10.5

 マスターはもう見つけてしまったのだろうか。

 ロナルドは高い杉の梢に掴まり、ぼんやりとここらの吸血鬼を取りまとめている男の城のほうを見た。言っていた『五日』の期限は、もう明日だ。見つかっていないといい。そう思う反面、自分がこれだけ探して見つからないということは、マスター達がとっくに見つけてしまっているからなのでは、とも思う。むしろそっちの可能性のほうが高い。ロナルドは毎夜一人であちこちを走り回って吸血鬼を探していたけれど、結局見つけることができていなかった。

 にわかに吹き抜けた強い風が杉の木を大きく前後に揺らす。やるせない気持ちで溜息を一つ吐いて、ロナルドは梢から飛び降りた。

 ◇

「ああちょうどいいところに。あなたの城に遣いをやろうと思っていたんです」

 ゴウセツの城に踏み入れるなり、城主から嬉々と声をかけられ、やっぱりとロナルドは内心で肩を落とした。やりきったような誇らしげな顔を並べる同胞――の中で、居心地悪そうに諂い笑みをしている見知らぬ男。

「そいつは?」

 聞かずとも予想はついていたが、ロナルドはつい尋ねてしまった。ゴウセツはよくぞ聞いてくれましたとばかりに笑顔を深め、男の両肩をがっしり掴んでロナルドのほうへと押し出す。

「こちらが、吸血鬼平行世界トリップさんです」
「へ、へへ……どうも〜……」

 まあ、だろうと思っていた。
 ロナルドが軽い笑みを浮かべた男をじろりと鋭く射竦めれば、男は「ヒッ」と悲鳴を上げて肩を竦ませた。

 ◇

 なんて話しかけるのが自然なんだろう。
マスターたちに「報告と顔合わせをしたいから連れてこい」と言われてやむを得ず帰宅したロナルドは、女の部屋の扉のハンドルに手をかけたまま、もうかれこれ十五分以上古ぼけた木の扉を睨みつけていた。

 彼女と話すのは、先日喧嘩して以来だ。喧嘩をする前から、自分を避ける女に苛立ちを覚えてはいた。しかしロナルドが溜まりに溜まった鬱憤をとうとう爆発させてしまったのは、女が、ロナルドが吸血鬼であることを否定するようなことを口にしたことが原因だった。

――『そもそも、そんなに吸血鬼であることを証明しなきゃいけない理由も分からない』

 俺は『吸血鬼』のロナルドなんだ。吸血鬼として畏怖されることを求めて何が悪い。人間は一度死んだらそれで終いかもしれないが、俺は違う。吸血鬼だ――一度しか死ねない退治人なんかと一緒にすんな。

「……あ、やべ」

 バキ、という音にロナルドが手元を見て頬を引き攣らせる。当時のやり取りを思い出していたせいで、手に力が入り、うっかり触れていたハンドルを扉から外してしまっていた。埃と木片の残骸やらがぱらぱらと落ちていく。
 うーわ、怒られっかなあ……。ロナルドはその場にかがんで、ハンドルが固定されていた位置を恐る恐る確認する。ハンドルが固定されていたはずの場所には、部屋の中を窺うことができるほど大きな穴が出来ていた。寒々とした室内には月光を遮る影や、動くものはなにもない。
 まだ夜になったばかりだ。寝るには早い。具合でも悪いのだろうかと、ロナルドはベッドのほうへと視線を移す。ぺたんと平たい寝具は、どう見ても誰かが寝ているようには見えなかった。おかしい。歪な穴に目を押し付けながら、ロナルドは内心で首を捻る。寝てるんじゃないのか? この部屋に来るまで居間も厨房も浴室も書斎も通りかかったが、どの部屋も灯りはついていなかった。
 ドアを蹴って吹き飛ばし、部屋に入る。約一か月ぶりに入った部屋は、廊下から確認した時とやはりなんら変わらない。ロナルドは意識を集中させて城全体の気配を探り、やっと気が付いた。今この城にいるのは、自分と、自身の使い魔だけだということに。

「メビヤツ!」
「ビビビ……!」

 階段を何段も飛ばし、玄関まで駆けつける。玄関ドアのすぐ横の小さな置物――ロナルドの愛しい使い魔は、たった一つの目を溶かしてしまうのではないかと思わせるほど、涙で潤ませていた。

「ごめん、さっきなんか言おうとしてくれてたよな! ほんとごめん、俺、アイツになんて言おうか考えててあんまり聞いてなく、て……ッ、なんか来たんだな?!」

 捲し立てながら、周囲の違和感にスンと鼻を啜り、ロナルドは盛大に顔を顰めた。研ぎ澄まされた感覚が捕らえたのは、嗅ぎ慣れた女の甘い香りと、知らないニンゲンの臭い。メビヤツはコクコクと必死な様子で頷きながら、大きな目玉を壁に向けて光らせた。壁に映し出されたのは、女と包帯だらけの怪しげな男の姿だ。右下には今より一時間程前を時刻が表示されていた。

『は、はじめまして……どちらさま?』
『我が名は吸血鬼異世界トリップ』
『吸血鬼異世界トリップ?!』

 異世界トリップ。彼女が巻き込まれたのは平行世界トリップだし、その元凶だってゴウセツの城にいる。なぁにが『いかにも』だよ。その後もぺらぺらと御託を並べ、女をいいように丸め込もうとしている不審者に思わず拳を握り締める。手のひらの肉に伸びかけの爪が食い込んだ。

『わかりました』
「分かるなアンタも!」
『でもせめて書き置きだけでもさせてください』
「書き置き……?」
「ビ!」

 映像が途切れ、代わりに居間に繋がる光の道を作られる。それを辿って居間へと向かった、ロナルドはテーブルの上に置かれた紙を見つけた。紙に顔を近づける。インクの匂いに、甘い香りが混ざっていた。

「……つーか『吸血鬼異世界トリップさんが見つかったので帰ります。お世話になりました。』って。もっとあんだろ、他にも」

 なんて薄情な文面だろう。勝手に『すべて』をなかったことにしようとするだけあるな。紙をぐしゃりと握り締めてむしゃくしゃした気持ちを衝動的にぶつける。パンツのポケットへ乱暴に押し込むんで、再び玄関へと戻った。

「ビビ……」
「ん、大丈夫だよ。ありがとな、メビヤツ」

 引き留められなかったことを悔いているのか、哀しそうな銅像に、ロナルドは安心させるように微笑んだ。
 一つ目の小さな銅像がロナルドの使い魔であることを知っているのは、ゴウセツのみである。銅像の自我はほんの一年前に芽生えたばかりで、まだ赤ん坊に等しい。自身の力を使いこなせておらず、常時意識を保っておくことはまだ困難な状態だった。それでも頑張ってくれたんだな、と、ロナルドは労う気持ちで滑らかな頭部を撫でる。使い魔は、気持ちよさそうに大きな瞳をうっとり閉じた。

「あとは任せろ」

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