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 バイト五日目。
 疲れすぎのせいなのか、今日は寝付きが良くなかった。寝不足が顔にも出ているようで、サンジにも「今日はやめておこう」と言われてしまった。中途半端に予定が開き暇になってしまったので、一人町をぶらぶらする。途中フランキーに会ったので、一緒にお茶をすることになった。

「おい、ちゃんと寝てんのか? 顔色がひでェぞ」
「今日は曇りだからそう見えるだけじゃない?」
「それは無茶だろ。店内だぞここ」

 耐熱ガラスのコップで揺れるカモミールティーを口に運ぶ。リンゴのような香りが淡く鼻腔を擽られ、蜂蜜の程よい甘さが全身に染み渡っていく。凝り固まっていた神経が解れていく感覚に、ほうと息を吐いた。

「そういやオメー、ルフィとはどうなったのよ?」
「どうもなってない」
「まだ喧嘩中か」

 返す言葉をなくして黙り込む。昨日のあれを経てしまった今、喧嘩してないとはもう言えなかった。年長者の生暖かい眼差しに、意地を張るのも馬鹿らしくなって、素直に項垂れる。

「年上である私が大人になるべきとは分かってる、ん、だけどさ〜……でもうまくいかない……ルフィ、ずけずけ心に入ってくるんだもん……腹立つあのゴム……」
「まあそう無理して割り切ることもねェだろ。年上ったってたかが五歳差なんだから。おれからしちゃあお前もルフィも変わんねェよ」
「フランキーおじちゃん……」
「改造するぞクソガキ」
「正直ちょっと興味ある」
「お、マジか」

 サンジにはああ言ってもらえたけど、私は遠距離攻撃をまだ諦めていない。体のどこかにバズーカ的なあれを、こう……。フランキーは「分かってんじゃねえか……!」と感動したように呟いた。

「あ、自爆スイッチとか?」
「だめだ、この話は終わりだな。二度とするな、二度と」
「なんで!」
「なんでじゃねェ、胸に手を当てて考えてみろ」

 言う通りにしてみる。うーん、周りに迷惑をかけるからだろうか。ちゃんと味方がいない所でやるのになぁ。

 しょんぼりとしながらベイクドチーズケーキをつつく。チーズが濃厚で、ほんのり甘いカモミールにもよく合う。ただもうお腹いっぱいだな……。まだ半分以上残っているケーキを前にそっと息を吐いてフォークをおけば、フランキーがお行儀悪く肘をついてこちらを窺っていることに気付く。

「うまいか」
「うん」
「お前らが働いてる店の料理もうめェよな」
「うん」
「それとサンジの作るもんを較べたら、どれが一番うまいか?」
「サンジ」

 考える時間なんていらなかった。全部美味しいけど、やっぱり一番はサンジだ。フランキーは満足そうに口角を上げた。

「自爆したら食えねェぞ」
「あー、たしかになぁ。それはかなりデメリット……」
「だろ」

 そんな理由なんだ。なんだか面白くてくすくす笑っていれば、フランキーが残ったケーキにフォークを突き立て、一口で完食した。おい許可。いや私としては助かるが。でも食べかけだけどいいのか。

「……ねえ、フランキー。あのさーー」


  ✲✲✲


 バイト六日目。最終日だ。今日を乗り越えれば、終わる。長いようで短かった気がする。

「ナツちゃん、今日は休んだほうがいい」

 店に降りた私の顔を見た途端、サンジが険しい顔で私の肩を掴んでくる。サンジはそんなに力を込めはしなかったはずだけど、私は体幹がくそ雑魚なので少しフラついてしまった。

「今日はおれが二人分働くから」
「いや、そんな。最終日なのに」
「昨日からろくに食べてないよね? お昼もお粥だったし」

 図星を突かれ、うっと口を噤む。昨日、フランキーと別れた後は結構体調が良かったのだが、その後店に戻って賄いを食べ、働き始めるとまた具合が悪くなってしまった。
 でもこのくらいよくあることだしと軽く笑ったのだが、「体調不良のサインだよ」と素っ気なく言われてしまう。取り付く島なしだ。

「指先だって震えてるだろ。料理が運べる状態じゃない」
「注文をとったり清掃するくらいならできるよ」
「どうしたんだい?」

 騒がしくしていたからか、厨房にいたオーナーがひょっこりと顔を出した。サンジから事情を聞くにつれ、オーナーの顔が曇っていく。

「というわけなんで、ナツちゃんの仕事はもう終わりにしてもらえねェかな、オヤジさん」
「そうだね、仕方ない」

 オーナーの声はきっぱりとしていて、今更私がなにか言っても無駄そうだなと分かってしまった。うう、自分から言い出したことなのに、最後まで果たせなかった……。「船までは戻れそうかい?」落ち込みつつ、オーナーの言葉にこくりと頷く。

「送っていってやりたいが……今日は団体客の予約があるんだよな。コース料理で、仕込みがまだ完璧じゃなくて……」
「いいよ、一人で帰れる」

 なによりこれ以上迷惑をかけたくない。申し訳なさそうにしているサンジへ「ごめんね」と謝れば、サンジは眉を下げた。


  ✲✲✲


 潮を含んだ冷たい隙間風が傷口を嬲る感覚に低く唸る。ケホ、と咳き込みながら目を開けた。暗い視界の中で、小石や雑草がすぐ眼前に広がっているのが辛うじて見える。近過ぎて焦点が合わないほどだ。

「(……鉄の味がする)」

 真っ先に思ったのは、そんなことだった。口内が切れているらしい。口の中に走ったピリッとした痛みに体を縮こめ、手足の自由がきかない現状に気が付く。右腕を下敷きにした半うつ伏せのような体勢で地面に転がされたまま、私は黙って自身に置かれている状況を一つひとつ確認していった。

 まず、後ろに回された手には頑丈な手錠がつけられている。なんだかうまく力が入らない――海楼石、というやつなのかも。風の声も聴こえない。みんなの会話もまた分からなくてなっているのだろうか。
 それから、足首も荒い麻縄で一つに括りつけられていた。元からの頭痛も相俟って頭が割れるように痛い。他にも頬や脇腹あたりがジンジンと鈍痛を訴えてきている。長いこと同じ体勢だったからなのか、一呼吸するだけで全身の筋肉が嫌な軋み方をした。

「(ここ、どこ……)」

 重たい頭を可能な限り持ち上げる。背後の手錠が動きに合わせてチャリ、と揺れる。
 最初はよく見えなかったけど、だいぶ目も暗闇に慣れてきた。見る限り、ここは廃屋のようだ。埃っぽくて、あちこちに木箱が積まれている。上から薄いガラスが風に激しく叩かれる音がして、入り込んできた風がまた肌を撫でる。少し身動ぎしてそちらへ首を回すと、壊れかけの窓には今にも折れてしまいそうな細い三日月が黒い夜空に浮かんでいた。店を出た時はまだ全然明るかったのに、どうやらかなりの時間が経っているようだ。

「――起きたか」

 頭の方からガラガラの声がして、ザリ、と地面が擦れる音がした。あ、人の声は海楼石あっても大丈夫なんだと思いつつ、近付いてきた人物の方へ顎を上げて顔を向ける。落ちてきた前髪が邪魔で、目を窄めてそちらを睨むように見た。

「ここは通り向こうの海前……つまりどういう場所か分かるよな?」

 男がゆったりと葉巻に火を灯す。煙を吐き出した口許から、炎に照らされた金の歯がギラギラと光った。

「ったく、人畜無害の子犬みてェなふりして、随分手こずらせてくれたな。おれが雇った奴らをたった一人で何人も……腐っても賞金首なだけあるってわけか。エェ?」

 その言葉に思い出す。そうだ、船へ帰る道すがら、謎の集団に囲まれて……応戦していたけど途中で力尽きてしまって……。でも、『おれが』? なんでこの人が。

「ああ、おれの本職について、まだ話してなかったか」

 うつ伏せになって絶句する私へ、男はご満悦げな薄ら笑いを浮かべながら、近場にあった木箱へどっかりと腰を下ろした。

「おれの本名はコロン・スタール。それから本業はスレイブ・ブローカー……要するに、人攫いの奴隷商人だ」
 

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