中の薔薇はとうに息絶えた





「何もせんでええ」




俺の声に焦った顔で振り返った露草の腕を掴んで無理やり歩かせる。以前よりも細くなったような気がする腕に舌打ちをしたくなった。
来たばかりの道を戻り、また改札を抜ける。片手を俺に捕まれたままの露草が、小さく「え、ちょ、」と発しながら慌てて定期をかざすのを横目に歩くスピードを少しだけ落とした。あかん、落ち着かな。



次の電車が来るというまでの2分間は、互いに無言で、ラッシュが過ぎたのか今度は空いていた車内のボックス席に座り込んで、俺は漸く口を開いた。


「急に掴んで悪かったわ……。腕、痛ない?」
「大、丈夫」



消え入りそうな声の露草は俺と目も合わせてくれへんくて、電車の揺れる音だけが虚しく響いとるだけ。




「なんで学校来ぃひんの」




学校に居れば、その間は俺が居場所を作ってあげれんのに。
家での居場所がないという露草を、俺がどうにかしたかったのに。



「忍足には、関係ないよ」
「何でなん?関係あるやん」
「ないって」
「ある言うとるやろ」



露草の表情が傷ついたように歪んだ。
やってしもうた。俺は声を荒らげていい立場やない。

"関係ない"と言われて取り乱すなんて。嗚呼、俺の中ではそのくらい露草の存在が大きくなっとるんか。



「ごめん……。降りよか」




駅に到着することを告げるアナウンスに耳を傾けながら、優しく差し伸べた手を露草は取ってくれた。



「関係あらへんかもしれんけど、ゆっくりでええねん。できれば、話してほしい」



さっきは走っていた道を、より時間をかけて歩く。暫くすると、俯いたままの露草が、ぽつりぽつりと声を落とした。



「……私と忍足は一緒にいない方がいいよ。忍足は伝統あるテニス部のメンバーでしょ。こんな良くない生徒と一緒にいちゃ、だめだよ」
「ほかの生徒に何か言われたんか?それについては無理や。俺は露草とこれからも一緒に居りたい」



狭い路地を車が通る。俺よりも低い身体を庇うようにして避ければ小さく息を呑む音がした。




「確かに嫌味っぽいこと言われたけど、大して気にはならなかった。そうじゃなくて......。そこじゃなくて、忍足は優しいから、私だけに優しいわけじゃないから、他の子に優しくしてるの見ると駄目で、こんなに弱くなかったのに、」



ただでさえゆっくり進めていた足が、思わず止まる。溢れ出る露草の本音で今の俺はいっぱいいっぱいやった。涙を堪えようと力の入る身体を、包むように抱き締める。こんなことしか思いつかんなんて、テニスでは千の技を持っとる俺やのに。何て情けないんやろう。



「なぁ、露草。俺は誰でも家に入れて泊めるほど優しいつもりは無いで?」
「でも、」
「俺がどれだけ露草のこと考えてたかなんて、知らんやろ」



抱き締めた腕を緩ませ、低い目線と合わせる。




「甘えてもええんちゃう?言ったやん。
まだ17歳やで。別に大人やないもん、露草は我慢し過ぎや。家の人が難しい言うんなら俺のとこに来たらええって」



ついに零れた涙を指で掬って舐めればしょっぱい味がした。このしょっぱさは、今まで露草が耐えてきた痛みなんやろか。



「やから、もう自分傷つけるような事はせんといて。大人に売るようなことせんといて。俺が嫉妬で狂ってしまうわ」
「……嫉妬、って、丸メガネのくせに腹立つ!かっこいい!」


顔を涙でぐちゃぐちゃにした露草がそんな事を叫びながら俺に腕を回すのを、優しく受け入れる。また丸メガネって言うた。俺は丸メガネやなくて忍足侑士やって。



「侑士」
「何や名前で呼んで」
「好き」



別に俺のこの気持ちが、報われんでもええと思っとった。けど少しだけ、期待してええんやろかって思うこともあった。まさか露草から、その言葉を聞くとは予測出来へんかったから驚いた。
夢やないんか。これでちゃんと、露草を隣で支えることが出来るんか。




「……俺もかさねのことが好きや」




これからも俺が居るから、もっと俺を頼って。
ふらふらと飛んでいきそうになっても、俺がしっかりと繋ぎ止めるから。その役目を俺にくれへん?

放蕩娘とは、もう呼ばさへんよ。