どうせ今夜も眠れないなら



「……何目的?」
「何もあらへんわ」


後先考えずに口走った俺を怪訝な目で見てくる。
どうしようもないやんか。この間からそうやけども、露草のことを見過ごすことなんて出来へんねん。俺と同い年やろ。まだ17やろ。17の女子が自分売るようなこともフラフラするんも見たくない。それも俺が友達やと思ってる奴なら尚更や。




「そもそも最初に会うた時、俺が暇やて答えたら同じような事になっとったとちゃうん?言うなればあの時の埋め合わせみたいなもんや。」
「忍足、何か必死だね。でもそんなに言うなら良いよ。その話乗る」
「よし、決まりやな。制服とか、荷物は大丈夫なん?」
「それに入ってるけど」



そう言って露草が指さしたのは、俺が露草から奪い取った大きな鞄やった。なるほど。だから食事にしては荷物が多かったんか。
流石慣れとるというか、なんというか。複雑な気持ちになる。


最初こそ強引なところはあったけど、嫌々でも無理やりでもなく、はじめて露草が自らの意志で俺に着いて来とることが何だか嬉しかった。



「いつまで私の鞄は人質なの」
「人質って言い方は何かちゃう気がせん? 大丈夫や。大きい荷物くらい男に持たせとき」
「まぁ紳士」
「おおきに」



最寄りから駅までの道を歩く。テニス部のメンバーが遊びに来たりで、あいつらとは何度か一緒に歩いたこの道も、露草と並んで歩くのは何だか周りが違って見える。暫くして、"忍足"という表札の我が家を見た露草は、「おぉ」と一つ感嘆詞を洩らした。


「そういや俺何も言わんと帰ってきてしもうたわ」
「何、彼女ですぅ。って演技でもする?」
「それはそれで姉貴辺りがうるさくなりそうやからなぁ……」
「適当に相談事があって来ましたぐらいで良いよ」
「ほんまに適当や」



そうや、露草って女子やん。別に忘れとったわけではない。正体もロクにわからん男なんかとよく知らんとこで過ごすよりは、同学年の俺の家の方が安全やと判断したまでのことや。実家暮らしやから親も居るし。


鍵を開けて玄関へと進む。背後から続いて、小さく聞こえる「お邪魔します」の声に振り返った。


「先に俺が説明しとるから露草は風呂入ってき。そこの右のドア。タオルは畳まれとるん使うてええから。終わったら洗濯機の中投げといて」
「いいの?」
「ゆっくりしてきてええから」



そう言って鞄を渡す。こういうこと前もやっとったなぁ。露草が風呂場に消えるのを見送ってから息を吐いて、泊まりの件を伝えに行く。







「うわ、びっくりした」
「俺の部屋伝えるん忘れとったわ」



訳を話して無事に許可を得たあと、部屋に戻ろうとしてから露草に風呂から上がった後のことを言うてへんのに気づいた俺は、そのまま廊下で待っていた。


女子の風呂上がりという貴重なシーンを見とるけど、今はそんなことしとる場合やない。今日連れて来たんは、俺の家の方が安全やからというだけではない。ちゃんと、露草の話を誰かが聞いてあげへんと。そう思ったから連れて来た。



「さ、どーぞ」
「どーも」
「俺は今日床使うさかい、露草はまぁ、ベッド座って」
「布団引くの大変だから一緒に寝ればいいじゃん」
「いや流石にそれはあかん」


露草は自分が女子やという事をたまに忘れとるんやないやろか。



大人しくベッドに座った露草に俺も風呂入ってくると告げる。携帯を弄りながら「んー」と返事をするその顔には表情が無かった。その顔が、笑ったほうが可愛いことを俺は知っとる。





なるべく待たせないように、と丁寧かつ謙也並のスピードで風呂を済ます。冷蔵庫から姉貴が買ってきたであろうペットボトルを2本取り出して部屋に入る。疲れとるなら別に構わんのやけど、良かった、露草はまだ寝てへんかった。



「っめた!」
「全然気付かへんのやもん」
「でもひどい!うわー首超冷た!」


少し怒った様子の露草が軽く拳を握る。左手で受け止めれば悔しそうな顔をした。


「うわー腹立つー」
「すまんって。それより露草、聞いてもええ?」
「.....逆に何が聞きたい?」



声色を落ち着かせて本題に入ると、吹っ切れたように露草が笑う。違うねん。見たいのはその笑顔やないねん。



「……家、帰っとらんのやろ。いつからなん」
「高一の夏休み過ぎてからかな。急に両親の仲が悪くなっちゃって。毎晩毎晩喧嘩三昧。私居ても気まずくて、自分の家の筈なのにゆっくりも出来ないから、出た。そこからこんな感じ」



「あ、でも親が仕事で居ない時とかは服取りに帰ったりしてるけどね。」とだけ付け足すと、俺が渡したペットボトルを飲んだ。やっぱり、家庭関係やったんか。
これだけ夜に出歩けるのは、氷帝にもごく数人しか居ないと言われている一人暮らしの生徒か、親が干渉しないタイプの生徒だけやろとは思っとった。露草は、後者やった訳や。



「出たは良いんだけどそこからが大変でさ。私地方の外部だからそこまで仲良い友だちも作ってなくて頼れないし。でも夜はめちゃくちゃ長いし1人は暇だし、何だかんだ寂しいなぁって最初は思っちゃうしで、流れでこうなった。まぁ、お金も入ってくるし良いかなって思ってたら目撃者多数で噂流れて、こんな子とは仲良くしたくないって。氷帝では友達作り完全に無理になっちゃった」
「両親のこと、露草はどう思っとるん」
「……本当は親だし、大好きだし、別にふらふらしたいってわけじゃないけど、向こうは私が帰らなくても何も思ってないみたいだからさ、しょうがないかなって」



露草の話はこれで全部だそうだ。相変わらず口元は笑みを浮かべとっても、目元にまでは表れていない。予想はしとった筈やのに、露草のその顔を見ているだけで、こちらも胸が痛くて仕方がなかった。



「なぁ、露草。1人で居るのがきつかったら俺のとこ来たらええ。多分まわりにうるさい奴らもおるけど、俺は露草のこと拒否はせんで」
「うるさい?」
「同じテニス部の奴らや」
「テニス部なんだ、意外」
「中等部時代は割と有名人ではあるんやけど」
「私、外部だからよくわかんない。でも、ありがとう」



泣くつもりは、無かったんやろう。
けれど目尻に滲む涙が、露草が笑ったことによって一筋流れる。



今日、俺は今までで一番の露草の笑顔を見た。