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 初日であんなにヘロヘロだったのに、あと六日もだなんて自分の体が持つか心配だったが、しかしオープン翌日には客足は早くも落ち着いていた。昨日の盛況ぶりが嘘のようだ。なんならガラガラまである。今日はVIPがいるせいで暇とまではいかないけれど。

 どうせあと数日の付き合いとはいえ、今は従業員の身だしこんな調子で大丈夫なのか。ていうかここ一等地じゃなかったの? こんなんで使用料とか払えるの? なんて私たちは不安になったが、オーナー的には問題ないらしい。「この街は店の入れ替わり立ちかわりが激しいから、新規開店なんて珍しくもないんだ」とさっぱり話していた。あとは「お金には困ってないから」とも。なんでも本業は別にあって(聞いたら「内緒」と言われた)、この店は副業らしい。な、なんかかっこいい……。サンジと仕込みの手伝いをしながら二人で感嘆してしまった。

「彼らはお仲間さんかい? どれも最近手配書で見たような顔ぶれだが……」

 そんな事情を教えてもらったバイト二日目。
 丸テーブルを三つ使ってわーぎゃー騒いでいる、遊びにきたVIP――もといルフィたちを見て、オーナーはグラスを磨きながら記憶を辿るように目を上にする。私が頷くと、オーナーはにっこり笑った。

「ならちょっと早いけど、休憩入っておいで!」
「えっ」
「サンジくんはどうするかい?」
「お、ならこの下拵えだけ終わったら行かせてもらうかな」
「分かった。はいじゃあナツちゃん、これは今日のオススメ」

 既に私の賄いを用意していたのか、オーナーはピンチョスを渡してきた。ピンチョスとは、パンを土台にして色んな食べ物を重ねて串で刺した料理だ。酒のツマミにもなるし、この店のピンチョスはオーナーの趣向でボリュームがあるものも多いので、普通に食事としても提供されていた。

「え、多くないですか?」
「サービスだよ、みんなで食べてね」

 しかし渡された皿は二つ。大きな方の皿は明らかに一人分の量じゃない。果物やチーズ、生ハムが刺さったカナッペのようなものや、肉汁溢れる大きなハンバーグが重なったオープンサンドのようなものといった諸々が並んでいた。うっ笑顔と金歯が眩しい。圧倒的善意すぎて断りづらい。

「休憩入ったから、一緒に食べてもいい?」

 諦めてみんなのテーブルへ赴き、持っていた皿を見せつけるようにちょっと持ち上げる。奥の席に座るルフィが「おう!」と明るく声を上げた。

「じゃあナツ、こっち――」
「チョッパー、ここ座ってもいいかな」
「えっ?! お、おう、いいぞ! いいけど……」
「ありがとう! あ、これオーナーがみんなで食べてねってくれたやつ。真ん中置いとくね」

 大皿を真ん中に置いてから、チョッパーの隣に腰掛けると、ここ三つのテーブルだけ時が止まったみたいに静まり返った。クリームチーズとスモークサーモンのピンチョスを口に運びながら、みんなの様子に首を傾げる。

「食べないの?」
「た、食べるわよ、食べるけど……!」
「あー……ほ、ほら、このハンバーガーみてーなの美味そうだぞ! な、ルフィ!」

 ウソップがわざとらしく明るく言って、ルフィの顔ほどある大きさのピンチョスを口に押し付ける。大きなピンチョスの向こうで、ルフィが「むがっ!」と苦しげに呻く声が聞こえた。

「ああそれ、私もルフィ好きそうだなって思ってた。大喜びで飛びつくかと思ったんだけどな」
「! だよなァ! なあおいルフィ聞いたか?!」

 マジックみたいに吸い込まれていったピンチョスを見届けてから何の気なしに私が言うと、それを切欠に騒がしさが舞い戻ってきた。けれどルフィは仏頂面で私を睨み、もっもっと口を動かすばかりだ。は? なに? なんで睨まれてるの私。睨み返すべきか悩んでいれば、不意にぽんぽんと腕を軽く叩かれる。チョッパーはそわそわして、なにか言いたそうにしていた。意を決したように、チョッパーが少し背伸びをして顔を近づけてくる。

「ナツ、やっぱり怒ってるのか?」
「えっ?」

 やけに神妙な雰囲気でそんなことを言われて、内容の意外さに目を見張る。
 
「べつに怒ってない……というかなにに怒るの?」
「だって……この島に来る前、ルフィがナツの大事なもの、落としちゃっただろ?」
「やだな、事故なんだから気にしてないって。元々は私がぼーっとしてたのがいけないんだし」

 安心させたくて笑ったのだが、チョッパーは真剣な瞳で「ナツ」と私の名を口にした。それが幼子を言い含めるような響きをしていたものだから、思わずドキリとする。

「ナツのそれ……そうやって物事を重く受け止めないようにしたり、全部自分のせいってしようとする癖は、ナツなりの防衛反応だって分かるよ。でもそんなやり方ばっかりしてたら、心がすり減るだけだ」

 チョッパーの指摘は的確で、でもまさかチョッパーに言われるなんて、という動揺から、咄嗟に逃げることができなかった。自覚があるという態度を口を噤んで分かりやすく示した私に、チョッパーはキュッと眉根に皺を寄せた。

「それがナツにとっていい影響になる時もあるかもしれない。けど今回は違うよ、ナツ。今怒らなきゃ、きっといつか絶対苦しくなる」

 チョッパーの凛とした声は、騒がしい店内の中でもしっかりと鼓膜を揺らした。あの日泣きそうになりながらおろおろ様子を窺っていた彼とは、まるで別人のようだ。

「……それにおれ、二人はちゃんと喧嘩したほうがいいと思う」
「え……」
「でなきゃ、仲直りもできないよ」

 チョッパーは寂しそうにそう呟いて、私のお腹辺りに顔を埋めた。丸くなった背中を撫でながら向こうに座るルフィをそっと窺えば、ルフィもこちらを見ていたので自然と視線が交錯する。数秒見つめ合って、私から目を逸らした。


 たとえいつか苦しむのだとしても、怒ってなんてやりたくないし、仲直りだってしたくない。


 そんなことを言ったら、この心優しい船医は、次はなんて言ってくれるんだろう。

 ささくれだった心が、そんな意地の悪いことを考えていた。
 

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