今は遠き日常 半ば無理矢理ともいえる方法で乗船したモンキーさん達の船――ゴーイング・メリー号のナミと、ついでにわたしに宛がわれた一室で、わたしはナミに向かって早速今回の乗船についての審議を問うていた。 「ナミー! 本当どうするの! 乗っちゃったよ船ッ!!」 「そうね、乗っちゃったわね、船」 「もー!! 乗っちゃったわねじゃないよ!」 優雅に部屋に元々備え付けてあっただろう机に、わたしには理解できない海図を書くための道具をナミが使いやすい位置へと綺麗に置いていく。その横でわたしは一生懸命ナミに今回の暴挙に対して抗議するが、ナミは聞いているのか聞いていないのか、片付けるための手を止めずにわたしに返事を返す。今ここでどれだけ抗議しようとも、後の祭りだとは分かっているけれど、抗議せずにはいられない。 横でやいやい言うわたしにうるさくなったのか、ナミは人差し指をわたしの口元にあてて無理矢理黙らせてくる。 「とにかく乗っちゃたものは仕方ないでしょ。諦めなさい、ヒノデは能力者。この海と言うあんたの天敵の上で逃げるところなんて無いのよ」 してやったりとでも言うような表情で笑みを浮かべるナミに、その表情はてとも似合っていたし、普段ならばナミはどんな表情でも似合うな〜とか思っていたかもしれないけど、今のわたしにそんな余裕はない。なにせわたしの弱みを完全に握られたうえで、船に乗せられているんだから。 「とりあえず今は、グランドラインに入るまではこの船に居てもらうわよ。ルフィ達は海賊だけどアーロン達のような海賊とは違うことは分かってるでしょ? 事情を話せば乗せてってくれるわ。だから船を降りるかどうかはそこから決めて。だから。この話はもう終わり!」 「ナミ! 本当に困るんだって!」 「私もヒノデが頑固で凄く困ってる! さあ、ごはん食べに行きましょ」 「ナミー!!!」 横でわたしがどれだけ抗議の声を上げてもナミは聞く耳もたずで、ペースを一切崩さずに、コックと紹介されたサンジさんが腕を振るっているであろうキッチンへと向かって行ってしまう。一人部屋に残されたわたしは溜息を吐いて両手で顔を覆う。 「本当に困るんだよ……ナミ」 ◇◇◇ 「仲間にならねぇのかっ!!?」 ナミの後を追ってキッチンに来たわたしはダイニングの椅子に座り、目の前で食べ物をハムスターの様に口に食べ物を詰め込んで食べているモンキーさんに、口から食べ物を零しながら抗議されていた。わたしが海賊にならないことを抗議されるとは思ってもいなかった。因みにわたしの目の前にはモンキーさん達とは違う、三か月も言う間まともな食事と環境で衰弱した胃を、徐々に普通の食事まで戻す為の病院食のような物をサンジさんが作ってくれた。 「あの、すみません……わたしの分まで」 「いいんだよ。むしろナミさんとは違うものでごめんよ」 「いえ、逆にお手間をかけさせてしまって、申し訳ないです」 一人分だけ他の人達とは全く別の物を作るというのは凄く手間がかかる。居候と言うのか、違法乗船というのか……モンキーさん達と海賊を目指すわけではないのに、無駄な仕事を増やしてしまって申し訳なく思う。何故か目の前ではモンキーさんがわたしの食事を見て、何でわたしだけ料理が違うのか、自分も食べたいと騒いでいる。今、モンキーさんの目の前にもまだ食事はあるのに……そんなモンキーさんに向かってわたしの横ではサンジさんがモンキーさんに向かって怒ってるしで食卓は凄い賑やかだ。 「ルフィがうるさくてごめんね? ヒノデちゃんの口に合うといいんだけど」 「えっ!? いや、あの、凄くおいしそうです……」 改めて思うけど、名前で呼ばれるの恥ずかしい。男の人に下の名前で呼ばれるとか本当に小学生ぶりなんだよね。か、かれしとかも居た事ないし。にしても――。 (男女の比率がおかしい……) こうやって見ると、普通にまずい、よね? 多分。男性四人に対して女性のナミ一人とか。今はわたしが一緒に居るから女性二人だけど。これからナミはこの船に乗ってモンキーさん達と旅をしていくわけだし、その上で女性一人ってすごい危険だと思うだけど、そこの所はどうなってるんだろう。色々年頃の男女的に本当に色々まずいと思うんだけど……だけどナミ達からはそんな雰囲気感じないし、モンキーさん達はそんな、あの、そう言う事はしないと思うけど。万が一という事もあるし。わたしが邪推しすぎなのか? でもやっぱり。 うんうんと、一人考えながら、サンジさんに出された食事を口にすると、あまりのおいしさにほっぺが落ちると言うのを比喩ではなく、本当に体験しそうになった。確かに出された時から美味しそうなお粥だとは思ってた。丁寧に取られたであろう透き通った出汁に、真っ白なきっと硬さもちょうどいいお米。三つ葉などシンプルながらも、体に良い物が入ってる具材。はっきり言って今まで食べた物の中で一番と言っていいほどおいしい。 あまりのおいしさに、本当に無意識的においしいという言葉が、音となって口元から零れ落ちた。その言葉はどうやらサンジさんにも聞こえたようで、至極嬉しそうな笑顔で口に合ったようで良かった。ありがとうと言われて、慌ててわたしもお礼を返す。 「いえ、わたしの方がこんなにおいしい料理いただいてしまって……ありがとうございます」 「そうだろ! サンジの料理はうめぇんだ。だから一緒に海賊やろう!!」 「結局そこかよ」 どの話をしても海賊やろうに繋がるモンキーさんの言葉に、ウソップさんから最もなツッコミが入る。二言目には仲間になろうというのはどうなのだろう。嬉しいけど仲間になるつもりはないから正直申し訳なくなってしまう。仲間になるつもりもないのに船に乗っていることも、今こうやってご飯を頂けているのもおかしいと殊更強く感じてしまうから。 「止めなさい。とりあえずヒノデは私達と同じでグランドラインに入りたいの、だからせめてグランドラインの中に入るまではこの船に乗せていたいんだけど、良い?」 「事後報告じゃねぇか……」 「なんか言ったゾロ」 睨みを利かせてロロノアさんに言葉である力をかけたナミに、申し訳ない気持ちばかりが募っていく。睨みを聞かされたロロノアさんはロロノアさんで納得いかない感じだけど、これ以上ナミに反論する方が凶だと思ったのか、ナミから視線を横へと逸らし――。 (あ……) そのまま逸らすんだろうと思っていた視線は意図的にだろう、わたしを一瞥してか視線を逸らされた。多分一度わたしが乗船を断ったのに船に乗っていることを、もしかしたら不愉快に思っているのかもしれない。だけどそれも当然だろうとも思うから、ロロノアさんの姿を視界に居れるのが怖くて、まだ食事が残っているテーブルに視線を向ける。 (なんか島に居た時と違って、ロロノアさん……何と言うか苦手だ) 助けておいてもらってあれだけれど、ロロノアさんはモンキーさん達の中で正直なところ一番怖い。だけど、助けてもらったという事と、ナミの為にあんなに傷だらけになってもアーロン一味相手に戦ってくれた事、なにより海賊嫌いのナミが乗る海賊船に乗船しているクルーなのだから悪い人では絶対にないと思う。ココヤシ村に居た時は色々必死過ぎてアドレナリン的なものが大放出されていたのかもしれない、改めてこう……ロロノアさんを見るととても怖いって思ってしまう。 鋭すぎるとも思える目元も、見上げなければならない程の高い身長、そして素人のわたしから見ても相当鍛えられているのが分かる頑丈そうな体躯に、腰に響きそうなほどの重低音のある声と、ぶっきらぼうな物言い、そしておそらく性格もわたしとは正反対のはずだ。きっとロロノアさんみたいな人は究極的な事を言えばイエスかノーの二択で生きていて、中間と言う曖昧さを許さない感じがするのも特に苦手と感じてしまう。わたしは正直なところそこまではっきりイエスかノーかの二択の選択を出来ないから。 助けておいてもらって失礼なのは分かってるけど……。 そう思いながら再びロロノアさんの方に気づかれないように目を向けると、かっちりとコンセントとプラグが合うように、目が合ってしまって、慌てて再び下を向く。下を向いた後にやってしまったという後悔の念が胸を締め付けるけど、殆ど一瞬しか目は合ってないのに、見るからにわたしに対して良い感じを抱いてなさそうなのが分かって、心に暗い影が差しこむ。 (わたしだってどうしていいか分からないのに……) わたしが言っていいべき言葉ではないのは分かってる。だけど、本当にこの先どうすればいいのか分からない不安の中、更にロロノアさんの不満まで背負い込める程わたしは強くはない。全面的にわたしに否があると分かっているからこそ、吐き出せない不安は、空気と一緒に飲み込むしかなかった。 目の前でまだわたしの事で話をしているナミ達の方を、なるべくロロノアさんの方を見ないようにして目を向ける。 「グランドラインに行くんだろ? だったら仲間でいいじゃねぇか」 「だからそう簡単には行かないのよ。私だってヒノデが仲間になるなら嬉しいけど、それだけじゃいけないのよ」 「なんでだよー! なあ、なんでだ?」 「え? あの、そうですね、いろいろありまして」 モンキーさんとナミの二人で話し合っていたのに、突然わたしに話題が向けられて、返答用の言い訳を考えていなかったせいか、凄く曖昧でわたしも何を口走っているんだろうと思ってしまう。 「とにかく、とりあえずグランドラインまでは一緒にこの船に乗せてたいの! それにグランドラインに入るまでにヒノデの気が変わる可能性もあるわよルフィ?」 「よし! いいぞ!!」 いやいや、それはおかしいですよ。口には出さず心の中でモンキーさんにツッコむ。もし口に出して船から今すぐ降りろと言われたら困るし……口に出しては言わないけど。そもそもモンキーさんがそこまでわたしに拘る理由もよく分からないし。せいぜいわたしの価値なんてお祖父ちゃんか凄い事と、悪魔の身の能力くらいしかないのに。まあ、別の世界から来ましたっていうのが一番だと思うけど。これは言って無いから候補から外すとしても。 「えっと、ありがとうございますモンキーさん」 「別にいいぞ! あとおれの名前はルフィだ!」 (いや、苗字モンキーさんですよね) まるで下の名前――こっちで言うとファーストネームかな? で呼んで欲しいみたいなことを言われて戸惑う。そんなほぼ初対面と変わりない同い年くらいの男の子に対して無理です。 「あの、モンキーさんですよね? 名字?」 「おう! でもこれから仲間に何だからルフィで良いぞ。ナミの事もナミって言ってんだろ」 「ナミは、その、友達ですし」 「おれ達は赤の他人だっていうのかヒノデちゃんッ!!」 話を更にややこしくしないで欲しい……!! 突然会話に入ってきたサンジさんに失礼ながら心の中でツッコんでしまう。言葉に出さないから許してほしい。 「あの、じゃあ……なんて言えばいいですか?」 「ナミと同じがいい!」 「おれもナミさんと同じ感じがいいな」 「おれも同じで良いぞ! もし呼びたかったらキャプテーン! ウソップで良いぜ!」 つまり名前で呼べと。いや、サンジさんとウソップさんは名前しか知らないけど。ナミみたいに苗字がその――無い感じかな。多分デリケートな問題だし、聞かない方がいいよね。 目は向けなかったけれど、ロロノアさんは何も言わなかったし、一切会話に入ってこない。傍観者と言う立ち位置に居るつもりなのか、それともわたしが気に入らないから会話に入らないだけか、恐らくどちらも当たりかもしれない。 「三人が良いって言ってるからいいんじゃない? 私と同じように名前で呼んで。 もし年上かどうか気にしているんなら、ルフィとウソップはわたし達の一つしたよ」 「おれと、そこに居るマリモ剣士はナミさんとヒノデちゃんの一つ上ね」 勝手に年齢をわたしに教えたことに対してか、それともマリモ剣士と言う事に対して怒っているのか、舌打ちを一つ打っただけで、やっぱり会話には入ってこなかった。 それよりも今は目の前で期待に目を膨らませてわたしを見ているモンキーさん達の方が問題だ。これ言わなくちゃ駄目だよね……逃げることは多分許されない。正直同い年くらいの男の子をこの年になって名前で呼ぶというのは、凄く気恥ずかしいものがある。だけどわたしは今モンキーさんが率いる船に乗っている、なら郷に入れば郷に従えだ。船長さんの言う事に逆らうのは悪い事だと思うし。言うても皆さん海賊だし。 「じゃあ、ル、ルフィ君、ウソップ君……サンジさんで良いですか?」 これ以上の呼び方は無理。これが限界だから勘弁してほしい。頬が熱いのがわかっているからこそ、余計にだ。 恐る恐る真っ赤になっているであろう顔でモンキーさん――ルフィ君達を見ると、満足げな表情をしていたので、ひとまずこの呼び方で満足してもらえたみたいで本当に良かった。ナミみたいに呼び捨てで呼んで欲しいと言われたらどうしようかと思った。特に年上のサンジさんなんか。 「仲間なんだからナミだけ特別はズルいからな!」 (仲間になったつもりは無いんだけど……) もう完全に仲間気分でいるルフィ君にどうしていいか分からない。ここまで話を聞いてくれないとは思わなかった。海賊と言うのはみんなこんなに強引なんだろうか。 助けを求めるようにナミの方を見ると、ナミはナミでルフィさん達の考えに染まっているのか、わたしに敬語もいらないんじゃない? とも言ってくる。そうじゃない、そう言う答えを待っているんじゃないんだよナミ。ルフィ君はルフィ君でそうだそうだと何故か盛り上がってるし。わたしの味方が誰もいない。正直もうどうにでもなれと言う気分だ。 もう目の前の会話に入り込む気力もなくて、さっきまであれだけ美味しいと思っていたお粥の味がしない。あんなに美味しかったのに……。盛り上がる会話をおかずにすることも出来なくて、ひたすら無心に食事を口の中に運ぶことだけを考えた。 ◇◇◇ やっと居た堪れない会話と視線から逃れながらの食事を終えて、ナミと一緒に宛がわれた部屋に行くことの出来たわたしは力なく、部屋にあった椅子に座る。ベッドは一つしかないのでベッドの方にナミが座り、椅子の方にわたしが座った。 「本当にどうしよう」 「ルフィは完全にあんたを仲間にするつもりよ。一回言い出したら聞かないから、わたしの時もそうだったけど」 「だから今困ってるんだよ……」 両手で頭を抱えながら獣の唸り声のような苦悶に満ちた声を上げる。もう完全に仲間気分だもん。断らせる気が全くないもん。しかもナミまで完全に乗り気でいるし。 色々言いたいことはあるけれど、一旦それは胸の内に仕舞い込む。でなければやっていられない。 「逆に疑問なんだけど、なんでナミもルフィ君もそんなにわたしの事仲間にしたいの? 正直わたしにそこまでの価値があるとは思えないんだけど」 もっともな疑問をわたしがナミに投げかけると、何故かナミは呆れた顔でわたしを見た後、むぎゅっと鼻をつままれる。 「あのねーあんたは少し自分を過小評価しすぎよ? 自分が思っている以上にヒノデは凄い子よ。だからそうやって自分を貶しちゃ駄目よ」 「〜〜〜〜っ逆ににナミはわたしを過大評価しすぎなんだよ!」 「はいはい。自分の事を一番自分が分かってないって言う事ね。とにかく私は少なくともヒノデにグランドラインで危険な一人で旅をさせる気なんてないからね。そこだけはヒノデが譲れないのと同じように、私も譲れない」 なぜか勝負みたいになっているけど、引くわけにもいかずにわたしも強気でナミに向かっていくけれど、ナミもナミで絶対に譲ってくれないせいか、いつまでも話は平行線のままで、結局ナミがシャワーを浴びてくるという一言で話は無理矢理切り上げられた。シャワーに行くと言って着替え一式を持って言って出て行ってしまったナミを止める事も、かと言ってお風呂場に乗り込む勇気も出なくて、一気に疲れがドッと来たのを全身で感じながら、椅子の背もたれに上半身の体重を乗せるようにして、頭を天井を向くようにして背もたれで支えてから目を閉じる。 いつだって思い出すのは、わたしが本来居るべき、実家の自分の部屋の天井だけだ。本当にここがわたしの家なら決して潮の匂いも、体を預けているベッドが海の波を受けて揺れたりもしない。瞳以外で感じる五感は如実にここはわたしの家ではないという事を告げる。 (どうしたら家に帰れるんだろう……) 閉じていた目を開いて見えた私の願いを容易に打ち砕く見慣れない木目の天井は、未知なる旅への不安と恐怖で私を覆い尽くすには十分過ぎるほどだった。 top |