ここから始める夢物語

 ずぶ濡れな上に、肩部分の服には銃跡と微かに血が付いていたわたしは、即座にナミにお風呂に入る事と服を着替える事を強制された。まあ……いつまでも血が付いて、穴が開いている服を着るなんて物騒にも程があるよね。
 シャワーで体を温めたわたしは、銃弾を受けた肩を確認する。

(もう治ってる……まだ一時間ちょっとしか経ってないのに傷が塞がってる)

 いくら悪魔の実と言えど、ここまで体に変貌をもたらされるのは、やっぱりまだ恐怖を感じてしまう。この世界で無傷で居るのがどれだけ難しい事か知っているから、恐怖を覚えてはいけないとは思っているんだけど……元の世界に帰った時、自分の体は他の人と同じで居られるのか……そんな恐怖がいつも小さく頭の中で渦巻いている。
 何より元の世界での"普通"が壊れていくのが怖い。現にローグタウンで撃たれた時、わたしは痛みと恐怖も驚き感じたが、本来なら拳銃を所持している事、街中で撃たれた事にも驚かなくてはいけなかったんだ……それなのに元の世界の"普通"の常識を認識しなかった事が一番怖かった。
 もう一度撃たれた部位を見ながら、消毒も包帯も要らない自分の実の便利さと怖さ、そして元の世界での普通の常識が壊れていく恐ろしさに早く元の世界に戻るべきだと決意を固め、これから私を守ってくれるであろう実の能力が扱いきれるか疑問に思いつつも、ココヤシ村から持ってきたワンピースに袖を通して、その上から合羽を着てラウンジに集まっているであろうナミ達の所に向かう。

「しつれいしま〜す……」

 操舵室に続く階段を上り戸口から出て、一度甲板に出てから船の二階部分にあるラウンジの扉を叩いて入室してもいい物かどうか尋ねると、早く入ってきなさいよ、というナミの声が聞こえてくる。入室の許可を貰って戸口を上へと開き、ラウンジへと入室する。ちょうどこれからの事に関して話していたんだろう、テーブルの上にある地図を囲むようにして見ている皆さんに、タイミングが悪かったかな? と不安になるけど、声をかけてしまった手前今更女子部屋に帰るわけにもいかず、そのままラウンジに姿を見せる。

「話の途中じゃなかった?」
「大丈夫よ。ちゃんと怪我の治療してきた?」
「それね、必要無かったみたい……治ってた」
「はやッ!!!」

 ウソップ君の驚く声に、あはは……と乾いた笑いを漏らすけど、ナミは納得いかなかったみたいで、こちらに近づいてきたと思ったら、いきなりわたしが着ているワンピースの肩口部分を掴んだと思ったら、肩どころか胸元まで見える勢いで袖部分を引っ張り降ろされた。

「うわァーーッ??! 何するのナミ!?」
「本当に……治ってるわね」
「治ってるよっ!?」

 急いでナミの魔の手から離れて、ずり下げられた服を肩の部分まで持ち上げる。新手のセクハラだ。視界の端で目をハートにしているサンジさんが居る気がして更に羞恥心を煽られる。

「お前やめてやれよ……」
「だって私を心配させたくなくてまた隠してるのかと思って」
「だとしてもそいつ顔真っ赤だぞ」

 悪びれもなく言うナミに、唯一抗議してくれたロロノアさんだったが、言われたナミはどこ吹く風とでも言うように再びテーブルの上の地図に視線を向ける。

「じゃあ、ヒノデも戻ってきたことだし、偉大なる航路への入り方について説明するわよ。さっきも言った通り、偉大なる航路の入り口は山にあるわけだけど」
「え……この船って山に登る機能が付いてるの?」
「そんなわけないでしょ、今説明するから」

 山に登るだなんて非現実的な事を言い始めたナミに、この世界の船には山に登るというハイテク機能がついてるのかと思って、深く考えもせず口にした言葉はバッサリ切られてしまった。

「とにかくこの海図を見て、まさかとは思ってたんだけどこれ見て」

 説明を始めたナミに、覗き込むようにしてナミが指し示した地図の部分に視線を落とす。

「"導きの灯"が差してたのは間違いなくここ"赤い土の大陸"にあるリヴァース・マウンテン」

 地図には小さくわたし達が立ち寄った島、ローグタウンが載っていて、ローグタウンを少し進むと、地図を半分に割るように赤い土の大陸――レッドラインと書かれた大陸が描かれていた。元の世界で言う赤道に近いんだろうか……でも赤道部分ににこんな大陸は無い。この世界は元の世界とは違うとは思っていたが、改めてココヤシ村を出てトウシンさんが言っていたことを自覚する。この世界ではわたし達の世界みたいな大きな大陸、六大陸のようなものが存在せず、海が世界の全てであり、この世界を支配する絶対的存在なんだと思い知らされる
 更に地図にはわたし達が今から入ろうとしている偉大なる航路が、赤い土の大陸を跨ぐようにして十字路のように描かれている。不思議だ、改めて見ても元の世界と全然世界の構造が違う。語彙力が無いにも程があるけど、不思議としか言いようがない。
 関心が関心を呼ぶが今はどうやって偉大なる航路に入るかが問題だった。

「何だ、山へぶつかれってのか?」
「船が大破する未来しか見えないんだけど……」
「違うわよ、ここに運河があるでしょ」

 再びナミが指し示した場所を見ると、確かに赤い土の大陸と偉大なる航路の境目に運河が描いてある。分かりづらくはあるが運河は確かに描いてあった。だけど運河が描かれているは言え――

「運河!? バカ言え、運河があろうと船が山を登れるわきゃねぇだろ!!」

 そう、運河で山は登れない。
 ウソップ君の最もともいえる意見に続くようにそれぞれ意見を出し始める。

「だってそう描いてあんだもん」
「そうだぞお前ら、ナミさんの言うことに間違いなんてあるかァ!!」
「そりゃバギーから貰った海図だろ!? 当てになるかよ」
「この地図そんなに信憑性の低い人から貰った海図なんですか? ロロノアさん」
「そうだな。海賊から貰ったのだしな」
「へ、へぇ〜……」
「山登んのか船で!! おもろーっ!!! "不思議山か"」

 みんながみんな好き勝手に運河を登ると言う、摩訶不思議な現象について意見する。

「だいたい何でわざわざ"入口"へ向かう必要があるんだ。南へ下ればどっからでも入れるんじゃねェのか?」
「確かにそうですね……入口っていう事は検問とかもありそうですし」

 入口から入る事などないと言うロロノアさんの意見に、賛同する。偉大なる航路に入るのに、わざわざ山を船で登るなんて言う非現実的な事をしなくても、地図には別に偉大なる航路自体には左右に赤い土の大陸のような遮る大陸があるわけではないのだから、別に赤い土の大陸をわざわざ越えなくても、横から偉大なる航路に入航しても良いような気がするんだけど。

「それは違うぞお前らっ!!」
「そうちゃんとわけがあんのよ」

 こちらを指差しながら、ナミの言っている赤い土の大陸を越えなければならない理由が分かっているのか、ルフィ君が少し怒りながら声を上げる。
 やっぱり船長だからナミの言っている事の理由が分かるんだと思っていたら、ルフィ君の口から出てきたのは全然そんな理由じゃなかった。

「入口から入った方が気持ちいいだろうが!!!」
「違うっ!!」
「そっち!?」

 気持ちがいいからと言う、感情論に吃驚する。確かに入口から入った方が気分はいいかもしれないけど。ばかかお前ってルフィ君は言ってるけど、わたし達とそんなに変わらいと思う。
 多分ルフィ君が自分の言っている事を理解してくれたと思ったんだろう、期待を裏切られたからなのか、それとも激しいツッコミなのか、ルフィ君はナミに頬をグーで一発殴られていた。

「おい!! あれっ!? 嵐が突然止んだぞ」
「本当だ、静かになってる」

 わたし達が意見を出し合っている時に、外の様子を見ていてくれていたウソップ君とサンジさんの言葉に、耳を澄ましてみると、確かにさっきまで煩かった外の雨風が全然聞こえなくなっている。窓まで寄っていて、ウソップ君の隣から外を覗いてみると、やっぱり嵐は止んでいた。

「さっきまで凄かったのに何で急に」

 驚いている間にも、ルフィ君達は気分よく甲板に出ていく。なんで? どうして? と部屋の中で考えていても答えは見つからないので、慌ててルフィ君達を追ってラウンジを出て甲板下に繋がる階段が付いているルーフバルコニーに出ると、さっきまでの激しい嵐はすっかり鳴りを潜め、風一つすら吹いていない。

「おーっいい天気だーっ!!
「どういうこったこりゃー」
「はっはっはっはっはっはっ!!」
「こんな事ってあるの……?」

 ルフィ君達が楽しそうにしている声を背に、吃驚して船尾に向かうと、まるで空を一直線に線引きで引くようにしてわたし達が居る側と、元々わたし達が船で進んでいた側で真っ二つになるように天候が変わっていた。

「は〜……不思議だ」

 もう本当に不思議としか言いようがない。これ以上の言葉が見つからないくらいにこの世界は未知と疑問で溢れている。元の世界で生きていたら一生経験できない物だっただろう。
 感心するようにこちらと全く正反対の天気の地平線を眺めていると、甲板の方からナミの焦った声が聞こえてきて急いで船尾から踵を返して甲板に向かう。

「どうしたのナミ!!」
「ヒノデ! 私達“凪の帯"に入っちゃったのよ!! 早く嵐の軌道に戻さなくちゃ!」 
「何あわててんだよお前、こぐってこれ帆船だぞ」
「何でまたわざわざ嵐の中へ」
「いいから言うこと聞け!!!」
「ナミちょっと落ち着いて! どうして嵐の中に戻るの?」
「そうだぞ、せっかくこんなに晴れてるのに」

 大慌てのナミにルフィ君とウソップ君が当然ともいえる言葉をかけるが、ナミにはもっと他のものが見ているようだったが、後からラウンジから出てきたロロノアさんがわたし達の意見に賛成してくれた事で、火に油どころか、ガソリンを注ぎ込む形になったようで、ロロノアさんを指差しながら、いつまでも暢気なことを言っているわたし達でも理解できるようにナミは説明を始めてくれた。

「じゃあ説明してあげるわよ!! 今この船はあんたがさっき言った通り、南へ流れちゃったの!!」
「へェ、じゃあ“偉大なる航路"に入ったのか?」
「それができたら誰でもやってるわよ!!! “偉大なる航路”はさらに二本の海域にはさみ込まれて流れてるの!! それがこの無風の海域“凪の帯"!!!」

 カームと言う単語に確かに凪の様に風がさっきから全然吹いていない、海上で一切風が吹かないなんてことあるんだろうか。帆船と言うのに乗った事は無いけれど、風が吹かなければゴーイングメリー号は進めないだろう。
 慌てた様子で、ルフィ君達の下に降りるロロノアさんとナミを追うように、わたしも階段を駆け降りる。

「“凪"ね…どうりで風がねェ――で? それが一体…」
「要するにこの海は………」

 甲板に降りたと同時に、ドオオオンと言う爆音と共に船を大きな揺れが襲う。

「うわっ! 何だ地震か!!」
「バカここは海だぞ」
「噴火とかじゃないよね……!?」

 地震かとも思ったけれど、確かに今わたし達が居るのは海の上、波が左右に揺れる事はあっても、上に突き上げるような振動が来るはずはない。それこそ海底火山の噴火とかでなければ。
 慌てて甲板の真ん中に建っているメインマストにしがみ付くと、音の原因と揺れの原因が姿を現して、全員言葉を失くす。

「でか………!!!」

 かろうじて声を出したルフィ君の口を塞ぎたくなる衝動を抑え、悲鳴を上げそうになった自分の口を塞いで、喉から出かけた悲鳴を奥に押し込む。
 姿を現したのは、東京ドーム何個分ですか? とでも問いたくなるような、色とりどりの巨大な生き物達だった。

「海王類の……………巣なの…大型のね…」
「なるほど……だから慌ててたんだね……」

 蛇なのか、魚なのか、それともわたし達の世界の有名な怪獣映画のような風貌の生物まで居て、魚に属するのかどうかも疑わしい。
 ここに来てナミが何故あんなに慌てていたのかが理解できた。数秒前まで暢気に何故赤い土の大陸を越え無ければならないのか等と言っていた自分を怒ってあげたい。
 立ち上がることも出来ず、ナミと共にメインマストにしがみ付いている間に、ルフィ君達は巨大なオールを構えていた。あれで漕ぐ気なんだろうか、この船を人の手で。そもそも帆船とは人の手で漕げるのかどうかすら分からないが、わたしが一緒に漕ぐと言っても、足を引っ張る気しかしないのでこれ以上邪魔にならないように、ジッとしている事が一番皆さんの邪魔にならない方法だろう。
 いつ漕ぎ始めるんだろうかと身構えていると、船体が突然前方に少し傾いたと思ったら、ゴーイングーメリー号を鼻の先に乗せた白黒模様の怪獣のような海王類が、わたし達が鼻の上に乗っていたかなのか、タイミング悪くその巨体を前方に揺らしながらくしゃみをした。
 くしゃみはくしゃみだが、くしゃみしているのはゴーイングメリー号の数十倍の大きさの海王類なわけで……。

「なにいいい〜〜〜〜〜〜っ!!!?」

 くしゃみの勢いで空へとゴーイング・メリー号は空に舞い上がり、船に乗っているわたし達は更に上に舞い上がった。今度こそ悲鳴が口から出るのを抑える事を出来ず、無様にも悲鳴を上げながら宙を舞う。

(とにかくどこかに掴まらないとっ……!!)

 このままでは船からも振り落とされて、海に落ちてしまう。この高さから水とはいえ海面に叩きつけられてしまったら、体にかかる圧力は計り知れないだろう。
 恐怖に目を瞑りたい衝動にかられるも、半目になりながらもなんとか瞼を開いて、目の前にあるメインマストに上る為に梯子の様に組まれている縄を掴もうとするが、この空中に浮いているという状況でまとも体を動かせるわけもなく、縄を掴もうとした手は空を切ってしまう。

(まずいッ!!!)

 焦っている合間にも、体は徐々に船から遠ざかってしまう。早く、早く、どこかに掴まらなければとは思うが、気持ちだけが先走り、動かした両手は無様に弧を描くばかりだ。
 もう駄目だ。半ば諦めが脳裏をかすめた時、力強く右手首を引かれて閉じかけていた瞼を開くとそこに居たのは――

「ボケっとしてんな!!」
「ロロノアさん!!」

 近くに居たロロノアさんが船から外に飛ばされそうになっているわたしの手首を掴んでくれていた。
 手首をロロノアさんに掴まれたまま、殆どぶつかるような形で再び甲板に着地する。ロロノアさんに手首を掴まれたまま導かれたメインマストに両手でしがみ付きながら、顔を上げると凪の帯はわたし達を休ませる気はないのか、今度は普通のカエルの何万倍もの大きさのカエルがこちらに飛んで来ていた。

「わ!! カエルが飛んできたぞ!!」
「ふり落されるなァ!!!」
「ウソップが落ちたァーーっ!!」
「ウソップ君ッ!!」

 メインマストにしがみ付きながら瞼を何とか開けると、こちらに飛んで来ていたカエルが、大きな口を開けて船から投げ出されたウソップ君を食べようとしている所だった。

「ウソップーーーっ!!!」

 間一髪、ルフィ君が腕を伸ばして食べられる寸前だったウソップ君の体を掴んで船に引きずり戻す。
ゴーイングメリー号は海王類のくしゃみの勢いのままに、船は加速し再び凪の帯から抜けて、元の嵐の中へと船は戻ることが出来た。あの場から抜け出せたのは運がいいとしか言いようがない……下手をしたら偉大なる航路に入る前に海王類の餌になって全滅になっていた。
 合羽を着ているにもかかわらず、再び濡れねずみに逆戻りしながら、皆さんと同じように地面にへたり込む。

「…よかった…ただの嵐に戻った…」
「これでわかった? 入口から入る訳」
「ああ…わかった…」
「うん……分かった……ごめんね、理解できてなくて」

 未だに体の震えが止まらない。こんなんでよく一人で偉大なる航路に入るなんて言っていたものだ……馬鹿としか言いようがない。
 風と雨が体に打ち付ける中、呼吸を整えていると、ナミが何か閃いたのか声を上げる。

「わかった」
「? 何が」
「やっぱり山を登るんだわ」
「まだいってんのか、お前そんな事」
「山を登るのも危険だと思うんだけど……」

 凪の帯であれなのだ、山を登るなんてもっと怖いに決まっている。またあの恐怖がよみがえるのかと思って身震いする。

「海流よ、四つの四つの海の大きな海流が全て、あの山に向かってるとしたら。四つの海流は運河をかけ登って頂上でぶつかり“偉大なる航路”へ流れ出る!!! もう、この船はその海流に乗っちゃってるからあとは舵次第」
「なるほど……じゃあ、偉大なる航路に入ろうとする船はみんな一つの入り口からスタートするしかないんだ。つまり途中から偉大なる航路に入って、道を短縮することは出来ないと……」
「そう!」

 確かにそうだ、もし偉大なる航路に入るのにわざわざ赤い大陸を登らないで良いのなら、世界を一周しようとする船で進むべき航路の長さに差が出てしまう。上手くできているというか何というか、一筋縄では進ませないという事か。
 偉大なる航路と言う名前が付くのに相応しい。

「リヴァース・マウンテンは“冬島"だからぶつかった海流は表層から深層へもぐる。誤って過って運河に入り損なえば船は大破――海の藻屑ってわけ…分かる?」
「ははーん! 要するに“不思議山”なんだな?」
「……凄く危険と言うのは」
「まあ、わかんないでしょうけど…」
「ナミさんすげーぜ!」
「ごめんね……」

 呆れたように言うナミに、謝罪の言葉をしか出てこない。正直トウシンさんの所で航海術の本は読んだけれど、全編英語のせいで元の世界から持ってきた辞書と英語の教科書で日本語に訳しながらだったから、専門的な言葉も多くて苦労した記憶が蘇る。

「聞いたことねェよ。船で山越えなんて」
「おれは、少しあるぞ」
「サンジさん知ってるんですか?」
「まあね」
「不思議山の話か?」

 ロロノアさんの質問に、サンジさんは口元に少し笑みを浮かべ、意地悪そうな口調で言葉を続ける。その表情からいい話ではないだろうな……と恐怖で身震いする。

「いや…“偉大なる航路"ってのァ…入る前に半分死ぬと聞いた。簡単には入れねェとわかってた」
「半分って……そんなに死亡率高いんですか?」
「そうみてェだ。入るだけで命がけってわけさ」

 二分の一の確率で死ぬって一体どんな入口なんだろう。山を船が昇る時点でおかしいとは思っていたけどまさか入るだけで半分死ぬなんて思ってもいなかった。
 この世界の簡単な地理は教わっていたが、偉大なる航路の事はトウシンさんは教えてはくれなかった。アーロン一味に支配されている中で、わたしを逃がす事も支配から解放される事も分からない状況で期待を持たせたくはなかったのか、それともいつか偉大なる航路に入る時に恐怖を持たせたくなかったのか分からないけど……できれば教えて欲しかったです。
 ココヤシ村で今頃農作業しているトウシンさんに思いを馳せていると、ルフィ君の嬉しそうな声と、さっきのカエル事件で気絶したままのウソップ君が目を覚ましたのは同時だった。

「不思議山が見えたぞ!!! バカでけェ!!!」

 前を見てみると、眼前に広がったのは正に偉大と言う言葉が似あう、赤い土で出来た巨大な壁とも言うべき大陸だった。
 その偉大さは逆にこの先の海がどれだけ過酷であるものかという事を、偉大さと威烈さをもって証明しているようだった。
 わたしの中に巣食ったのは、驚喜や感嘆以上の、恐怖と畏怖だった。
 だけど怖いからと言って恐ろしいからと言ってわたしに立ち止まっている余裕も時間もない、きっと一度歩む足を止めてしまったらその場からわたしは動けなくなってしまうから。

「本当に海が山を登ってやがる…」

 赤い大陸の方に意識が向いていて、ゾロさんの驚いている声が聞こえてきて、皆さんが見ている方向を向くと非現実的な光景が眼前に現れた。

「運河の入口だァ!!!」
「凄い……海が昇ってる」

 例えるなら某ネズミのキャラクターが看板を張っている、夢の国の最後に水を被るジェットコースターのようなものなのだろうか。あっちは水の下にレールが敷いてあってそこをモーターで走っているようなものだけれど、こちらは違う――人の手が一切加えられていない正真正銘の天然ものだ。元の世界にあったのなら世界遺産の一つとしてユネスコで登録されていただろう。
 恐怖と畏怖で気持ちをごまかす様に、目の前の自然が生み出す光景への感動で上書きしようとしていると、ルフィ君の焦った声が聞こえてくる。

「ずれてるぞ! もう、ちょっと右!!! 右!!」

 よく見ると船は確かに右に進路が少しずれているようで、運河の入口に偉大なる航路に入る船乗り達を歓迎しているかのように、十本ほどある精巧な模様が彫られた年季の入った門に向かって船が進んでいた。
 今操舵室で舵を操っているウソップ君とサンジさんの方を見ると、丁度船の進行方向を操る要の舵が二人の力に耐えきれず、半分に折れてしまったようだった。

「ぶつかるーーーーーっ!!!」

 眼前に迫った門になすすべなく、船が大破するのを待つしかないかと思われたが、さっきまで近くに居たルフィ君が船の外に飛び出していた。

「ルフィ君海に出たら!!」

 吃驚してデッキの手摺に向かおうとすると、ルフィ君のトレードマークの麦わら帽子を投げ渡されたロロノアさんに二の腕を掴まれて止められる。

「大丈夫だ」

 でも! と反論しようとした時、ルフィ君の威勢のいい声が聞こえてくる。

「ゴムゴムの……風船っ!!!」

 船外に飛び出したルフィ君は、突然胴体がその和沢の名の通り大きく風船のように膨らんで、船と門の間にはさみ込まれたルフィ君の体は、船と門がぶつからない為の丸いクッションになりながら門を沿うように回転し、船は元の海流へと押し戻された。
 あんな悪魔の実の使い方があるんだ……!!

「ルフィ掴まれ!!!」

 わたしの二の腕を放し、ゾロさんは船外に取り残されたままのルフィ君に手摺から体を乗り出して手を伸ばす。海に落ちたらわたしやルフィ君みたいな悪魔の実の能力者は泳げなくて死んでしまう。
 ルフィ君もロロノアさんの手を無事掴み、勢いをつけて船へ引き戻された。
 本当にこれで誰一人欠けることなくわたし達は―――

「入ったァーーーーっ!!!」

 偉大なる航路へ通じる道へと入ったのだ。
 赤い大陸の頂上に到達したゴーイングメリー号は勿論その後は偉大なる航路へ入る道を下るだけだ。

「おお…おお…」

 船首によじ登ったルフィ君の嬉しそうな、期待に満ちた声にわたし達も船の前方に向かう。

「おお見えたぞ“偉大なる航路"!!!」

 わたし達が進む船の先にあるこの世界で一番偉大な海に足元からせり上がってっくるのが、興奮なのか恐怖なのか分からないまま、ただ感動に身を焦がすことしかわたしには出来なかった。


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