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私が触りにいくから、サンジは逃げてほしい。
店の裏口は二つある。一つは路地に繋がるゴミ出し口と、林に面している空き地の方。
そんな空き地にてそう言うと、それまでずっと渋い顔をしていたサンジは急に元気になって快諾してくれた。どろどろに溶けただらしない相貌に、つい自然と目が細くなってしまった。
「……あ、でもちょっと待って、まだ逃げないで。試したいことがあるから」
そう、特訓である。なあなあになりそうになっていた例の話だ。仕込みも終わり開店まであと一時間という空白の時間に、私はサンジを空き地へ連れ出していた。ほんとはボコボコにしてもらってサンジの身のこなしを体に叩き込んでほしかったんだけど……無理ならしょうがない。できる範囲で協力してもらおう。
とりあえず、とサンジから距離をとる。不思議そうにしているサンジへ向けて、ピストルの形を模した指先を突きつけた。眉根を寄せ、人差し指へ意識を集中させてみる。全身をじんわりとした熱が巡り、やがて小さな塊が指先から押し出される。
「おおっ?」
「で、た!……でたけど、これなに?」
「いや、おれに聞かれても……」
だよね。
とにかくこう、能力を放出してみよう! とチャレンジしてみただけなので、自分でもこの謎球の正体が不明だった。
「……ちょ、打たれてみてくれない?」
「えっ?!」
「さ、殺傷力はないはず! 多分! そういう直接的な能力ではないと思う、し……」
「う……ま、まあ、いいよ」
サンジは覚悟を決めるように目を瞑ると、迎えるように腕を広げた。えい、と胸の中心へ向けて球体を飛ばす。仄かなオレンジ色をした球は、サンジの胸に当たると、すうっと溶けるように体内へと吸収されていった。見たところ、外見等に変化はない。苦しそうな様子も特には見受けられなかった。
「……あれ、なにもない?」
「〜〜(そうだな……ん?! おわっ?!)」
「えっ?!」
サンジの言葉がバグった。と思ったら急に右足を高く振りかざして、その場ですてんと転んだ。一人で藻掻くようにジタバタしているサンジへ急いで駆け寄る。「なに、どうしたの?!」尋ねながら腕に触れてかけた(と思われる)能力を解除した。たった数秒で泥だらけになったサンジは、困惑した顔で自分の手や足を見つめている。
「いま……口を抑えようとしたんだ。そうしたらなぜか足が動いて……すぐに立とうとしたんだがその後も体が思い通りに動かせなくなった」
「な、なるほど」
要するに、以前ウソップに試したことの応用というか発展形だ。今の球は、脳全体をバグらせることができるようだ。こわい、が、どうなんだ、これは。足止め程度にしかならないのでは。
「うーん……まあいいや、ちょっとこの技使いながらサンジに触ることを目標にしてみるね。よろしく!」
「〜〜?!(えっ?!)」
ポンと肩を叩き、もう一度距離をとる。サンジが覚束無い動きで立ち上がるのを一分ほど待ってから、私はサンジに向かって走り出した。
運動神経がいいと、この……なんだ? 神経バグ能力? も、やはりすぐに慣れてしまうらしい。結局サンジを本にできたのは、数回だけだった。最初は転んだりワタワタしたりしていたけど、途中からはサンジも能力に順応して、私の攻めを軽々躱すようになってしまったし。驚かし程度だな、これは。ちなみに本に変えよう! という意識を持って球を作ると信じられないくらい球の生成に時間がかかるので一度試してすぐに諦めた。
遠距離攻撃の活路を見いだせたと思ったのに、全く実践向きじゃない。肩を落とす私へ、サンジは「一瞬でも隙を作れるのはすごい能力だと思うよ」と慰めてくれた。
「それより能力を連発してたけど、体調は平気そう?」
「うん、まだまだ余裕」
少し頭が痛いが、このくらいなら全然許容範囲内だ。私がガッツポーズをしてみせると、サンジは安心したように笑ってから、考えるように顎に手を添えた。
「……物を本にしたりは?」
「え、どうだろ……」
考えたこともなかった。近くにあった切り株を意識しながら触れれば、たちまち本に変わる。人を本にする時よりもずっと簡単に変化したことに驚いて、すぐに能力を解除してしまった。
「ナツちゃんが人を本にする時、一緒に身につけてる服や物も本になるだろ? だからできるんじゃねェかなって思ってんだ。こうやって本にした物を持ち歩けるなら、足場を作ったり、盾にして身を守ったりもできるよな」
「たしかに……」
「直接相手に立ち向かって倒すことだけが戦いじゃない。味方の援護をしたり守ったりするのも、立派な戦い方さ」
その後もサンジは「あそこの攻めはよかった」「あの状況ではこうした方が有効的」と、立ち回りについても色々とアドバイスをくれた。
「体の動かし方もそうだけど、ナツちゃんはまず能力に慣れたほうがいいかもな」
「ほあ、勉強になります……色々ありがとう。すごいね、サンジ」
「惚れ直した?!」
「まず惚れてないよ」
でも、印象はかなり変わった。直接伝えるとまた軟体動物のようになってしまいそうだから、言わないけれど。
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