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 包帯男の正体はなんと駆け出し退治人だった。『一般人の女性が吸血鬼に拐かされた』という誤情報を掴んだ彼は、私を保護するために素性を偽り接触を計ってきたのだという。『異世界トリップ』というのは吸血鬼たちが話しているのを小耳に挟んだのだとか。いやもう何もかも違うよ。

「ひ、ひ、ひぃ! い、命だけは、命だけは!」
「さあ、どうすっかなァ……」

 そんな直情下調べあまあま新米退治人さんは、マッハで追いついてきたロナルドくんにガンつけられていた。多分、城を出発してから一時間ちょっとが経ったくらいだ。私は私で隙を見て逃げ出そうとしたところだったので、ロナルドくんの登場は最適なタイミングだった。ぶるぶる震えている退治人さんが可哀想になってきたので、ロナルドくんの外套を引っ張り離してあげる。「なんだよ」と不満そうな声だったが、簡単に寄ってきてくれたので、元からなにかする気はなかったのだろう。
 脱兎の勢いで逃げ出した退治人さんは、木の陰からひょっこり顔だけ覗かせて「そもそも!」と涙目でこちらを指差した。

「この広い山奥で、なぜ僕らの居場所が分かった……んですか!」
「そいつの血の匂いを追ってきた」
「ち、血? ぼ、僕はなにもしてない!」
「書き置きするときに使ったインクに混ぜたんです」

 血を採取するにちょうどいい傷だってあったから、絞り出すのにそう苦労はしなかった。傷は悪化したけど、まあ仕方なし。退治人さんが「そんな……」と悲嘆に暮れたつぶやきをもらす。彼からしてみれば善意だったんだもんね。ちょっと申し訳ない気持ちにはなったが、でも最初に騙してきたのはそっちだし。

「だいたい、どうしてあんなうそついたんですか」
「だってあの城は吸血鬼の根城だし……使い魔が聞き耳を立てていたかもしれないじゃないか」
「使い魔なんていませんよ、あの城。ねえ」
「え、いや、ん……」

 同意を求めたのに、なぜか煮え切らない返事をしたため、退治人さんが「やっぱいるんじゃないか!」と泣きながら叫んだ。いないってば。

「噂は聞いてたんだ……太陽もニンニクも効かない最強の吸血鬼が住んでるって噂は……」
「えっ最強?!」

 頬を紅潮させて前のめりになるロナルドくんに、退治人さんはまた悲鳴を上げた。こんな無垢な様子を見てもまだ怖いのか。……もしや私が毒されてるだけだろうか。
 しょんぼりしていた退治人さんは、「でも!」と急に勢い込んで懐を漁り、取り出したものを掲げて不敵な笑みを浮かべた。ロナルドくんの髪の色をしたそれが、鈍く光る。

「銀なら効くかなと思って用意しました、毒付き銀の弾丸!」
「銀も効かないよ、銀食器普通にあったでしょう」
「あと多分毒も効かねえと思うわ」
「ウエーン!」

 構えられていた銃口が力なく下がっていく。「心臓に撃ち込めばいけると思ったのに……」しくしく泣きながら怖いこと言っていたので、思わずロナルドくんと顔を見合わせてしまった。……あ、そういえば気まずい感じになっていたんだった。彼も同時に思い出したのか、気まずげに自身のうなじへと手をやった。

「……助けに来てくれてありがとう」
「……ん……ていうかなんだよこの手紙。素っ気なさすぎんだろ!」
「え、いや、急かされてたし後ろからすごい見られてたから……」
「だとしてももうちょっと、こう……こうさあ?!」
「じゃあなんて書けばよかったの?」

 いきなり不審者が現れて、なにをされるか分からなかったあの状況で、血を混ぜたインクを用意できた機転だけでも褒められて然るべきだと思う。む、と尋ねれば、憤っていたロナルドくんはうっと顔を強張らせた。

「それは、ほら、あの……あの、気持ちとか……」
「感謝の気持ちは書いたじゃん」
「そうじゃなくてさあ!」
「え、あの、ぼくをダシにいちゃついてませんか……? 撃ちますよ……?」
「撃つな撃つな。お前気が短小すぎるだろ」

 唯一見えている目がガチだった。気弱そうなのに情緒のふり幅が怖い。暴走癖……。

「あの、とりあえずそれ仕舞って――」
「――見つけたぞ不審者ァ!」
「ヒエッ?!」

 マリアの声と退治人さんの悲鳴――を飲み込む、バンという音。
 鼓膜を突き刺した鋭い音は、反響しながら夜に広がっていく。退治人さんが持っている銃口から、細い煙が立ち上っていた。隣に立っていたロナルドくんの体は、ゆっくりと背後へと傾く。

「え、ロナルドくん?」

 倒れた彼を追って私も地面に膝をつく。左胸が、赤に染まっている。じわじわとシャツを侵食していくその様は、赤い花が咲いていくようだった。

「ってめえ、なにしやがる!」
「ちが、わざとじゃ、だってあなたがいきなり――!」

 僅かに開かれた虚ろな目。ヒュ、と掠れた呼吸音にハッとして慌てて血が溢れる胸に手を押し付ける。あ、待って、だめ、どうしよう血が止まらない。赤の中心部を押さえながら、必死で周囲に視線を巡らせる。なにか、縛るもの。あ、服、破けば、でも手を放していいの? 分からない、どうしよう――。

 名前を呼ぶ声に患部から視線を外した。ロナルドくんは額に脂汗を浮かべながら、私をじっと見つめている。目の奥から浮かび始めた闇に、ゾッと鳥肌が立った。

「な、あ」
「だ、だいじょうぶ、大丈夫だから! ちゃんと止血、あ、マスター、マスターのとこ――」
「かんおけ……」
「……え?」
「おれの、棺桶……三階の一番西の部屋にある、から……」

 荒い呼吸の中、掠れ声で紡がれる言葉に困惑する。なんで今棺桶のことなんか。息も絶え絶えでする話だろうか。冷たく強張った手が徐に伸びてきて、私の頬を包んだ。

「な?」
「わ、分かった。西の部屋ね、分かった」

 とりあえず、そこに連れて行けばいいのだろう。棺桶で休んだ方が治りが早くなるとかあるのかもしれない。これ以上彼に無理をさせないため、強引に自分を納得させて頬の手に自分の手を添える。

「へへ……」

 ロナルドくんは、こんなときなのに心底嬉しそうにはにかんで、銀の睫毛をそっとおろす。
 未だ止めどなく溢れてきている血の量に反して、眠っているように穏やかな顔だった。

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