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矢のように次から次へと降っていた呪文が止む。数秒立ち尽くし、完全にラッシュが終わったことを確認して私はぐったりと床に座り込んだ。
「つっかれた……」
「エレナ、プロテゴ苦手だね」
自らの杖をくるくる手の中で回しながら、セドリックはしげしげと言う。出来なくはない。けれど気を抜くと脆かったり壊れやすかったりと威力はまちまちだ。この呪文は結構長い期間練習してるのにどうしてかあまり進歩しない、微妙な仕上がりを維持し続けている。
「盾の呪文は汎用性の高いすごく有効な自衛手段だから、手癖が消えるまで反復していこうね」
「はいコーチ」
「じゃあ次はシレンシオやってみよっか」
「……本気?」
「本気」
セドリックは笑顔で「息抜きがてらにね」と言うけど息抜きがてらに新呪文はキツいんですが。『本気?』には『やめとかない?』っていう意味が込められていたのに全く汲み取ってもらえなかった。コーチは決して鈍感というわけではない。つまりこれは故意的な無視。こうなった場合私に残された道は大人しくコーチの方針を受け入れることだけだ。……でもやっぱりその前に少しでいいから休ませてほしい。
「ちょっと顔洗ってくる」
「……次はアグアメンティでもいいかも」
「よくないですコーチ」
それつい最近「習得するまで苦労したよ」ってボヤいてたやつでしたよねコーチ。無茶です。
なぜか少し不満げなコーチを残して空き教室から出て行く。廊下を少し歩いて、校庭に面する水道で手を洗う。
セドリックの教え方はたしかにスパルタだけど実際すごく分かりやすい。しかも彼なりに色々考えて教える呪文を選んでくれている。彼の選ぶ呪文はどれも実践で役立ちそうなものばかりだしとても助かる。
……のだけれど、最近ちょっと無茶ぶりがね。期待が少しだけ過度になりつつある気がするの。いや期待してくれるのはとっても嬉しい。頑張らなきゃなって気持ちにもなるしね。でもじわじわと限度を超えつつあるんですよね。超えつつというか伸ばされつつというか。ゴールテープをちょっとずつ遠くにされてる感覚。
OWL実技いい点取れるかもって言ったけど、これはいい点『取らなきゃいけない』流れになってきてる気がする。
「いいご身分ね、ディゴリーまで誑かして」
不意に背後から冷たい声がかかる。振り向かずとも誰かは分かった。だって後ろから嫌味を投げてくるような性格歪んだ知り合いは一人しかいない。
「どうも、スミルノフさ、じゃなくてレベッカさん!」
「……は?」
「よく考えたらあなたに遠慮する必要もないかなって」
私へ対しひたすら失礼でいきたいスミルノフさんもといレベッカさん。そして敬語癖を直したい私。考えた末、ここはもうお互い無礼講でいけばwin-winなのでは? という結論に至っていた。パズルのピース、完璧にはまっちゃったな……。
「そういうわけだから、髪飾り返してくれない?」
にっこり手を差し出せば、彼女は顔を顰めてあからさまに『うっざ……』という表情をした。「うっざ……」あ、ほんとにいうんだ。
レベッカさんは顎に手を当て、少し思案して考える素振りを見せた。
「返してあげてもいいわ」
「えっまじすか」
「ただし優勝できたら──の話だけど」
「あっまじかぁ」
そういう感じね。はいはいですよね〜。いや知ってた知ってた。もうここまでくるとあっさり返してくれるほうが怪しいよね。
「ていうかいいんですか、優勝して」
「……なに、余裕ってわけ?」
「そうじゃなくて……」
「できるものならやってみなさいよ」
彼女は露骨に感じの悪い態度で睨みつけてくる。別に余裕だから挑発したんじゃないのになんか勘違いされてる。これじゃ私が自惚れ屋のひどい高慢ちきのようだ。
私が言いたいのあなたの嫌いな『エレナ・ワイアット』が優勝していいの? ってことだ。だって普通は恥をかかせたくなるものじゃないの、こういうのって。憎い相手に仮でも優勝した場合の話する? そんな希望持たせるような……もしかしてこれがスリザリン流なのかな。上げて落とす、みたいな。
「……いや、そもそも自分の物返してもらうのになんで条件だされなきゃ……? レベッカさんあの髪飾りに固執しすぎでは」
「……べつに、あんなのどうだっていいわよ」
「なにその嘘……あなたが私の私物をとったのあれが最初で最後じゃん」
舌打ちされた。図星だからってさぁ……この人お嬢様っぽい喋り方するわりにところどころでチンピラっぽいんだよな。
「そんなに言うならそのピアス、耳ごと引きちぎってもいいのよ」
「よくないよ、普通にやめてね」
「その喋り方本当にムカつくんだけど」
彼女は「鳥肌立ってきた」と腕を摩っている。大不評だ。でも口調変えてるだけなのにすごく仲良くなれてる感じするから私は好き。なので絶対に戻しません。ぶっちゃけていうとレベッカさんへの嫌がらせも込みだし。……性格の歪み具合では私も負けてないな。
「髪飾りにピアス。その次は栞かな?」
「あんた、気付いて……」
心底驚いているという彼女の顔にこちらが驚く。気付かせたかったのかと思ってた。あんなに分かりやすく牽制されたら私だってさすがに分かるのに。
「そんなに私がド、……マルフォイに近付くのイヤですか」
「ピクシーとあんたの二択でもピクシーを選ぶくらいイヤ」
「そこまで?」
即答でそれなの? 頬を引き攣らせる私に、レベッカさんはハッと馬鹿にするように笑った。切れ長の瞳を嘲るように細める。あっこれ流れ読めた。私はさりげなくローブに手をしのばせる。
「当たり前でしょう? あんたみたいな穢れた──」
「インぺディメンタ」
「っな、によ!」
「蝿がいたから」
「そんなうそ──」
レベッカさんは中途半端にローブへ手を突っ込んだ体勢で、怒ったように振り向いて言葉を止める。彼女の頭スレスレのところで虫がぴたりと動きを止めていたからだ。ほらうそじゃないでしょ。やる必要があったかといわれたら、まあないんだけど。蜂とか毒蜘蛛ではなくたかが蝿だし。
相当驚いたのか、固まったままの彼女にため息を吐いた。
「私とマルフォイはあなたの邪推しているような関係じゃないよ」
「……踊ったくせに」
「え……あ、クリスマス? いや踊ってないけど」
「は? ……はあ?!」
「だってレベッカさんが踊らせないとかいうから」
呪われるかなって。てか絶対呪うだろうなって思って。あとあれだけ牽制されてた相手と踊るほど呑気キメこんでない。最近気付いたんだけど、私って一部の人からすごいぼんやりしてる人間だと思われてる気がする。
「馬鹿? 馬鹿なんじゃないの?」
「二回も言った……」
「……せっかく、この私が……」
彼女は髪をぐしゃりと乱した。そんな悔しそうにされても。レベッカさんはキレやすいのどうにかしたほうがいいと思う。でもこれ言ったら怒髪天つきそうだから黙っとこ。
「とにかく、優勝したら髪飾り返してくれるってことでオッケー?」
「うるさい……もうなんでもいい……」
「え、いいの? ほんとにほんと? 破れぬ誓いでもする?」
「するわけないでしょ、あんた頭空っぽなの?」
そこまで言われること言ったかな。言ったのかも。魔法界、相変わらずよく分からない。それにしても、すっかり意気消沈した様子だったのに息吐くより簡単そうに罵倒するのほんとすごいな。まじ才能だよそれ。
「俄然やる気がでてきた。え、もしや頭空っぽな私がなんと現在一位ってご存知ない? 完全に波乗ってるんですが」
「そのまま溺れてしまえばいいわ」
レベッカさんはツンと言い捨てた。彼女は豊かな黒髪を靡かせて遠ざかっていく。最後まで毒たっぷりだった。元気そうで安心だ。やっぱり当たり屋先輩はこれでこそだよね。一時期はすごく具合悪そうだったけど、今はもう治ってるみたいでよかった。
「……でもあの人にタメってやっぱ喋りづらいな」
「今の、スミルノフだよね。髪飾りあいつにとられてたの?」
「うっわびっくりした。そうだけど……セドリック、いつから聞いてたの?」
「ついさっきさ。破れぬ誓いの話あたり」
ドラコの件は聞かれてなかったらしい。こっそり胸を撫で下ろす。セドリックなら聞かれても大丈夫だとは思うけど……でもまだネビルにも伝えてないし。ハーマイオニーにはなぜかバレてたけど。
「なにかされてない?」
「されてない。大丈夫だよ、私あの人と友達になる予定だから」
「……錯乱の呪文を練習したいってこと?」
「ちがう、全然ちがいますコーチ」
ものすごく曲解された。錯乱させないとなれないよってこと? いやさすがにそんなわけ──……え、あるの? セドリックは茶化してるわけじゃなさそうなのがまた切なくなった。うそ、そんなに無理なのかな……。
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