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『NO.1! Congratulation!』
唐突に画面を占拠した、最低明度でも目に痛いキンキラ王冠マークにドラルクはぱちりと目を瞬かせる。つい数秒前に興じ始めたはずの百人対戦のパズル積み上げゲームは、いつの間にか終わりを迎えていた。思えば指が少し疲れている。改めて知覚すると、遅ばせながら指が砂になった。こうして一位を取るほどには手も頭も動かしていたはずなのだが、あまり記憶にない。なにもかもが完全に意識外だった。
ドラルクはゲーム機を放して起き上がると、テーブルに置かれた携帯へ手を伸ばした。なんの通知も来ていないことは一目で分かったが、念の為、とメッセージアプリを起動させる。【ちゃんと帰れた?】【さっきはごめん】【多分、お互い勘違いしてることがたくさんあると思う】【電話したい、話そう】【もう寝ちゃった?】数時間前に送った吹き出しに、既読の二文字は一つもついていなかった。ドラルクの口から、陰鬱とした溜息が漏れ出る。携帯、見てないのかな。几帳面な性格だから、いくら怒っていたとしても未読無視とかできる子ではないし……え、未読無視できちゃうほど怒らせた? いやえっうそいやでもえっ別に気付いていないだけでしょえっほら通知がバカになることだってあるだろうし! なんならまた新しいメッセを送ってみて……流石に連投過ぎてきもいか? いやもう一個くらいなら平気?
「ネット依存おじさん、じっとしててくんない? 動きがうるせぇ」
「は? ゲーム依存と言えせめて」
「なら大人しくゲームしてろせめて」
自分だってどうせ原稿してるフリしてネットサーフィンしてるくせに。そう鼻を鳴らすドラルクの手の甲に、ジョンがすり、と頭を擦り付ける。使い魔は、『大丈夫?』と問いかける目で主人を見上げた。
「……そんなに分かりやすかった?」
「ヌァン……」
心配をかけてしまったなと苦笑しながら、ドラルクが愛しい丸を抱き上げようとしたとき、手の中で携帯が震えた。慌てて画面を確認して、待ち望んでいた名前に体の力が抜けて安堵で死にかける。死んでる暇はないので気力で形を保った。一人と一匹に会話が聞こえない場所まで移動しようと立ち上がりながら、ドラルクは携帯を耳に当てる。
「やあ、もしもしはな君? さっきは――」
『ドラルク』
「……、……は?」
ドラルクがやっと吐き出せたのはたったの一音だけだった。それを気にせず、彼女はもう一度、甘えるようにドラルクの名を呼ぶ。耳から脳の奥深くへビリビリとした淡い電流が流れていく感覚に、吸血鬼はすぐ理解した。ああ、これ、この声は――。
『ねえ、あいたいな』
「……いいよ、私はどこに行けばいい?」
場所を聞き、電話を切るなり、ドラルクは大股でキッチンへ向かった。冷蔵庫に入れていた血液パック――先日祖父から土産に貰った――を口元へ運ぶ。喉を通っていく冷たくて甘くて濃厚なそれに、あ、お腹壊しそうと一瞬思った。それでも飲み切ったドラルクは、口元を荒々しく拭い、事務所の扉へ向かいがてら「若造!」と声を張り上げた。
「四十秒で支度しな!」
「は? ムスカ顔がしゃしゃるなバルスバルスバルスはい三回言った俺の勝ち」
「いいからはよしろ、仕事だぞ」
ドラルクがメビヤツの被っていたトレードマークの赤い帽子を投げつけると、胡乱げだったロナルドの瞳が見開かれる。
「仕事って……」
「吸血鬼――いや、化け物退治だ」
感情を一瞬でスッと消し去った退治人の冷たい青に、ドラルクは口角を上げる。非常に癪だが、五歳児の手も借りようというものだ。本当ならば、一人で颯爽と退治して彼女を助けてやりたかったけれど。そんなふうにカッコつけて、これ以上彼女をいいようにされては堪らないから。
待ってろすぐぶちのめしてやるからな、このゴリが。彼女の声であり、しかし明らかに彼女ではない声の主に、ドラルクは内心でそう宣戦布告を送った。
◆
ドラルクが呼び出されたのは、彼女の自宅付近の裏路地を通った先にある廃ビルだった。
「ドラルク」
「ああ、そんな所にいたのか。出ておいで、そこは暗くてさむいだろう」
呼びかけの後、数拍してコツ、と靴音が反響した。影の奥から女性が姿を現す。暗闇の中、瞳だけが紫の光を帯びて奇妙に発光していた。
「ひとりで来てくれなかったのね」
ひどいわ、といじけた声がドラルクを詰る。「ひとりじゃないか」動揺を隠してドラルクは両手を広げ、マントの中身をひけらかした。
「ひとりじゃないわ、わかるもの……でも私は銀の弾丸なんかじゃ死なない」
「……そうなのかね」
「ええ、だって人間だもの。人間の体に銀の弾丸なんて効かない、だから死なない」
彼女はクスクスと、鈴を転がすように笑った。なるほど、とドラルクは密かに口内を噛む。完全に乗っ取っているらしい。たしかに、彼女から感じる気配は、人間の割合が強かった。
「私、貴方に死んでほしいの」
女が高らかにそう謳い上げた途端、計ったように雲が引き、明るい月が彼女だけを狙い澄ましてスポットを当てた。彼女がつい、とおとがいを上げ、壊れた窓から夜空を見上げると、紫の瞳に月光が白く透ける。ぽつんと一輪咲いた白百合のように儚げで、息が止まるほどの美しさだとドラルクは場違いにも感じたが、女は鬱陶しげに顔を一瞬歪めた。その刹那の醜さにまた驚く。
「貴方はもう、二度とも蘇らないで死ぬべきよ」
女はくるくると、見えない誰かとダンスしているような動きで、また影の中へと舞い戻った。髪が流れ、靴が鳴る。
「私はきみにそこまで憎まれるようなことをしたか?」
「憎む? アハ、違う、違うのよ! あい、んふ、愛してるから! だからこの手で貴方を、ン、永遠にしたいの!」
「……もう少し笑いを隠す努力をしたらどうかね」
女は呆れるドラルクへ、返事の代わりに悪戯っぽく笑った。立て掛けられていた大きな鉄骨へ、ふらりと倒れるようにもたれかかった。浅く息を吐いた様子を見て、ドラルクはやっと女の顔が真っ白なことに漸く気付く。病人だって、きっともっとマシな顔色だろう。
「そうやって何人もの人間を食ってきたのか」
ドラルクは女を――広い闇に溶け込む影を。此度、新横浜を食い荒らした怪異の正体を、険しく見据えた。女の顔から、波が引くように表情がこそげ落とされる。容姿が劇的に変化したわけでもないのに、顔に影が深く入り込んだせいで、口の裂けた恐ろしい怪物が透けて見えるようだ。その怪物の牙は、今まさに愛する彼女へ向いている。そんな事実を前に、ドラルクは呼吸もままならないほどの怒りに苛まれていた。
「そうだ」
彼女の声を下敷きにした、高いとも低いとも名状しがたい声がうっそり答えた。そのあまりの不愉快さに耳を塞ぎたくなる衝動を堪え、ドラルクは眉根を寄せる。
「かつての同胞――とすら、もうとても言いたくないな。哀れで無惨で、なんともおぞましい成れの果て、時の遺物よ。大人しく中古屋のタイムセールワゴン最下層で眠っていればよかったものを」
「この地はいい。誰も彼も油断し腐っていて、幸せに腑抜けていて、目先の欲に目を眩ます底抜けの阿呆しかおらん」
「お前は取り憑いた人間の寿命を喰らっているんだろう?」
女は肯定とばかりに喉で引き笑いをした。およそ人間とは思えない音程のそれに、ドラルクの神経がまた逆撫でされる。
「なんのためにその人間の恋人までをも傷付ける」
「恋人。愛する者! 『愛を確かめてみないか』『真に愛されているのなら、奴はどんな形であれ想いを受け入れるはず』……一言二言囁くだけで、どんな人間でもあっさり崩れ、簡単に心を明け渡す! 操るのがこうも上手くいくとは、流石の我も思わなんだ」
なんて愚かなこと! ドラルクは、きゃらきゃらと下品に笑う女を見て、やめろと怒鳴ってやりたくなった。あの子の体で、貴様、なんて真似を。しかしここで激昂しては、きっと相手の思うツボだ。犬歯を噛み締めることで、ドラルクは沸き起こる苛烈な怒りを丹田奥底へと押し込めた。
「……操ったところでなんの得があるというのだ」
「私の言いなりになって他人を傷付けた分だけ、喰える寿命も増えるのだよ。あとは……そうだな、人間同士の愚かな寸劇も、多少の暇潰しにはなる」
女は加虐的な笑みをふうと息を吐いて鎮めると、心臓あたりに片手を当て、「この人間は」と顎を引いた。
「それなりに苦労したがな。今にも折れそうだったくせに――いや、既に折れていたくせに。しかしなかなか催眠が効かなかった。貴様の入れ知恵か?」
「さて、なんのことかな。なんであれ、ヒトの無垢なるひたむきな気持ちに付け入って利用するような卑劣な輩に教える筋合いはないね」
「なんとでもいうがいい。長くまどろっこしい道程だったが、それもこの女で仕舞いなのだから。高等吸血鬼を殺しさえすれば――この女の生命さえ吸いきってしまえば、私は再び永久を謳歌することができる……」
自身の言葉に恍惚と酔いしれた女は、ぞくぞくしたように身を震わせた。そのおかげで青白い顔に、ほんの僅かだが血の気が戻る。
「だから、私に殺されて、ドラルク」
「いやだね」
声を戻した怪物に舌をだしてやる。女はドラルクの態度に怒ることもなく、ただこてんと首を傾げた。
「どうして? わたしをあいしてないの?」
先程までとは打って変わった声色にドラルクは息を呑んだ。それはまるで、幼い子どもが、お遊戯会で用意されたセリフを一生懸命口にしているような。そんな危うさと、たどたどしさを孕んだ声だった。
「わたしは、あなたをあいしてしまったのに」
「……きみ、」
「でも、あいしてないなら、あいしてくれないなら、あなたなんて、もういらない」
死んで、と独り言のように呟いて、女が一歩踏み出した。ドラルクは近付いてくる靴音に冷や汗を流し、頬を引き攣らせる。煮え滾る怒りが髪の毛の先までをも満たしていて、平静を装うには、不出来な笑顔を貼り付けるほかなかった。ふざけるな、彼女の口で、声で、何を言わせるんだ。愛してないのかなど、そんな言葉を彼女の口で軽々しく紡ぐな。そんなわけがないだろうが。だがそれは、二百年前の彼女と、生命を廻した今の彼女であって、こんな怪物などではない。
「……愛しているとも」
しかしここでそんなことをバカ正直に告げたとて、事態が好転する気もしなかった。せめて懐柔、いや、彼女の意識を引き出すことができれば。そんな拙い希望に縋ってドラルクが苦々しく言葉を絞りだせば、彼女は虚ろだった顔を「そう!」と明るく弾けさせて笑った。お、これは……?! と進化を見守るトレーナーの気持ちになる。
「そう、そうよね! やっぱり! なら死んで!」
「ンワー! 結局どう足掻いてもDEAD END!!」
ウエーン言い損! でも正直予想はついてた! 現実はクソゲーなのである。
かわいらしく微笑んだ女は、鉄骨を片手でひょいと持ち上げ、重さなど全く感じさせず軽やかに振りかざす。それは体操選手がバトンをするように滑らかさで、わあ、なんとも美しい動きだなぁ、とドラルクは現実逃避とともに見惚れた。
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