チョコレートの海で溺死

登校時にはマフラーと手袋が手放せなくなってきた12月。
今日で立海大付属中は終業式。明日で冬休みを迎えるからかなのか、どこか皆が浮かれているように見える中、私をはじめ一部女子の界隈では張りつめた思いを抱えて今日を過ごしている子もいるのだ。


きっかけといえば、1週間ほど前の友達との会話。
バレンタイン当日はそれどころではない受験組を考慮してか、毎年3年生は終業式かつクリスマス当日でもある今日に先回りというのが伝統になっている。なんて話を聞いた私は、勢いでその日の放課後に材料と包装を買いに走り、レシピとにらめっこをしながら美味しいと思える味になるまで試行錯誤を重ねた手作りチョコを鞄に忍ばせてきた。
勉強中でも手軽に食べられるように、チョコバーにした。片手で持てるから、両手に一本ずつ持って食べていそうな丸井くんを想像してしまった。



以前のスイートポテトとは違って、丸井くんに渡すことが前提だからそれはもう丁寧に作った。勢いって恐ろしい。


手作りして持って来たはいいものの、なんて言って渡せばいいのだろう。
既に朝から仁王くんと丸井くんの机にはチョコと思わしき包みが見えるし、数人の女子からお呼び出しを受けているので、きっと今日がバレンタインの代替日だというのも彼は気づいているに違いない。


『義理チョコ』なんて言い方は私がしたくないし、『友チョコ』と言うのが最適ではある。この言い方が、何も壊さなくて済むのならそう言うのが一番だ。
終業式も、HRも終わって、今は下校時刻になるまで自由にしていて良いらしい。開いているだけで全く話が入って来ない小説に視線だけ落としていると、そのページをのぞき込む銀色で視界がいっぱいになった。


「笠倉」
「仁王くんが私に話なんて珍しい。また荷物運び?」
「お前さん根に持っとるんか? そうじゃのうて、持って来とるんじゃろ」
「何を」
「丸井に」


鞄から一切出してないのに何でバレてるんだ。噂の、ペテン師仁王雅治の手にかかればわかってしまうのか。



「ビンゴじゃの。今から音楽室の所に行くと丁度丸井が通るから行くといい。どうせ作って来ただけでその後のことは考えとらんと見える」
「全部図星なのは置いておいて、なんで仁王くんがそんな後押ししてくれるの……」
「単に面白いからナリ。はよ行きんしゃい」
「えっと、よく整理ついてないけど。ありがと仁王くん!」


勢いで丸井くんに渡すチョコを作り、仁王くんに背中を押され、勢いで丸井くんの元へ渡しに行って……。行動する時は慎重に後先考えるタイプだったはずなのに、こんなにも気持ちが逸るのは私が丸井くんのことを好きだからなのだろうか。



階段を上にのぼったすぐ横の教室が音楽室だ。目の前は広い廊下で、今は私以外誰もいなかった。他のクラスのざわざわした音が遠くから聞こえるだけで、本当に静かだ。これだけ静かなら、丸井くんが通ったらすぐわかってしまう。



「あっ」



いつも目印にしていた真っ赤な髪色が見えて、思わず声が漏れてしまった。
仁王くんが言っていたように、奥の廊下から本当に丸井くんが現れて、私の声で目が合う。


「何してんの?」
「丸井くんこそ……」
「仁王の奴がこの辺で寝てるって言ってたから合流しようと思ったんだけどいねえの。まぁ笠倉いたからいいけど」


あぁ……。だから仁王くんは丸井くんがここに来ること知っていたのか。
この辺で寝てたっていうのはどういう事なんだろう。秘密の場所でもあるのかな。


「で、お前は?」
「んーーーーと、や、ほら、音楽室懐かしいなぁと思って」
「一昨日音楽の授業あったよな?」


言い訳が苦し紛れすぎる。確かにここは音楽室前だけど、丸井くんの通り一昨日も訪れている場所だ。



「ま、俺と笠倉が初めて話した場所だって意味でなら懐かしいよな」
「そう……だね」
「もうクリスマスだもんなぁ」


そうだ、梅雨明けで暑くなってきたときに初めて音楽室はちみつ味の飴を渡してから、もう半年。
夏休みには偶然会ってかき氷食べたっけ。その頃にはとっくに丸井くんのことを意識していて、日に日に丸井くんに対する気持ちは増してて、気が付けば今日。


「うん、クリスマスだね」
「まぁサンタとかではしゃぐって歳でも無ぇけどさ」
「丸井くんは、今日沢山チョコ貰ったでしょ」
「……おう」


机の上、丸井くんが登校した時に右手に持っていた紙袋の中。人気者なことはわかっているのにやっぱりあの量は凄い。海だ。チョコレートの海。その量に圧倒されて溺死しそう。



「丸井くん甘いもの好きだもんね……。そんな丸井くんに相談です。ここに1つチョコがあるんだけど、丸井くんは貰ってくれますか」
「俺に?」


教室を出る前に鞄から初めて出したチョコレートを差し出した。良かった、包装崩れてないや。


「スイートポテトより気合いを込めてみたんだ。あの時、合唱が苦手だった私は丸井くんが話しかけてくれたおかげで合唱の時間が苦手じゃなくなったんだよ」
「そうだった! お前最初は超ガッチガチで」
「丸井くんが隣だったからだよ。ありがとう」
「お役に立てたのなら光栄だぜ」


あぁ言葉が震えそう。丸井くんが手を伸ばして、その手がしっかり包みを掴んだことを確認した。


「丸井くんが好きです」


お互いに包みを持ったまま時が止まったような空気が走る。言うタイミング間違えたかもしれない。一瞬だけ迷ってから、ゆっくりとこちらの手を離そうと力を抜こうとすれば、逆に私の手は強い力に包み込まれた。


丸井くんの左手には私が渡したチョコレート。反対の右手には私の手が。
驚きで顔を見れば笑顔の丸井くんが近い。あれ、何か抱きしめられてない?



「俺も好き。笠倉が、好き」


心音が、息遣いが、体が、いろんなものが近い。
今聞えた言葉は、現実なんだろうか。夢じゃないよね?


「本当……?」
「信じてねぇとか悲しいこと言うなよぃ!
これ夢じゃねぇからな! まさか貰えると思ってなかったから、俺凄ぇうれしい」
「私も、同じ気持ちだとは思ってなかった……」



丸井くんに包まれている温かさで、ようやく実感が湧いてきた。
あぁ、サンタさん、いるかはわからないけれど最高のクリスマスになりそうです。