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◆◆◆
肖像画をくぐるなり、爆発したような歓声が私とネビルを出迎えた。室内は大量の食べ物や飲み物で足の踏み場もないくらいだ。リー・ジョーダンが花火を飛ばし、あたりに星や火花を散らせる。
「おいハリーはまだか? どうして揃って来ないんだよ!」
「そんなこと言われても」
談話室の一角では、絵の得意なディーンが何枚もの旗にハリーや私の姿を描いていた。ファイアボルトでドラゴンの頭上を飛び回るハリーに、大岩を操りドラゴンを沈める私の姿……こうして並べられると自分の作戦がいかに物騒だったのか分かる。こんなふうに見えてたんだ……。
「鬼気迫る、氷のような表情! よく再現できてるだろ?」
「別にこんな怖い顔はしてない……」
してないはずだ、多分。そりゃ必死だったけど。
しばらくしてからハリーたちも揃い、やっとお祝いがはじまった。リーが近くのテーブルに置いてあった金の卵を手に取る。ハリーの卵だ。私のものはすでに寝室に置いてきている。
「おっどろき。これ、かなり重いや」
「開けてみろよ、ハリー! 中になにがあるか見ようぜ!」
ワクワク顔のみんなにそう急かされ、ハリーは周りを見渡してニヤリとした。私はステーキ・キドニーパイを食べていた手を止め、皿もフォークもテーブルに置いて両手を完全フリーにする。耳の横に手をスタンバイさせる私に、ネビルが不思議そうにした。
「エレナ?」
「実は鼓膜破れたばっかなんだよね、私……」
リーから卵を受け取り、ハリーは卵のてっぺんについている蝶番を掴んでぐっと回す。ぱかりと、花が開くように卵の殻が割れ、中から透明の球が姿を現した。一瞬、みんなが息を詰めた。
次の瞬間、ひどい叫び声が部屋中に響き渡る。耳を塞いでてもかなりうるさかった。フレッドが「黙らせろ!」と声を上げ、やっと卵が閉じられる。
「なんだよ今の」
「ていうかエレナ、開ける前から耳塞いでなかった?」
「一回部屋で開けてたから」
「じゃあ言ってよ!」
「だれかが拷問を受けてた!」
シェーマスたちが私を非難する中、ネビルだけは真っ青な顔で叫んだ。食べかけのソーセージ・ロールがバラバラと床に落ちる。
「君たち、『磔の呪文』と戦わなくちゃならないんだ!」
「バカ言うなよ、ネビル。あれは違法だぜ。俺が思うに、ありゃパーシーの歌声にちょっと似てたな……」
ジョージは今にも倒れそうなネビルを宥めつつ至極真剣な顔を作った。「もしかしたらやつがシャワーを浴びてるときに襲わないといけないのかもしれないぜ」と言い、指をパチンと鳴らしてハリーと私を指さす。みんなが笑いだすが、ネビルの表情は暗い。
「大丈夫だよ、選手たちに『磔の呪文』をかけたりするわけないし。それよりほら、これでも食べたら?」
「うん……」
私はネビルの近くにあったクリームサンド・ビスケットの皿を差し出す。まだ浮かない顔ではあったが、ネビルは勧められるがままにビスケットをひとつ手に取り小さく齧った。
「ていうかパーシーってシャワーのとき歌うんだ」
「うん、それはもうすごい歌うな。かなりひどい」
「そんなに……」
意外と陽気な一面だ。ジョージは先程までの笑顔を一気に引っ込めた。その横でロンも同じように真顔で頷いてる。そこまで言われると逆にちょっと聴いてみたい気もする。そんな機会はないだろうけど。
「ところでこれ、全部厨房から持ってきたのよね。厨房ってどうやって行くの?」
「簡単さ、果物が持ってある器の絵の裏に隠し戸があるんだ。梨を──」
ハーマイオニーがジャム・タルトをつまみながらさり気なく聞いた。フレッドの説明を真剣に聞いている。厨房への行き方を一通り説明し終えたあとで、フレッドはやっとおかしいぞと気付いた。
「おい、まさか屋敷しもべ妖精を率いてストライキでもやらかすつもりかい?」
「ビラ撒きとかなんとか諦めて、連中を焚き付けて反乱か?」
双子が茶化すが、ハーマイオニーはなにも言わない。私は話をふられないように静かに存在感を消した。この件──屋敷しもべ妖精福祉振興協会通称SPEWの活動──に関しては、今のところ中立の立場だからだ。バッジ費用も払ってないし当然会員にもなっていない。生物の権利問題ってすごい難しいからそんな簡単な気持ちで意見はできないよねっていう気持ちです。
「連中をそっとしておけよ、料理に集中できなくなっちまうからな!」
「……えっネビル?!」
フレッドがそう忠告したちょうどそのとき、隣に座っていたネビルが突然全身が黄色い羽に覆われ始めた。なにもできず狼狽えていれば、あっという間にネビルは大きなカナリアへと変身した。
「あ──ごめんネビル! 忘れてた、俺たちクリームサンドに呪いをかけてたんだ!」
一分も経たないで羽が抜け始める。全部抜け落ちると、いつもとまったく変わらない姿のネビルが再び現れた。他の生徒たちも笑いながら、次々とクリームサンドへ手を伸ばしていく。羽の色はランダムみたいだ。
「カナリア・クリーム! ジョージと僕で発明したんだ── 一個七シックル、お買い得だよ!」
「エレナもどうだい?」
「また今度買おうかな……」
よくできたジョークグッズだと思う。動物もどきに近い感覚をこんなお手軽に味わえるなんてすごい技術だ。……かなりびっくりしたけど。
色とりどりのカナリアだらけになってしまった談話室の中で、唯一人型を保っているハーマイオニーの隣へと移動した。彼女は無言で座ってきた私をちらりと見遣ったが何も言わなかった。
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「──あ」
「どうしたの?」
嫌な予感がして廊下の真ん中で鞄を漁る。ネビルが私に合わせて少し前で立ち止まった。
「あー、やっぱり。グローブ忘れた……」
「あちゃあ……」
一限、薬草学なのに最悪だ。温室まで遠いのに。取りに帰って間に合うだろうか。ひとまずネビルには先に行っててもらい、自分はグリフィンドールの塔へ戻る。
運良く階段にも先生にも一度も捕まらなかったおかげで、塔まで戻るのにそこまでの時間はかからなかった。これなら帰りは走らなくても大丈夫そう。
「ヒィッ!」
「え?」
寝室の扉を開けた瞬間、悲鳴と、ドサドサと本の山が崩れる音がした。甲高い声だ。おそるおそる声の方へと歩いていく。
近付くと、何冊もの大きな本の下で小さいなにかがじたばたと必死に動いているのが分かる。身動きが取れなくなってるみたいだった。私は上に乗っている重そうな本を数冊横に除けていった。
そうして重しがなくなればあとは一瞬で、パチンという音によって一斉に本が元の場所に戻っていく。
「失礼致しました、どうもありがとうございます!」
「い、いえ……」
最初よりきれいに整頓された本の山の横に立つと、その子はガラス玉のような瞳で私を見上げた。丁寧なお礼にたじろぐ──いや、たじろいだのはそれが理由じゃない。だってどうにも、見覚えのある顔なのだ。
「(え、ドビーだよね……?)」
屋敷しもべ妖精自体初めて見る。でも前世のあれそれで見た顔にそっくりな気が……あれ、でもドビーってもうホグワーツで働いてたんだっけ。五年からだったような。
(推定)ドビーは私の不躾な視線に大きな瞳をパチパチとさせた。しかし何かを思い当たったのか、ハッとした表情になる。そして傅くように私の足元にうずくまった。
「本を崩してしまい大変申し訳ありませんでした、お嬢様……!」
「えいやちがちがちが、いやそんな全然、いやほんとお気になさらずこちらこそ驚かせちゃったみたいでっていうか、あの頭下げるのやめましょ、ね?」
やめてやめてそもそもこの本の山私じゃないし……。
私もつられて床へとしゃがみこむ。「やめて」という言葉に反応したのか、ドビーは姿勢を戻して顔を上げた。どこかきらきらとした目線が刺さる。なんか痛い。
「お嬢様、なんとお優しい……」
「いや別に優しくは……」
「ドビーは今日が初出勤で……クビになったらどうしようかと」
「(ドビーって言った……)」
(確定)ドビーは帽子代わりのティーポットカバーをぎゅっと掴みながら、「やっと見つけた仕事だったのに」と続けた。なるほど、今日からホグワーツ勤務だったのか。
「そんな大事な日にいきなりお仕事の邪魔を……申し訳ない……」
「邪魔だなんてとんでもございません!」
手を体の前で大きく振って、ドビーはにっこり笑った。やだ、笑顔ひとつですごい和む。屋敷しもべ妖精ってマイナスイオンの塊なのかもしれない。
「(って呑気に癒されてる場合じゃなかった)」
本来の目的を思い出し、机の上に置きっぱなしだったグローブをとる。机からグローブの下に敷かれていたムネモリアの栞が滑り落ちた。ああ、昨日使ってそのまま仕舞うの忘れてた。
床に落ちた栞を拾ったドビーが「あっ」と声を上げて耳をパタパタさせる。首を傾げると、ドビーは控えめにはにかんだ。
「いえ、その……懐かしいなと」
「懐かしいって、この花?」
「いいえ、栞のことです。そちらの栞はドビーが作ったものにございますので」
「……えっドビーがこれを?」
「ええ。四年前の夏、ドラコ坊っちゃまのご命令で」
「──ドラコって……」
「ドビーは以前マルフォイ家に仕えておりまして──」
私が聞き返すとドビーは懐かしげに頷いた。かと思えば、言葉の途中でパッと口に手を当てる。大きな瞳をうろうろと動かし見るからに狼狽えはじめた。
「えっなに、どうしたの? 大丈夫?」
あまりに異様な様子に具合が悪くなったのかと不安になる。私の問いかけに、ドビーは首を横にぶんぶん振って否定を示した。耳をぺたりと下げ、一度ぎゅっと強く目をつぶってから、そろりと窺うようにゆっくり目を開けた。ぶるぶるとなにかに耐えるように震えたあと、長く息を吐き出して脱力した。
「坊っちゃまには『誰にも言うな』と命じられておりました。しかしドビーは今命令を破ってしまったので自分を罰しようとしてしまったのです」
「罰しようと……」
そういえばあったな、そんな設定。実際見てるとかなり心配になる。ちょっと怖いし。若干引き気味な私に、ドビーは「ですがドビーは耐えました!」と得意げに胸を張った。そっか、偉いね。
「──あっやばい授業始まる! じゃあドビー、また!」
すっかり談笑の構えをとってしまっていた。そんな時間ないのに! 慌てて立ち上がる。背後からの「行ってらっしゃいませー!」という高い声に追われながら、私は談話室を飛び出した。
「遅刻ですよ! グリフィンドール、五点減点」
「……すみませんでした」
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