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「エレナ、いつまでそれ食べるつもり?」
「あと五切れは食べたい」
大皿からまた新たにローリー・ポーリーを取り分ける。昔あんまり好きじゃなかったものでも久しぶりに食べると『これこんなに美味しかったっけ』なるよね。私は今まさにその状態だ。
「そんなことしてたって会うのは避けられないんだからね」
そんな御託をぐだぐだと並べ立てても、どうやら私の魂胆はバレバレらしくネビルがシラけた顔をした。私を見る視線には非難するような飽きれたような、それでいて心配するような感情が含まれている。
「ネビルこそ行かなくていいの? あと十分で『魔法史』の試験でしょ?」
「うん、もう行くよ。だからエレナも早く行きなよ」
「あー……うーん、うん……」
「……ちゃんと行くんだよ」
「んん……」
「エレナ」
「はい」
ネビルも試験へと向かい、大広間の生徒がまるきりいなくなったころ、不意にテーブルへと影が落ちる。顔を上げればハリーが立っていた。
「まだ食べてるの?」
「美味しすぎて逆に食べるのもったいないなぁって」
「もうおなかいっぱいなだけじゃないか」
ハリーは向かい側の椅子を引いた。彼はもはや鑑賞されてるだけだった哀れなローリー・ポーリーを小皿の上から一切れつまむ。
クラムはスリザリンのテーブルから立ち上がると、大広間から脇の小部屋へ向かう。フラーもそのすぐあとにつづいた。二人は入口前で立ち止まりこちらを振り返る。フラーが小さく笑って手招きをする隣で、クラムは動かずただじっと私たちを見つめていた。早く来いって催促されてる気がする。
「行こっか」
「……はい」
私たちが揃うとクラムが扉を開け、中に入っていく。私は列の最後尾についた。
部屋の隅のほうでは黒髪の男女がクラムを抱き締めていた。ああ、別に家族仲悪いわけじゃないのね。もう本当にただただハーマイオニーが大好きになっちゃっだけなんだ。そっか、でもそれやっぱり重、なんでもないです。
「や、この前ぶり」
「叔父さん。……お父さんとお母さんも、久しぶり」
叔父さんはドアのすぐ内側に立っていた。その隣にはにこにこのお父さんもいる。そしてもちろんお母さんも。お母さんは眉根をぎゅっと寄せ口を真一文字に結んでいる。色々言いたいことはあるけれど、一応晴れの舞台だからか我慢しているらしい。
「代表選手になったんだってね。新聞で知って驚いたよ。エレナったらちっとも教えてくれないんだから」
「……新聞?」
「うん、日刊予言者新聞」
「えっとってるの?!」
「去年からね。ああ、エレナは夏うちにいなかったから知らなかったのか」
他意はなさそうな言い方が逆にグサッときた。ていうかあれ購読してたならもしや夏休みの事件も知って……? 恐る恐るずっと無言でいるお母さんの顔色を伺う。めちゃくちゃ険しかった。絶対知ってるなこれ。
「石にされて、狼人間とやらに噛まれかけて……それで今年は未成年だというのに代表選手に選ばれてドラゴンやら水中人やら」
「(いやもう全部バレてる)」
「こんなに平和な学校で、来年はいったいなにが起こるのかしら? とっても楽しみね、エレナ」
「ソーダネ」
やっと口を開いたと思ったらすごい嫌味だ。まともに会話するの二年ぶりなのに。やっぱりまだ魔法界──というよりホグワーツなのかな──が認められないらしい。
しかし私とて認められないお母さんを認められない。片言で流して顔を背ける。背けた先ではハリーとウィーズリー一家が談笑していた。フラーたちも仲良さげに妹や両親と話している。なんでうちの家だけ喧嘩になりかけてるんだろ。なんかすごい悲しくなってきた。微妙な空気のなか、叔父さんが「まあまあ!」と声を張り上げる。
「エレナ、二人に案内してやるといい」
「分かった。叔父さんは?」
「私はダンブルドアに用があるから途中までな」
なんか叔父さんの口からでる固有名詞の六割近くは『ダンブルドア』な気がする。
「エドガーとエレナの寮は違うんだよね」
「ああ、私の寮はそこの──」
「(今日が普通の試験日でよかった)」
叔父さんとお父さんの会話を聞きながら安心する。
教師陣が普段と変わらず忙しいのは、シリウスがこの団欒の場に姿を現していないことから分かっていた。本当に助かる。叔父さんとも両親とも、面の皮がまるきり違ったってあのOLクラウチ絶許Jrとすれ違うことすら絶対にさせたくなかったし。
ホグワーツイメージアップキャンペーンの結果はまちまちに終わった、気がする。可もなく不可もなくというところだろうか。
お父さんは基本なにをみてもはしゃいで楽しそうにしていたけど。湖から飛び出した大イカの触手を見てもきゃっきゃっしてたのは我が父ながらすごいなと思った。
けれど問題はお母さん。喋る肖像画に腰を抜かし、ゴーストを見て息を飲み、動く階段に口をへの字にし、温室に生えてる薬草に眉をひそめ、ダームストラングの船にさえ頬を引き攣らせた。まあ暴れ柳はたしかにとっても危険だからあれに関しては正しい反応だった。
しかしさすがのお母さんも自動でテーブルに出来たての料理が並ぶホグワーツシステムにケチをつけることはできなかった。不本意げな顔をしながらも美味しそうにスコッチエッグを食べていた。器用だね。
「……綺麗な天井ね」
お母さんはブルーから日暮れの紫に変わりはじめた魔法の天井を眺めてぽつりと呟いた。気付かないうちに溢されたような素直な言葉に胸がじんわり暖かくなる。
「そうでしょ。私も好きなの」
どれだけ反発したところで所詮私たちは親子なんだ。根本的に似ているのは当然。
だからきっと、お母さんもこの世界を好きになってくれるはず。それはそう遠い話ではない……と思いたい。
「紳士、淑女のみなさん。あと五分たつとみなさんにはクィディッチ競技場に行くように、儂からお願いすることになる。三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手は、バグマン氏に従って、いますぐ競技場に行くのじゃ」
夕食があらかた片付いたころ、ダンブルドアが粛々と指示をだした。私とハリーが立ち上がると、グリフィンドールのテーブルからいっせいに拍手が起こる。お母さんたちクィディッチ競技場まで行けないよね。叔父さんもどっか行っちゃってるし……。ネビルに目線を送れば、気付いた彼はにっこりした。
「二人のことは任せて。行ってらっしゃい、エレナ!」
「うん、お願い──じゃ、行ってきます!」
「エレナ!」
大広間を出てすぐ、夕食の席にもいなかった叔父さんの声がかかる。叔父さんは地下牢へと続く階段の前で立っていた。
「悪いなルード、すぐ済ませる」
「ああ、だが急げよエドガー」
叔父さんは「先に行っててくれ」とバグマンさんを追い立てる。彼らが玄関ホールから消えたのを確認すると、改めて私に向き直った。
「言いたいことがある。怪我をするのはいい。多少の無茶も。だが少しでもだめだと感じたらそれには絶対に“触るな”」
「……“触るな”?」
「そうだ──頼む、約束してくれ」
変なアドバイスだ。アドバイスなのかすら怪しい。いっそ懇願しているような叔父さんの顔には焦燥感が滲んでいた。集合時間が迫っているからだろうか。なので私は余計な質問はせずただ「わかった」とだけ返事をする。しかしそれでも、叔父さんの顔からその奇妙な焦りが拭われることはなかった。
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