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「あ、シリウスだ」
 
 ネビルの呟きに視線の先を見る。休日の昼下がり、中庭でハリーたち三人組とシリウスが集まっていた。向こうも私たちに気付き笑顔を向けてくれる。話しかけにいってもよさそうだと近寄った。

「やあ、二人とも」

 同じ学校にいるとはいえ、シリウスと話す機会は実のところそう多くはない。
 寮部屋には基本的に寮監以外が立ち入ることはないし、機会があるとすれば授業終わりの少しの時間とか、たまたま廊下で会えたときとかそのくらいだ。シリウスのことだからしれっと忍び込んできそうとか思ってたけどそんなこともなく、意外と真面目で正直驚いている。疑っちゃってごめんね。

「なんの話してたの?」
「もち、ダンスパーティのことさ」

 言いながらロンは騙し杖を振る。ゴム製のねずみになった杖に顔を顰めると、ぽいっとそれをあたりへと放った。

「ダンスなんて踊れないのに」
「ハリー、そう気負う必要はないのさ」

 不貞腐れるハリーに、シリウスは余裕たっぷりにそう助言した。ああ、そういえばこの人貴族だった。彼は瞳を閉じて、優雅に体を揺らす。

「パートナーの手をとり、思うがままに音楽へ身を任せ、そしてただ楽しめばいい」
「そんな簡単な話じゃないよ。……肝心のパートナーもいないし」
「ハリー、結構色んな人に誘われてなかったっけ?」
「知らない人ばっかりだし全員断ってる。そういうエレナは?」
「まあ何人かは」

 『代表選手』という看板しかなくとも、私を誘ってくれる奇特な人は一定数いた。ただ例の肖像権ガン無視バッジをつけてた人ばかりなのでもれなく全員お断りしているけど。流れる血はエゲレスといえど宿る魂は日ノ本でありますので。そこら辺はね。誰がつけてたとかは結構きっちり陰湿に記憶させていただいてます。別に仕返しとかなにか嫌がらせするわけじゃないからそのくらいは許してほしい。

「シリウスはどうするの? 誰かと行くの?」
「そうだな、私は──ソフィー!」

 シリウスは少し離れたベンチに座っていたレイブンクローの女の子たちの一人へと呼びかける。真ん中にいたブルネットの髪の女の子──恐らくソフィーは大きく肩を跳ねさせた。シリウスは驚いている彼女へ爽やかに笑いかける。

「クリスマスのパートナーは決まったかい?」
「い、いいえ。まだです」
「よければ私と行ってくれないか?」

 一瞬のうちにソフィーの顔がおでこのてっぺんまで真っ赤になった。呼吸も忘れたように口を開けっぱなしにしている。きゃあっと黄色い歓声があたりから巻き起こった。その中には悔しそうな女子生徒の悲鳴も混ざっている。
 周りの友達から早く返事をしろと急かすように小突かれ、彼女はやっとこくこくと頷いた。

「ありがとう、嬉しいよ。じゃあ詳しいことはまた後日決めよう」
「はい、はい……」

 震える細い声で返事をすると、ソフィーは徐に立ち上がった。のぼせ上がったようにフラフラしている。友達に支えられて校舎の中へ入っていった。


 言いたいことも聞きたいことも山ほどある。
 私たちからのそんな視線を一身に浴び、シリウスは軽く肩を竦めた。

「彼女はソフィア・キャンベル。いつも私の仕事を手伝ってくれる子なんだ」
「手伝うことなんてあるの?」
「授業準備だったり課題の仕分けだったり。まあどれも簡単な作業だし一人でできない量ではないが……」

 可愛い生徒の好意に甘えるのも大事なことだろう、とシリウスは片目を瞑る。うわキザ〜……。ハリーですらなんとも言えないというコメントに困った顔をしている。いや、それより私が気になるのはそこじゃない。

「でもあの、シリウス教師じゃん。補助とはいえ。……いいの?」
「教師と生徒がペアになっちゃいけないという規則はないだろう?」

 そんな『何か問題でも?』って顔されると困ってしまう。だってなんか、なんかこう……倫理? 道徳? 私の中のそういったものが疼くんだけど、これって日本人的感覚なのかな。気にしすぎ?

「でも確かに、もしルーピン先生が今年もいたら踊りたいっていう生徒はたくさんいたでしょうね」
「あっそれは私も踊りたい。なるほどね」
「待て、なぜ私で疑問を持ったのにリーマスで納得するんだ。歳は一緒なんだが」
「聞きたいの?」
「やめておく──まあとにかく、こんな具合さ。パートナーなんて案外近くにいるものだよ」

 そう言ってシリウスは意味ありげにロンを見る。ロンが「はあ?」と不可解そうな声をあげた。

「シリウスにしか当てはまらないよ、それ。僕らの周りにパートナーなんていっこないさ」

 気だるそうにロンは芝生の上に寝転がった。ハリーも悩ましげに大きなため息を吐いている。ネビルはハーマイオニーをちらりと見て何か言いたそうにしていた。今誘うか迷っているのだろう。でもみんなの前だから気まずいのかな。
 わりかし長い沈黙が流れる。突然ハーマイオニーが音を立てて本を閉じると立ち上がった。

「どうしたんだよ、ハーマイオニー」
「図書室」
「ああ、でしょうね。ほんとよくやるよ」
「ほっといて」

 ハーマイオニーは茶化すロンへつっけんどんに言って、足早にその場から去っていく。そんな彼女に、ロンは「どうしちゃったんだよアイツ」ときょとんとした。シリウスと目が合う。彼はあからさまに『しまった』という顔をしていていた。いやどうしちゃったんだよて。シリウスにしては珍しくナイスアシストだったのに。

「私も図書室行こーっと。ロンはピッグウィジョンとダンスパーティーに行けばいいよ。あ、アンブルでもいいけど」
「嫌に決まってるだろ!」

 でもここでペアにならないことが今後にすごく大きく影響してくるし、正直なんの助言もできない。歯痒いけど我慢せざるを得ない。私はささやかな嫌味だけ投げて、ハーマイオニーの後を追った。



「ハーマイオニー!」

 ちょっと進んだところでふわふわの栗色を見つける。振り返った彼女はまだ少し怒った顔をしていた。

「勉強?」
「いいえ、読み終わった本を返そうとおもって」
「私もなにか借りようかな」

 隣に並んで歩く。次の課題に使える呪文集とか探したいな。
 そんなことを考えていると、不意にハーマイオニーが「エレナはダンスパーティどうするの?」と聞いてきた。この話NGかと思ってた。ちょっと驚きながらも首を横に振る。

「まだなにも決まってないの。どうしようね」
「──誘ってもらえるように手伝いましょうか?」
「誘ってって……誰から?」
「ドラコ・マルフォイから」
「……え、」

 こちらを見ないままさらりと告げられ、足が止まる。ハーマイオニーも立ち止まって私をじっと見つめた。なぜこのタイミングで、どうしてハーマイオニーの口から、なんで彼の名前がでてくるんだ。
 固まっていると、不意に彼女の猫のような瞳が細まり、呆れた視線になる。ハーマイオニーは軽くため息を吐いて再び歩き出した。慌てて私もついていく。

「私が知ってたことがそんなに意外?」
「……知ってるってなにが?」
「そうね」

 私の悪足掻きに、ハーマイオニーは思い出すように上を向いた。

「マルフォイが二年の終わりにあなたのお見舞いに足繁く通ってたこととか、あなたとドラコが友達になってること。それからホグズミードに一緒に行ったとか、クリスマスに羽根ペンをプレゼントしただとか──」
「待って待って多い!」

 怒涛の畳み掛けを大声で遮った。情報量で殴られるってこういうことなんだ。体感したくなかったな。……ていうかクリスマスプレゼントの話は誰にもしてないんだけど。なんならドラコも知らないと思う。それにお見舞いの話は初聞きだ。誰にも言ってないことから自分ですら知らなかったことまで知られているの、本当になぜなの?

「なにか間違ってた?」
「……強いていうなら一つだけ。ホグズミードは行ってないよ。喧嘩しちゃって入口で解散したから」
「なにか言われたの?」
「言われはした。でも結局は私が原因かな」
「そう……ネビルのことでしょ」
「なんで分かるの」

 秒で当てられて草も生えない。さっきからなんで? 戦慄する私にハーマイオニーは「今のは誰でも分かるわよ」と言い放った。

「まあ『友達になった』っていうのは別の人から聞いたことだけど──」
「別の人ってだれ??」
「気にしなくていいの。でも見てればすぐに分かったわ。食事のときとか授業中とか、二人して目を合わせてにこにこしちゃって」
「……そんなに分かりやすかった?」

 ハーマイオニーは大きく頷いた。あのときの私、すごい浮かれてたんだな……。気まずいというか恥ずかしくなる。ていうか別の人ってだれ……。
 色々と疑問は残るが、とりあえず置いておき、私はハーマイオニーに謝った。彼女は目を丸くさせる。

「どうして謝るの?」
「だってドラコのこと好きじゃないでしょ」

 私はドラコがハーマイオニーに『穢れた血』と言ったことを知っている。彼がマグル生まれを蔑むことに躊躇がない人だと、知った上で友達だった。……自分は言われないのをいいことに。みんなにドラコと友達だと言えなかったのはそんな後ろめたさがあったからだ。

 そのことをオブラートに包んで伝えてもなお、ハーマイオニーは腑に落ちないといった表情を浮かべていた。

「私はたしかにマルフォイのことをいけ好かないイヤな奴だと思ってるわよ。私にとってのマルフォイは純血至上主義を掲げるムカつく貴族様だわ」
「ぼろくそ言うじゃん」
「好きじゃないもの──でも私が好きじゃないからってあなたが彼と友達なることを否定したりしない。それはエレナの自由でしょ。違う?」
「違わない、と思うけど……」
「とにかくね、エレナにとっていやな人じゃないならそれでいいの」

 彼女はまごつく私に向かってそうはっきり言った。堂々とした彼女に私はつい唖然とする。前から思ってたけどハーマイオニーって人間ができすぎている。もう人生三周くらいしてるんじゃないの?
 毅然とした態度をとっていたハーマイオニーだったが、「もしかして」と眉を下げた。

「それが理由で今は話してないの? 私が理由で?」
「いやごめん、それはまた違う理由で……」
「ネビル?」
「そうじゃなくて、ただちょっと……私が怖がってるだけ」

 あの日のことを謝って、もう誰に対しても『その言葉』を使わないでほしいというだけ。たったそれだけのことなのに。彼の姿を視界にいれるだけで肌が粟立ち身が竦む。悪いほうにばかりに想像が及んでしまって。

 話しかけて、もしまた拒絶されたら──なんて。

「エレナ?」
「あ、ううん……。とにかく、これは私が問題なだけだから」

 気にしないでと笑ったはずなのに、ハーマイオニーは眉根をギュッと寄せた。やけに険しい表情に、話題を変えなきゃと慌てて口を開く。

「ドラコはともかくさ、本当にパートナーどうしたらいいと思う? せっかくなら他校の人と踊ってみたいんだけど」
「……エレナがあまり誘われないのは、多分みんなネビルとペアだと思ってるからよ。あなたたちずっと一緒にいるから」
「え、あっそうなんだ……」

 それは由々しい。かなり由々しい。だってネビルとペアになろうだなんて、そんな話一度もでてないのに。ホグワーツ生ならただいつも通り一緒にいるだけって思って誘ってくれるけど、他校の人たちはそんなの知るかよってことね……でも誤解をといたところでクリスマスまでの時間は残り少ないし。

「……もう他校の人と踊るのは無理な気がしてきたんだけど。かなり望み薄なんじゃ……?」
「あなた、ネビルとは踊らないの?」
「ネビルは──」
「ワイアット」

 ちょうど図書室の前についたとき、低い声に名前を呼ばれて顔を上げる。クラムが扉の横に立っていた。いつもの仏頂面をぎこちなく緩め、ハーマイオニーに笑いかけた。彼が笑うところは初めて見るなと思っていれば、クラムはちらりとこちらを横目で見る。

「彼女と少し──いいかい?」
「ああ、うん。ハーマイオニーがいいなら」
「え、ええ。私は別に……ええ、構わないわ」

 明らかに普段とは違う様子のクラムに誘われ、ハーマイオニーは驚いて声を裏返らせた。咳払いをして、気丈に返事をする。しかしその頬は僅かに赤くなっていた。

 人気のないところへと向かっていく二人を見送ってから、扉を振り返る。今度こそ図書室へ入ろうとしたとき、「ねえ!」と声がかかった。私を呼び止めたのは知らない男子生徒だった。金髪の彼は顔に仄かな緊張を滲ませて、口を開いた。

「僕とダンスパーティ行ってくれない?」
「えっと──どなた?」

 空色の制服ということはボーバトンの生徒だろう。でもそれ以外の情報がない。え、話したことないよね? 忘れてるだけ?

「僕、ライアン・ロベール。実はきみのこと、応援してて──そう、第一課題も素晴らしかった! 発想もすごかったし、なによりあんな大きなドラゴン相手にすごい堂々としてて、立ち回りもかっこよくて……!」
「ど、どうも」
「──あっごめん、つい興奮しちゃって……あの、それでダンスの件なんだけど」

 前のめりで勢いがすごい。しかし私が対応に困っていることに気付くと、彼はすぐ申し訳なさそうに謝る。そして恥ずかしげにはにかんだ。ここにいるってことは私より3つは歳上なはずなのに、その笑顔はすごく幼く見える。ライアンさんは少し照れくさそうに、手を差し出した。

「どうかな、踊ってくれない?」
「(……私のことを応援してくれてるって言ったっけ)」

 率直に嬉しかった。どうして私を、とも思うけど、他校というか友達以外の人からの応援なんて初めて知ったから。

 ライアンさんを見上げる。彼は真剣な瞳で真摯に私を見つめていた。陽の光が彼の豊かな金髪を照らし上げる。艷めく白金が目に眩しかった。


「──私でよければ、ぜひ」

 差し出された手の上に、自分の右手を重ねる。
 その手は私のものより一回り以上大きかった。



 謎の高揚感というか、そんな落ち着かなさに苛まれ、とてもじゃないが課題対策をする気にもなれず。
 私は結局図書室の扉をくぐることなく、寮への道を歩いていた。

「ちょっと」

 呼び止められて足を止める。
 やけに声のかけられることが多い日だ。しかも珍しい人からばかり。

「こんにちは、スミルノフさん」
「だから気安く呼ばないでちょうだい」

 黒髪を流す彼女は「前にも言ったはずよ」と睨んだ。いや呼び止めたのそっち〜。でもこの人は案外いい人かもしれない疑惑が私の中で浮上中なので。口調もちょっとずつ気安くいかせてもらう目論見を立てている。ここだけの話。

「眠り薬の在庫はもうありませんよ〜完売しました〜……あっそうそう、髪飾り返してくれません?」
「あんた、もうパートナーは決まったの?」
「いやガン無視……決まりましたけど」
「……あっそ」

 私の返事が予想外だったのか、彼女は一瞬言葉を詰まらせた。そんな反応に、内心で少し鼻高々になる。実はちょうど五分ほど前にね。十分前に聞かれてたらきっとあなたの想像通りな反応ができてたんでしょうけどね!

「私はドラコと踊るわ」
「!」

 なんの宣言……もしかしてハーマイオニーとの会話を聞いていた? 別に私はあのとき『踊りたい』なんて言ってないけど。でも彼女、若干思い込み激しいところあるっぽいし、勘違いしてるのかもしれない。それならきっとさぞ得意げな顔をしているのだろう。そう思って彼女を見たが、まったくもってそんな顔はしていなかった。

「なにか言うことないの?」
「……おめでとうございます?」
「……それだけ?」
「他になにを言えと」

 凪いだ表情がどんどん不機嫌なものになっていく。もっと祝えってこと? いやなんで私が。自分のお友達に頼めばいいでしょ。
 いつも通りな、相変わらずの勝手さなはずなのに、今日はなぜか彼女の言葉が癪に障る。久しぶりに話すからだろうか。この人の情緒不安定具合についていけてないのかな。

「ほんとう、腹が立つ」

 私の返答がお気に召さなかったのか、彼女はギリ、と歯軋りをする。そして憎悪をたっぷり込めた眼差しを向けて、右手をローブのポケットに入れた。杖をだすつもりかと私も杖を構えかける。しかし彼女は大きく長い息を吐くとゆっくりとポケットから手を出した。何も持っていない。

「あんたとなんか絶対踊らせてやらないから」

 拍子抜けする私に、彼女は言った。今まで見た中で最も冷ややかな表情だ。言いたいことだけ言って気が済んだのか、彼女は靴音を鳴らし、早足で立ち去っていく。


 しばらくその場に立ちすくんで、たった今言われたことを反芻する。


 ドラコと踊る? はあ、そうですか。よかったですね。

 踊らせてやらない? 踊れるなんて元よりさらさら考えてませんけど。


「……ていうか、別に、私には関係ないし」

 ドラコが誰と踊ろうが、私が誰と踊れまいが。
 そんなの全部私の知ったことじゃない。


 呟いた声がひどく言い訳くさく、どこか惨めに聞こえたのはきっと気の所為のはずだ。
 

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