最初はロナルドくんが私を。次は私がロナルドくんを。
そして今度は、お互いがお互いを避けていた。
廊下の窓から、なんとなく外を見る。ちょうどロナルドくんが城から出て行こうとするところだった。タイミングがいいのか悪いのか……。見つけてしまったという気持ちと、遠目からでも確認できてよかったなという気持ちが入り乱れていた。
それにしても、相変わらずほんと早起きだ。前からそうだったけど、ここ何日かは特に。陽も沈み切っていないし、お友達だってまだ起きていないんじゃないだろうか。こんな夜早くから、いったいどこでなにをしてるんだか……。ロナルドくんが門に手をかけ、ぴたりと動きを止めた。
「あっ……」
脈絡なく彼がこちらを向いたので、緊張で身体に力が入った。一瞬だけ目が合った、気がする。この距離だし、すぐ外套を翻して門の向こうへ消えてしまったから、確証はないけれど。しばらく揺れる黒い木々を見つめ、ふらりと窓に背を預けて立ち尽くす。
このままだとお別れも言えなさそう。
マスターさんの言っていた『五日』の期日も、もう明日に迫っていた。
やり切れない気持ちでぼんやり天井のシャンデリアを見つめていると、呼び鈴の音がした。こんな時間に誰だろう。玄関まで向かい、扉に手をかける。
「ビ!」
「え、いま……」
なにかの声に辺りを見回す。広々とした玄関ホールには、メビヤツが大小一つずつあるだけだった。でもたしかに、なんなら今まで一番はっきり聞こえたような……。
「――あ、はいはい、開けます開けます……えっ」
「はじめまして、お嬢さん」
急かすような二度目のチャイムに謎の声を探すのをやめて、扉を押し開いた。全身を包帯でぐるぐる巻きにした男性――声が低いのでそう判断した――が立っていた。見えているのは赤い目だけ。耳すらぴったり覆われている。
「は、はじめまして……どちらさま?」
「我が名は吸血鬼異世界トリップ」
「吸血鬼異世界トリップ?!」
「いかにも」
こういう時は間髪入れず大袈裟に聞き返すのが様式美だと、新横浜が教えてくれた。改めて頭の中で名前を彼の名前を繰り返す。吸血鬼異世界トリップ。うーん、またトンチキそうな……。
「えっ、異世界トリップって」
「そう、きみをこの世界に送った吸血鬼だ――事故ではあるが」
事故。唖然とする私に、吸血鬼は申し訳なさそうに目を細めた。
「や、すまんね。ほんとつい最近『文豪になろう』小説にドはまりしちゃって。その影響で発現した能力なのだよね〜」
「はあ……」
突然流暢でフランクに、そして馴れ馴れしくぺらぺら喋り出した吸血鬼の勢いに押され、一歩後退る。
「ともかく、きみにはすまないことをしたと思ってるよ――というわけで、では行こうか」
「行くってどこに」
「あー、帰るといった方が正確だな」
「……えっ今すぐですか?」
話が急すぎだ。今すぐは困る。心の準備が、というか、ロナルドくんとちゃんと話せていないのに。
「何か不都合でも? 予告なしにトリップさせてしまったはずだが……なにか荷物でもあるのかね?」
「荷物というか……城主の方に挨拶させてもらえませんか?」
一ヶ月もお世話になったのに何も言わずに出て行くのは感じが悪すぎる。なにより喧嘩別れは嫌だ。しかし吸血鬼は「残念だが」と首を横に振って、一歩距離を詰めた。吸血鬼の顔に射し込む影が濃くなり、赤い目が異様に光る。
「帰りを待っている時間はないのだ。今夜中に発たねばならない」
「……そうですか、わかりました」
「よし、なら――」
「でもせめて書き置きとだけでもさせてください。お願いです。黙って出て行ったらきっと心配させてしまう」
「……まあ、そのくらいなら。しかし急いでくれ給えよ」
「あ、あと着替えも。これ借りものなので」
いいだろう、と大仰に頷いて許可した男へ、私は「ありがとうございます」とにっこり笑った。