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ネガティブゴーストが効かないウソップと私がペローナを相手にすることになった。正直まだ全然釈然としてない。別に私、ネガティブとかじゃ……。
効かないと分かったらペローナは大量のゾンビをけしかけてきた。「二手に分かれるぞ!」「了解!」と走るのに必死だった私は何も考えないでウソップの指示に従った……のだが、飛び道具ありのウソップと、近付かなければ塩をぶち込めない私。こんなの追ってくださいと言っているようなものだろう。案の定ゾンビ軍団は一人残らず私の方へやってきた。えーん! ウソップのばか! なんとか生み出した遠距離攻撃もゾンビ相手にはほとんど役に立たないし!
と、半泣きで屋敷内をめちゃくちゃに走っていたら、あっという間に行き止まりまで追い込まれてしまった。
「ヒヒ、袋のネズミだなァ、嬢ちゃん!」
「ちょこまか飛び回りやがって!」
にじり寄ってくるゾンビ達にジリジリと後退るが、すぐにトンと踵が壁に当たる。私は唇を噛み締めて、並ぶツギハギだらけの不器用な顔ぶれを睨みつけた。
ゾンビの言う通り、私は飛んで跳ねるように動き、ゾンビ達の手を掻い潜ってきていた。まるでサンジが戦うときのように。
たしかに動きながら、なんとなく師匠であるサンジの動きを意識したりはしていた。この世界に来てから、サンジの動き方は今や一番よく見ている。だからこんなにサンジのように動いたり躱したりできるのかなと、途中までは思っていた。
けれどそれにしては宙を軽やかに飛んだり跳ねたりと、記憶の中のサンジの動きに忠実すぎる。加えて、私のくせに動けすぎているのだ。この世界に体が馴染みつつある――ほぼ馴染んでいるといってもいいだろう、もう――のも自覚しているし、身体機能が以前と較べ格段に向上しているのも分かっている。とはいえこの動き方は異常だった。
つまり、結論。
私は記憶に刻まれたサンジの動きを模倣している。
翻訳とは、伝えること。だから私がサンジの動きをもっと具体的に第三者へ“伝える”ことができるなら、この状況を打破することも決して不可能では……。
「(……いや、できるわけなくない?!)」
自分で立てた仮説のくせに、暴論じゃんと頬が引き攣る。……でも、私が出来るわけないと思ったとしても、もしかしたら――。
「……能力は、自由」
ロビンの言葉を辿るように舌に乗せ、目を瞑る。すると目蓋の裏で、まるでたった今観たばかりかのように、敵を華麗に蹴り飛ばすサンジの姿が鮮やかに再生された。
――“
首肉シュート”!
「――
模倣・
首肉シュート!」
なにかに操られたように、ゆらりと爪先が高く上がった。ピンと持ち上がった足は鞭のように素早くしなり、襲いかかってきていたゾンビの首元を的確にとらえる。ゾンビは回転して横に吹き飛び、石畳へ打ち付けられた。
……えっなに?! 私なんか技名っぽいの叫ばなかった?! そんなつもりなかったのに口が勝手に動いてた! 勘弁してよ恥ずかしいんだけど!! ていうか股がいったい!
「な、なんだコイツ、急に別人みたいに……!」
「攻撃できないんじゃなかったのか?!」
「でも相手はたった一人だ、畳み掛けろ!」
しかし恥ずかしがってる暇も痛がってる暇もなさそうだ。私は太ももを少し摩りながらゾンビ群を見据え、もう一度サンジの動きを脳裏に描いた。
蹴って、怯んだ隙に浄化して、避けてそれからまた蹴って。それをひたすら繰り返していれば、残りはペローナにクマシーと呼ばれていた大きなクマゾンビだけになっていた。
クマシーは血走らせた目をぎょろぎょろさせて、文字通りの死屍累々となった周囲を見て、無言のまま狼狽えていた。マスク越しから意外にも低い声が途切れ途切れで聞こえてくる。やがてクマシーはキッと目を鋭くさせると、巨大な体躯からは考えられないほどの凄まじいスピードで私へ向かってきた。無理やり酷使した体はもうヘトヘトで、もう一歩も動けそうにない。私はただその場に立ち竦んで、クマシーを待ち受けた。
振り下ろされた巨腕が顔面に当たる寸前で、私はそれに触れ、クマシーを本に変えた。目の前にポンと現れた薄い本を両手で受け止める。こうしたかったから、彼だけ最後まで残したのだ。クマシーは、ペローナと一番近い存在だったようだから、なにか情報を掴めないかと思って。
「……わ、霊体にもなれるんだ」
ゾンビの本は大抵薄っぺらく、読んでも曖昧で意味不明な記述だったりすることが多い。影本来の持ち主の記憶と現在の彼らが体験した記憶が混在しているからだ。
それにしても、便利だなぁ、ホロホロ。物理攻撃がまったく通らないの、強すぎない? それに“ゴースト・ラップ”……攻撃手段まであるなんて。いいな、私もそういう実を食べたかった……。
「――いた、ナツ!」
ところどころプスプス焦げたウソップが走ってきた。「うお、なんじゃこりゃっ」床に重なるゾンビを器用に避けながらこちらへ近付いてくる。
「お、お前が全部やったのか?!」
「一応……いや、違うのかな……?」
サンジの特訓あってのことだし……純粋に私自身の力だとも言い切れない。怪訝げにするウソップへ「それより」と口を開く。
「ウソップこそペローナは? あの子霊体になれるらしいけど倒せたの?」
「なんとか撒いてきたんだが、やっぱりそうか! ってなんでお前がそれを?!」
「ペローナの側近ぽいゾンビの記録を読んだ」
「クマシーってやつか! じゃあよーー」
ウソップの提案はとんでもなかった。上手くいくか分からない。しかし返事に迷っていれば、切羽詰まった顔のウソップに肩を掴まれる。
「おれたちがアイツに勝たなきゃ、一味崩壊だぞ!」
「わ、分かった、分かったから!」
ウソップの剣幕に頷きながら、手元の本を開く。ほんと、ウソップのどこがネガティブなんだ。
逃げ足だけは早い男だ。
追っていた麦わらの一味の長鼻男をすっかり見失ってしまったペローナは、寝室に戻って実体を取り戻すことにした。偵察の途中で翻訳家を追わせたはずのゾンビたちが丸々倒れ伏しているのを見つけたからだ。自身の本体が心配になったため、ペローナはひとまず霊体化を解くことにした。部屋付近に女の姿はなかったし、敵の手が迫っているというふうでもない。瞼を持ち上げながら、ペローナは「おい!」とベッドの傍に佇んでいた顔だけは可愛い自身のゾンビに話しかけた。
「クマシー、あの女は倒したのか?」
「あ……」
「喋るんじゃねえ!」
理不尽に怒鳴られたクマシーは、口元を抑えて目をキョロキョロと回した。どっちつかずなクマシーの様子に、ゴーストプリンセスは瞳を細めて、結いた髪を後ろへ流す。
「見失ったのか?」
「……?」
「……チッ、はっきりしねェな! まあいい、あの女には戦闘力なんてなさそうだったしな。あのゾンビたちも他の仲間がやったんだろ。ゾンビの補充が先決か。……それで、これは何だよ?」
ペローナはサイドテーブルに置かれていた本について尋ねたが、クマシーも知らないのか、不思議そうに首を傾げた。てっきりクマシーが持ってきたのかと思ったが、違ったのか。ペローナは目を眇めながら、見覚えのない本へと手を伸ばした。
「――うまくいったな!」
「うん、よかった……」
ビクビク泡を吹いて痙攣しているペローナと、影を失い物言わぬ死体となったクマシーの姿に、ウソップがニッと嬉しそうに笑う。私の気も知らないで。こっちがどれだけ緊張したと……。
――『おれを本にして、クマシーにあいつの部屋まで運ばせろ』
本にするのだけならともかく、運ばせろってどうやって。そう困惑する私に、ウソップはさらに『その本に書き込めよ』と続けた。一度もやったことないのに! とまごついていれば一味が全滅してもいいのかとか脅されるし。いやペローナを倒せなきゃ実際一味は全滅しちゃうけどさぁ。でもぶっつけ本番……。
クマシーの本に書き込んだ事項は、『本を寝室へ運ぶ』『翻訳家は倒した』の二つだ。
一つ目はともかく、二つ目は効き目がいまいちだったのか、クマシーも口を滑らせそうだったし。ペローナへの受け答え、クマシーの中から――『本から戻った直後は寝起きみてェな意識だから、背中に潜り込んで隠れるくらいは急げばできるだろ』とウソップに言われたので隠れていた――聞いててすごくヒヤヒヤした。
「ウソップが本から戻って油断してる実体ペローナを倒して、私がクマシーを浄化……綱渡りすぎたでしょこの作戦」
「どうせこのクマは喋らせちゃもらえねェんだしよ、バレることはねェよ。ま、うまくいったんだしよかったじゃねェか!」
「結果論でしょ!」
楽しげに掲げられたウソップの手へヤケクソで叩くようにバシンと合わせた音が、ペローナの寝室に響いた。
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