27



 森を抜けたあとは、クラムには船へ戻ってもらいハリーとクラウチさんとの三人で暗い校庭を通り校舎へと向かう。石段を上がり、樫の木の正面扉をくぐって大理石の階段をのぼった。

 やがて三階まで辿り着き、廊下の中ほどの校長室を護るガーゴイルが見えた──


「ポッター、ワイアット!」


 静かな廊下に乱暴な怒鳴り声が響き渡った。その声に心臓が口から飛び出しそうになる。しかしハリーはあたりを見渡すと、安心しきった声音で"彼"の名前を呼んだ。

「ムーディ先生!」
「その男は……」

 石像の裏から現れたムーディは私たちを視界にいれると、その目を大きく見開いた。普段は忙しなく動き回っている魔法の目もクラウチさんへとピタリと固定されている。

「(ああ、くそ)」
「これはどういうことだ?」
「僕たち、ついさっきまで禁じられた森にいて──」

 最悪のタイミングだ。つい悪態をついてしまう。顔にでてしまった気もするが、ムーディのほうもそれどころじゃないようだ。彼はクラウチさんから目を離さないまま低く静かな声で聞いてくる。その温度のなさに腹の奥底がゾッと冷えた。
 そんな私に気付かず、ハリーが息せき切って話しはじめた。

「そしたら突然クラウチさんが現れたんです……様子がすごくおかしくて──クラウチさんはなぜかずっとダンブルドアに会いたがっていて」
「……なるほど、だから校長室へ来ていたというわけだな。うむ、事情は分かった。それならここからはわしが引き継ごう」
「はい、お願いします──」
「ま、待って!」
「エレナ?」

 突然大声で遮った私に、ハリーが不思議そうな声をあげた。『ムーディに渡してしまえばいいのに』という副音声が聞こえる。でもだめなんだよそれは。そんなことできるわけない。ムーディの普通の目が私の方へと向く。

「あ……えっと、その人とにかく錯乱していて……とにかく直接ダンブルドアに──」
「ああ、分かっている。だからわしがしっかりダンブルドアの元へと連れて行く」

 せっかく校舎まで連れてこれて、あとほんの数歩で校長室なのに! 早くそれっぽいことを言わなきゃ。なにか──だめだ、なんにもでてこない。頭の中がぐるぐると混乱していて、余計な思考ばかりしてしまう。

「……それとも、わしには任せられないような理由があるというのか?」
「(めちゃくちゃあるわ)」
「ワイアットはわしを信用できないと?」
「(できるわけない)」

 高圧的に畳み掛けられる。心の中ではおしゃべりになれても実際は威圧されていて声がだせなかった。いやこんなこと威圧されてなくても言えないけど。

 ああもう、禁じられた森時点でスタンバれなかったんならここにも来ないでよ諦め悪いなぁ! めちゃくちゃ邪魔だ。
 どうしよう、どうしたらムーディをやり過ごせる? このままじゃなにも変えられない。ここでムーディに預けてしまえば、クラウチさんはきっと殺されて──


「それには及ばん」


 背後からのそんな言葉とともに、私の両肩へ手が置かれた。一瞬驚いて身が竦む。けれど首だけで背後を振り返り、相手を確認して力が抜けた。

「よ、元気か?」
「叔父さん……どうしてホグワーツに?」
「ダンブルドアに呼ばれてな。ついでにお前の顔を見て行こうと探してたところだったんだ」

 叔父さんは安心させるように小さく微笑む。それからすぐに正面のムーディを見据えた。ムーディは「エドガー」と低く唸る。

「お前とも随分久しいな。十三年ぶりか?」
「七年前のバルセロナ調査任務を忘れているな、このたわけめ! ボケたのならさっさと引退しろ」

 軽やかに笑う叔父さんとは反対に、ムーディはぶっきらぼうに皮肉った。うわ、ちゃんとムーディの過去の任務とか仕事相手とかも把握してるんだね。敵ながらその仕事の細やかさに感心してしまう。クラウチJrほんとマメというかプロ根性がすごい。その才能、死喰い人以外のことに活かせばよかったのに。

「そんな世間話はいい。それよりわしが必要ないとはどういうことだ? エ?」
「そうは言ってないだろう。ただダンブルドアの所へ連れて行く必要はないと言っているんだ」
「左様。もうすでに、ここに来ておるからのう」

 峡谷の底から聞こえるような深い声に、ムーディは自身の背後を勢いよく振り返った。暗闇の中からダンブルドアがその姿を現す。

「……いやに早かったな。まさかクラウチが来ることを知ってたのか?」
「いいやまさか。ただ予感がしたのじゃよ」
「相変わらず恐るべき察知能力だ」

 宙に浮いたままのクラウチさんを冷静に検分するダンブルドアへ、ムーディはどこか馬鹿にするようにして鼻を鳴らした。魔法の目を叔父さんへと向けて「お前と違ってまだまだ現役というわけだな」とせせら笑うムーディの口端から、僅かに覗いた舌先が唇を滑るように動きかける。しかしそれは一瞬のことで、舌はすぐに引っ込んだ。
 たしかあのクセってクラウチJrの──

「いたっ……?! ちょ、叔父さん……叔父さん! 痛いよ!」
「ん? ああ、悪いな」

 ギリギリと力を込められていた手が離れる。どんだけ静かにキレてるの。そんな腹立ったなら言い返せばいいのに。なんにしたって私に当たらないでよね……。
 未だにじんじん痛む肩をさすった。痛い、抉り取れてないのが嘘みたい。そういえばルーピン先生にも同じとこ掴まれた気がする。私の肩口ってそんなに抉りたくなる形してる? 全然嬉しくないなそれ。


 ダンブルドアは「深い眠りに落ちておる」と呟いた。ダンブルドアの言葉に叔父さんとムーディもクラウチさんを素早く調べ、同意するように頷く。

「え、眠りですか? 失神してるだけじゃなくて?」
「ああ。クラウチは最初からこの状態だったのか? 眠っていたのか?」
「それをやったのは、えっと……」
「……どう、でしたっけ? 最初は、その──まあちょっと、違った、のかも? 起きてた、かな? いや、わからないですけど。もしかすると、なんですけど」

 ムーディの問い掛けに、ハリーが困ったように私を見た。自然と四対の瞳が私へと集まる。私は突き刺さる視線から逃げるように顔を逸らし、曖昧に言葉を濁した。全員がしどろもどろな私を見て黙り込む。……正確には『絶句した』のかも。

 叔父さんが静かに「これは誰がやったんだ?」と聞いた。その硬い声音は確実に察している。

「クラウチを眠らせた──いや、失神させたのは?」
「…………」
「誰なんだ、エレナ」
「……私です」

 ようやく白状した私に、叔父さんは片手で目元を覆って天井を仰いだ。深呼吸するように大きく息を吸う。

「……じゃあつまり、眠らせたのもお前なんだな?」
「えっっっいやちが、私ほんとにただの失神の呪文しか使ってない! ねえハリー?!」
「多分そうだったと思うけど……」
「ほら! だから、あの……あっ元からなにか変な呪文がかかってたとか? 複合で、掛け合わせることによって思いもよらぬ不思議な効果が発揮されたとか……ねえムーディ先生!」
「なにを言っとるんだワイアット」

 捲し立てていきおいで乗り切ろうとしたが分かりやすくドン引きされた。なんだよノリ悪いな。いやちがうリアクションにケチつけてる場合じゃない。冤罪の危機なのに。

「たしかに、有り得ぬことではない」
「なに?」

 闇祓い二人(内一人は元だし似非だけど)からの疑わしい眼差しにぐさぐさと串刺される中、ダンブルドアだけが落ち着き払って言った。半月鏡越しにちらりと私を見てまたクラウチさんへと視線を戻す。

「エレナの言うとおり、元々かけられていた魔法が複雑であればあるほど、外部からの刺激によって全く予想だにしない結果を引き起こすこともあろう」
「……聞いたこともないが」
「幾ら優秀な闇祓いであるきみたちとて、何百何千とある魔法の効果とその可能性を全て把握することは不可能じゃろう。そんなことはこの魔法界で誰一人、例えどんな天才であったとしても成し遂げ得られぬ偉業といえる──さて、クラウチ氏は随分疲弊しておるようじゃ。ひとまず聖マンゴ魔法疾患障害病院に移送するとするかのう。それでは儂は一度校長室へ戻るが、アラスターはハグリッドの小屋へ行き儂が向かうまでそこで待機を。すぐに禁じられた森の調査を行う。それからエドガーはクラウチ氏の護衛を頼む」
「分かった」
「ああ、それは構わんが」

 口を挟む間を与えず、ダンブルドアは喋り続けた。ムーディは大人しく頷いたが叔父さんは困惑している。……なんだかよく分からないけど、これはクラウチさん助かったっていうことでいいのかな。そして私の冤罪も免れた?

「二人には後日また改めて話を聞くとしよう。とりあえず今日はもう寮へとお戻り。言うまでもないことであろうが、寄り道せずに帰るのじゃ。よいな?」

 テキパキと指示を出すダンブルドアをぼんやり見つめていれば、鋭く見据えられる。もちろん寄り道なんてするつもりはない。私たちは慌てて頷き返事をした。



 松明に照らされながら廊下を進むハリーは、なにかを考え込んでいるのか話しかけてくることはなさそうだった。私からも話は振らず、特に会話もなく二人並んで寮への道を歩く。

「(ていうかダンブルドア、なんか頭よさそうなこといって普通に締めたな……)」

 締めたっていうか流したのかなあれ。頭よさそうすぎて何言ってるか半分も理解できなかったんだけど。あと三回くらい0.75倍速で喋ってもらわないと分からない。ていうか三行でまとめてほしい。

 でもあそこで『ほらそうでしょ?』とか言って便乗できない時点で私もムーディのノリの悪さをバカにはできないのかもなぁ。うん、もっと精進しよう。双子に弟子入りしようかな。


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