視線の端に花瓶がひとつ



教室移動の際に、渡り廊下から見える中庭を見下ろすとこの前コンビニで見かけた彼女が居った。
花壇の淵に浅く腰を預けて音楽プレーヤーか何かを弄っている。周囲にもほかの生徒は居るのに、何故か彼女の周りには見えない壁が広がっているように見えた。


「なぁ岳人。あの女子生徒知っとる?」
「あ?……あぁ、露草かさねだろ?」


高等部からの外部生の彼女は露草かさねというらしい。忘れないようにその名前を脳内で反芻させた。俺と岳人のクラスとは所属も離れているのだという。


「見た目可愛いけどさ、なんかよくない噂流れてるんだよ」
「噂?」
「色んなオヤジと夜歩いてるの見たって奴が結構いるんだよ。何やってるかまでは曖昧だけど、一部の奴からは放蕩娘って呼ばれてるぜ」



岳人のその言葉で、彼女……露草と初めて会ったときを思い出す。あの日露草は俺に「暇か」と聞いてきたんやった。俺にそうしたように、同じようなことを今までもやってきたんやろうか。



「放蕩娘って、なんか渋いな。周りから避けられとるように見えんのはそのせいなんか」
「まぁ、そんなところじゃねーの」








部活も終わり、本屋に寄り好きな作家の新作を買ってから帰り道を歩く。
広い公園の中を通っていると、ベンチで眠る氷帝学園の制服を見た。



「露草、かさね……?」


またこの子は何をしとるんや。
ここ公園やで?昼間は暖かくても、夜はそれなりに冷える気候になっとるのに。
鞄も堂々と置いて無防備な姿に、溜息が漏れた。


「露草、おーい、露草さんって」


あかん。起きひん。身動ぎするだけで目を覚ましそうにはない。岳人から聞いた噂のこともあって、このまま放って俺1人帰るのは気が引けた。もしここで露草に何かあったら俺も寝覚めが悪くなってしまう。


眠りこける露草の隣に座り、先程買った本を読む。街灯のおかげで読みにくい、といったことにはならなかった。




「ん、」
「おはようさん」
「は……丸メガネ?」


数十分してから、目を覚ました露草の第一声はそれだった。丸メガネ。丸メガネって。正しいけども。


「駅まで送る。公園で寝るんはどう考えても危ないわ」
「ちょ、何勝手に決めてんの?」
「いいから着いて来いや」


露草の鞄を掴んで立ち上がる。
荷物を半ば人質に取られた状態の露草は俺に着いてくるしか無くなり、またいつぞやのように不満を流す露草の独り言を俺は背中で聞いた。


駅に着いてからは、反対方向に乗るという露草と改札前で別れる。
俺が持ったままの鞄を返すと、「どうも」と明らかに不機嫌そうな顔で受け取られた。見た目可愛いらしいんやからそんな顔したらあかんよ。



「ちゃんと帰るんやで」
「そう、だね」