29
ルフィと話し終えたコビーさんたちが帰るというので屋根の上からお見送り――ルフィによって置かれた。怖かった――し、さてその後。
何故か町中の人が集まってきて、大宴会が始まる運びとなっていた。なんで?
「(……まあいっか、美味しいし)」
人の輪から外れた隅っこに座り込み、サンジから渡された水水白桃使ったフレンチトーストを口に運ぶ。軽く炙られた果肉は表面のキャラメリゼのおかげで外はカリッと、中は水のようにトロリと溶けた。蜂蜜ヨーグルトのクリームとよく合う。とても美味しい。……美味しいけど、なんであんなに目をキラキラさせて私が食べるところを見てたんだろう。「美味しいです」って言っても「えっあ、うん、よかった……?」と、なんかパッとしない反応された。
「何食ってんだ?」
「うわっ……フレンチトーストですよ。食べますか?」
ピョンとどこからかルフィが飛んできた。腕がくっつくくらい近くに座ってきたのでそれとなく距離を開けながら尋ねる。「おう!」元気のいいお返事は大変結構だが、両手にそれぞれ四本ずつ持ったバーベキュー串を手離す気配はない。
「……」
「……」
なにこの沈黙。
どうしろと……と困惑したが、ルフィも黙ったままこちらへ視線を送っていることで、はたと気付く。あ、あ、あー! 気付かなきゃよかった! なにを求められているか分かってしまった。が、困る。いやだ、そんなこと絶対やりたくない。さっさと食べ切るか、私に持たせるかしてくれ。いや持てないけどそんな沢山。
「食べないんですか、それ」
「食う、それ食ったら」
ルフィなら食べ切るのに十秒もかからないだろう。下ろされたゴムの両手は不動である。
「……」
「……」
「……やっぱりあげません。サンジさんにもらってきてください」
「なんだよそれ!」
ルフィが不満げに声をあげたが無視だ無視。そういえばサンジ、ずっと動きっぱなしだな。これ食べ終わったらお手伝いに行こう。フォークだけで簡単に切れるフレンチトーストを一口大に切って、桃とクリームを乗せて口へと運ぶ。
「あっ」
「んむ」
口直前で、にゅっと伸びてきた顔がパクンとフォークを口の中へと吸い込んだ。ルフィの口が目の前でモグモグ動き、ごくんと喉がなる音がする。鼻先が触れ合いそうな距離で、ルフィはにっかり歯を見せて笑った。
「うめェな!」
「……よかったですね」
ああ、結局してしまった、あーん……。ルフィの策に嵌められた気がする。「いるか?」と肉の刺さった串先を突き出されたので、疲れた気持ちで首を横に振る。ルフィは計八本の串をいっぺんに全部口に入れ切って、両手をフリーにした。この間およそ五秒。お、お前!
「お前、宴初めてだろ。空島のとき寝てたから」
「ああ……やったんですね、空島のときも」
「今回の方が人数は多いけどな! な、楽しいか?」
「楽しいですよ」
プールサイドでは袖を丸めたサンジがくるくると動き回り、いつの間にか現れたウソッ、そげキングが机を何個も重ねたグラグラのお立ち台に登って歌ってる。ナミとゾロが飲み比べで街の人達を潰しまくっていて、ロビンが眠ってしまったチョッパーを膝枕していた。フランキーやその一味、船大工の人達。それからなぜか巨人や恐竜のような生き物も楽しげに踊っていて、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだ。
……今更過ぎだけど、今回『も』なんもしてない私には参加する資格なんてない気が……あっ心が死にそう。部屋戻ろうかな。
「そういえば聞きました? フランキーさん、新しい船造ってくれるそうですよ」
「えっそうなのか!」
彼がその申し出をしに来たのは私が出掛けている時だったけれど、ルフィがコビーさんたちと話している間に皆から聞いた。宝樹アダムというすごい木を使って造ってくれるのだと。名前からしてすごそう。アダムがあるならイヴもあるのかな。
「へ〜! なんだよあいつ、いい奴じゃねェか!」
「ですね。でも元はルフィさんたちのお金ですよ」
「ハッ! そうだった!」
盗まれた挙句ウソップがボコボコにされたことを忘れるなと指摘すれば、ルフィはガン! とショックを受けた。素直というかなんというか。ルフィを少し笑ってから、気持ちよさそうに歌ってるそげキングをぼんやり眺める。
「ウソップさんは、これから……?」
「……分かんねェ。エニエス・ロビーには来てくれたけど。もうメリー号もなくなっちまったし、どうすんのかなアイツ……」
ルフィは背中を丸め、「宴にも来なかったし……」と寂しそうに呟いた。そこにいるよ〜。教えたらどうなるんだろ。気になったが、ウソップの名誉のためにやめておいた。
「……まあ、アイツだって海賊はやめねェだろうしさ! そのうち海でばったり会えるよな!」
「そうですよ、きっと」
空元気の笑顔をするルフィに、力強く言葉を添える。私の記憶にあるライオンの船首は、恐らくこれからフランキーが造ってくれるという船の船首だろう。あの船にウソップはちゃんといたはずだし……ルフィの言う通り、海で再会して、それからまた仲間になるのだろう。
「次の島、どんなとこだろうな〜」
楽しみだ、とルフィが笑う。私は返事をしないで、冷えきったフレンチトーストの欠片をフォークでつついた。
「な、ナツはどんな島が――」
「私、この島で降ります」
私は『この世界の人間』じゃない。
だからルフィの仲間にはなれない。
「な……なに言ってんだよ、お前まで! なんで?! やっぱコビーのとこ行きたいのかよ?!」
「なんでコビーさん? 行きたかないですよ、別に」
勢いに体を引くけれど、知らぬ間に手を握られていた。さっきまでバーベキュー串を持っていたので、ルフィの手は汗とソースでベタベタしている。純粋にいやだなぁと思った。
「私、ルフィさんに隠してることあるので」
「じゃあ今言え!」
「言いません」
「じゃあいいよ、言わなくても! でも降りるとかはそんなの絶対ダメだ!」
「船旅にお荷物を乗せることこそダメでしょう」
「は?! 助けに行けなかったことやっぱり怒ってんじゃねェか!」
「はあ? なんでそうなるんですか。それは期待してなかったって言いましたよね?」
「う、だからやめろってその言い方!」
「ちょっと、なにをそんな怒鳴ってんのよ」
ルフィが大声をだすから、一味の面々も続々と集まってきてしまう。「こいつが!」とルフィは子どものように言って私を指差した。片手は握ったままだ。気が付かないうちに指まで絡んでる。離してほしい。
「船降りるって!」
「えーっ?! なんで?! いやだ!」
ロビンの腕の中でトロトロと寝ぼけ眼だったチョッパーが、飛び跳ねてすっ飛んできた。ひしっと抱き着かれて困り果てる。離れてもらおうと小さな肩に手を添えるも、さらにしがみつかれた。
「いやだ、いやだぞおれ! せっかく仲良くなったのにー!」
「(仲良く……?)お気持ちは光栄ですけど、船旅にお荷物は本当にやめたほうがいいので……」
「お荷物って、お前まだ言ってんのかそれ」
ゾロが呆れ返った顔をするが、「事実ですから」と澄まして答える。「そんなことないよォ!」とサンジが泣いてくれるが、まあサンジはそう言ってくれるだろう。女性にやさしいから。
「……きみになにがあったかは、ロビンちゃんから大体聞いてる」
「はい?」
「安心してほしい。例えこの世の誰がきみを狙っていようと、あんな目にゃもう絶対に合わせねえ。レディをお守りするのは男の名誉だ」
「はあ……」
煙草をふかして「だからなにも気にしなくていい」と言ってくれるサンジに生返事をする。申し訳ないが、そこは気にしてなかった。むしろ今言われて気になった。そうだ、今回って多分青キジ経由でヤクヤクの実のことがCP9にバレたんだよね。じゃあまじでお荷物じゃん。尚更ついて行けないという気持ちが強くなった。ありがとうサンジ、思い出させてくれて。
「それにお荷物お荷物言うけどな! お前が最後ルフィを本にして抱えてきてくれなきゃ、結局おれたちゃ逃げきれなかったんだぞ! と、ウソップ君から聞いたぞ!! さァ、これのどこがお荷物なのかね? 言ってみたまえ!」
「私がいなくても100パーなんとかなった」
「どんだけ後ろ向きな屁理屈だァ! 現実を見ろ!!」
包帯だらけの手がビシビシとチョップしてくる。いやガチなんだって。だってこれ絶対原作にあったはずだもん。私がいなくても絶対なんとかなったって。例えばロビンが手で転がして海に落とすとかさ……。
「お、お金返してもらってないけど?! 約束したじゃない!」
「船が出来るまでにはなんとか工面してみせます。十万ですよね」
「それは二日前のことでしょ! 今は百万よ」
「利息のつけ方恐ろしすぎない??」
暴利がすぎる。もはや返させる気がない。例え用意できたとしてもその頃には千とかになってそう。
「でも仲間になるんなら、特別に五万までまけてあげてもいいわ」
「元は一万なんだよなあ……」
「じゃあもう一万でいいからァ!」
そんなヤケクソのように言われても。同性のクルー欲しすぎでしょ。でもお金を諦めてまでなんて、ちょっと意外だ。
「あなた海軍に――いえ、政府に狙われてるのよ。これからどうやって生きていくつもり?」
「うーん……転々としようかな、大道芸とかでお金を稼ぎながら……最悪――」
「……最悪?」
「色々考えます」
そこまでして生きる理由もないっちゃないから、海に行ってもいいかもなぁ。でも素直にそう言ったら困らせそうだし、適当に濁す。全員が同時に顔を顰めた。息ぴったり。さすが原作メンバー! よっ!
「まあ、もし賞金首とかになっちゃったら、もう海賊になるしかないでしょうけど――」
「言ったな」
「え?」
場を和ませる冗談のつもりで口にしたが、低い声のルフィが顔を覗き込んでくる。底のない瞳の気迫につい背を反らした。「言ったわね」ナミが勝ち誇ったように口元を吊り上げる。
「へェ」
「なるほど」
「そーかそーか」
キャンプファイヤーの灯りを背後にして、静かにうんうんまったりした調子で頷く彼らは、ひどく不気味だった。「ねえ」ロビンがやさしく眦を垂らす。
「CP9のトップを倒したルフィを全力で狙っていた海軍たちが――力尽きたルフィを抱えて逃げるあなたを見て、いったいどう思ったかしら」
「……えっ」
「これからの新聞が楽しみね」
一味の示し合わせたような意味ありげな顔に、嫌な予感で胃がぐるりと動き、胸がゾワッとする。プールからの大騒ぎの音が、どこか遠く聞こえ――握られた手の熱が、また強くなった。
- 29 -
←前次→