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トナカイであり船医であるチョッパーは、自分が外の世界のことをよく知らないという自覚があった。もちろん医療については、Dr.くれはから“のうはう”以上のことを学んでいるし、そのお陰で自分の腕に自信はある。けれどそれ以外のこととなると、やっぱりこの船の中では一番疎いのだろうと思っていた。
「世界には色んなやつがいるんだなー」
手摺にちょこんと腰掛けたチョッパーは、ちらりとミカンの木から少し離れた場所で座る少女を見遣り、それから空を見上げた。真上に座そうとしている太陽に、もうそろそろしたら、部屋の中に入ってもらわなくちゃなと考える。長時間日に当たり続けるのは、基礎体力のない少女にとってあまり良くない。少女が乗船してすぐに、彼女を診察したことのあるチョッパーは、少女はいたって健康体ではあるが、この世界における成人女性の身体的平均値を、全てにおいて下回っている、ということをよく知っていた。
診察をした限り、少女に持病等はなさそうだった。けれど、如何せん問診なんてできなかったので、それすらもはっきりと断言できない。フリップボードやジェスチャーを駆使してわかる限りのアレルギー情報等をなんとか聞き出し、やっとのことで検査を終えた。終わる頃にはチョッパーも少女もヘトヘトだった。
ちなみにだが、チョッパーが少女を診察していることは、ゾロでさえも知らない。小さな、しかしとっくに一人前の船唯一の医者は、患者の秘密は守るものだとドクトリーヌからしっかり教わっていた。
「おれはヒトヒトの実のおかげで動物とも人間とも喋れるから、尚更不思議だよ」
チョッパーはもう一度少女を見た。明るい陽の下にいるというのにどこか青白い。外に出ていたいと思えるのは、いいことだと思うんだけどな。適度な日光浴は医師として推進すべきことでもある。でもせめて木陰にいてくれたら。船医は青い鼻のつけ根に皺を作り、難しい顔をした。一度促したことがあるけれど、それをしたら少女は肩身を狭そうにさせて女部屋へ戻ってしまったことがあったので、チョッパーとしても言いづらかった。
責めてるわけじゃない。ここにいてほしくないわけじゃない。チョッパーは少女の服を引っ張り、どうにかそう伝えようとしたけれど、伝わっていないのは、落ちた眉や弱々しく上がった口角を見れば、言葉などつうじずとも分かった。
チョッパーは垂らした釣り糸を挟んだ細こい足を、プラプラ交互に揺らした。その隣で同じように座って釣りをするウソップが「そうだなァ」と眠たげに返事をする。
「まあ、あれで結構表情豊かなやつだよな。言葉は通じてねえけどよ」
「うん」
ウソップもチョッパーも、ルフィとともに過ごすことが多い。ルフィは暇さえあれば少女に話しかけにいった。だから必然的に、ウソップとチョッパーも遠巻きながらではあるが、少女を見守る時間が多くなっていた。
「あれは『チョトダル』てめんどくさがってる顔だな」
「うん」
今度は狙撃手とともに、いつの間にか来ていた船長に絡まれている少女を振り返る。相変わらずな困り笑顔だ。けれどよくよく見れば、その笑顔にも種類があることに、一人と一匹は気が付いていた。恐らく、少女を船に引き込んだ元凶ともいえる船長も、きっと。
「――おーい、ナミー!」
急にルフィが声を張り上げた。船首近くの甲板でアイスティー片手に寛いでいたナミは、新聞から顔を上げる。
「みかん畑、借りるぞ!」
「なに勝手言っとんじゃダメに決まってんだろクソゴムがァ!!」
「こいつ、暑そうだ。日陰に置きてえ」
憤怒の形相をするサンジを無視して、ルフィはそう言って少女の両脇に手を差し込んで猫のように持つと、ナミへ見せつけた。なるほど、と一同が思うと同時によく気付いたなと少しだけ意外に思った。
「いいわよ。ただし、みかんには手を出さないように」
「おう!」
そういうことなら、断る理由はない。ナミはしっかり釘を刺した。刺したが、刺したあとに、少女の分一個だけなら許可してあげるべきだったかしらと考える。いや、でも、少女は自分一人が食べるとなれば固辞して、結局ルフィに全部やってしまうだろう。そう考え直し、ナミはみかんのことは黙っておくことにして、「ルフィ」代わりに船長の名前を呼んだ。嬉々として相変わらずの持ち方をしたまま移動しようとしていたルフィが、動きを止める。
「ん?」
「そんな持ち方やめなさいよ。怯えてるじゃない、その子」
両脇を急に掴まれた少女は、声なく顔を蒼褪めさせていた。なんの前触れもなく足先が浮くほど持ち上げられたのだから、当たり前の反応だ。緊張でカチコチに固まっている少女の手足に、ナミは憐れみを覚えた。
「そんなことしたら嫌われるわよ」
同性のよしみでそんな仏心をだして、忠告ついでに言ってやる。これだけ構っているのだから、ルフィとしてもそれはイヤだろう、くらいの軽い気持ちだった。だいたい、ルフィは普段から雑なのだ。言葉が通じていないんだから、もうちょっと慎重に扱ってやるべきだろう。
「エッ」
ナミは、というより一味は、のほほんとした分かってるんだか分かってないんだかな返事が来ると思った。しかし予測に反して、ルフィは、目を見開いて声を零した。おや、と誰もが思っているうちに、ルフィが恐る恐るといったようにぎこちなく少女の腹へ両手を回し、少女をぬいぐるみのように抱き締めたので、一同は唖然とした。船長のらしくない行動に、びっくりしすぎて少女が苦しそうに呻く声も聞こえない。それに反応したのは、少女の背後にいるルフィだけだ。強ばった表情のまま、ほんの少しだけ腕の力を緩める。ルフィがみせたそのささやかだがらしからぬ繊細な気遣いは、ますます一同の驚嘆を煽った。
ルフィは言葉を失う仲間の様子に気が付かないまま、少女をしっかり抱き締めて、みかん畑へと腕を伸ばして飛んで行った。
おや。
おやおや?
おやおやおやおや?!
「ルフィが連れてってくれるなら安心だなー」
無邪気に喜ぶ船医以外の心の声が、快晴の空の下、知らず重なっていた。
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