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イースター休暇が終わり夏学期が始まればそこからはいつもあっという間だ。大量の課題に追われながら期末テストに向けて勉強して……というのが生徒たちの毎年の通例だった。
「ポッター、ワイアット。今夜九時にクィディッチ競技場へ行きなさい。そこでバグマンさんが第三の課題を代表選手に説明します」
もっとも、そんなお約束も今年に限ってハリーと私は例外となる。代表選手はテスト免除なので。こればっかりはちょっと嬉しい。まあそうは言ったって、テストか選手かどちらか選べと聞かれたら迷わずテストを選ぶけどね。
授業終わりのマクゴナガル先生の言いつけに従って、夜の八時半、ハリーと一緒にグリフィンドール塔をあとにする。
「今度はなにをさせられるんだろう」
「フラーは宝探しの話ばっかりするよね」
「それならいいよ、ニフラー使えるし」
「やだ、それ私無理じゃん」
先日ハグリッドの授業でニフラーをやったのだが、結果は当然いつもの通り。私だけニフラーとの対話に大半を費やしてしまった。しかもかなりの時間を使ったのに『目を合わせてくれるようになった気がする』程度の進捗だ。来年の履修は本当に考えよう。
外は曇り空で、あまりよくない天気だ。少し強い風が吹く中、私たちは芝生を横切ってスタンドの隙間を通りグラウンドへと出た。
「いったい何をしたんだ?」
すっかり様変わりしたクィディッチ・ピッチの姿に、ハリーは剣呑な声をあげた。競技場には、とんでもない長さの蛇が地面を這っているかのように低い生垣がびっしりと生えている。
そんなピッチの真ん中にバグマンさん、それからクラムとフラーがいるのを見えた。私たちは生垣をいくつも乗り越えて彼らの元へと向かう。顔がはっきり見えるくらいまで近付けば、フラーが私たちへと親しげに笑いかけてきた。かわいい。第二課題以降、フラーの態度はかなり軟化していた。
「しっかり育っているだろう? あと一ヶ月もすれば、ハグリッドが六メートルほどの高さにしてくれるはずだ」
バグマンさんは自慢げに機嫌よく説明する。不満を隠さないハリーの顔に気付くと「心配ご無用!」と大きく手を振った。
「課題が終わればクィディッチ・ピッチは元通りさ! さて、わたしたちがここに何を作っているのか、想像できるかね?」
「迷路」
「そのとおり! 迷路だ。第三の課題は極めて明快。迷路の中心に三校対抗試合優勝杯が置かれる。最初にその優勝杯に触れた者が満点だ」
「迷路をあやく抜けるだーけですか?」
「障害物がある」
バグマンさんはなぜかうれしそうに体を弾ませながら言った。
「ハグリッドがいろんな生き物を置く……それに、いろいろな呪いを破らないと進めない……まあ、そんなとこだ」
「いきもの……」
思わず呆然と小声で繰り返すと、ハリーがニヤッとしてこちらを見た。なにわろてんねん。いや絶望もするでしょこんなの。だって私もうすでに詰んでるじゃん第三課題。はや。
全部呪文でなんとかできるエリアならいいな……。今の私はセドリックという──クィディッチへ向ける情熱を絶賛持て余し中の──コーチのおかげでかなり呪文の腕がスキルアップしていた。これならOWLも余裕でいけちゃうんじゃない? ってくらい。うそ、それは自惚れすぎた。でもわくわく魔法動物触れ合いパークよりは断然いけるってことならはっきり言える。
「──という具合なんだが、質問はある人は? ……よし、なければ城に戻るとしようか」
やば、後半なんにも聞いてなかった。まあいっか、帰りながらハリーに教えてもらお。育ちかけの迷路を抜けて外に出ていく背中を追う。
「ハリー、」
「ちょっと話したいんだけど?」
「ああ、いいよ」
しかし私よりも先にクラムがハリーを呼び止める。ハリーはちょっと驚いた顔をしながらも「ああ、いいよ」と頷いた。あらま、先越されちゃった。バグマンさんもハリーに話しかけたかったのか、少し戸惑った表情をしている。
「アー……ハリー、私はここで待っていようか?」
「いいえバグマンさん、大丈夫です」
ハリーはばっさり切り捨てた。生真面目を気取ってはいるけどよく見れば笑いをこらえた顔をしている。なんか生き生きしてるなハリー。楽しそ〜ていうかやっぱりクラムって意外とフランクだしなんならちょっとJKみたいな喋り方よね。訛りのせいかしら。
そんなことを考えているとクラムが不意に振り向いて私のことをじっと見つめた。
「君も来て」
「あっはい」
不埒な考えがバレちゃったかと思ったけどそうでもないらしい。……えっほんとにないのか? 流れで返事しちゃったけどなんで私が呼ばれたんだ。おこなんじゃないのこれ。
三人で禁じられた森のほうへ歩きだしながら、なんとなく背後をチラ見する。取り残されたバグマンさんがピッチの前で所在なさげに立ちすくんでいた。
私たちは無言のままハグリッドの小屋や、照明に照らされたボーバトンの馬車を通り過ぎていく。少し離れた静かな空き地に辿り着くと、ようやくクラムは木陰で足を止めた。そしてハリーを睨みつける。
「知りたいのだ──君とハーミー・オウン・ニニーの間にヴぁ、なにかあるのか」
「(だれ??)」
あ、ハーマイオニーのことか。ニニーって呼び方可愛いな、今度呼んだら──だめだ、バチ切れられそう。ただでさえ最近はスキーター女史のせいでピリピリしているし。
ハリーは拍子抜けした顔で真剣なクラムをまじまじ眺めた。
「なんにもないよ──僕たち、友達だ。ハーマイオニーは僕のガールフレンドじゃないし、これまで一度もそうだったことはない」
「ハーミー・オウン・ニニーヴぁ、しょっちゅう君のことを話題にする」
「ああ。それは、ともだちだからさ」
ハリーがそうはっきりと言い放っても、クラムはまだ疑いを持った目をしている。目を鋭く細めたまま、クラムは視線を私に流した。
「じゃあ、彼らヴぁ一度も……これまで一度も?」
「ない、なんにもないよ。ハリーの言うとおり」
彼は真偽を見抜こうとするように、私のことを大きく曲がった鼻の上からじろりと睨んだ。でも会話の内容が内容なだけに全く怖くない。威嚇するポメラニアン……ごめんそれはかわいく言い過ぎかも。アリクイかな。そう思うと似てる気がしてきた。
「スキーターの記事はでっちあげさ。僕たちはあんなの一度もない、本当に」
「……そうか」
念押しするようなハリーの言葉を最後に、クラムはやっと納得したのか小さく呟いた。彼はぎこちなく口角を上げる。
「君ヴぁ飛ぶのがうまいな。第一課題のとき、ヴぉく、見ていたよ」
「ありがとう。僕もクィディッチ・ワールドカップで、君のこと見てたよ──」
青春の一ページを平穏に終えた彼らはクィディッチ談義に花を咲かせはじめた。ニコニコしちゃってまあ楽しそう。完全に私は蚊帳の外だ。
けれどそれはそれで好都合。なぜってちょうどなにか引っ掛かっていた。この状況って、なんかあったような。クラムとハリーが禁じられた森で恋バナ……。
「(あっ)」
私が気付いたのと、クラムの背後の木立の中で何かが動くのは同時だった。ハリーが油断なく木立を見ながら、素早くクラムの腕を掴んでクルリと彼の体の向きを変えさせる。
「なんだ?」
困惑するクラムを庇いながら、私とハリーは杖を掴んで陰を見つめる。他校生ならこの森の危険性を理解できなくても当然だ。なんなら彼は知らなかったのかも。ここが“禁じられた”森ということ自体を。
大きな樫の木の陰から、突然男がよろよろと現れた。
男はブツブツ言いながら、身振り手振りで見えない誰かと話していた。
「……この人ヴぁ審査員の一人でじゃないのか?」
「うん、バーティ・クラウチだ」
分かっていたのに一瞬誰かと思ってしまった。だってその姿があまりにも変わり果てていたから。何日も旅してきたような汚れきった格好もそうだけど、なにより言動がその奇怪さを際立たせていた。ボロボロになった指先をずっとふらふらと遊ばせているのは、どうやら誰かになにかを指示しているらしい。「ウェーザビー、頼んだぞ」……えそれもしかしてパーシーのこと? ウィーズリーってそんなに覚えづらいかな。
「クラウチさん? 大丈夫ですか?」
ハリーは大声をあげて何度もクラウチさんへ呼びかけた。そんな声を背後に私は周囲を警戒する。もうこの付近にJrは潜んでるんだっけ──……。
「この人ヴぁ、いったいどうしたの?」
「わからない……エレナ、だれかを連れてきて──」
「ハリー、忍びの地図は?」
「え? 今はないよ」
「どこ?」
「部屋にあるけど……ねえ、どうしてそんなこと、」
「寮の? 誰かに貸したりはしてないの?」
「してないよ! それより人を──」
「ダンブルドア!」
クラウチさんが突然息も絶え絶えに叫んだ。近くにいたハリーのローブをぐっと握り引き寄せる。
「私は……会わなければ……ダンブルドアに……」
「いいですよ。立てますか、クラウチさん。一緒に行きましょう」
「私は……バカなことを……してしまった……」
「立ってください、クラウチさん」
「どうしても話す……ダンブルドアに……パーサ……死んだ……みんな私のせいだ、息子……私のせい……闇の帝王、より、強くなった……!」
ハリーは宥めるようにさらりと言って、クラウチさんに肩を貸そうと屈んだ。しかしクラウチさんはハリーの言葉が聞こえてないらしい。全然会話になっていない。
「クラウチさん、ダンブルドアのところへお連れしますから……」
「逃げてきた……警告、しないと……──」
「……はい? なんですって?」
皺になるほどがっしりと腕ごと掴まれたハリーはなにかぼそぼそと囁かれている。やがて彼は助けを求めてこちらへ振り向いた。
地図はハリーの部屋──つまり、ここにJrはいない。
それならば私もこっちに集中できるというものだ。よし来た任せな。杖を握りしめてクラウチさんの胴へ向ける。
「ステューピファイ」
「……えっエレナ?!」
「こうしたほうが早いから──モビリコーパスっと」
意識が正常ではない人を支えて歩くより、大人しくさせて運ぶほうがずっと早くて楽だ。口を開けたまま失神したクラウチさんを浮かせてハリーに先導してもらい、森を歩いていく。
しばらく静かだったが、沈黙の中をクラムが「第一課題のときも思ったんだが」とおずおず切り出す。
「君ヴぁ結構おっかないんだな。ハーミー・オウン・ニニーの言うとおりだ」
「……いや別に、効率を考えただけだよ」
「だからって失神させなくても」
クラムに続けてハリーまで呆れ声で言う。なんでよ、じゃあ喚き散らすクラウチさんを気にせず普通に校庭飛ばしたほうがよかったの? 私は別にそれでもよかったけどさぁ。でもそっちのが絵面かなり物騒でしょ。じたばた空中で藻掻く人を無理やり連行するとか。
「それなら意識ないほうがまだ平穏じゃない?」
「まず普通は無理やり連れて行かないんだよ」
それはそのとおりかもしれない。ハリーの窘めるような声に口を噤んだ。もうなにも言わんとこ。
「(ていうか真っ先にドラゴンの目を狙いにいった人に物騒とか言われたくないんだけど)」
ちらりとクラムを見れば、彼は心配が込められた純粋な瞳でクラウチさんを見ていた。そうだった、あれはカルカロフの案でした。クラムは作戦通りやっただけだもんね。もしかして私の作戦が物騒だったからカルカロフは気持ち高得点くれたの? なにそれ素直に喜べない……。
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