは採点にうつりましょう……」
バグマンさんの言葉とともに審査員の先生方が杖を掲げた。杖先から順繰りに数字が浮き上がっていく。マダム・マクシームが「7」、ダンブルドアが「9」、クラウチさんが「7」でバグマンさんが「9」、そしてカルカロフが「6」──
「六点?」
「あなたはとても立派でした。素晴らしかった。点数なんて気にすることはありません」
あのカルカロフが六点もくれるの? 私に?
信じられない気持ちが声にでてしまった。しかし誤解させてしまったのか、マクゴナガル先生は険しい顔できっぱりと言い切る。そして私の肩を掴んで「さ、手当てを受けに行かなければ……」と未だ拍手や歓声が残る会場から引き離した。
マダム・ポンフリーは、救急テントにやってきた私を見るなり「なんてこと!」と大きな声で叱りつけた。
「傷口を凍らせるなんて! 細胞が壊死して取り返しのつかないことになったらどうするつもりだったんです?」
有り得ないと憤慨しつつ、マダム・ポンフリーは包帯や薬をテキパキ用意しながら言った。細胞が壊死するなんて考えもしてなかった。ぐうの音も出ない。じゃああの、焼けばよかったのかな。そっちの方が漫画とかでもよく見るし……。
「どちらもだめに決まってるでしょう!」
「いったぁ!」
そう言って、マダム・ポンフリーはビシッと杖を突き付けて擦り傷には紫色の液体、火傷した場所にはオレンジ色の液体をそれぞれたっぷり塗布した。煙が出てビリビリと滲みる。どこもかしこも燃えるように熱い。マダム・ポンフリーは叫んだ私を無視して、杖でトンと傷口を叩いていった。薬は肌へ染み込むように溶け、たちまち癒えていく。
「傷口自体はさして大きくはないようですが、全く……他にどこか気になる箇所は?」
「いえ、あ、耳がなんか変な感じするんですけど……」
私の言葉にマダム・ポンフリーは難しく顔を顰めながら、杖を振って検査をする。「あらまあ!」と眉をさらにひそめた。
「少しですが鼓膜が破れてるわ」
「あらまあ」
「あらまあじゃありません! さあ破れた方の耳を上にして横になりなさい」
「えぇ……?」
めちゃくちゃ言われた。怒られながら指示の通りに寝転がる。ドロっとしたものを一滴垂らしこまれた。冷たいし、なんだか気色悪い感覚だ。
「五分は安静にして、そのままの体勢でいること」
くぐもって聞こえた声に返事をすると、マダムはせかせかとテントから出て行った。目をつぶるとやっと緊張が解けたのか、どっと疲れが襲ってくる。
「(もうハリーは飛んでるのかな)」
さっき歓声が聞こえたから始まってはいるんたろうけど。見たかったな、コリン録画とかしてないかな。してたらあとで見せてほしい。
そろそろ五分経ったかなと目を開ける。深い青のきらきらした瞳が間近に迫っていた。
「うわなに、えっフラー?」
「あなーた、もう起きてもいいのでーすか?」
「え、はい多分……」
飛び起きた私にフラーは小首を傾げる。私の頷きに、彼女はふぅんと言いながら立ち上がった。興味あるのかないのかどっちなのその反応。というかなんであんな近くにいたんだ。あの奇行の意味は。
外から今までとは比べものにならないくらいの大きな歓声が聞こえてきた。きっとハリーが卵をとったんだ。
「あなーた、ちゃんと戦える人でーした」
「え?」
不意にフラーが小さく呟いた。彼女は片腕を抑えて地面を見つめている。
「臆病者じゃありませーんでーした、わたしが思っていたよりもずっと。だから、あなーたも、わたしたちのライバルでーす」
「……それは、光栄です、ね?」
よく分からなくて変な返しをしてしまった気がする。でもフラーはふふんと満足気に口角を上げた。
「ところでハリーの試合は観なくてよかったんですか?」
「録画してまーす」
「あっそうですか」
「二人とも、隣のテントでミスターバグマンが呼んでるようですよ」
マダム・ポンフリーが外から声をかけてきた。卵を持って、フラーと二人で隣のテントに移動する。ハリーとクラムは既に揃っていた。ハリーが私を見てにっこりとした。頬がピンク色でやけに幸せそうだ。試合後の高揚感ってだけではなさそう。きっとロンと仲直りできたんだろうな。
「全員よくやった!」
バグマンさんが足を弾ませてテントへ入ってきた。こちらもすごく嬉しそうだ。
「手短に話そう。第二の課題まで十分に長い休みがある。第二の課題は、二月二十四日の午前九時半──しかしそれまでの間、諸君に考える材料を与える! 諸君が持っている卵、見てもらうとわかるとおり、開くようになっている。その卵の中にあるヒントを解く──それが第二の課題がなにかを教えてくれ、諸君の準備の手助けをしてくれるだろう!」
選手たちが頷いたのを見ると、バグマンさんは元気よく「では解散!」と言った。ぞろぞろとテントを出る。
第一課題のときはノーヒントだったのなぜなんだろう。カンニング前提課題だったの? カンニングも実力のうちってこと? 解せない。
「エレナ!」
「ネビル!」
まあなんでもいいや、無事に終わったんだし。
禁じられた森の近くでネビルが大きく手を振っていた。待ってくれてたんだ。嬉しくて笑顔になる。気付くと私は駆け出していた。
「見ててくれた?!」
「もちろん! かっこよかった!」
走ったいきおいそのままに飛びついた。ネビルは私を受け止めてくるりと一回転してから降ろす。やった、褒められた! 「かっこいい」だって! へへ、と口が緩んだ。なんかシャッター音が聞こえた気がするけど今はそんなのどうでもよかった。
抱きついた拍子に金の卵を落としかける。私よりネビルの方が慌てた。ネビルは神妙な顔をして「僕が持つよ」と手を差し出してくる。
「わ、重い……あ、今夜は寮でパーティだってフレッドたちが」
「わぁ、楽しみ」
私もいつか厨房行ってみたい。日本食とかリクエストしたらでてくるのかな。
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