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クリスマス休暇も終盤となったある日、私は一人中庭で呪文集を読んでいた。からっと晴れた天気のいい日だ。空気が気持ちよく澄んでいて、太陽の日差しも柔らかい。
ページを眺めながら、ネビルのお祖母様特製かぼちゃケーキをつまむ。二切れ目を手にしたちょうどそのとき、ハリーと目が合った。手を振ると近付いてくる。いるのはハリーひとりだけだ。
「ロンとハーマイオニー、まだちょっとギクシャクしてて」
「ああ……ダンスパーティの件ね」
「そう。だから今一緒にいると少し気まずいんだよね」
ダンスパーティの話は私たちルームメイトの間で禁句となっていた。クリスマスの翌朝、空のボトルを片付けるハーマイオニーの顔は般若のようだったし、パーバティもダンスパーティの話題がでる度に眉をきっと吊り上げるし。笑顔で話をするのはラベンダーだけだ。シェーマスは最後までラベンダーをきっちりエスコートしていたらしい。
この前のクリスマスはハーマイオニーとパーバティにとって、『グリフィンドール生には期待できない』論に拍車がかけられた一夜となってしまっていた。
ケーキを勧めると、彼は一切れとって隣に座る。開きっぱなしの呪文集を見て「最近ずっと読んでるね」と言った。
「第二課題対策にね」
私がそう言うとハリーの表情がぴしりと固まった。ふとクリスマスの夜にOLからされた謎のアドバイスを思い出す。
「そういえばムーディが『ヒントが分からなければ風呂に入れ』って」
「風呂だって?」
私は「どういうこと?」と訝しんだハリーに肩を竦める。監督生用のお風呂のことや合言葉も伝えるとますます困惑顔になった。
「それでエレナは行ったの?」
「行かない行かない。だって監督生じゃないし」
一瞬魔が差したことはあったけど。
それに私は透明マントなんて持ってないから夜中に校内を自由に歩き回ることなんてできない。
余裕綽々──に見えたのだろう──な私の様子に、ハリーの顔が真っ青になる。
「じゃ、じゃあもしかしてもう分かってるの?」
「それは……まだ」
この件に関しては自身がかなりのチートな自覚はある。なにせヒントの卵すら別に必要ないのだから。でも実際に聴いたわけじゃないしな、と返答をすれば、彼は分かりやすく安心した。素直な子や。
「私はまだだけどフラーとクラムはもう分かってるかもよ?」
揶揄い半分で忠告する。ハーマイオニーもこの前「ハリーはなんの対策もしてないみたいなの」と心配していた。
「うん……でもクラムの頭に詰まってるのはおが屑だし……」
「……え、今おが屑って言った?」
ハリー??
なぜいきなりそんな酷いことを。
狼狽える私にハリーは慌てて「ってムーディが言ってたんだ!」と弁解した。あ、そういうね……いや発信源ムーディだとしてもちょっと気に入っちゃってるじゃん。おやめなさいよ。……でも正直ちょっとうまいこと言うなと納得してしまったのが悔しい。頭が軽いから飛ぶのも上手いってことでしょ? 別にクラムがクィディッチだけの人だなんて思ってはないが、でも聞くとなるほどねとなる。悔しい。
ハリーは第一課題でアドバイスをもらった影響もあってか、ムーディをいたく気に入っているらしかった。いやそれはそう。十四歳、というか男子なんてあんなのみんな好きになっちゃうキャラだ。“闇祓い”とか義眼とか義足とかって憧れちゃうよね。私とてそんな経験はあるのでその気持ちは分からなくもない。それにあのちょっとダーティな感じとかもね。ムーディだけにねってやかましいわ。
とにかく、彼が瞳にきらきらと憧憬を込めて語っているのを見るのは、中身が中身だけになんともいえない気持ちになってしまう。うーん、バーテミウス・ムーディ・クラウチJrのネガティブキャンペーンでもしたろかな……。
「エレナのことは『思いもよらぬ隠し玉を持っているかもしれない』とかなんとか」
「単に言うことなかっただけでしょ、それ」
なんかそれっぽいこと言っていい感じにしてるけど──ああ、それとも叔父さんのことを指していたのだろうか。あの人やたらと叔父さんを話題に取り上げてくる。それしかネタがないならわざわざ話し掛けてこなきゃいいのに。
「フラーのことは、えーっと……そう、『わしを妖精のお姫様にしたようなもんだ』って言ってた」
「それはフラーに謝るべきだと思う」
調子に乗らないでほしい。ていうか好き放題しすぎだ。ムーディにどんなキャラ付けするつもりなのか。あれこの場合の被害者はムーディじゃなくてフラーになるのかな。
「ムーディのこと嫌いなの?」
「ノーコメント。それよりも卵だよ。どうする?」
「どうするって……どうしよう」
ハリーは顎に手を当て考え込む姿勢をとった。
「わざわざ監督生用のお風呂に行けなんて無茶だと思わない?」
「……ムーディはシャワーじゃなくて風呂って言ったんだよね?」
ハリーの確認に頷く。ハリーは話しながら考えをまとめるようにぶつぶつと呟いていた。私はそれをただ黙って聞く。
「風呂、だからつまり浴槽……お湯……」
「……」
「……水、の……中? ……水の中に沈めてみるとか? なんて──」
「試してみようか」
「えっ今?」
「うん──アクシオ!」
呪文を唱えれば、数秒後、寝室のベッド脇に置いてあった卵がものすごい勢いで私の目の前に落ちてくる。地面に叩きつけられる前に腕で受け止め、今度はレデュシオで卵をチョコエッグくらいの大きさまで縮めた。さて、と見渡すと、温室の入口のそばに転がっているバケツを見つけたので拝借する。ぞんざいな扱いを受けていたわりに綺麗なバケツだ。
「水はどうするの?」
「……湖のやつ使う?」
「それは──あっ!」
嫌そうな顔をしていたハリーが廊下を見て声を上げた。その先ではシリウスが肩をいからせて不機嫌そうに歩いている。早足のせいでバーガンディカラーのローブの裾がはためいていた。歩いてきた方向から見るに地下室へ行っていたようだ。
地下から来て怒ってるって、まさかスネイプ先生の所? 喧嘩でもしに行ったのかな。
ハリーが呼びかけると、シリウスの顔が瞬く間に明るくなった。ひょいとその場から塀を乗り越えると芝生を横切って向かってくる。
「代表選手がお揃いで」
「やめてよ。ねえ、僕たちこのバケツの中を水で満たしたいんだ」
「おやすい御用さ」
ハリーのお願いにシリウスはにこやかに答えて杖を振った。一瞬にしてバケツの中は澄んだ水でいっぱいになる。
私は服の袖を肘まで捲り、髪を結ぶ。冷たい水の中に手を差し込み、小さくなった卵をバケツの底に置いて蝶番を捻った。
「じゃあお先に」
「え、ちょっと──」
息を吸い込みバケツの中へと顔を突っ込む。ハリーの声が途中で聞こえなくなった。代わりに耳に届くのは綺麗なコーラスだ。水の冷たさすら忘れるほど美しい。息が苦しくなってきたので顔を水から離す。
「どうだった?」
「すごかった、ハリーもやって」
躊躇いながらも、好奇心が勝ったのかハリーは眼鏡を外し、先程の私と同じことをした。いつの間にか用意されていたふかふかの白いタオルで顔を拭きながら、シリウスの杖先から噴き出した温風が髪を乾かしてくれるのに甘える。ドライヤーの心地良さに微睡んでいるとハリーが大きな水音を立てて顔を上げた。
「うたってた!」
「うん」
「『探しにおいで、声を頼りに……』それから、えっと待って、もう一回──」
そう言いながら再び顔を浸ける。頭を上げて、復唱して、また浸けてをハリーは数度繰り返した。胸の辺りまでびしょ濡れになってしまっている。
私の髪の毛がすっかり乾いた頃、ハリーはやっとバケツから手を離した。彼は興奮で瞳を爛々とさせながら、荒い呼吸の合間に話す。
「それじゃ、第二の課題は──?」
「湖だね」
「うん、湖。それで、湖には……水中人がいる」
ハリーの理解の速さに、シリウスが彼の髪を乾かしながら嬉しそうにしている。次のバイトは美容院にしたらいいんじゃないかな。手先器用そうだし。
「水中人がなにかを盗む……僕らが取り返さなきゃならないなにかを」
「らしいね。そして私たちはそのなにかを一時間以内に見つけなきゃならない」
「そうだ! ……でも待てよ」
『あること』に気付いたハリーの顔から興奮が潮のように引いていった。
「どうやって一時間も息をすればいいんだ?」
ハリーは続けて「僕、泳ぐのも得意じゃない」と打ちひしがれた。その言葉にトランクに突っ込まれている使いようのないエラ昆布が脳裏を過る。私も頭が痛くなってきた。いやほんとにあれ、どうしろと。いっそハリーにあげてしまいたい。
「(でも受け取ってくれなさそうだよなぁ)」
二人して大きなため息をつけば、シリウスが何か言いたげにそわそわした。とてつもなくもどかしそうに、口を何回も開け閉めして──最終的にはぐっと耐えてみせる。そして苦渋の決断の末、といった顔で保温魔法をかけてくれた。あ、うん、ありがとね。
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