夢を見ながら包帯を飾って




怠い。体が怠い。
朝起きたときは呆っとする感覚はあったものの、そこまで気にすることは無かった。
それなのに登校してからは頭痛や熱っぽさが増すばかり。部活の朝練が無かったのは幸いやった。


昨日露草が起きるのを待っている間に身体を冷やしてしまったんかも知れん。俺自身の意思でやったことやから露草が悪いとは思ってへんけど。
岳人に保健室に行くと告げ教室を後にする。それにこの程度なら風邪薬飲んで横になっとれば治るやろ、と医者の息子ながら自分勝手な判断をした。



「失礼します」
「あら忍足くん、珍しいわね」
「風邪っぽいんで休ませて貰えますか」


先に体温計ってからこれ書いてね、と保健室の先生に来室者の記入カードを渡される。左の腋に体温計を挟み、利き手である右の手でカードに記入をしていると、視線を感じて顔を上げる。



「あれ、露草やん」


奥のソファーに座っていた露草は、俺が声を掛けた途端に保健室を出て行ってしまった。
不思議に思いながら扉を見続けていると、体温計の鳴る音がする。37.5℃は、微熱やな。


「露草って保健室よう来るんすか」
「週によるけど、半分位は来てるんじゃないかしら。かさねちゃんも、色々とあるからね」



俺が寝るためのベッドを整えながら、先生はそう言う。保健室によく来ているのなら、露草はやっぱり何かを抱えとるんか。



「はい、出来た。申し訳ないんだけど、先生これから来客者さんのお相手しなくちゃいけなくてここ抜けるのよ。忍足くんなら大丈夫かしら?」
「あ、構いません」



何かあったら職員室に内線かけてね、と言って先生は保健室を後にした。
誰もいない状態で寝る方がゆっくりできると思うのでタイミングの良さに感動する。露草は教室に戻ったんやろか。


「お、したり?」
「誰や」
「露草」
「露草!?」



横になったばかりの身体を起こしてカーテンを開ければ、そこには驚いた表情の露草がほんまに居った。というか、さっき初めて名前呼ばれた。今まで丸メガネとしか呼ばれてへんかったのに。


「名前、おしたり、で合ってる?」
「合ってるで。おしたりゆうし」



露草は俺が書いた来室者リストをのぞきながら一音一音確かめるように言った。
そうや。俺、名乗ってへんかったんや。
俺は岳人から名前を聞いていたから呼べてたけど、そら露草も丸メガネて呼ぶわ。


「堪忍なぁ。俺名乗ってへんかったんやな。露草かさねさんで良かったやんな?」
「うん、露草かさね。忍足が風邪引いたのって私のせいでしょ。昨日、私が起きるの待ってたせいで」
「露草、それはちゃうで」


立ちっぱなしの露草をベッド横の椅子に座らせる。気にしてくれとるのか、いつもより俺に対する威勢が弱かった。


「見過ごすことも出来たかもしれへんけど、俺は昨日あそこで足止めたんは本心からやで。そうやなかったら飽きてとっくに自分の家帰っとったと思うねん」
「忍足は、そう思ってるかもしれないけど、それでも、ごめん」
「ん、ええよ。気にせんでな」




それからもう一度だけ「ごめん」と小さく呟いて、露草は黙ってしもうた。眠りにつくまで寄り添ってくれたのだろうか、起きた時にはもうその姿はなかった。
しかし最後に、意識を手放す前に見た、露草が微笑んだあの表情は、俺の脳裏に強く焼き付いてしばらく忘れられそうにない。
……露草はいつも俺に強く当たってくるけど、本来はこっちが素やったりするんやないやろか。