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ダンブルドアの言っていた『後日』はすぐに訪れた。
夕食後、昨日と同じようにハリーとともにグリフィンドール塔をでていく。向かう先は昨夜同様クィディッチ・ピッチ──ではなく校長室だ。
「最近失神の呪文練習してるんだよね。そしたらロンとハーマイオニーが痣だらけになっちゃって」
「どんな練習法してるの??」
「え、エレナたちはならなかったの?」
「いやならない……」
どうしてと不思議そうにされても困る。こっちが聞きたい。どうしてそんなことになるの?
「ていうかエレナ“たち”ってなに?」
「え、だって失神の呪文の練習は一人じゃできないだろ?」
「……一人でやったよ、ベッドに座ってひたすら自分にかけてた」
どうしてと呆れられても困る。ネビルに頼めばよかったのにという視線が痛い。なんか悲しくなってきた。どうしてそんな目をするの?
三階の階段を登り終えたところで、ハリーが「そういえば」と私に顔を向けた。深緑の瞳がじっと見つめてくる。
「どうして昨日ムーディにクラウチを渡そうとしなかったの?」
「それは──ムーディの具合が悪そうだったから」
実際、ムーディの体調が目に見えて崩れてきているのは事実であり、生徒たちの間でもまことしやかに噂されている。最近の彼は顔を病的に青白くさせ、息もぜぇぜぇと荒いのがデフォになっていた。スキットルを傾ける頻度も多くなってきてるし。
何故かは知らない。まあポリジュース薬なんか常用してたらそんな副作用があってもおかしくないよね。もちろん昨日私が渋ったのはそれが理由ではないけれど、この変化を利用しない手はない。
「そんな人にお願いしちゃ悪いかなって」
「ああ、たしかに……どうしちゃったんだろうね」
思惑通り、ハリーはすぐに納得してくれた。なんなら心配そうに眉を垂れさせている。ムーディの生徒人気がこんなところで役に立つとは。なんか複雑。
校長室を番ガーゴイルの前につくと、ハリーが石像に向かって平然と「ゴキブリゴソゴソ豆板」と言い放つ。命が吹き込まれたガーゴイルは脇にぴょんと飛び退いて道を開いた。ギョッとした顔の私に彼は肩を竦める。
「多分ダンブルドアが今ハマってるお菓子だと思う」
「正気……?」
おじいちゃん、まさかもう味覚が……? いや、この場合は視力の問題? だって豆板から大量にはみ出す細い枝みたいなやつってどうみても……。
魔法界四年目だけど、未だにゲテモノ系には慣れないし、この先も慣れられる気がしない。
壁の隙間を通り抜けるハリーのあとに続いて、石の螺旋階段に足をかけた。階段はゆっくり上に動きはじめ、私たちの背後で壁が閉まっていく。樫の扉は真鍮のノッカーがついていて、それを扉に打ちつけて客の来訪を知らせるようになっていた。
「バーサの失踪とバーティ・クラウチになんの繋がりがあるというのだ、バカバカしい! それよりボーバトンの馬車を過ぎたあたりだとおっしゃいましたかな? ダンブルドア、あの女が何者なのか、ご存知か?」
動く螺旋階段を降りれば部屋の中から人声が聞こえてきた。たしかこの声はファッジ大臣だっけ。ハリーと目を合わせてそっと耳をそばだてる。
「非常に有能な校長だと考えておるよ──それにダンスがすばらしくお上手じゃ」
「よせ、ダンブルドア! あなたはハグリッドのことがあるので偏見からあの女に甘いのではないのか? 連中は全部が全部無害ではない──もっとも、あの異常な怪物好きのハグリッドを無害と言うのならの話だが──」
「コーネリウス、偏見があるのはあなたのほうかもしれんのう」
その通りだと思う。そもそも巨人の血が流れているのとハグリッドが怪物的動物が好きなのは全く関係ない。シンプルにハグリッドの個人的な趣味だ。
「お二方、議論はそこまでにせぬか? どうやら来客のようだ」
ムーディがそう言うやいなや耳を預けていた扉がひとりでに開いていく。私たちはたたらを踏んで校長室の中に転がり入った。いけね、という表情をする私とハリーに、ダンブルドアは目をキラリとさせてちょっと愉快そうに微笑む。
「おお、ハリー、エレナ。よく来たのう」
「はい、あの……すみませんでした」
「構わんよ──我々はこれから現場調査に向かう。そう長くはかからんじゃろう。ここで待っているがよい」
大人三人は黙りこくってゾロゾロと私たちの横を通り過ぎていく。ダンブルドアは部屋からでていく寸前、振り向きざまにちょこんとウインクしながら「ああ、そこの噛む噛むキャンディを摘んでいてもよいぞ」と付け足した。
閉まった扉をちょっと見つめたあと、ハリーは迷わずお盆に手を伸ばした。食べるんかい。山盛りになった噛む噛むキャンディは一斉にハリーの指へ飛びついていく。そっちが噛むんかい。ダンブルドアもなんでそんなの勧めたの? なに? 罠なの?
痛そうに呻くハリーを横目に私は部屋を見回した。机の後ろのガラスケースには柄に大きなルビーを嵌め込んだ銀の剣が収めれている。わあ、綺麗。これがグリフィンドールの剣かな。こんな大きい剣を数年後ネビルが振るうのか……う、ネビルったら立派になって……いかん、未来のことを考えてたら泣きそうになってきた。
グリフィンドールの剣から無理やり視線を外せば、その隣には継ぎ接ぎだらけのぼろっちい「組分け帽子」が置いてあるのに気付く。うわ完璧に霞んでる。置く場所間違ってるよダンブルドア。
「(……そういえば組分けのときなんか言われた気がする)」
机の後ろに回り込む。棚から帽子を取り上げて被った。気分転換も兼ねてね。
「私になにか聞きたいことでもあるのかい、エレナ・ワイアット」
帽子を被るとすぐにしゃがれた囁き声が聞こえてくる。
「ええ、組分けの日に言ってた、ええと──なんでしたっけ」
「二魂持ちのことだね。ああ、たしかに言ったとも。しかし──」
組分け帽子は声を曇らせ、難しく唸った。僅かな沈黙ののち、「今や壊れかけておる」と続ける。
「君の魂片半分にはすでに大きなヒビが入っているな」
「はあ……」
「完全に壊れる日はもう近い。そして──君はとっくに選び終えている。もう、戻ることはできぬ……」
そう言って、帽子は完全に沈黙した。てっぺんを掴んで、手にぶら下がる草臥れた帽子を見遣る。結局なんの話かよく分かんなかったな。
しかしそれにしたって、この帽子ほんとに汚い……洗いたい……でもなんていうんだっけ、こういうの。グランジ系? なんか最近流行りの……よく分かんないけどそういうアレなのかな。じゃあ勝手に綺麗にしたら怒られるのかな。怒られるのはいやだ。とりあえず杖をしまった。
「なに言われた?」
「人格破綻しかけてんねみたいなことを」
ハリーは組分け帽子を胡乱げにじろじろ見た。まあ要約するとだいたいこんな感じでしょ。ハリーは「それより」と帽子を棚に押し戻しながら私を戸棚の前へと誘導した。開いた戸の中には浅い石の水盆が置いてある。水盆の中には煙のようなものがぐねぐねと渦巻いており、銀色に怪しく発光していた。
「見て──なんだと思う?」
私は答えに窮して黙った。しかしハリーは答えは求めていなかったのか水盆──憂いの篩にうっとりと見蕩れている。
彼は杖を取り出して水盆の中身をおそるおそる突ついた。水盆の中の銀色の物の表面が急速に渦巻きはじめる。水盆の表面を覗くと、水面には大きな部屋が映りこんだ。
「なんで部屋が映ってるんだ? それにここはどこなんだろう──」
「あっ」
さらにもっとよく見ようとハリーは夢中になって首を捻る。ますます水面に顔を近付けて──消えた。
ハリーは水盆の中に吸いこまれていった。えーどうしよ。クラウチJrの裁判だよねこれ。内容知ってるし私はここで待っててもいいかな。
「(……でもダンブルドア帰ってくるのか)」
二人きり。
アルバス・ダンブルドアと二人きり。
そっか…………。
「エレナ!」
「えへ、来ちゃった」
隣のベンチに落ちてきた私に気が付くと、ハリーはホッとした顔をした。
「(憂いの篩体験してみたかったし)」
別にダンブルドアと二人きりが嫌だっただけとか、決してそういうわけではない。またいらぬ口滑らせそうとか危惧してるわけではない。ないです。ないったらない。
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