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 代表選手が全員湖に時間通りきちんと集合したのを確認すると、バグマンさんは「よろしい!」と審査員席へと向かった。彼は杖を自分の喉に向けて「ソノーラス!」と唱える。ぺちゃくちゃとおしゃべりしていた観客は一斉に話すのをやめた。

「さて、全選手の準備ができました。選手たちに与えられた課題はきっちり一時間のうちに奪われたものを取り返すこと! では三つ数えますよ──いーち……にー……さん!」

 ホイッスルが鳴り響いたと同時に、クラムとフラーは湖の中へと飛び込んだ。隣ではハリーが口をモゴモゴさせながら咳き込んでいる。嘔吐きそうになっている彼の背中をムーディがばしばしと叩き湖へと突き落とした。
 ハリーがOLにトドメを刺されたのを横目に、私はスタンドで泡頭呪文を唱える。泡頭呪文の発音はまだ少し苦手で、水中できちんと唱えられる自信がなかったからだ。変なことして失敗したらコーチ(セドリック)が怖いし。

 口元にクラゲのような半透明のベールが現れたのをしっかり確認してから、他の三人より一拍遅れて湖に飛び込んだ。


 分かりきっていたことだが、真冬の湖は極寒まで冷えきっていた。外と中とのあまりの温度差に一瞬心臓が止まった気さえする。
 赤ん坊のように全身を丸めて沈みながら、ガチガチ食い縛っていた歯を僅かに開いた。深く息を長く吸い込むと新鮮な酸素が肺を満たす。ゆっくりとそれを吐き出す。
 そんな当たり前の動作を数度繰り返して、やっと拙いながらも呼吸が自然と行えるようになってきた。徐々にではあるけれど、身体が湖に馴染んできたらしい。


 湖の中は仄暗く、霧がかかっているようだった。まだそう深くは潜ってないはずなのに太陽の光は僅かにしか差し込まれていない。
 他の三人が泳いでいったほうを見る。三人の姿はとうに見えなくなっており、残された泡の軌跡だけがそれぞれ違う方向へと伸びていた。

「(みんなは盗まれたのがなにか知ってるのかな)」

 私は水着のポケットからボタンを取り出した。昨日預かったネビルのボタンだ。小さなボタンを指で軽く上へと弾き、落ちてくるそれに拡大呪文をかける。なんだか最近この手の呪文をよく使ってる気がする。汎用性高いもんね。

 大きくなったボタンは車のハンドルみたいだった。ボタンを片手で持つ。こんなエクササイズ系ゲームあったな、なんて妙な懐かしさとともに、重たい水を切るように杖を振った。

「アベンジグイム──うわっ」

 呪文をかければボタンはすぐに動き出した。持ち主の元へ帰ろうと最短距離を最速でぐんぐん進んでいく。振りほどかれそうになったので、私は慌てて両方の手でボタンをしっかりと掴んだ。

 追跡呪文でネビルの場所を特定する。
 多少というかかなり乱暴なショートカットになるけど、闇雲に泳いで探そうとしていた初期案よりかはずっと理知的なんじゃないかなって思う。多分おそらくメイビーきっと。



「〜〜〜!」
「……?」

 数分泳いだところで、声なき叫びが聞こえた気がして魔法を止めた。その場で立ち泳ぎして周りを見渡す。しかしなにもない。奇妙に発光する薄緑の景色がどこまでも広がっているだけだった。
 思い過ごしか、とその場を去ろうとしてなんの気なしに下を見た。高い水草の絨毯のある一点から気泡がいくつも立ち昇っている。目を凝らしたそのとき、その中から陶器のような白い手が助けを求めるように揺れた。

「レラシオ!」

 水草に向けて叫ぶと、杖先から熱湯のようなものが噴射される。ギーッと不気味な鳴き声とともに小さな生き物──グリンデロー、水魔だろう──が二匹飛び出し、私を一睨みして遠くの方へ去っていった。

 水草を掻き分けて先程見えた手を探す。長いシルバーブロンドが水草とともに舞い上がっていたので彼女はすぐに見つかった。

「フラー?」

 名前を呼ぶとフラーはうっすら目を開いたが返事はない。まだ意識が混濁しているようだ。一先ず彼女を背負って水草ゾーンを通過する。
 エリアを抜ける頃合で肩を叩かれたので、私は彼女を近くの大岩に降ろした。もうだいぶ回復したのか、彼女の目には力が戻っている。

「具合は平気?」
「もうじゅうぶんでーす。……ありがとう、ございます」
「いいえ」

 再びボタンに魔法をかけ直し、フラーと別れる。やっぱり自分で泳ぐよりこっちのほうが断然楽だ。でも道を選べないことだけが難点。このスピードで藻の中に突っ込まれるとチクチクして痛いし。


 フラーと別れてから少し泳いだところで、きっともうすぐだという予感がし、私はボタンを掴む手に力を入れ直す。

 水中人の誘うような歌声が段々近付いてきていた。



 黒い水草を抜けると、突然辺りの雰囲気が変わり、大きなお祭り広場のような場所にでた。広場を囲うように苔や藻に覆われた穴居が幾つも並んでいる。水中人の家なんだろう。家の周りに水草の庭があったり、表札があったりと生活感がある。水中人は水魔をペットとして可愛がっているらしい。新たな知見を得た。

 広場の中心では水中人のコーラス隊が歌っていた。彼らが私たちを呼び寄せていたらしい。背後に大岩を削って作られた巨大な水中人の像が建っていた。像の頭上では両脚を縄で繋がれた四人の人間が水の動きに合わせて揺れている。

 ついボタンから手を離すと、大きなボタンは吸い寄せられるように真っ直ぐ一番奥の男の子──ネビルの元へと向かい、彼の袖口でピタリと止まった。

 周囲をよく観察すれば、大勢の水中人が隠れるようにしてこちらを見つめている。彼らは攻撃タイプじゃなくて近寄りたくないタイプらしい。障害が減ってよかった。もしこの数に襲われてたら……水温には慣れたはずなのに身体がぶるりと震えた。考えるのはよそう。

 ネビルのほうへと急ぐ。人質たちは一様に肌色を紙のようにし、口から細かい泡を絶え間なくぶくぶく溢れさせていた。表情は穏やかだけど……え、大丈夫なのこれ。思わずネビルの胸に耳を当てる。ほんの僅かな温もり、そして一定のリズムを刻む音。どうやら眠り込んでいるだけのようだ。安堵で体の力が抜ける。口が開いてるとなんか不安になる……。とりあえずボタンを縮め、袖口に直した。


 ウロウロとその場で彼らの周りを泳ぐ。途中で近くの岩に座って休憩したり、ロープを切れそうな石を探したりと、わりと長いことその場に居座っていた。のだが……。

「(どうしよう)」

 びっくりするほど誰も来ない。
 いや多分私が早すぎたんだとは思う。ここまで一直線だったし。でもこんなに来ないことある? そろそろ一時間経つんじゃない? 時計持ってないから分からないけど。

 本当はたどり着いたらすぐに陸へ戻ろうと思っていた。だって今後の展開も分かっている。
 だがこの光景、予想していた以上におどろおどろしいのだ。湖の薄暗さと、力なく浮く腕。しかも長時間水に浸かっている肌の白くふやけた状態のせいで、まるで──……言いたくはないけど、死体が吊るされているようにも見えてくる。しかも四分の三が知り合い。眠ってるだけと分かっていてもゾッとする光景だった。

 できることなら早く来てほしい。
 そんな気持ちでその後も少し待ってみたが、やっぱり誰かが来る気配はとんと訪れない。仕方なく私は浮上の準備を始めた。みんな大丈夫かな……。

「(──あ、そうだ)」

 ネビルの足元へと向けていた杖を誰もいない場所へと向け直す。ルーモス・マキシマをその場で放った。これで気付く人がいればいいけど。

 今度こそネビルの紐を切り浮遊呪文をかける。自分だけならまだしも意識のない人を連れて泳ぐのは無理です。ましてやネビルなんて。だって彼は今年に入ってぐっと身長が伸びていた。

 彼の体が湖面まで浮いたのを確認して、私も泳いで向かう。行きは楽をしていたせいで気付かなかったが、ここは思っていたよりもずっとずっと深い場所だったらしい。陽の光がはっきりするころには全身がクタクタだった。

「っ、は……」

 水面から頭をあげ、泡頭呪文を解除する。頭を包んでいたベールはパチンと弾けて消えた。冷たい空気が肌を刺す。顔に張り付く髪の毛を手で払い除けると濃い水の匂いがした。久方ぶりの眩しい太陽に視界が霞む。スタンドの方ではボヤけた顔の観衆が大騒ぎしていて、悲鳴や歓声や、コーラスやらがごちゃ混ぜになっている。遠くからバグマンさんの声、そして──

「エレナ!」
「ネビ、え、ちょっ待っ──!」

 ネビルの声に振り返る。びしょびしょの彼が視界に飛び込んできた。制止の声も間に合わず、首元に飛びつかれる。まだいたんだ、戻っててよかったのに、というか重い……! そのまま湖の中へと再び沈む私を、ネビルは慌てて引き上げた。

「ごめん──でも見て、一番だよきっと!」
「うん、そうね──ケホッ」

 返事に咳が混じる。ネビルが心配そうに眉を下げた。いや、水が鼻に入って呼吸が狂ってしまっただけだから気にしないでほしい。
 ネビルに補助されながらスタンドの方へ泳いでいく。これじゃどっちが救出されたのか分からない。
 スタンドからはマクゴナガル先生やダンブルドアが私たちを見てにっこり笑っているのが見えた。パーシーも満足そうな表情だ。優秀な後輩でしょとドヤりたくなる半面、お兄さん、末の弟くんが今どこにいるか知ってるの? とからかいたくなる。しませんけどね。

「やったなエレナ! 一番乗りだぜ!」
「もっとタオルちょうだい!」

 スタンドへ乗り上げるのをシェーマスたちが手伝ってくれる。寒さを感じるよりも早くパーバティがふかふかのタオルを何枚も使って私をぐるぐる巻きにした。タオルで巻かれた私とネビルに、マダム・ポンフリーがせかせかと近付いてくる。

「制限時間までまだあと十五分も残ってるわ!」

 お猪口のようなコップを口元まで持ってこられ、熱い煎じ薬を一気に飲まされる。顔を真っ赤に茹で上がらせている私に、ラベンダーがオシャレな時計を見せながら嬉しそうに言った。あ、それシェーマスがくれたっていってたやつ……。

「でも奪われてたものがネビルだったなんて! 驚いたよ、いないと思ったらさ」
「納得ではあるけどな」
「昨日の夜マクゴナガル先生の部屋に呼ばれてさ、そこでダンブルドアから説明を受けたあと眠りの魔法をかけられたんだ」

 感嘆するディーンとシェーマスにVサインをする。耳から湯気を噴き出さたネビルが昨夜の説明をした。

「他の人たちの奪われてたものも家族とか友達とか、そんな感じだったよ」
「じゃあハリーはロンか」
「まさかクラムはハーマイオニー?」

 頷くとラベンダーとパーバティは二人して興奮で頬を染めてきゃあと叫んだ。ついていけない会話になったことで、男子たちは呆れたようなやれやれという顔をした。
 あの二人ってまともに話したのはきっとクリパが初めてなはず。それなのにクラムにとってはハーマイオニーは家族より友達よりも大事な存在なのか。

「(……それってちょっと重──、……)」

 熟慮の末、私は『クラムって一途なんだなぁ』と思うことにした。まあいいことではあるよね。個人的に思うところはあれどね。



 そんな時間が経たないうちに、クラム、フラー、ハリーがそれぞれの人質を連れて湖の上へと浮上してきた。全員制限時間内で競技を終えている。

 水際では精悍な顔つきの水中人とダンブルドアが話し込んでいた。この様子だと、ハリーはやっぱりみんなのことちゃんと待ってたみたいだ。でも当の本人はかなり落ち込んでいるのかその顔はとても暗い。どうやら『待たなきゃよかった』と後悔しているらしい。いいじゃないのMr.道徳。よっホグワーツ一! 真っ先に帰った私が言えた口ではないのでもちろん口にはださない。


 体を覆うような陰がかかる。陽の光を遮るようにして、タオル巻きにされているフラーが私の目の前に立っていた。眉をひそめ、むっと不機嫌そうな表情だ。

「あなた、私を助けました」
「は? ああ、水魔のこと……」
「どうしてですか? わたーし、あのままなら、きっとだめでした」
「どうして……? いや、ライバルなので……?」

 ……あれ、もしかして水魔をやり込めるのも課題の一部だった? うわそれなら手を出すんじゃなかった……。てっきり競技外のところで襲われてるのかと。なんならルート整備くらいしとけばいいのに。なにしとん運営。とまで思ってた。あっそうですかあれも課題だったんですかあっそう……。
 言い訳させてほしい。だって私は襲われるとか全然なかっ──……ボタンジェットで爆泳してたから探す以外の課題がないのも当然だった。探す課題だって爆泳始まった途端終わったようなものだし。

 ああもうだめだ、フラーの地雷踏みまくってる。舐めてんのかゴラァって怒ってるのかな。また嫌われちゃったのかな。ちょっと持ち直したと思ったのに。


 落ち込む私にフラーはしばらく無言だった。やがて真顔のまま顔を近付け、私の両頬に二回ずつキスをする。そして耳元で「メルシー」と囁いて小さく微笑むと、妹の元へと戻って行った。は、はわ……。

「いいにおいした……」
「湖の臭いしかしないはずだよ」

 熱い両頬を抑えてフラーを見つめる私に、ネビルがやたら冷静に突っ込んだ。

「審査結果がでました!」

 魔法で拡大されたバグマンさんの声が再びスタンドに轟く。

「水中人の女長、マーカスが固定での出来事を仔細に話してくれました。そこで、五十点満点で各代表選手は次のような得点となります──」

 私たちは色んな人に肩を押され、審査員席の前に進み出た。審査員席の前に選手たちが並ぶ。

「ミス・ワイアットは『泡頭呪文』を使い、奪われたものを見事推理し、最速で人質の場所まで到達しております。加えて制限時間をなんと優に十五分以上余らせて帰ってきました! よって彼女には四十八点を与えます」
「四十八点? 嘘でしょ?」
「嘘なもんか、満点でもいいくらいだよ!」

 もらいすぎだ、とこぼした言葉はネビルに即否定された。身内の贔屓目がすごい。正味悪い気はしません。
 というか推理したと思われてるんだ……。たしかに相当察しがいい人ならできなくもないか。例えばダンブルドアとかが代表選手として取り組んでたら分かってそうだし。

「ビクトール・クラム君は変身術が中途半端でしたが、効果的なことには変わりありません。人質を連れ戻したのは二番目でした。得点は四十点」

 カルカロフ校長が得意顔でとくに大きく拍手した。クラムはといえばいつも通りむっつりとしているがどことなく喜んでいるようにも見える。

「ミス・デラクールは素晴らしい『泡頭呪文』を使いました。途中の水魔にひどく手間取ってしまいましたが三番目に人質を連れ帰ってきました。よって得点は三十八点」

 フラーは妹を後ろからぎゅうっと抱き締めてまだ乾ききっていない小さな頭に頬を寄せた。その瞳は安堵からか少し涙ぐんでいる。

「ハリー・ポッター君の『エラ昆布』は特に効果が大きい。戻ってきたのは最後でしたが、しかしマーカスの報告によれば、彼は二番目に人質に到着したとのことです。遅れたのは自分の人質だけではなく、他二人の人質も安全に戻らせようと決意したせいだと」

 どこからか口笛が鳴った。あちらこちらから茶化すような声が沸く。ハリーはなるべく感情を波立てないよう努力しているようだった。どうどう、ピキるなピキるな。

「ほとんどの審査員がこれこそは道徳的な力を示すものであり、五十点満点に値するとの意見でした。しかしながら、ポッター君の得点は四十五点です」

 私やハリーの周りにいたグリフィンドール生を中心に大歓声が爆発した。「これでホグワーツが首位独占だ!」誰かが叫んでいる。そう、ホグワーツが首位を──え、首位ってなんだっけ。

「やった、一位だ! エレナが一位だ!」
「……うっそぉ」

 ネビルが半分泣きそうになりながら告げた。私より嬉しそうだ。信じられなくてこぼれた呟きは歓声にかき消された。
 つい視線がフラーとクラムへと動く。フラーは拍手していたが、クラムは眉根を寄せていた。ハーマイオニーと話したそうだが当の彼女は私たちに声援を送るのに夢中で全く気付かれてない。うわぁ切ない現場を見た。見なかったことにしよう。

「第三の課題、最終課題は六月二十四日の夕暮れ時に行われます。代表選手はそのきっかり一ヶ月前に課題の内容を知らされることになるでしょう──諸君、代表選手の応援をありがとう!」

 バグマンさんは最後まできっちり言い終えるとにっこり締め括る。そうだ、最終課題。私は気を引き締めるために頬を軽く叩いた。

 私が本当に備えなければならない課題がいよいよやってくる。
 一位だなんだなんて余裕こいて浮かれるような暇はない。

「お祝いだね!」

 ……ないけれど、今は少しだけ喜んでもいいのかも、しれない。
 満面の笑みを浮かべるネビルにつられたのか、口許が緩んでいく。まだ四ヶ月も先だし、今日くらいなら彼らと一緒に浮かれても許される……はずだよね。
 

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