第六夜 頭を撫でましょう



 新しいお友達ができた。のは、喜ばしいことだけれど。原因不明というのは、やっぱり少し奇妙かもしれない。

「少しぃ? ほんとのんびりしてる。危機感どこに捨ててきたの?」
「だって変な指示ともかく、どらどらちゃんとこうして知り合えたのは嬉しいし、話すのも楽しいし」

 どらどらちゃんは博識で話も面白く、その上聞き上手でもあって。お互いが別世界の存在だと確認し合ってからは心の距離も近付いたのか、ノリも軽くなってるし。

「最近はね、寝るのが楽しみになってるの」

 寝たら絶対に会えるわけじゃない。この夢に辿り着けるかはランダムだ。そわそわと、どこか祈るような気持ちで布団に入ることが増えた。彼女との時間はその週のご褒美タイムだ、と個人的に思っている。ニコニコとそのことを隠さずに伝えれば、彼女は苦虫を噛み潰したような面持ちで「それは――光栄だけど」と言った。

「……まあ私も、きみと話すのはその――退屈はしない、よ」

 ぽつりと零された台詞に思わず顎の力が抜け、ぽかんとしてしまう。今は『見つめ合いましょう』の時間だ。だから顔を背けることは出来ない。どらどらちゃんもそれを理解していた――ので、桃色に染まったその頬は、隠されることなく私へと向けられていた。彼女はせめてもの抵抗というようにぎゅっと顔を真ん中に寄せるようにして歪める。悔しそうなふくれっ面も可愛い。もらった言葉と併せて彼女の可愛さを噛み締め幸福に浸る。うん、やっぱり役得。ありがとう、謎の夢。ありがとう変な部屋。

「もしきみが吸血鬼になったら大変なことになりそう」

 どういう意味かと首を傾げる私に、彼女は「向いてるって意味さ。きみは欲に忠実なようだから」とおざなりに付け加え、繋がっている手を自身の口元まで持っていった。文面の確認はしてないけど、まあそろそろだろう。お互い、なんとなくタイミングが分かるようになってきていた。
 手の甲へ早くも三度目となる口付けが落とされるのをじっと見守る。小さなリップ音とともに離れていくのを、今度こそ少しも慌てることなく平常心で受け止めることができた。いま完全に注射を見守る気持ちだった。自分の進歩ぶりに満足感が胸を満たす。きっとどらどらちゃんが自然体だからというのも、早々に慣れることのできた大きな理由だろうな。あんな堂々とされたら動揺するほうが変という気がしてくる。……いや、絶対そんなことはないんだけどね! だってキスだよキ……この話はやめよう。平常心。無。そう強く意識しながら目の前に差し出された手を軽く握り、ゆっくりと頭を下げる。

「慣れないねえ」

 ……まあ慣れたとは言っても、結局自分がするターンはまだ全然慣れない。笑い混じりの感想に、口をぎゅっと引き結ぶ。ちゃんと彼女の真似をしてるはずなのになんでこんな拙くなっちゃうんだ? 経験の差ですか? くやしい、つぎ、次こそは……。

 そうだ、次。次の指示は――。私がカードを見るより先に、どらどらちゃんが両手を広げた。唐突な行動に困惑で一瞬ハテナが舞ったが、けれどすぐその腕の意味を理解した。そうだった、キスの次はハグ。どらどらちゃんの胸の中へすす、と身を預けると、腰の少し上ら辺に彼女が手を軽く置いたのが分かった。それにならって私も彼女の背中へ手を回す。相変わらず痩せてるのにふにゃふにゃだという矛盾した感触が伝わってきた。……体格的に私が彼女を受け止めるほうがいいような。よし、次。次は私がカモンベイベの体勢をとろう。

 本日二度目の決意を固める中、彼女の大きな袖が短パンから出た足を掠める。ベールのような触り心地だった。

「どらどらちゃんっていつもこの服で寝てるの?」
「へ? いやこれは――…………これはほら、吸血鬼は夜が活動時間帯だから?」
「……え、でもここはどらどらちゃんの夢の中でもあるんだよね?」
「あ、あ、えーーーっと……お、お夜寝……してる、から、私……」

 なぜか上擦った途切れ途切れの声に、なるほどと頷く。お夜寝。そんな概念が。じゃあずっと起きてることは朝更かしとかっていうのかな。

「そういえば服といえば……前から思ってたがきみはすごい格好だな」
「う……で、でも意外とイケてるでしょ、高校生が作ったわりには……」
「わりにはね。およそレディに相応しい寝間着とは言えない気はするぞ」

 ……これも次だ。次はかわいいルームウェアで登場してやる。どらどらちゃんの顔が横を向き、カードへと視線が落とされた。

「『撫で合いましょう』。ここにきて随分ハードルが下がったな」

 たしかに。これまでの指示を並べてみると、キスが飛び抜けて異色だ。……いや、一番最初の指示も充分おかしかったけれど。とにかく今回のは楽だしやりやすい。

「助かるね!」
「手にキスだけであっぷあっぷだもんな、きみ」

 無言で腕を解いてハグをやめ、私よりやや低い位置にある彼女の頭を、大型犬を撫でているつもりの動きでわしゃわしゃと撫でた。絹のように細い髪が手の動きに合わせてくしゃくしゃに乱れていく。「うわ怒ってる?!」怒ってはないよ。低い位置から聞こえてきた叫び声に心の中だけで返事をする。ただ若干イラッとしただけです。でも当てつけで始めたことだが、純粋に触り心地がよくて髪を掻き混ぜる手が止まらない。うわなにこのキューティクル。

「ちょ、乱暴やめ、加減とか、……っしつこ――っ、この!」

 されるがままだった頭が勢いよく上がる。私をキッと睨んだ彼女がお返しというように手を伸ばしてきた。両の手で頭蓋を包むようにして触れられ、咄嗟に身構える。が、彼女はその途端ぴたりと動きを止めてしまった。え、なに? 不思議に思って彼女を見るが、なぜか彼女まで戸惑ったように口を薄く開けている。それぞれの頭に手を添えたままきょとんと見つめ合うという、これまた異様な図が完成してしまった。

「どうしたの?」
「いや、なんか……急に罪悪感というか」
「え、髪をぐしゃぐしゃにすることに?」

 逡巡の末に小さくこくんと頷いた彼女は、言葉のとおりに後ろめたそうな顔で口をもごもごとさせていた。私が先にやったんだから気にすることないのに……なにその変な遠慮。キスもハグも平気な彼女がいきなりみせた妙なしおらしさに、つい笑ってしまった。



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