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 島に上陸させられた麦わらの一味をいの一番に出迎えたのは、継ぎ接ぎだらけのケルベロスだった。

 ナツはケルベロスがルフィによって地面へと『伏せ』をさせられたのを見届けると、白目を剥いて気絶している怪物へスタスタ近寄った。迷いのない動作で、真ん中の犬の頭にポンと手を置く。怪物と交換で現れた一冊の本を手にして、ナツは「あれっ」と不思議そうに首を傾げた。

「脳が三つだから、三冊できるかと思ったのに」

 ゾロは無言でロビンを睨む。お前の影響じゃねェのか、これ。しかし当の考古学者はそんな視線をものともせず、「体の数に準拠するのかもしれないわね」と涼しい顔で自身の考察を述べた。後ろめたいことなどなにもない。なにせ、『影響』など全くの誤解であるので。
 ナツが元から実は“こんな感じ”だったということは、同部屋であるナミとロビンは、とっくの昔から――特にロビンは、最近ナツから能力について相談を受けていたため、よりよく――知っていた。



「――悪魔の実の能力は、稀に“覚醒”することがあるの」

 能力の幅を広げたい。
 神妙な顔のナツからそれを伝えられたとき、ロビンは慎重に言葉を選びながらそう口火を切った。

「ナツは……一時的に能力を高くまで引き上げられた経験があるわよね」

 ナツが服用している薬には、現在少し強めの催眠作用が織り込まれている。それは、ロビンとナミがエニエスロビー以降ナツの眠りが浅くなっていることに気が付き、チョッパーに相談したからに他ならなかった。ナツ自身は気にしていないと本気で思っているのかもしれないが、司法の塔で強いられたあの非人道的な行為は、確実に彼女の深層心理へ根付く傷となっている。しかし普段のけろりとした振る舞いは、取り繕っているにしては完璧過ぎるし、恐らく魘されていること自体、ナツは認知していないのだろうと三人はひそかに結論づけていた。

 現にナツは、「ああ、エニエスロビーね」とロビンの遠回しな表現を躊躇なくぶった切った。そのあっけらかんとした態度に、自覚を持たせたほうがいいのか、しかしトラウマを突き付けるのもどうなのかとロビンも判断に迷う。ナツが続きを促すように頭を傾けたので、今はとりあえず話を進めることにした。

「あの経験によって、ナツは今『半覚醒』状態にあると思う」
「えっ半なの?」

 ロビンの説明に、ナツは人を本に変えるんだから充分覚醒してない? と分かりやすく当惑した。

「……あ、でもたしかに、あの時は何百人もずっと本にできてたもんね。今は一人二人が限界だけど」
「ええ。でもそれだけじゃなくて……」

 どう説明しようかと、ロビンは瞳を軽く伏せた。

「例えば――ハナハナの実の能力者が、咲かせた腕にさらに腕を咲かせて伸ばしていく。ナツはこれをどう感じる?」
「発想の勝利だなって」
「ゴムゴムの実の能力者が骨に空気を送って骨の風船をつくる」
「エグいけどたしかにアリっちゃアリか……って」
「じゃあヤクヤクの実の能力者が、人間を訳して本にするのは?」
「暴論だなって……」

 予想通りともいえるナツの返答に、ロビンは少し笑った。自分のこととなると、この子は途端に後ろ向きになる。ロビンは顰められたナツの顔を、咲かせた手で揉んでむりやり笑顔を作らせた。

「悪魔の実の力は、きっと私たちが想定しているよりもずっと自由なの」

 先日、ナツは「変化させた本を破いたり壊したりして、相手に直接的な攻撃を与えることはできないのか」というウソップの疑問に対し、「できない、捲れるだけ」と答え、さらに続けて、「そもそも本は破るものじゃなくて読むものですから」とピシャリと一刀両断していた(ちなみにその後ウソップで実演していたが、たしかに本は捲る以外のことはできず、ナミの天候棒で濡らしたり雷撃を落としたりしてみても、無傷だった)。

「ナツは『暴論』だと、“できるわけない”と思っていたかもしれないけど、現に覚醒したヤクヤクの能力は人を訳して本へと変えてみせた」
「……じゃあ、なら……本を破ったり――もしかすると、書き換えたりもできるかもしれない?」
「そうね、それこそ本当に覚醒したらできてしまうかもしれないわ」

 肯定しながら、ロビンは改めてすごい能力の実だと感じた。政府が脅威に感じるのも頷けてしまう。
 
「つまり悪魔の実の能力を使いこなすには、柔軟な発想が大事……ってコト?! いや私が一番苦手なやつじゃんそれ!」
「そうね」

 ロビンが真顔で知ってるわと頷くと、先日の“恋バナ”のことを指されていると思ったのか、ナツは気まずげに顔を背けた。しかしあれを経てなくともナツが頑ななことは前々から分かっていたし、それはロビンでなくとも知っていることである。

「……とはいえ、私もその価値観には賛成よ」
「え?」
「本は大事にしないとね」

 ロビンがそう微笑むと、ナツは少し目を丸くしてから、くしゃりと嬉しそうに顔を綻ばせた。



 なんて会話を二人が交わしたのが、数日前である。
 さあ、今回この子はどうするのかしら。ロビンはそんな見守るような気持ちで、パラパラ捲るナツの横顔を見つめた。
 

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