遠ざかる背中 突然現れたロロノアさんに驚きつつも、わたしに向けられていた銃弾がいつまでも飛んでこないことに気づきて、ロロノアさんから視線を外して、わたしに向けられていた銃口を見ると、銃口からはちゃんと硝煙が上がっていた。なら銃弾はどこに飛んで行ったんだろう? そう思っていたら、わたしの肩を抱いていない方の左手にはロロノアさんの愛刀が握られていて、刀が構えられている地面を見ると、そこには銀色の銃弾が真っ二つになって転がっていた。 嘘でしょ。そんな言葉が頭をよぎるが、事実は小説より奇なりなのかもしれない。斬ったんだ……飛んできた銃弾をその刀で。 あまりにも現実離れした光景に、事実という点では理解しつつも、常識という部分では理解できなかった。 未だにわたしを守るように右肩を抱いて胸元に引き寄せてくれているロロノアさんに再び視線を向けると、ロロノアさんも私にも鋭い目を向けていて、今は眉間が寄せられているせいか迫力が三割り増しくらいになっている。 「――撃たれたのか」 わたしの左肩を見て、ロロノアさんの表情はさらに険しくなり、わたし達の数メートル先でこちらの様子を笑みを浮かべて伺っている。 「あいつ知り合いか」 「いえ、知らない人です……初めて会いました」 前を見据えながら聞いてくるロロノアさんに、実際知らない人なので事実を伝える。だからこそ分からない、あの人は誰で、なんでわたしの名前を知っているのか。謎ばかりが増えていく。 「でも……敵だろ」 普段よりも一層低い声でわたしに告げると、ロロノアさんはわたしの肩から手を放し、まるで守るように、いや――守ろうとしてくれているのだろう、男の人からわたしを隠す様にして立ってくれた。男の人とわたしの間に立ったロロノアさんのおかげで、わたしからはロロノアさんの逞しい大きい背中しか見えず、男の人がどういう表情をしているのか、そしてロロノアさんもどういう表情をしているのか分からなかったが、後ろ姿からでも分かるほどロロノアさんの雰囲気は怖いほど張りつめていて殺気立っていた。 「邪魔も入ったし、ぼくは失礼するよ」 「出来ると思ってんのか」 相変わらずこの場に似つかわしくない穏やかな声が、更にわたしの恐怖心を煽って、ロロノアさんの背中に縋りつくように洋服を握りしめてしまう。だけど、今男の人の目的はわたしだ、ならわたしが男の人と対峙しなければならない。 「ロロノアさん、あのっ! わたし……」 「お前は背中に隠れてろ」 左に握りしめている刀を口元に加え、この島に着いて買ったんだろう新しい愛刀を両手に構えた。肌を突き刺すような緊張感が更に高まり、立っているのも辛くなる。ロロノアさんはあくまでわたしに戦わせないつもりらしい。 一歩ロロノアさんが前に踏み込もうとした時、何故か一瞬のうちにわたしの方を振り返ったと思ったら、突然正面から抱きしめられて、飛び込むように曲がり角に体を滑り込ませたと思ったら、さっきまで居た直進の行き止まりの道から爆音と共に、瓦礫と粉塵が竜巻の様に狭い路地裏に溢れかえり、わたし達の上にも降り注いでくる。 (まずい) 瓦礫や粉塵からわたしを守るようにして上から地面に倒す様に抱きしめてくれているロロノアさんが危ない。自由な右手を上に掲げた。良いのか悪いのか今のわたしは丁度左肩を怪我している、能力を使える。 右の掌に意識を集中させ、ロロノアさんの背中に降りかかろうであろう瓦礫や粉塵から守るように、硬質化させた血を六角形の盾に変形させる。 間に合って……!! 雨ように降ってきた爆発で粉々に吹き飛んだ瓦礫や粉塵を、わたしが作った盾はちゃんと機能してくれているのか、盾の横をすり抜けてきた煙に見舞われる程度の被害まで抑え込めた。 ミサイルが降ってきたような錯覚を覚えるほどの爆発の被害は、ようやく鳴りを潜め、路地裏の道は少し煙たいくらいにまで収まった。わたしも、もう盾を作る必要は無い事を確認すると、掲げていた右腕を横たわらせて能力を解除したら、勝手に血液は左肩を傷口を塞ぐようにして元の位置に戻った。 ロロノアさんももう体を上げても平気だと確認したのか、守るように抱いてくれていたわたしの頭と腰からも手を放して、地面に横たわらせていた体を起き上らせると、わたしの怪我していない方の右腕を掴んで引っ張り上げてくれた。 「あ、ありがとうございます……」 「怪我は、大丈夫か?」 左肩を険しい目で見ながら聞いてきたロロノアさんに、左肩に手を添えるけれど、先程よりも痛みが和らいでいる。十分な栄養をサンジさんの料理で、睡眠時間をちゃんと取っているせいなのか、ココヤシ村に居る時よりも傷の治りが早いのかもしれない。銃で撃たれたというのにあまり痛みが無い。もしかしたらこの短時間の間に起こった出来事で感覚が麻痺してる可能性もあるけど。 「大丈夫です、あの、痛みも殆どなくて……」 「それはそれで危なくねぇか?」 「いえ、あの……ココヤシ村のドクターの話だと、わたしの能力血液っていう能力のおかげかちゃんと栄養とか取っていれば勝手に傷をすぐに治してくれるみたいなんです」 「便利な能力だな」 感心したように呟くロロノアさんに、苦笑いしか出てこない。確かに便利な能力だとは思う。治療という事に関してだけは。戦闘力に関しては推して知るべしという感じだけれど。左肩を擦りながらロロノアさんを見て、今更ながらロロノアさんが怪我をしていないかどうかを確認していないことに気づいて、慌ててロロノアさんの二の腕を掴んで体を乗り出す。 「わたしの事よりロロノアさんは怪我とかはしてないですか!? あのわたし守ってもらってばかりで、怪我は、怪我はしてないですか!?」 「おい、落ち着け。大丈夫だ、お前が爆発の被害を防いでくれていたお陰でな」 「でも……」 渋るわたしを落ち着かせるようにロロノアさんはわたしの両肩を抑えると、身を乗り出す様ロロノアさんに迫っていたわたしを優しく引きはがす。 「それよりもここから離れるぞ。人が来る」 そう言うとロロノアさんは何故かしゃがみ込むと、わたしの背中と膝の後ろに手を添えると、肩に担ぎあげた。 「逃げるぞ」 「え!? ロロノアさん?!」 急に方に米俵の様に担ぎ上げられて抗議の声を上げようとするが、それよりも早くロロノアさんが走り出す。肩に担ぎあげられたことにも抗議の声を上げたがったが、それよりもワンピースのスカート越しとはいえ、太もも近くを覆うように腕で支えられていることが一番恥ずかしかったが、ロロノアさんが走ることによって圧迫されるお腹の痛みで声を上げることは出来なかった。 しばらく走ってたどり着いたのは元のメイン通りに面している路地裏だった。遠くない場所から聞こえてくる喧騒が、やっとわたしが命のやり取りをしていた異常な空間から脱出できた事が分かって、浅くなっていた呼吸は通常通りに戻る。 ロロノアさんは後ろを振り返り追手が来ていないことを確認すると、わたしの体はゆっくりと地面に下ろしてくれた。 「ここまでくればいいか」 「あ、ありがとう、ございます……」 走っている最中に肩の上で揺られたせいで、圧迫されていたお腹を両手でいたわるように擦りながら、ロロノアさんにお礼を告げるが、ロロノアさんは厳しい目つきのまま辺りを見回した後、未だに下ろされたままの場所で棒立ちのわたしに視線を向けてくれる。 「?」 未だに気持ち悪さが抜けない中、なんとかロロノアさんを見上げながら、その真意を測ろうとするけれど、良い事ではない事だけはぐらつく頭でもわかった。 「それであいつは一体なんなんだ。あんなヤバいの目を付けられるって……お前一体なにした」 凍てつくような、自分に害をなす敵を見るような目で射抜かれて、体が足元から冷たい水に浸かるように、体が冷えていく。 「何したって……そんな、わたし、あの人初めて今日……会ったんです。名前も知らなくて……」 本当だ、本当に今日初めて会ったのだ。 そう気持ちを精一杯込めてロロノアさんを見ても、疑念を抱いた視線が私を射抜き続けるだけだった。 何も言うことが出来なくなって、ロロノアさんの視線から逃げたくなって、視線を地面に向ける。そんなわたしの態度に呆れたのだろう、ロロノアさんの思い溜息が頭上から聞こえてくる。 「お前が何を隠してるのかは知らねぇ。ただなそれがクルーの命を無意味に危険機晒すようなことなら黙ってるわけにはいかねぇ」 「ちがっ!! わたしそんなつもりじゃ――」 「お前にそんなつもりが無くてもさっきの相手はそうじゃなかったようだが」 相手というのはさっきわたしを攻撃してきた人だろうか、でも本当に何も知らないのだ。むしろわたしからしたら何であの人がわたしを知っているのか、この世界にわたしの知り合いなんてココヤシ村の人達しかいない。わたしを知っている人なんていない、いや居ちゃいけないんだ。 でもそれをロロノアさんに説明することは出来ない。説明したら今度こそナミ達をどんな恐ろしい事に巻き込ませるか分からない。 次に話すべき言葉が思いつかなくて、口をもごもごと無意味に動かすだけで終わってしまう。何か言わなくては状況はさらに悪い方に行くだけなのは分かっているのに。 「お前が何もしていないと思っていても、相手も同じとは限らないだろ。お前が無意識にやっていることが相手の癪に触っていることもある」 「そんな!! わたし本当に初めて会ったんですあの人に!!」 どれだけ訴えてもロロノアさんの凍てつくような冷たさを孕ん視線は変わらない。 ロロノアさんの言っていることは分かる。わたしだってわたしのようなことを言った人をわたしは信じられない。気持ちは分かっているのにいざ自分の立場になるとこんなにも辛いなんて。 「とにかくお前が隠してることを話せ、おれには話せなくてもナミには話せるだろ。さっきの奴のことはその後だ」 ナミに話すだなんて、そんな事……。 (無理だ) 優しさで言ってくれていることは分かってる。自分よりもナミの方が話しやすいと。 でも、だからこそ……ナミに話すことだけは出来ない。やっとアーロン一味からの呪縛から抜けられて、自分の夢に向かって新しい仲間と旅に行けるのだから、だからわたしの事を新たにナミに背負わせるわけには行かない。 「しらない……わたし、なにも、しらない……隠してなんかないです」 例えこの優しい人に嘘をついてでもわたしはわたしの事を誰にも背負わせたくない。それがこの世界にとって異物な存在であるわたしが出来る唯一の事なんだ。わたしの事を誰かに背負わせるわけには行かない。それがこの世界に居てはならない異物であるわたしの意地だ。 嘘をついていることはきっとロロノアさんには気づかれているであろう、それでもロロノアさんは何も言わない。どんな表情をしているのかさえも実際に見るのが怖い臆病者のわたしは顔を上げることも出来ず、ワンピースの裾を強く両手で握りしめ、足元のこの世界に来て初めてトウシンさんが丈夫で歩きやすいようにとプレゼントしてれた茶色のレースアップのタイプのショートブーツが目に映る。この足でわたし探すんだ元の世界に帰る方法をこれから誰にも言えない秘密を抱えて。 重い沈黙だけが体に確かな重力を持ってのしかかっているような感覚を覚えつつ、わたしのほうから何かを口に出すことも出来なくて、ひたすら押し黙っていると、ブーツの固いソールが地面を擦る独特の音が前に居るロロノアさんの方から聞こえてきて反射的に顔を上げると、先程までわたしの方を向いていたロロノアさんは今はわたしに背を向け、町中の喧騒へと歩き出そうとしていた。 「あ……」 何で背を向けているのか、何で追及してこないのか、追及されたら困るのはわたしなのに浮かんでくる疑問は消えることは無くて、だけど言葉にする勇気も出なくて、中途半端に開いた口は音を発することが出来ない。 どうしていいのか分からなくて、伸ばしかけてた手もそのままに、行動に移すことも出来ず、数度伸ばした手の先を数度動かして胸元に戻して両手で握りしめる事しかできなかった。 もうただロロノアさんを見送ることしかできなくなって、さっきわたしを庇ってくれた時の大きな背中だけを見つめていると、町の明るい場所へと一歩踏み出す前に、ロロノアさんが表情までは見えないが少しだけ振り返る。 「お前は強い奴だと思ってたが――」 ――見込み違いだったみたいだな。 吐き捨てるように言われた言葉は耳に入ってきても、どういう意図で言われた言葉なのかは理解できなくて、でもロロノアさんがわたしを見限ったと言う事だけは理解が出来た、そんな一言だった。 告げるだけ告げて町中へと消えて行ってしまったロロノアさんの背中を見送ったわたしは、その場から一歩も動けなくなってしまって、路地裏の壁に背中を預け、壁に沿うようにずるずると地面に体育座りになって、メイン通りの明るさも、沢山の人の明るい話声も、全部視界にも耳にも入れたくなくて、目をきつく閉じながら耳を両手で覆う。 それでもさっきのロロノアさんの言葉と振り返った姿だけはどれだけきつく目を閉じても、耳が痛くなるほど手で塞いでも無くなることは無くて。 「わたしだって助けてほしいよっ……!」 口から出てきたのは、自分でも反吐が出るほど自分勝手な言葉だけだった。 top |