第二夜 手を繋ぎましょう
目を覚ますと、(一応は)知ってる美少女にガン見されていた。
なんで?
横になったままぎょっと無言で硬直する。数日ぶりに会った二度目ましてとなる少女――どらどらちゃんも、そっくり同じな感想を抱いているのだろうなということは、強ばった顔を見ればすぐに分かった。
「……おはよう」
「お、おはよう。……また夢、かな」
「恐らくは? この私にまで作用させるとは、なかなか小癪な吸血鬼だな。しかも寝てるときだけに発動する脳力か……むむ……」
相変わらず不思議な話し方だが、格式ばった敬語も取り払われ、前回よりかは崩れている。しかし私はそれよりもその内容のみょうちきりんさに意識をもっていかれ、返答に困って瞬きを細く二つ落としてしまった。吸血鬼って。
夢と分かった今、彼女が恐らくなにかのキャラクターだというのは理解できる。いやにしても、まったく知らない漫画のキャラがでてくる、しかも地続きした夢って。私の脳みそどうなってるの? 休んで。もっと深く寝て。
「ったく、こんなのいったいいつの間にかけられたんだかなぁ。私としたことが……起きたらVRC行くか? うーん、いやすぎ……」
ブツブツとまだなにかぼやきながらどらどらちゃんは軽く息を吐いてころんと転がると、うつ伏せになって枕の上に肘を沈めた。腕を包んでいた羽衣のような袖が軽やかに舞う。ほんと可愛い服。アイドルみたい。なんとなく自分の体を見ると、高校三年の合唱コンで作ったクラスTシャツを着ていた。いつもの寝巻きである。いやなんでだよ。別に彼女みたいなキラキラアイドル服を着たかったわけではないが、でももっとあったろ。なんで私だけパジャマなんだよ。おい脳。
「あっ」
自身の脳みそへ不平をぶつけていれば、どらどらちゃんが小さく声を上げた。ある一点で視線を止めている。身体を起こして視線の先を辿ると、前にも見た事のあるピンクのカードが置いてあった。手を伸ばしかけたが、それよりも先にどらどらちゃんがひょいと手に取り読み上げる。
「『手を繋ぎましょう』」
「え?」
「そう書いてある。ほら」
ひらりと裏返された面には彼女が口にしたものと一言一句違わぬ文字が並んでいる。カードを置いて起き上がったどらどらちゃんは、「ん」と白い手のひらを私へと向けてきた。また年下の、しかも二次元キャラにリードさせてしまった……だからどうなってんだよ脳。理不尽で無意味なキレを内心で燻らせつつ、差し出された右手に自身の左手を重ねる。私より少しだけ小さい彼女の手は、見た目に違わず滑らかでほどよく柔らかくて、ほんのりとした温もりを持っていた。しかしどうしてか無機物のようだと感じてしまい、そんな自分に首を傾げる。なんだこの絶妙な――美少女への例えとしては不適切ではあるが――ゴム手袋感。……夢だからだろうか。
大きなベッドの上。二人膝を突き合わせて、向かい合って身動ぎもせずただ手を繋ぐ。一人は二次元の(多分)アイドルで、もう一人はダサいクラTの草臥れ女。ものすごく奇妙な絵面だ。私たちを取り囲む一面の白も、状況の異様さを加速させているに違いない。私の脳みそちゃん、もしかして病んでるのかな? これからはもうちょっと労わってあげたほうがいいのかもしれない。
「……これさ、どのくらい繋いでればいいんだろ」
前回と同じ展開なら、カードの指示に従えば目が覚めるはずだ。しかし繋いでからそれなりに経ったはずだが、先日体験したような、目覚める気配らしきものは一向に訪れていなかった。私も彼女もおめめパッチリである。
居心地が悪そうなどらどらちゃんの問いに答えてあげるべく、眉根を寄せて必死に打開策を考える。夢の主は私なんだからもっとこう、万能に……。ていうか私の夢なら私の意思でさっさと覚めてくれない……??
とにかくなんとかできないものかと念を送るように繋がった手をじっとり見つめていれば、その甲斐あってなのか、ふと思いつく。自分から口にするには些か憚られる内容ではあったが、けれどこのままでいたって多分どうにもならないしと、私は思い切って口を開いた。
「あの、もしかしてなんだけど……恋人繋ぎじゃなきゃダメ、とかないかな」
一応、『恋人』になったのだし。どのくらいというより、繋ぎ方に問題があるのかも。どらどらちゃんはぱちぱちと瞬きをし、「うわぁ……」と呻いた。
「その説、めちゃくちゃありそう……」
うげ、とまでは言わなかったが、うんざりしたような彼女の反応に、また少し躊躇いが生まれる。が、意を決して行動を起こした。手を繋いだまま軽く手首返して指を絡め、付け根までぴったり嵌めこむ。重ねていただけの先程と比べ、一気に密着感が増した。私の指の間から突き出たどらどらちゃんのほっそりした指がぴくんと跳ねて、彼女の動揺を伝えてくる。
「ご、ごめん、イヤかもだけど、あの、ものは試しと思って――ね?」
「や、私は別に構わないけど……」
宥めるように拙くお願いすれば、彼女はごにょと言葉尻を濁して軽く目を伏せた。『(目覚めるためなら)構わないけど(イヤなことには変わりない)』ってとこだろうか。えーん。ごめんね、こんなことしか思い付かなくて。発想力と機転が最底辺。美少女にこんなことを強要させてしまったんだから絶対にどうにかなってほしい。頼む、脳。起きたらヘッドスパの予約するから。
「……あ、なんか眠いかも」
「私も……」
切なる祈りが通じたのか、徐に瞼が落ちていく。どらどらちゃんのぼんやりした面持ちが頭を少しずつ下がり、猫耳のような後ろ髪が感情に連動するかのようにへにょりと垂れた。ぱちりと意識が切り替わった前回とは違い、今回はゆっくりと重たい泥に包まれていくような感覚だ。
「ね、きみ」
眠たそうな声が耳朶を打つ。手の甲を軽く撫でられた、ような気がした。
「おきたらさ……VRC、に連絡しときなさい、ね……」
「ん?……うん、わか……」
声が吐息に変わり、瞬きの回数が減り、視界が端から徐々に暗くなり、やがて完全に閉ざされる。次に視野がクリアになったとき、目の前には誰もいなかった。
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