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 百メートルの高さから飛び込んだ海は、コンクリにも及ぶ硬さになっているという。

 Q.じゃあ五十メートルなら豆腐かババロアですか?

 A.いいえ。全然コンクリです


 水面に体が触れるなり、全身がパァンと景気よく弾けたかと思うほどの衝撃が私を襲った。けれど海の中にいるせいで力が入らなくて、もがいて痛みを逃がすことさえできない。だってここは能力者の墓場で、隙あらば私を呑もうとするやつらの巣窟。重たい波が嬉しそうに腹や手足へと巻きつき、私の体はあっという間に自由がきかなくなった。

「(ルフィ、戻ったかな)」

 私が海に入ったら能力は解除されるはずだ。一緒に溺れるよりかは、と思って本だけ船へ落としたけど、うん、やっぱり正解だった。もう随分と遠い海面を見上げながら、目を細める。すぐ隣を、落下してきた大きな瓦礫が通過した。その水の動きでまたさらに深く沈む。

 ああ、なんかもう、つかれたな。
 こんな深くまできてしまったら、だれも助けになんて来れないよね。寝てしまおうかな、と瞼を閉じる。なんかずっと寝てなかったような気もするし。 あれ、私はずっと寝てたんだっけ。どっちだっけ。……まあいいか、どっちでも。

『しょうがないなあ』
『しょうがないね』
『しょうがないかあ』

 微睡みに添えられた、呆れ声。珍しく沈黙していた海の声がした、かと思ったら、ぐんと背中を力強く押し上げられる。勢いでふわりと浮き上がった体を、誰かが受け止めた――。

「――いたよ! ほら受けとんな!」

 水から引きずり出され、今度は体が空に舞う。何が起こったか分からないが、とりあえず白い空が眩しくてギュッと目を瞑った。投げ出された体が、空中でやさしく抱き留られる。

「大丈夫かい?」
「ぁ、サンジ……ありがとう」

 真上から降ってきた声に顔を上げ、咳き込みながらお礼を言う。サンジはなぜか目を丸くさせたが、すぐに口元を嬉しそうに綻ばせた。笑みの意味がわからず首を傾げる。

「なに……?」
「なんでもないさ。ただ――ナツちゃんを助けられてよかったなって」

 わあ、サンジ節、相変わらず絶好調だ。なんだかとても懐かしく感じて、いつもなら困ってしまうけど、今は素直に面映ゆい。自然と口角が持ち上がったタイミングで、二の腕を掴まれ、グンと引かれる。階段上にいたサンジから引き離され、

「あっおいコラテメッ――ルフィ!」
「イッ……!」

 気付いたら、甲板に座り込んでいたルフィの腕の中にいた。高くもない鼻先がさらに潰れ、鉄の匂いがする。いたい。離れようとしたけど、そういう動きをしたら、背中に回る手がさらに強くなった。背骨を折らんばかりの力だ。

「ちょっと、ルフィ……」
「……」

 呼びかけたけど、ルフィの頭は私の首元に埋まったまま動かない。誰か助けてくれないかと船を見回したが、みんなにこやかに見ているだけだ。和やか〜な雰囲気が流れて……いや流してる場合か?! まだ全然海軍の本拠地内、砲弾の嵐は止んでないのに。

「ったく、しょうがねえな……おいルフィ、あとにしろよ! いまはさっさと逃げるぞ!」
「……おう!」

 鶴の一声。ゾロに言われたからか、ルフィは最後に一度ギュッと殊更強く抱き締めてから、パッと私を解放して立ち上がる。あ、元気になったん? と思ったらすぐにフラリと倒れた。なにしてるの……。ていうかゾロ『あとにしろよ』とか言ってたな……いやもうやらなくていいよ、あんなこと。



 海と風も手を――手? 手……――貸してくれたらしく、メリー号は砲弾に一発も当たることなくエニエス・ロビーを脱出した。

「オイ、なあ! ウソップ知らねェか?! いなくなっちまった!」
「ウソップー!」
「え? ウソップならそこに――ンブッ?!」

 仲間との会話に夢中になっていた私は、背後から近付いてきたもう一人の仲間に気が付かなかった! 私はその男に口を塞がれ、目が覚めたら――。もういいや、飽きた。とにかく私はなぜか変な仮面をつけ直したウソップに、口を塞がれて強制的に会話をキャンセルさせられた。なに?

「安心したまえ! ウソップ君ならさっき小舟で先に帰った」
「え〜っ?! なぜだー! 本当は今この船あいつのもんなのに」
「そうなの?」

 サンジは太陽の塔みたいな仮面をつけたウソップの頭を蹴ってから、「ごめんな」と、ウソップのかわりか手を合わせて私へ謝った。それからコソコソと事情を話してくれる。
 なんか私がいない間に大変なことが起こってたんだな……。話を聞き終えて戦慄する。よく見たらみんなボロボロだし。それにロビンも、色々あったみたいだ。わ〜今回もなにもできませんでした! その上ついでとはいえ助けてもらっちゃったし。う、いつだって役に立たないやつだーれだ! わーたしっ!

「でもロビンが助かってよかった」
「それは……あなた……」

 端正な顔を歪めて物言いたげにするロビンを不思議に思っていれば、クイと服の裾を引かれた。ルフィだった。さっきまでチョッパーと楽しげにわちゃわちゃしてたのに、急に居心地悪そうにそわそわとして、叱られ待ちの子どものような顔をしていた。

「……わりぃ」
「な、なにが」
「……助けにも行けなかった、おれ」

 守るって言ったのに。

 深く俯いたルフィは、私にしか聞こえない声量でそう呟いて、さらに力を込めて服を握った。引っ張られた箇所の皺が増える。何の話かとぽかんとしたが、数秒考えて思い出した。ああ、あの告白…………紛いの夜のやつ! ね! はいはい。

「大丈夫ですよ」

 私が服を握る手をそっと包むと、ルフィはそろりと上目遣いをした。そんな顔する必要は無いという意味を込めてゆるりと微笑む。

「別に期待にしてなかったので」
「ウッ!」
「あっいやちがっ……そもそも誰が来るとも全然思ってなかったので!」
「ウウッ!」

 そういう思考の余裕もなかったし。薬のせいでここ二日? の記憶も曖昧だ。だから助けが来るなんて思考もなかったというか……。

「あの、ほとんど意識なかったっていうか……だから私のことなんて気にしなくていいんですよ」

 と、努めて明るい調子でかるーく言ってみたが、ルフィの顔は一向に晴れない。むしろ最初より悪くなった。怒ったようなショックを受けたような表情で、わなわなと口を震わせる。

「……おれは、」
「っなんで、なんでそんなこと言うんだよ、バカーっ!」

 ルフィがなにか言いかけるも、台詞の途中で顔にモフモフが飛びついてくる。受け止めきれずたたらを踏んで体が後ろへ倒れたが、後頭部を柔らかいものが受け止めた。「へ〜え?」鼓膜を揺らした声の冷ややかさに硬直する。えぐえぐ泣きじゃくっているモフモフをなんとか退けて上を見ると、逆向きのナミが視界に入ってきた。ひどくご機嫌ななめな顔をしている。
 
「アンタ、私たちが助けに来ないと思ってたんだ?」
「え……っと……いや……」
「……助けないわけないでしょ、仲間なんだから!」
「え……」
「そうだぞ! おれたち、ずっと心配してたんだからな!!」

 ナミからは両頬をぐいーっと引き伸ばされ、胸で抱き直したチョッパーからは蹄でピシピシ叩かれる。眉を下げたナミは頬を抓るのをやめ、指先で私の頬を撫でた。

「もう……なにキョトンとしてんのよ」

 ナミは「バカね」と泣きそうな顔で笑った。

「私たちは、ロビンとナツを助けにきたんだから」
 

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