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 休暇明け早々からグリフィンドール談話室の空気は重かった。それは授業が始まったのはいやだとか課題が多いとか、そんなことではない。『ハグリッドが半巨人である』という新聞が世間にでまわったからだ。

「ハリー!」
「ハグリッドどうだった? 会えた?」

 肖像画が開き、ハグリッドと特別仲のいい彼らが帰ってきた。私たちは一斉にハリーたちに群がる。三人は揃って首を横に振った。だめだったらしい。がっくりと肩を落として落胆する。彼らがだめだったなら誰が行っても変わらない。もうしばらくはあの大好きな森番の顔を見ることは叶わないのだろう。

「僕ら十分くらい呼んでたんだけどさぁ」
「え、十分間ずっと?」
「うん。ドアも窓も壁も、叩けるところはぜーんぶ叩いて呼んでた」

 ロンはなんでもないことのように告げた。しかも「でもちっとも出てくれなかったんだよなぁ」と口を尖らせる。ハリーとハーマイオニーもロンに同調するように不服げだ。いや出るわけない。怖いよそれは。たまにでる彼らのガラの悪さはなんなんだ。ああ、ホグワーツ生だからか。

「──そういえばさ。アイツ、いやに静かだったよな。もっと嫌味なこといってくるかと思ったけど」
「あいつ?」
「マルフォイさ。ハーマイオニーにも変なちょっかいかけてこなかったし。きみ、なんか知ってる?」
「……知らないわ。黙ってる分には静かでいいじゃない」

 ハーマイオニーは暖炉前のテーブルに置いてある誰かの本を開いて読み始めた。見事な素知らぬ顔だと舌を巻く。だって勘の鋭い彼女なら察してるだろうに。



 スリザリンの、由緒ある純血一族の彼がある日突然マグル生まれに対する意識をガラッと変えたら彼の立場はどうなるだろうか。周囲はきっとおおいに困惑し、彼に近しかった者ほど不信感を抱き、やがて忌避するようになってしまうだろう。

 『生まれで偏見するのはやめてほしい』

 一見聞こえはいい。
 自分の意見が正しいという自信もある。

 だが言い換えてしまえば、私は彼に『孤独になる』ことを求めたも同然だった。

 もちろん、彼に進言した手前、私も支えていきたいと思ってる。ひとりぼっちになんてさせはしないと。けれど私一人ではたいした力にはなれない。


 意識は変えてほしい。でも孤立はしてほしくない。

 なんとも身勝手で、どうしようもないわがままだ。
 しかしドラコは、戸惑いながらも「分かった」と頷いてくれた。



 どうするつもりかと心配していたが、とりあえずドラコは『黙っている』という選択をとることにしたらしい。たしかに、どの方面へ対しても当たり障りのない適切な対応だと思う。ハリーやロンには相変わらず憎まれ口を押し売りしにいってるようだが、それも少し前の彼に比べれば可愛いものだ。

「それはそうだけど、なんか不気味っていうか」
「そうそう、絶対なにか企んでるぜ」

 ……なんだかんだいって、ハリーとロンはそんな彼が物足りないみたいだけど。



 ていうかスキーターさんどうしようかな。
 正直私のデッキ内さいつよカードの『やたら顔の広い闇祓いの叔父』を切るのも吝かではない。……でもハーマイオニーが捕らえて来年利用することを考えるとそう簡単に手を出すことはできない。

『ダンブルドアの「巨大な」過ち。ホグワーツ魔法魔術学校の変人校長アルバス・ダンブルドアは──』
「エバネスコ──どうしようかなぁ」
「本当に……早く会いたいよ」

 気取った女史の声が煩わしかったので杖を降って床にほっぽってあったしわくちゃの新聞を消失させた。私の独り言を聞いて、ネビルが心配そうに窓の外を見つめる。森番の小屋は、依然としてカーテンでぴったりと閉じられたままだった。


###


 それはバレンタインもとうに過ぎて、第二課題まで一週間弱となった日のことだった。
 みんなより少し早く夕食を終え、さて寮に帰ろうかと大広間をでた直後、ネビルが立ち止まった。

「第二課題、辞退してくれないかな」

 内容にぴったりのやたら硬い声音だ。少し怖くなるほど真剣な眼差しだが、その顔つきはひどく苦痛そうで、ほとんど顰め面に近かった。

「ジョージはああ言ってたけど、僕には到底そう思えなかった」
「そりゃたしかにひどい声だったけど……」
「あれは、あれはきっと──磔の呪文を受けてた」

 ネビルは無理やり言葉を捻りだすと吐き気を抑えるように口を覆った。眉根がこれ以上ないくらい寄っている。彼のこんな険しい表情は初めて見た。

「第一課題だってじゅうぶん危険だった。それなのに、第二課題は──……」
「拷問?」
「やめてくれよ!」

 ネビルは口にするのもおぞましいと震えた息ごと声を飲み込んだ。消えた言葉の続きを引き取ればいつになくヒステリックに叫ぶ。しかしすぐに「ごめん」と俯いた。感情に振り回されて自分でもどうすればいいか分からないようだ。

「辞退してほしいんだ、頼むから」
「ネビル、」
「これ以上傷つきにいかないでよ」

 私の手を両手で握った。両手で包み込まれているのにちっとも暖かくない。温度のないかさついた手のひらだ。力もほぼ入っていなかった。


 ネビルがあの声を聞いたのはもう二ヶ月も前だ。それなのに今更そんなことを言い出すなんて、と彼の気持ちを考えて胸が痛む。本当はもっと早く言いたかったはずだ。それなのに今日までずっと悩んでくれたのだろう──私が『応援して』なんて言ったから。

 大広間から夕食中の生徒たちによる喧騒が聞こえる。私はその音から顔を背けるように玄関口を見ながら呟いた。

「踊ろうか、ネビル」
「え?」

 戸惑っているネビルの手をほどいて私から握り直す。玄関ホールを抜け、誰もいない校庭まで引っ張り出した。

 空には夜の幕が半分まで降りてきていて、小さな星がひかりだしている。それでもまだ少し顔を覗かせる夕陽に照らされると、地面には幽かにうすらとした影ができた。

「ちょっと、エレナ、」
「いいじゃない、クリスマスの日は踊れなかったんだし」
「それはそうだけど……でも、曲もないのに──」
「私が歌ってあげる! だからちゃんと聴いててね」

 わざとらしく明るい声でネビルの言葉を遮る。歌詞を思い出しながらあの美しい旋律を口にのせた。


「『探しにおいで、声を頼りに。地上じゃ歌は、歌えない──』」


 歌い終わると、ネビルは数度瞬きをした。私が意気揚々と口ずさんだ曲があまりに聞き馴染みのない、不思議な曲だったからだろう。

「今の歌って……」
「なんだと思う? 地上じゃ歌えない人は誰でしょう?」
「え、なんだろう……。地上、陸、水……」

 もう私は歌ってないのに、ネビルは踊るのをやめない。上の空になりながらもくるくると私を回す。私は楽しいからいいんだけど。
 ふとライアンさんのことを思い出す。彼の方がお手本のように完璧なリードだったはずだ(ドラコはなんか言ってたけど)。しかしネビルのステップのほうが私にはずっと踊りやすい気がする。

「──もしかして、水中人?」
「そう!」
「……じゃあ、あの声は──この歌は……」
「水中人の歌。ついでにいうと第二課題は水中人に盗まれたものを取り戻すこと」

 やがてネビルはぽつりと正解を弾き出す。みんなには内緒ね、と付け足すとぽかんと口を開いた。そんな彼の顔を見つめ上げる。

「課題中に禁じられた呪文なんて、かけられるわけないよ。そんなことダンブルドアはきっと許さないし」
「……うん、そうだよね」
「そうだよ。でも心配してくれてありがとね」
「心配……、……ねえエレナ」
「ん?」
「──僕の、父さんと母さんのことなんだけどさ」

 息を飲んだ。だって、それは。


 ネビルは蝋燭の灯りを少しも揺らさないような声でご両親のことを教えてくれる。優秀な闇祓いだったこと、拷問で磔の呪文を受けたことや、その後遺症、現在の状態──彼は両親について、恐らくその全てを包み隠さず語った。

「──だから僕あんなこと言っちゃったんだ。ほんとバカだったよね」
「……そんなこと思わないよ」

 ネビルは眉を下げてくしゃっと笑いながら自虐した。その顔は困っているようにも泣いているようにも見える。思わず声が詰まってしまう。

 『私が聞いてよかったの?』と、本当はそう訊くつもりだった。彼の本質に関わるような、そんな大事なことを私に教えてよかったのか不安だったから。

 しかし私は、ずっと頭をもたげていたそんな考えを消し去って、かわりに全然違う言葉を口にすることにした。

「ネビル、教えてくれてありがとう」
「こっちこそ、聞いてくれてありがとう。いつかはエレナに言おうと思ってたんだ」
「そうなの?」
「だって僕の大事な親友のこと二人にも紹介したいしさ」
「……うん、私もご挨拶したいな」
「その前にエレナはお母さんと仲直りしないとだよ」
「うわ耳が痛い」

 この流れでその話は返す言葉がない。耳から杖突っ込まれて脳まで貫かれた気分。今年はさすがにマグル用教材はなかったけど、でもまだ転校は全然諦めてないと思うんだよなぁ……。

「ナカナオリ、ナカナオリね。……うん、まあ、そのうちに」
「ほんとにする気ある?」
「いやあるよ、あるある。ウルトラある」
「──なにをしているのです、そこの二人」

 ジト目から逃げるように顔を背けていれば、暗がりからの咎めるような声がかかる。私たちは目を瞬かせて顔を見合せ、声の方へ歩いていく。校庭に面した渡り廊下にはマクゴナガル先生が教本片手に立っていた。

「マクゴナガル先生、こんばんは」
「……貴方たちでしたか」

 私たちの顔を確認すると、厳しかった声色を緩める。やれやれと息を吐いて、少しズレた帽子のツバをちょっと直した。

「一体なにをしていたのです?」
「踊ってました」
「……こんなところでですか?」
「はい」

 まあ当然の反応ではある。しかもこんな時間にね。疑うというより困惑気味にじろじろと見られたが、二人交互に淀みなく返事をする。先生は私たちのあっけらかんとした態度に、それ以上詳しく聞くことは諦めた。諦めたというより関わるのをやめたかったのかもしれない。

「本当に仲が良いのですね」
「そう見えますか?」
「ええ。……違うのですか?」
「「いいえ!」」
「まったく……」

 重なった返事に、また呆れるように頭を振られてしまった。マクゴナガル先生はふと思い出したように「ワイアット」と静かに私を呼ぶ。

「クリスマスのダンス、我が校の代表に相応しい振る舞いで大変見事でした。しかし──今のような表情で踊れていたなら、尚完璧だったでしょうね」
「今のようなって……」
「その安心しきった笑顔のことですよ」

 その顔は、珍しいことに悪戯っぽい微笑みを携えていた。今の自分がどれほど楽しそうだったのか突き付けられ、少し照れくさくなる。しかし私は否定しなかった。
 ネビルと一緒にいて安心するのは当たり前だ。私はネビルが大好きだし、なんてったって親友なので。

 それになにより──厳しくも優しい、私たちの寮監様が言うことに間違いはないのだから。
 

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