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ホグワーツで過ごすクリスマスは今年で三回目だったが、今朝の大広間は今までとは比べものにならないくらいにとびきり豪華に飾られていた。数時間後にはここで踊ってるのか、なんて特別仕様な昼食をつつきながら改めて想像する。そっか、みんなの前で……。
「……う、」
「エレナ?」
「なんか緊張してきた……」
よそったばかりでまだ全然手をつけていないクリスマス・プディングを見下ろす。甘ったるい匂いに喉奥がきゅっと縮こまった。思わずスプーンを置く。どうしよう、突然食欲が全部なくなってしまった。起き抜けの気分の良さが嘘のようだ。
「もし、もしみんなの前で転んだら……」
「大丈夫、きっとうまくいくよ。それにずっと代表選手たちだけが踊るってわけじゃないだろうし」
「そっか……」
「うん──あっほら、外! 雪があんなに積もってるよ! ジョージたちも夜まで雪合戦しようっていってたし、あとで一緒に行こうよ」
雪は綺麗だし雪合戦も楽しそう。でもあまり気乗りはしない。部屋で大人しく休んでたほうがいい気がする。しかしせっかく誘ってくれたんだし、と私は頷いた。
「ほら、エレナ。もうそろそろ行きましょう」
支度があるんだから、というハーマイオニーの声で我に返った。大時計を見上げれば針は既に五時前を指している。あんなしぶしぶを装ってきたくせにすっかり楽しんでしまっていた。後半なんて人間雪だるま大会のようになってたけど。
雪に埋もれているネビルたちへ「またあとでね」と手を振る。若干霜焼け気味で少し痛いけど、でもすっきりした。やっぱり運動って大事。頬が汚れていたのか、ハーマイオニーがハンカチで拭ってくれる。
「この時間帯ならきっとまだシャワールームは空いてるはずよ」
「ほかの子たちは何時くらいから用意はじめるんだろ」
そんな会話をしながら私とハーマイオニーはみんなより一足先に城へと戻っていった。
「あいつ、僕たちのことドラゴンだと思ってるのかな」
「俺、エレナがなんで代表に選ばれたか分かった気がするよ」
「俺も。あの躊躇いのなさなんだよな」
「そう、そうなんだよね」
「なんでネビルが得意げなのさ……」
つい先程、ネビルたちが城に戻って来るのが窓から見えた。結局二時間以上やっていたことになる。体力すごい。それにパーティまではあと一時間を切っている。男子は準備にそんなかからないらしい。
とは言っても、女子のほうもだいたいの支度を終えている頃合だった。現にラベンダーやパーバティも一足早く談話室へ降りていて、既に寝室にはいない。
私も支度はとっくに整っていて、あとはハーマイオニーを待つだけだった。でもハーマイオニーだって準備のほとんどが完成している。誰が見てもきっとそう言うだろう。だが今日の彼女は髪の毛の小さなうねり一つすら許さないつもりらしい。
呪文集を読むのにも飽きて、とうとう手持ち無沙汰になった私は転がっていたボトルの一つを拾った。ラベルに書かれた文字を読み上げる。
「『スリーク・イージーの直毛薬』……」
赤毛の人が使うと特殊な作用がでるんだ、へえ。なんだろ、今度フレッドに渡してみようかな。
ボトルの中身を、次々に髪の毛へ大量に塗りたくるハーマイオニーと鏡越しに目が合う。暇そうな私に、彼女は「もう終わったの?」と手を止めて振り返った。
「一応は。どこか変なところある?」
「──ないわ、完璧よ」
髪の毛とか崩れてない? と私はその場でまわる。ハーマイオニーはドレス姿の私を上から下までたっぷり見て、微笑んだ。
「あ、杖どうしよ。バッグに入るかなこれ」
「置いていけばいいじゃない。ところで香水はつけたの?」
「……つけてない。いいのかな、つけて」
「いいに決まってるでしょ」
少し呆れてから、ついでのように何気なく聞かれる。私はつい言葉を詰まらせる。ぼそぼそ喋る私に、彼女は『またなんか言い出したな』くらいの軽い反応をすると、再び鏡へと向き直って髪の毛をどうにかする作業へと戻ってしまった。
香水を箱から取り出し、ちょっと悩む。本当にいいの? なんか悪いことしてる気分になりそうな気が……まあいっか。もうなんかめんどくさいし、考えすぎだろう。ドレスの裾や首の後ろや足首に振っていく。ふんわりと柔らかく馴染むような軽い芳香が漂う。
「甘ったるすぎないフルーツの匂いがする」
「それ褒めてるの?」
もちろん褒めてる。シトラスともベリーとも違う、フレッシュ感だが、それでいて花のフローラルさも混ぜ合わさっているような不思議な香りだ。それなのに鼻につかないってムネモリアすごい。
瓶の中身は、そんなにたくさん使ったわけじゃないのにもう半分まで減っていた。使いすぎだったかな……ああ、でもこれって数日しかもたないんだっけ。それならいっそ今日使い切ったほうがいいんじゃ。
「ハーマイオニーも使う?」
「私は自分のがあるから大丈夫──というかあなた、怒られるわよ」
「誰に」
「贈り主に」
「……、……私もう降りてようかな!」
「そうしたらいいわ。下で会いましょ」
返す言葉がなくなり、苦し紛れにクラッチバッグを手に取る。中身はハンカチとリップと、それから香水だ。あと杖は斜めにして無理やりしまった。
ハーマイオニーはまた新たなボトルのキャップを開けながら、私を一瞥もせずに送り出した。
談話室は色とりどりの服装で溢れ返っている。それを綺麗と思うよりも先にまたカナリアの群れかと思ってしまったのは、完全にここ最近『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』が猛威を奮っていた弊害だった。
いつもと違い色彩豊かな談話室を通り抜け、大広間へ向かう。ヒールの靴で歩くなんてもう何年ぶりだろうか。なかなか感覚を思い出せず、覚束無い足取りで手すりを頼りに階段を降りていく。今日ほどこの動く階段を疎ましく思った日はない。何度振り落とされかけたことか。ただでさえドレスが重くて動きづらいのに。学校アンケートとかする機会があれば改善要望を書こう。絶対書く。絶対にだ。
そうしていつもの倍くらいの時間をかけてやっと大広間の目の前まで辿り着いた。降りてくるだけで靴の感覚にはそれなりに慣れたし、結構ダンスはうまくいく、と思う。いくといいな。希望的観測。
ライアンさんとは入場十分前に玄関ホールで待ち合わせることになっている。少し早めに降りてきたしまだいないだろう──と思ったらいた。普通にいた。
ライアンさんは黒のぱりっとしたディナージャケットを纏い、背筋をぴんと伸ばし石像のそばに立っている。彼の金髪はよく目立っていて、混雑した中でもすぐに見つけることができた。人混みを縫って彼の元まで向かう。
「エレナ! 来てくれてありがとう、今日のきみもすごく素敵だ」
「いえいえそんな、こちらこそ誘っていただいて……」
「ああ、そんな固くならないで! 僕はきみともっと仲良くなりたいんだ」
「ウア、……はい──あ、うん。どうも」
勢いに押されよく分からない鳴き声がでた。どもりながらもなんとか返事をする。
敬語ね。年上の人とかあまり知らない人へはなんとなく使いがちになってしまう。敬語キャラでもないのに。最近の悩みでもある。
「あー……あなたもその服素敵だね」
「気に入ってくれてよかった。青がすき?」
「え? ええ、まあ」
「そうだと思った!」
私の明るい青のドレスを見てライアンさんはにっこりする。そのとき私は、やっと彼の着ているジャケットも真っ黒ではなく濃いミッドナイトブルーだということに気付いた。シルバーの細いフレームにオニキスが嵌め込まれた上品なスタッズがアクセントになっていてお洒落だ。この前話したときは幼い印象だったのに、しゃんとした着こなしのせいか大人っぽくみえて、なんだか急にドッと緊張してくる。
「(セドリック、この人はセドリック……)」
ぎこちなく話しながらそう暗示をかける。見た目は全然似てないけどそう考えたほうが話しやすいし、この人の求めるようなフランクな態度も取りやすいだろう。ほら言ってるうちにだんだんセドリックに見えて──は、こないけど……。
じっと見つめる私の視線に気付くと、彼は不思議そうにしながらもにこっと微笑んだ。あ、今のはちょっとセドリックっぽかった。
「ドレス、本当に似合ってるよ。寒くはないかい?」
「ありがとう。少しだけね。でも動くならちょうどいいかなって」
「ダンスが始まるまで保温魔法かけようか?」
「え、かけなくていいけど教えてほしい──」
「エレナ!」
どこからか名前を呼ばれる。セドリックが少し離れたところから手を振っていた。その隣にはタイトな銀色のマンダリンガウン姿のチョウもいる。いつもはおろしている髪を編み込んでひとつにまとめていた。可愛い〜雪の妖精じゃん。
私が見惚れていることに気付いたのか、セドリックはチョウをちらりと見てウインクをする。『やったぜ』ってとこかな。うんうんおめでとう。後日詳しく訊くから覚悟しておいてね。
気が付けば、他校の生徒とそのペアばかりだった玄関ホールも入場時間が近付くにつれて見知った顔ぶれが続々と揃ってきていた。フレッドとアンジェリーナや、リーとアリシアのペアは階段の一角を陣取り楽しげに話している。でもジョージは見当たらない。近くにいないみたいだ。
それからラベンダーとシェーマスも見つけた。宣言通りな淡い紫のドレスは白銀の世界の中では桜色にも見え、春の妖精のような華やかさがあってとても目を引いた。普段の強気な印象とは全然違う雰囲気のラベンダーに、シェーマスがたじたじになっているのが遠目からでも伝わってくる。
「(てことはネビルとジニーももう来てるのかな)」
「ワイアット!」
彼らを探そうとしてたが、それより早くマクゴナガル先生が私たちの元へつかつかと近寄ってくる。マクゴナガル先生も赤いタータンチェックのパーティローブを着て特別な装いをしていた。
「ワイアット、あなたのパートナーはこの人ですね? よろしい。代表選手は他の生徒が全員着席したあと列を作って入場します。それでは──」
テキパキと指示をだす中、ちょうどシリウスとソフィア・キャンベルのペアが通りかかった。マクゴナガル先生は二人を見て一瞬言葉を途切れさせる。流れるような二度見だった。気持ちは分かる、というかやっぱりそうだよね。びっくりするよね。
「──あちらで待つように」
先生はとても何か言いたそうだったが、それを堪えて最後まで言い切る。最後にもう一度彼らを見てから、仕方ないというように首を振って他の代表を探しに行った。
入口近くでは、すでにフラーとそのパートナー ──全然知らない人だ。誰だろう──が待っていて、ドアから一番近いところを陣取っていた。
フラーはいつも以上に美しい佇まいでパートナーと話している。シルバーグレーのドレスは、飾られた金のロウソクに照らされて星のように輝いていた。入口のドアを挟んで反対側に並ぶと、彼女は私たちを見て少し意外そうにする。
少ししてから、赤い軍服のような格好のクラムがフラーたちの横に並んだ。そんな彼の背後から大好きな顔がぴょこっと覗く。私と目が合ったハーマイオニーは片側に流した毛先を僅かに摘んで持ち上げると、ちょっと誇らしげに微笑んだ。整えられた爪先が揺らすのははちみつのように艶めく滑らかな髪だ。
ハーマイオニーは最後に見たときよりもずっと可愛く、より完璧に仕上がっていた。花弁のように鮮やかなピンク色のドレスがハーマイオニーを儚げに飾っている。大胆に露出した首回りはすっきりと華奢な印象を与え、より彼女を魅力的に惹きたてていた。スカート部分にあしらわれた何層もの淡いフリルが動きに合わせてひらひら揺れると、みんなの視線がハーマイオニーへ集まる。優雅に纏められた髪の毛も長い努力の成果を艶々と惜しみなく魅せていた。
遅れてやってきたハリーも、そんな彼女の姿に口をあんぐり開けている。
「こんばんは、ハリー、パーバティ!」
素知らぬ顔で朗らかに夜の挨拶をしたハーマイオニーをパーバティがびっくりと凝視する。ハーマイオニーの変身っぷりとパートナーがクラムなことも驚きなんだろう。そんなパーバティも前に教えてくれたとおりのショッキングピンクを基調としたサリーを着ていた。差し色のオレンジと、金の小物がアクセントになっている。三つ編みと一緒に結われた金のリボンもキラキラ細やかな煌めきを放ち、大人っぽい黒髪を可愛らしく輝かせていて、とてもよく似合っていた。
閉ざされていた扉がゆっくり開放されていく。ぞろぞろと大勢の生徒たちが目の前を通り過ぎていった。私はその列をあまり見ないようにしながら、大広間の中から聴こえてくる音楽に耳を澄ませる。
「見て、ドラコ! ほら、あの壁の飾り──」
随分とはしゃいだ高い声が聞こえてくる。彼女の声を聞き終わる前に私の腕は動いていた。見つけないようにしてたのに、これじゃ意味ないじゃん。加えて耳朶に触れた指先から鳴ったカチャリという音に、その存在も思い出してしまう。
「あれ、そのピアス外してしまうの? とても似合っているのに」
「うん、ちょっと痛くなっちゃって」
「それはよくないね……大丈夫かい?」
「平気だよ。……これでシャワーでも浴びられたら完璧だったんだけど」
呟いた声は喧騒に呑まれて届かなかったようで、ライアンさんは首を傾げた。なんでもないと笑う。本当に彼にとってはなんでもない話だった。
「(やっぱりつけたのは間違いだった)」
こんな動くたび香るなんて。
ダンスに集中できなくなったらどう責任をとってくれるんだ。
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