57
この世界にオゾン層とかあるんだっけ。
豪風が容赦なく肌を叩き、未だ取れない分厚い包帯越しにもミシミシ痛んだ。目も開けていられないし、空気の圧が強すぎて呼吸もままならない。耳が塞がり、キンと甲高い耳鳴りが脳に響く。体温はとっくの昔に奪われ、今や指先の感覚は少しもなく、ピクリとも動かせない。
空島では酸素ボンベなしでも普通に息できてたから、あそこは全然大気圏内って考えても大丈夫なのかな。雲に乗れはしたけどちょっと高めの山程度の高度なのかな。……ああいや、私空島ではほとんど寝てたんだった。あそこでの経験談はあんまりあてにならないな。
「(シャボンディ諸島の真上にも空島があるといいけど)」
まあ、自分で言っておいてだいぶ望み薄だとは思う。私は横になったままできる限り力を抜き、依然として弛む気配のない背中からの圧に身を預けた。
さて、もうお分かりいただけただろうか。
私は今、シャボンディ諸島の上空を垂直に飛び続けています。
惨劇の始まりは、ルフィ達を連れて魚人のハチとともにコーティング依頼へ行ったはずのケイミーが、人間屋に連れ去られたことからだった。
スリラーバークで手に入れた宝を全て使って取り戻そうとしたが天竜人にあっさり競り負け、その上ハチは撃たれてしまって。ルフィが天竜人を殴ったのには胸がスカッとしたので良かったけれど、しかしそれが原因で海軍に囲まれて。なぜか商品として捕まっていた冥王レイリーにその場は助けられ、一度は彼の拠点に全員集合することができた。
いったいどういう偶然か、レイリーさんがハチと旧知のコーティング職人で、そのまま船のコーティングをお願いする運びとなった。
コーティング作業には三日程かかるらしい。「41番グローブでは作業しないだろうから」と、三日後の集合場所の目印にとレイリーさんのビブルカードが各員に配られる。
「おれ達は人間屋の件で追われてるだろうから、スムーズに作業してもらう為にはバラけて逃げ回ってた方がいいな……」
「それじゃ三日間はサバイバルですね。ヨホホホホ! 恐い!!」
皮がないから怖がってるようにあんまり見えない。「あ、ナツさんのことはお守りしますのでご安心を!」小声でコソッと耳打ちされ、曖昧に笑う。『恐い』発言聞いたあとだとあんまり安心できないけど……まあ気持ちはとてもありがた申し訳ない。どうもすみませんね、ほんと……。思えば私、ブルックがどのくらい戦えるのか知らないや。軽いってことは知ってるけど……。
「ちょっとルフィ、渡さないの?」
「ン、グ……」
「今渡さなきゃ、次会えるのは三日後になってしまうわよ。……ねえ、ナツ?」
「ゥウ……!」
「うわっ、なに?」
ロビンに腕を引かれ、ルフィの前まで連れてこられる。その先でギッと歯を食い縛ったルフィに険しく睨まれ、少し後退ってしまう。私の反応にますますルフィは顔を顰め、ぎゅいんとグロい感じに首を回して必要以上に顔を背けた。なぜか島に着く前よりも過剰な避け方だ。「えっ」ショックを隠せず、情けない声が落ちる。その声に反応して、ルフィはそっぽを向いたままびくりと肩を跳ねさせた。
「〜〜〜シャッキー!!」
ルフィは体を回転させて首を正常な状態へ戻すと、この拠点、シャッキー'S ぼったくりBARの女店主の名を呼んだ。ルフィは足取り荒く後ろ手に持っていた何かを抱えて、彼女の元へと向かっていく。
「な、なに、いまの……」
私、傷付くだけ傷付いて終わったんですけど……??
茫然自失とする私に、その場に残ったナミは「まったく……」と額を抑え、ロビンはポンと慰めるように私の頭を撫でてくる。二人は事情を知ってるふうだったのに、何も教えてくれなかった。
拠点をでるなり鉢合わせた、しかし不気味なくらい容易に倒されたバーソロミュー・くまに眉根を寄せる。なんか変だ、この人。ビームを使うし、でも瞬間移動はしないし、なにより一番は纏う雰囲気が違いすぎる。みんなの反撃に淡々と対応し過ぎで、もう寡黙とかじゃなくまるで本当に感情がないみたいな……。
「(そういえば人間兵器とかって……)」
「あっちょっとナツさん、危ないですから――!」
「さあ、行きましょうナツ。ここにもじき海軍が集まってくる」
「あ、うん……」
ブルックの背中から出てくまに近付こうとしたが、ロビンに阻まれ、確認することはできなかった。
途中で走れなくなった私を抱えていたブルックが、戦桃丸とかいう金太郎が連れてきたPX-1のビームで吹き飛ばされる。
「ナツっ!!」
投げ出された先で立ち上がろうともがいていれば、大きな影が降り掛かってきた。切羽詰まったルフィの声が鼓膜を揺らし、手を着いたベタつく地面へ笑いとともに血をはき出す。名前を呼ばれるの、久しぶりだな。手の甲で口元を拭いながら、頭上を窺う。
「生きていたようだな、翻訳家」
「……お陰様で」
ああそうだ、その本。本物は、それを持ってるんだよな。本に書かれた『BIBLE』の文字に、薄れていた記憶が呼び覚まされる。覚えておかなきゃ、これからもコイツらに遭遇するかもしれないのなら……。
「旅行するなら、どこへ行きたい……?」
「え……?」
ノルウェー行ってフィヨルド観光したい。
そう思った時には、私の体は空高くまで跳ね上がっていた。
「(えっ戦犯?)」
あんな空気読まない質問を、なぜ私は律儀に……。あの一瞬があれば……いや、ルフィたちじゃないんだからどうせ変わらないか。みんなは無事に逃げれたのだろうか。こんなになってるのは、私だけだといいんだけど。
- 57 -
←前次→