ちりんっ、ちりんっ、と鳴る店のドアベルに反射的に「いらっしゃいませ」と声をあげる。入口を見ると、見慣れた黒衣の姿に頬が緩むのを感じた。
「中原さん、今日は珍しい時間にお越しですね」
「ああ、丁度仕事で時間が空いてな。休憩だ」
本当はお客様だから様付けで呼んだ方が良いのだが
「いらねえ。此処には休憩に来てんだ」と云われてからはさん付けで呼んでいる。
今はアイドルタイムで中原さん以外にお客様はいない。
あれから彼とは好きな音楽や映画、お酒などいろんな話をするようになっていた。そういう話をしている内に今迄余裕がなくて見ていなかったこの世界の娯楽を楽しめるようになった。
この世界の文化に関して無知な私は度々呆れさせてしまったけれど、
中原さんはおススメのものを紹介してくれてかなり詳しくなれたと思う。
今では今日のように他にお客様がいない時には話し込んでしまうこともしばしばあった。
しばらく紹介してもらった映画の話で盛り上がっていると
ザ
――― と、急な雨音に二人で思わず窓に顔を向ける。
外を見ると景色に白い線が出来たように勢いよく雨が降り出していた。
「……嘘だろ」
「ゲリラ豪雨、……みたいですね」
すごい雨量だ。視界がほぼ見えなくなってきている。
天気予報では雨は降らないはずだったが、この世界でもあまり当てにならないらしい。
ちっと舌打ちをして立ち上がった中原さんは会計を済ませようとする。
「傘、お持ちではなさそうですけれど、もう行かれるんですか?」
もう少し雨足が止んでからの方が、と会計をしながら問いかける。
「いや、この後の仕事を考えると早めに出た方がいいからな。仕方ねえ」
悪態を吐きながら、帽子をかぶり直し、店を出ようとする彼を慌てて引き留める。
「ちょっと待っ、……しばらくお待ちください」
急いで店の奥にある私物置き場に向かう。
この世界での私の持物は必要最低限しか揃えていないが、それでも折り畳み傘はいつも持ち歩いていた。と云っても、何時元の世界に帰ってもいいように太宰さんも使えるような男物の傘だ。
「こちら、良かったらお使いください」
「店の備品か何かか?」
「いえ、私の私物です。うちの店ではお客様に傘などの備品を貸出しておりませんので……」
私はお店の傘を借りられますから大丈夫です、と付け足すと少し迷いながらも傘を受け取ってくれた。
「助かる。にしても、この傘……、」
受け取った傘を見つめながら不自然に中原さんの言葉が途切れ、首を傾げる。
「何でもねえ。……そういや手前」
ふと、何かを思い出したように中原さんは呟くと私の目元に手をあてる。
「隈、最近は薄くなったな」
柔らかく笑いながら、彼の瞳がまっすぐに私の瞳
―― 目元に向けられる。
優しく見つめられ、あまりに自然に触れられたことにぼうっとしてしまう。
「えっ、ええ、中原さんにいただいたCDのおかげです。あ、ありがとございます」
それに急に恥ずかしさを覚え、誤魔化すように笑って答える。
中原さんは気にもしていないのか返事もおざなりに、傘を広げると雨の中を急ぎ足で行ってしまう。
ちりんっ、ちりんっ、と鳴るドアベルやまだ止みそうにもない雨音よりも、自分の鼓動が躰に響いていた。
脈打つ雨音