始まりと終わりの町は

 ゴーイング・メリー号に乗ってからの朝は、いつも海上特有の潮風と香りが全身を優しく覆ってくれる。

「また値上がりしたの? ちょっと高いんじゃない? あんたんとこ」

 船の後部付近で柵に手をかけてぼーと海を眺めていたわたしの背後から聞こえてきたのは、新聞を配達してきてくれたカモメに対してクレームをつけているナミの姿だった。それにしてもなんて知能の高いカモメなんだろう。新聞を配達してきてくれるのもそうだけど、ナミのクレームに対して困ったように翼で頭をかいている姿も人間の言葉を理解しているようにしか見えない。服装もちゃんと新聞配達らしく帽子も被っているし。
 わたしの世界では考えられない新聞配達方法に感心していると、一通りナミのクレームを聞き終えたのか新聞配達員のカモメは空高く舞い上がり、次の配達場所へと飛んで行った。

「なにを新聞の一部や二部で」
「毎日買ってるとバカになんないのよ!」
「そうかもしれないけど、さっきの配達員のカモメさんに言っても改善されないと思うよ?」
「だとしても言わないよりもマシでしょ」
「まあ、それはそうなんだけど」

 確かにナミの言葉は一理あるが、やっぱりさっきの配達員のカモメに言っても意味は無いんじゃないかと思ってしまう。
 とりあえずこれ以上は何を言ってもナミの新聞への怒りは収まりそうにないので、あとはウソップ君に任せて、再びわたしは地平線を眺めていると、再び後ろから今度はウソップ君の絹を裂くような叫び声と、何かがぶつかるような物音が聞こえてきた。驚いて後ろを振り向くと、両目を抑えてのた打ち回っているウソップ君と、いつの間に来たのかルフィ君が居て、何故かナミのミカン畑を守るようにして立っているサンジさんが居た。

「何だよいいじゃねぇか一コくらい!!」
「だめだ!! ここはナミさんのみかん畑!!! このおれが指一本触れさせねェ。ナミさん、恋の警備万全です!!」
「んんっ! ありがとサンジくん」
(サンジさんはいったい何をしてるんだろう)

 ナミに使われてるようにしか見えないサンジさんの姿に、これはナミを止めた方がいいのか、それともサンジさんが嬉しそうだから止めない方がいいのか悩むところだった。ナミはナミで優雅に海とかでよく使われるビーチチェアに座って優雅に新聞を読み始めているし。
 とにかく今はウソップ君を助けなければと、未だに床で転がっているウソップ君の元に行こうとし時、ナミが持っていた新聞から一枚の紙が滑り落ちて、ロロノアさん以外の視線がその紙に写ると、その紙に載っていた顔写真と、紙の意味を知り、わたしとロロノアさん以外の驚きの声が船の上に響き渡った。
 わたしの目の前に落ちている紙はどうみても――、

「あれ? あの、これって……手配書じゃ」

 WANTEDと書かれた紙はいくら日本語圏で育った私でも、世に言う手配書と言うものであることは分かった。わたしの英語力がそんなに低くなければの話だけれど。
 思わず確認するように皆さんを見渡すと、見事に皆さんが皆さん、違う反応をしていた。いの一番に手配書を手に取って掲げたのは、手配書に写っている本人ルフィ君だった。

「なっはっはっは!! おれ達は“お尋ね者”になったぞ!! 三千万ベリーだってよ!!」
「やっぱりそれ本物ですか?」
「紛れもない本物よ」

 わたしの疑問に答えるように、ナミが肩をがっくりと落としながら、今後の事で頭が痛いのだろう額を右手で押さえながら答えてくれた。

「あんたらみごとに事の深刻がわかってないのね」

 その言葉は嬉しそうに笑い続けるルフィくん、後頭部がルフィ君の手配書の写真に写っていたことで喜んでいるウソップ君、自分が写っていなかった事にいじけているのか、体育座りをしながらそっぽを向いているサンジさんに向けられているんだろう。思わず未だに喜んでいるウソップ君に問いかけてしまう。

「あの、手配書って普通駄目なんじゃ……」
「なに言ってんだヒノデ!! 手配書は海賊にとっての箔みたいなものなんだ!」
「そうなんだ……えっと、あの、おめでとうござい、ます?」
「おう! ありがとなヒノデ!」

 話を聞いていたのか、嬉しそうにルフィ君にお礼を言われてしまって、どうすればいいのか考えて拍手をするだけで留めておいた。

「ヒノデ喜ばせないで……これは“東の海”でのんびりやってる場合じゃないわね」
「ごめんさいナミ……。でものんびりやってる場合じゃないって?」

 喜ばせたことにくぎを刺されて、ナミに謝りながらも、何故のんびりしてはいけないのか分からずに再び質問してしまう。こういう時わたしは本当にこの世界に対して無知なのだと思わされしまって、不甲斐なさが頭を占める。

「それは海軍が追ってくる可能性があるからよ。本部だって動くし賞金稼ぎにも狙われる。特にこのイーストブルーの中でこの金額はかなり高額よ。早めにグランドラインに入った方が賢明だわ」
「なるほど。もしかして今凄くまずい状況?」
「ヒノデだけでも分かってくれてありがたいわ。あいつらは喜んでるけど、かなり深刻な状況よ」

 この先どう航海するのかを考えているのだろう、思案顔のナミを横目に見つつ、この先このメンバーだとナミは相当苦労するんじゃないかと心配になってしまう。だって後ろで嬉しそうにはしゃいでいるルフィ君達の声を聞いてしまえば。
 やれる事は限りなく少ないだろうけれど、少しでもナミの心労を減らそうと心に誓った瞬間だった。
 一人で心の中で誓いを立てていると船首部分で前方を確認していたロロノアさんから島が見えたと言う言葉が聞こえてきた。島が見えたという声にわたしも少しだけ海に身を乗り出す。
 するとロロノアさんが言ったように、地平線の上にココヤシ村よりも大きいであろう島が見えてきた。わたし達が今目指している島が見えたという事はいよいよグランドラインに近づいてきたというらしい事がナミの口から告げられる。

「あそこには有名な町があるの『ローグタウン』かつての海賊王G・ロジャーが生まれ……そして処刑された町」
「海賊王が死んだ町……!!」

 普段とは違うルフィ君の覚悟のようなものが籠った声色に、ビクッと肩が震えてしまう。でも、それもそうか、ルフィ君は海賊王を目指しているんだから、その海賊王が生まれ、そして処刑された町など、とても興味深いものなのかもしれない。ナミもそれを分かっているのか、行く? と潮風を受けながら柔らかく微笑んだ。

◇◇◇

(外国の映画みたい……)

 無事島に着いたわたし達は、ゴーイング・メリー号を人気のない岩場に停泊させて、始まりと終わりの町と言われているらしい目的のローグタウンに来ていた。その町を見たわたしの感想はありきたりだけれどやっぱり外国の映画の世界みたいだと言う事だけだった。英語で書かれたローグタウンと言うゲートも行きかう人達もメイン通りの左右に建てられている建物も、やっぱりなじみのない物ばかりで、海外の有名な海賊映画を思い浮かべてしまう。正直観光気分だ。
 わ〜……と映画の世界に入ったような気分で感動していると、ルフィ君を筆頭に皆それぞれわたしと違って気後れもせずにゲートを潜って町中に入って行ってしまう。わたしは一人で歩く勇気もなく、かといって目的もないので、ナミがどうするのか聞こうと、横を見ると、ロロノアさんが何かナミに交渉しているようだった。

「おれも買いてぇモンがある」
「貸すわよ、利子三倍ね」
(悪徳だ……)

 ふふっと嬉しそうに笑い声をあげるナミに、心の中でその悪徳業者っぷりをツッコむけれど、ナミにお金が絡むことで勝てる気もしなくて、再び心の中だけでロロノアさんに謝罪する。

(すみませんロロノアさん、わたしではナミを止められません)

 お金を返す時に凄く困るであろうロロノアさんを心配しつつも、何も出来ないのでやっぱり心の中で謝ることしかできなかった。
 十万円と言う大金をロロノアさんに手渡したナミは、わたしの方を振り返る。十万円をロロノアさんに貸した時見えたナミの笑みは見なかったことにする。利子三倍と言う事は返す時は三十万円かとも考えたけどもうどうすることも出来ない。

「ヒノデはどうする? お金持ってないわよね?」
「えっと、それなんだけど実は……」

 そう言いながらわたしはナミの疑問にこたえるべく、背負っていた元の世界から持ってきたリュックの奥底から、赤いリボンで縛られた長方形の茶色の布を取り出してナミに見せる。

「なに? それ」
「実はリュックの中にトウシンさんの手紙と一緒に入ってて……百万え――ベリー」
「ひゃくッ!!?」

 思わず癖で円と言う所を慌てて言い直したけれど、それよりも百万ベリーと言う方に頭が行ったのか、ナミは慌てて両手で札束を持っているわたしの手を周りから隠す様に握ると、小声で話しかけてくる。

「どうしたのよそれ、と言いうよりもトウシンさんの手紙って……」
「あの、わたしが意識を取り戻していない時にアーロンパークを調べたみたいで、その時に出てきたお金みたいなの……なんかわたしが打った刀を売ったお金の残り? 使ってなかった余り? みたいなものらしくて、正真正銘わたしが打った刀のお金だからって、リュックの中に入れてあったみたいで、今日の朝気づいたの。いつ言おうか迷ったんだけど……」
「だからあんた朝からそわそわしてたのね」
「ごめんなさい……」
「別に謝らなくていいわよ」

 申し訳なくなって下を向くわたしに、優しく声をかけてくれるけれど、ナミは島から何も持ってきて――いや、そう言えば島の人達のお財布を持ってきていた筈だ。でも、今まで島の人達の解放のために貯めたお金を置いてきたというのに、わたしは全額ではないけれど持ってきているという事に申し訳なくなってしまう。でもお金が入っているという事に気づいたのは本当に今日の朝だったのだ。ゴーイングメリー号に乗ってからは、怒涛の時間だったのもあったけれど、何より下手にナミ達の前で元の世界の物を広げるわけにもいかず、丁度今日ナミが絶対に入ってこない時間帯を見つけて色々と中身を広げてみたらトウシンさんからのお金に対しての手紙と、この手に持っている百万ベリーが入っていたのだ。ご丁寧に中々見つからないようにリュックの一番下に隠されるように入れてあった。
 見つけた時はもちろん驚いたし、申し訳ない気持ちにもなった。多分直接渡せばわたしが受け取らないと思ってトウシンさんも何も言わずに、わざわざすぐに見つからないようにリュックの奥底に入れたのかもしれない。だけど百万ベリーもわたしだけ貰っていいのかとも思う。このお金は本来ならナミこそが貰うべきだと思う。
 両手持っている百万ベリーが凄く重く感じてしまって、このままナミに渡したほうが良いんじゃないかと思って、口を開こうとする前にナミに先を越されてしまう。

「まさか私に渡そうとか思ってないわよね」
「え!?」
「その顔はやっぱり私に渡そうとしてたのね」

 呆れたような、怒っているような、そんな二つの感情が入り混じったような表情でナミはため息を吐く。そして、わたしが持っていたお金をナミが受け取ったと思ったら、力強く胸元に押し付けられた。

「これは紛れもないヒノデのお金よ。ヒノデの実力で稼いだ正真正銘ヒノデのお金。だから何を言われても私は受け取らないわよ。トウシンさんだってきっとそう思ったから、このお金をヒノデに渡したのよ」
「でもナミの方がッ!!」
「私の方がとかじゃない! これはヒノデの打った刀を評価されて出来たお金よ。ヒノデが受け取るべき物よ。もし、それが出来ないなら」

 ――今この場でこの札束ばら撒くわよ。

 ドスの聞いた声で脅しとしか思えない事を言うナミに、怖くてヒッと、小さく悲鳴を上げてしまう。


「それが嫌なら自分で使いなさい。お金はあって困るものじゃないし、そのお金はヒノデが稼いだお金よ。誰のものでもないあんたのね」

 そう言われてもう一度年を押すように強く胸元に押し付けられてから、もう一度わたしの両手に戻される。
 手の中にある百万ベリーという金額だけではない重みを噛みしめるように、握りしめて胸元で抱きしめる。

「うん。分かった……ありがとうナミ」
「分かればいいのよ! それじゃ、行きましょ! 時間がもったいないわ。それとそのお金ちゃんと片しておきなさいよ? ヒノデスリとかあいそうだし」
「そこまで抜けてないよ……」

 多分。
 言葉には出さないで、最後に付け足しつつ、急いで再びリュックの奥底にしまい込む。大事に使おう。トウシンさんが渡してくれた大事なお金だ。そしてナミがわたしを認めてくれたお金だもの。

「でも、やっぱりわたしだけが使うのは嫌だから、何か奢らせて? これだけはわたしも譲れないから」
「本当頑固ね。わかったわ、じゃあ飲み物でも奢って、それ以上の物を買って貰うのは私も譲れないから」

 わたしの最後の言葉を真似て、笑いながら言うナミに、もう! と怒りながらも、わたしもつられて笑ってしまう。
 こうしてナミと笑い会える日がくるなんて思っていなかった時が頭をかすめて、余計に笑みが込み上げてくる。

「それじゃあ今度こそ行くわよヒノデ! 次いつ島につけるかわからないんだから、買うわよー!」
「そこまで意気込まなくても……」

 天に突き上げるように腕を上げたナミに、どれだけ買うつもりなのか戦々恐々としながら、大股で歩き始めたナミの背中を追うようにわたしも町へと足を踏み入れた。


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