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◆◆◆
競技場は一ヶ月前とは全く違っていた。バグマンさんの言っていた通り六メートルくらいの高さまで育った生垣が周りをぐるりと囲み、正面に隙間が空けて入口を作っている。中の通路は暗く、薄気味悪かった。
ハグリッド、ムーディ、マクゴナガル先生、フリットウィック先生が競技場に入場し、私たちの元へとやってきた。全員、大きく赤く光る星を帽子に着けていた。なにそれ初めて見た。対抗試合のシンボルマーク? そんなのあったんだ。帽子をかぶっていないハグリッドだけは厚手木綿のチョッキの背に着けている。
「私たちが迷路の外側を巡回しています。なにか危険に巻き込まれて、助けを求めたいときには空中に赤い火花を打ち上げなさい。私たちのうちだれかが救出します」
マクゴナガル先生が「わかりましたね」と言い含める。私たちは頷いた。バグマンさんが「ソノーラス!」と唱える。
「紳士、淑女のみなさん。第三の課題、そして、三大魔法学校対抗試合最後の課題がまもなく始まります! 現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。一位、得点八十六点──エレナ・ワイアット嬢、ホグワーツ校!」
大歓声と拍手に驚き、禁じられた森の鳥たちが暮れかかった空にバタバタと飛び上がった。
「二位、得点八十五点──ハリー・ポッター君、ホグワーツ校!」
また拍手が湧いた。
「三位、得点八十点──ビクトール・クラム君、ダームストラング専門学校!」
観客席のほうでネビルと両親が拍手をしているのが見える。叔父さんの姿はない。別の場所で見てるのかな。
「そして四位──フラー・デラクール嬢、ボーバトン・アカデミー! では、ホイッスルが鳴ったらエレナから!」
あっ得点順でスタートなんだ。今知った、いつ言ってたっけそれ。
「いち──に──さん──」
バグマンさんがピッと笛を鳴らした。急いで迷路に入る。
聳えるような生垣が通路に黒い影を落としていた。いったん迷路に入ると周りの観衆の音は全く聞こえなくなる。世界が一瞬で真夜中になったみたいだった。怖くなって杖で辺りを照らしながら進んでいく。
しばらく真っ直ぐ歩くと分かれ道に出た。
「(『左手法』だっけ)」
迷路では左手を左の壁につけて歩くだけでゴールできる──らしいと噂のアレ。それを採用するなら左の道を行くべきなのかな。
後ろのほうから二度目のホイッスルが鳴る音が聞こえてきた。ハリーが来る、さっさと道空けないと。よし、と左の道に入る。
左の壁に左手をつけて迷路を歩く。しばらく歩くがどこまで行っても同じ景色しかない。なんに遭遇することもないまま、三度四度とホイッスルが鳴っていった。これで代表選手全員が迷路に入ったことになる。本格的に課題が始まったというわけだ。
──とはいっても。
「(出来レースだしなぁ、これ)」
そんな事実と変わり映えしない光景にため息がでる。ムーディのお節介のおかげでハリーの道はほとんどなんにもないはずだ。すぐに優勝杯に辿り着くようになっているのだろう。……これ今アクシオしたら優勝杯来るのかな。好奇心で灯りのついた杖先が震えた。 うわどうしようめちゃくちゃやりたい。やらないよ、やらないけどね。
試してみたい欲求に耐えながら角を曲がる。途端低いエンジン音が辺りに鳴り響いた。視界を占めるソレに息を呑む。
「えっなにこれ」
曲がった先では、通路いっぱいに押し込められたトラックが詰まっていた。ぎゅうぎゅうと狭苦しそうにエンジンを噴かせている。なにそれ悲鳴? 息苦しいの? リディクラる前から反応に困らせてくるボガートもいるんだな……。
ドジっ子ボガートをリディって破裂させる。哀れな妖怪に魂の救済を……いやごめんねなんか。とりあえず通路開けてね。
抜けた気を引き締めろと警告するように、静けさを破って悲鳴が聞こえた。フラーの声だ。右のほうから聞こえた。私は声をめざして一目散に駆けていく。
「っうわ、クラム──、ぁ……?」
突然クラムが目の前に現れる。立ちはだかるその後ろの地面に長い金髪が散らばっているのが視界に映った。視線が、意識がそちらに奪われる。倒れ伏したフラーの身体はピクリともしていない。
どうして、だれ、クラム──……違う、そうだこれは、
「クルーシオ!」
激痛に大きく仰け反る。「いたい」なんて言葉じゃ生易しい。全身がバラバラになりそうだった。絶叫しているはずなのに自分の声が聞こえない。眼球がぐりんと上へと動いた気がする。けれどなにも映らない。なにも見えない。なにもかもが真っ白だ。感覚が痛みに支配されていた。
唐突に痛みが終わった。力が抜け、地面に膝をつく。上半身を支える力すらだせなくて踞れば、滲んでいた涙がぽたぽたと地面に落ちた。まだ全身の筋肉が震えている気がする。このままいますぐ眠ってしまいたい気持ちだった。荒い呼吸を繰り返す私の肩を誰かが掴む。
「エレナ──エレナ! しっかりして!」
「ハリー……?」
呼びかけに応じれば、ハリーはホッとした顔をした。「大丈夫?」と言いながら私の腕を掴んで立つのを手伝ってくれる。彼は少し体を動かして自身の背後を見遣った。フラーの手前でクラムも倒れている。
「フラーの声を聞いて来たの」
「僕も。そしたら君の悲鳴も聞こえて……信じられない、クラムは大丈夫だと思ったのに」
「寝不足だったんじゃない? だから使う呪文と向ける相手を間違えちゃったんだよ」
まだズキズキと痛む頭を抑えながら空中に赤い火花を放った。悪いのは全てOLJrだ。略しすぎてもはや誰か分からなくなってる。けれどなにもかもの元凶だということさえ分かっていればそれで十分だ。
「じゃ、私こっち行くね」
「えっ? ああ、うん……」
右の道をを指さして言えばハリーは虚をつかれた顔をする。競技中ということを忘れてたようだ。しばらくすればハリーの足音もやがて聞こえなくなった。
どんどん闇が濃くなっていく道をただ歩いていく。もうこれ絶対迷ったよ。左手法だってもう使えなくなっちゃったし。アクシオでこの迷路の地図とか呼び寄せられないかな。ダンブルドアあたりなら見取り図とか持ってそうじゃない?
「ップロテゴ!」
おぞましいなにかの気配を感じ、振り向きざまに盾の呪文を放つ。襲ってきていた大きな蜘蛛が弾き飛んだ。あっぶな〜不遜な考えを起こしたバチが当たったとしか思えないタイミングだった。
今の盾の呪文は完璧だったよね。咄嗟でもしっかりできたし、反応速度も上々だったと思う。きっとコーチが見てたら褒めて、ほめ、て……?
「……あれ、おかしいな」
目をこする。さっきの磔の呪文のせいかな、いきなり視力0になったのかも。だってなんか、大量の黒い塊が蠢いているように見える。なんか、どことなーくアクロマンチュラの群れに、見えるような気が……いやそんなわけ──え、幻覚……夢? 夢かな? 目じゃなくて頭かな、呪文のせいで頭おかしくなっちゃったのかな。おのれクラウチJrめ! って言ってる場合じゃな、
「ヒッおわっぎゃ──プロテゴ! インペディメンタ!」
飛びかかってきた三体の蜘蛛を屈んで跳ねて回って避ける。姿勢を立て直してから呪文を打った。群れはかなり後退したが、いや、でも、
「これは無理!」
蜘蛛たちが一斉にキシャーッと威嚇して牙を剥き出しにした。彼らが臨戦態勢をとったと同時に群れへ背を向けて全力で走る。無理無理無理あれは無理! かなりデカめのテディベアサイズの蜘蛛が何十匹とか死んじゃう! 墓場行く前に死ぬ!
ほとんど後ろを振り向かずに走りながら爆破呪文やら粉砕呪文を闇雲に放っていく。かなり打ったしかなり加減なしでめちゃくちゃやった。おかげで蜘蛛は大分減ったが、多分通ってきた生垣はボロボロになってると思う。
「アラーニア・エグズメイ!」
大蜘蛛数匹が私の頭を通り越して吹き飛んでいった。足にブレーキをかけ身体を反転させる。杖を構えるハリーと群れ越しに目が合う。後ろから来ていたらしい。
群れを前後で挟みそれぞれで向かってくる蜘蛛を蹴散らしていると、突然ハリーが「エレナ、左!」と焦った声をあげた。
「は、うわっ、痛ッ……! ステューピファイ!」
左の茂みを利用して跳ね上がってきた蜘蛛を見て咄嗟に足がでた。ハサミで挟まれ、激痛が走る。慌てて失神呪文を叫ぶが効果がないどころか、ますますギリギリと締め付けられた。
「エクスペリアームス!」
ハリーがこちらに向けて武装解除呪文を飛ばす。これは先程よりずっと効果がでた。ハサミが開いた隙に、私は掴まれていた足を素早く抜く。急いで距離をとってハリーの隣に並んだ。
「蜘蛛にステューピファイって効かないんだっけ?!」
「分からない、サイズが大きいからかも──同時にやろう!」
ハリーの合図で杖を構えて失神の呪文を叫んだ。先程効いてなかったようにみえたのは、ただ単に一人分では威力が足りなかっただけらしい。二本の光線が重なり腹に直撃すると、大蜘蛛は生垣に穴を開けて吹っ飛んだ。
今の蜘蛛が最後で親玉格だったらしい。迷路は静けさを取り戻した。私もハリーもその場に座り込んで息を整える。
「ありがと……神さまかと思った」
「大袈裟な」
左脚はおびただしい出血で真っ赤になっていた。破れたローブに蜘蛛のハサミのべっとりとした粘液がこびりついている。仮にも魔女なのに真っ先に杖を使えないって。迂闊すぎた、絶対怒られるよコーチと叔父さんに。「触るな」ってこういうことね。やっぱりエスパーだったんだな、こわ。
「ハリー、怪我は……」
隣を見れば、彼は顔を真っ直ぐ前方へと向けていた。視線の先には青白い優勝杯が光り輝いている。あ、ここがゴール地点だったんだ。ハリーはフラフラと立ち上がり優勝杯へと歩いていく。
私はハリーが優勝杯のすぐそばで足を止めるのを諦観して見つめた。ハリーの完璧な優勝だ。
「(やっぱりそうなるよね)」
出来レースと分かっていた。
“私”が優勝なんてしたらどうなるかも分かっていた。
それでもこの薄暗い迷路の中で、足を止めることができなかったのはクラウチJrの目があったからじゃない。
──『返してあげてもいいわ──優勝したらの話だけど』
だってあれは、私の大事なお守りだったから。
命をかけるほどの理由ではないかもしれない。
けれど優勝したくなってしまった。手を伸ばせば届くかもしれないのなら、と足掻いてしまった。
「(でもやっぱり、私じゃダメだったな)」
当然だ、だって私は“ハリー”じゃない。
落胆で胃が重く落ち込む──しかしそれと同時に、私は同じくらい安心してしまっていた。
なぜなら優勝できないという事実は、私にはまだ未来があるということを意味するからだ。さようなら死亡フラグ。
……なんて、これからハリーは酷い目にあうというのに。自分本意で薄情な友達だ。ごめんハリー、許さなくていいよ。けれどせめて見届けさせてほしい。
片足で立ち上がり生垣に寄りかかった。こっちの方がよく見える。ハリーがあの眩い優勝杯に──移動キーに触れる瞬間が。
そのとき、ずっと無言だったハリーが唐突に「君だ」と呟いた。彼は優勝杯に釘付けだった視線を無理やり外し、真っ直ぐ私を見る。緑色の瞳に優勝杯の青い光が反射して、不思議な色合いを放っていた。
「先に見つけてたのは君だ」
「え……えっ? ハリー?」
突然風向きがガラッと変わった気がする。
え、あれ、この流れってさぁ、もしかして原作通り──というかじゃあ、やっぱり私、セドリックの代わりに、……。
動揺によって思わず硬くなる声で名前を呼べば、ハリーは少し俯いた。
「僕はただ音がする方に向かってただけだ──君が蜘蛛と戦いながら進んでいた方へ」
「それは……運が良かっただけっていうか」
「運も実力のうちだ」
蜘蛛の群れから逃げた先にたまたまあっただけだし、優勝杯の存在なんてたった今気付いた。まじで。
しかしそう言ってもハリーは動こうとしない。優勝杯に触れかけていた手も今や完全に下ろされていた。不穏なフラグが突然息を吹き返した気配を感じる。
いやたしかに、たしかにワンチャン狙ってたよ。頑張っちゃおっかなって思いはしたよ。でもこの際暴露するけどそれはもう絶対に無理なこと前提のノリでもあってですね? ぶっちゃけ、もし運よくぴったり同着とかになったとしてもハリーに譲るつもりしかなかったんだ。情けないのは百も承知。でもそうしないとヴォルデモートの復活はない。あと私のフラグの回避方法ってゴブレット触らない以外ないし。
ていうかこの状況全然同着じゃないよ。ハリーの圧倒的勝利だよ。どうしたのハリー……え、もしかして許さなくていいよとか言ったから? さっきだらだらカッコつけてたから? その罰? 怒ってんの?
「い、いや、ハリーにはたくさん助けてもらったし!」
「そういうルールじゃないだろ」
「……優勝杯へ先に到着した者が得点するんだよ。見つけたのは私かもしれないけど、到着したのはハリー」
「でも僕は君を追ってきただけなんだ。優勝に相応しいのは君だ」
「それはだから偶然で……あ、あとこんな足じゃもう歩けないし!」
「肩貸すから」
どれだけ言ってもハリーの意思は揺るがないようだ。彼はついに優勝杯から背を向ける。ゆっくりした足取りで私の目の前までやってきた。私の肩を抱え、優勝杯の載った台まで足を引きずって半ば無理やり連れて行くと、自分は数歩下がって優勝杯から離れた。
「なんでそんな頑固なの」
「そっちこそ」
いやハリーには負けるでしょ。この状況、誰が見ても絶対ハリーに軍杯が上がるはずだ。優勝杯も頑固さも。
「(……あーあ)」
頑としたハリーの態度に、私もとうとう覚悟を固めた。こうでも言わなきゃ、彼はきっとテコでも動かないんだろう。
「じゃあ二人で一緒に取ろう」
「えっ?」
「二人で取ればホグワーツの優勝には変わりないでしょ」
「君……君、それでいいの?」
返事の代わりに、狼狽えているハリーの腕を引いて隣へと立たせる。いいよ、どうせ決まってたことだもの。
「見誤ってたなぁ、ハリーのお人好し具合を」
私も、クラウチJrも。当のハリーはきょとんと瞳を瞬かせる。
「なんたって、ミスター道徳だもんね!」
朗らかにそう言えば、ハリーは嫌そうに顔をぐしゃっと歪めた。ハリー的には黒歴史なのかな、あれ。ひどい表情だ。耐えきれなくなって笑う。私につられてハリーも相好を崩して笑顔をこぼした。
「三つ数えて、いいね?」
「ん、カウントよろしく」
「……いち──」
──『行ってらっしゃい!』
「に──」
──『触るな』
「さん!」
彼らの声が交互に反響し、一瞬指先に絡みつく。私はツンとした鼻の痛みと一緒にそれらを振り払い、優勝杯の取っ手をつかんだ。
風の唸り、色の渦が止まり、浮いていた両足が再び地面を打つ。怪我した片足がくずおれ、前のめりに倒れた。衝撃で優勝杯から手が離れる。優勝杯はカランと音を立てて遠くへ転がった。
「……来たことがある」
私の手を掴んで助け起こし、ハリーが周囲を見回した。
ここはきっとホグワーツから何キロ、いや何百キロも離れた場所だ。城を取り囲む山々の影さえ見えない。雑草が生えっぱなしの薄暗い墓場だ。
「前に来た、夢の中で──」
ハリーは吸い寄せられるように、鎌を振りかざす死神の像が守る墓石へふらふらと近付いた。苔まみれの墓石の表面を触る。
なんの前触れもなく、突然ハリーが両手で顔を覆って地面に座り込んだ。心配する前にその理由に気付く。 足を引き摺って、痛みに呻くハリーの前に立った。
「ハリー」
「エレナ、だめだ、移動キーを──はやく、逃げて──」
「私、ムーディのことが嫌い。大嫌いなの。だからハリーもあんなやつ信用しないで」
戻ったハリーをあいつが自室に連れ込むことなら覚えてる。ほんとう、あらゆる意味で変態教師だ。
とにかくハリーへ僅かにだっていいから不信感を植え付けてやる。そうすればそう簡単にダンブルドアの前からかっさらうことはできないはずだ。
本当にささやかで、こんな姑息な復讐しかできなくて悔しい。でも最後の最後であいつがちょっとでも困れば、それで万々歳のざまあみろだ。
聞こえてるか分からなかった。けれどハリーは頭を上げて、たしかに私の目を見た。苦しげに歪んだその顔に罪悪感を覚える。
こんな状態なのに、個人的な復讐の肩代わりさせてごめん。本当にごめんなさい、ハリー。
「忘れないでね」
「エレナ──」
それでも私はにっこり笑って、その言葉を最後にハリーから顔を逸らす。
石の大鍋の奥、廃墟から繋がる通路から、小柄なフードつきのマントを羽織った人影が近付いてきていた。その腕には布にくるまった赤ん坊のようなものを抱えている。ああ、せっかくここまで来たなら三分クッキングも拝みたかった
「よけいなやつは殺せ!」
甲高い冷えた声が夜の闇を劈いた。フードの男がゆっくり腕をあげた。
「(おかえりなさい、死亡フラグ)」
随分お早いおかえりだこと。
まあでも、私が『ハリー以外のホグワーツ代表選手』である限り、さよならなんてできるわけなかったよね。そんなことは代表に選ばれたときから分かっていたのに。ぬか喜びしちゃって、ほんと、最後までバカだったな私って。
私は杖をぎゅっと握りしめ、フードの小男へと狙いを定めた。
それでも、できるかぎりは抗ってみよう。
たとえそのなにもかもが無駄だとしても。
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