太陽のような男の子 病院から出て、塗装されたココヤシ村のメインストリートを松葉杖と、自分の血で作り出した剣を支えに歩く。 いつもなら賑わっているのに、今日は嵐の前の静けさのように、実際、嵐前の静けさなのだけれど、静まり返っている。再びここにみんな揃って戻ってこれるのか、そんなことを考えてしまう。 (体が重い) 鉛でも背負っているかのように重い体は、もはや熱のせいで体が痛いのか、傷のせいで体が痛むのか分からなくなっていた。身体中包帯だらけなのも相まって、余計に身体が動きづらい。 アーロンパークが蜃気楼のように、果てなき場所にあるように思えるほど、アーロパークは遠く、ボロボロの体は何度も倒れそうになる。一度でも倒れたら、そのまま立ち上がれそうな気さえして、松葉杖と紅い剣を持つ手に力を込めてゆっくりとだが進んでいく。 (みんなはどうしているんだろう、もうアーロンパークに着いたんだろうか、牢屋であった海軍も来ている可能性がある) 気持ちは逸るのに、体が全くついていかない。 早く、早く、気持ちばかりが急いてしまった体は、うまく足を進めることが出来ず、体を支えることも出来ずに地面へと全身を打ち付けてしまう。傷ついていなところを探す方が難しい体は、地面に打ち付けられた衝撃で体中に痛みが走る。 「ウゥッ……」 唇をきつく噛み締め、痛みに耐える。何とか体を起き上らせ、近くにあったガーデンテーブルに付属していた椅子に背中を預ける。薄緑色をしたワンピースタイプの病院服も包帯も転んだせいで土まみれになっていたが、はたいて落とす気力もなかった。 早く行かなくちゃいけない、早く早く、そう思うのに反して、瞼は重く少しずつ閉じ始める。気絶しちゃいけない。力の入らない腕で何度も太ももを殴る。起きろ、起きてアーロンパークに行くんだ。 このまま座っている方が気絶してしまいそうだと思い、何とか立ち上がろうと、松葉杖を支えにして立ち上がろうとした時、意識が飛びそうな中で何人かの足音と、話し声が聞こえてくる。 (だれ?) 今ここに居るのはアーロン達のような海賊か、アーロンと組んでいる海軍しかいないはずだ。みんなきっとアーロンパークに向かっただろうから、きっとこの二択だ。前者も後者も最悪だけれど、この状況ではもう戦う以外の選択肢はない。ただ、剣は作れたけど、わたしは刀を打つ側であって、使う側ではない。 だけど、こっちだって死ぬ気どころか死にかけなんだ、どうせ殺されるなら一矢報いる。 まだ原形を留めている紅い剣を持つ手に力を籠める。既に視界はぼんやりとしていて、耳も若干聞こえずらい。コンディションがこの上なく最悪な状態で、相手の出方を待っていると、座り込んでいる相手は太陽を背にしているのか、わたしの前に数人分の影が出来る。 (何人かいる) 勝負は一瞬だ、自分の息をする音と心臓の音だけがひときわ大きく聞こえる。 「こいつは、アーロンパークに居た──」 この一言が引き金だった。 目の前でわたしの顔を覗き込むように座った人の胸元を掴んで、全体重を今使える全力の力を使って、片膝をついて押し倒し、右手に持っている紅い剣を押し倒した人の首の横に突き刺す。 「ルフィッ!!」 「ぎゃー!! ルフィーッ!!!」 恐らく仲間を押し倒したされたうえ、剣を突き立てているのに驚いている声が聞こえるけれど、そっちに意識を向けてる余裕はない。目の前の押し倒した人を見る。年はわたしと同じくらいの男の子だった、見た目や表情からはアーロン達の仲間には見えないし、海軍にも見えないけど、ココヤシ村でも見たことのない顔だった。油断はできない。 押し倒されて、剣を首の横に突き立てられているのに、男の子のわたしを見る目には恐怖も敵意もなかった。 脅威とも思われていないのか。 剣を持つ手に力を入れた時、首元に冷たい物を押し付けられる、包帯越しではあるけれど分かる。 これは──刀だ。 剣を持っている側の二の腕を後ろから掴まれて、喉元に刀を後ろから横一線に、いつでもわたしの命を刈り取れるように添えられている。 「いますぐ剣を引け」 抑えられている腕にも、喉元に添えられている刀にも、力が入ったのがわかる。少しでも動けば包帯を越えてわたしの首に刃が刺さる。なにより後ろの人から発せられる圧に、今にも体が圧死させられそうで、怪我とは別の意味で息ができない。 でも、それでも引くわけにはいかないんだ。 「……あなた達は海賊ですか」 口から出た声は不思議な事にこんな状況にもかかわらず震えてなかった。 「そうだ」 問いに対して出てきた肯定の意に、心が冷えていくのを感じる。どうして、こうも簡単に踏みにじられるのか、どうしてそんな簡単に他人を踏みにじって生きていけるんだ。 なんで海賊のアーロン達の助けがきて、どうしてトウシンさんやココヤシ村の人達、ナミさんに……助けが来ないの。 喉元に添えられている刀にも、痛いくらい握りしめられている右腕も、もう何もかも気にならなかった。剣を握りしめていた手を離し、男の子の胸倉を両手でつかみ、引き寄せる。その時、わたし側からも男の子の方に体を寄せたせいで、添えられていた刀が包帯を越えて首に到達したのが痛みで分かったけれど、その痛みすら気にならなかった。背後で刀を持っていた人も、動くとは思っていなかったのか、刺さった刀が引いたのが分かった。 勢いのままに引き寄せた男の子の顔を至近距離で見つめる。男の子の黒い目は何を考えているのか、凪いでいて、推し量ることは事は出来なかった。 「……どうして……どうして、そんな簡単に踏みにじれるの!? なんでアーロン達に仲間が来て、トウシンさんに、ココヤシ村の人達に……ナミさんに助けが来ないのッ!!?」 「お前……」 男の子の目が驚きに目を見開かれる。 「敵わないなんて知らないッ……ナミさんを泣かせるなんて絶対許さないッ!!!」 言い切って、激しくむせる。口の中が血の味でいっぱいになるけれど、それでも男の子を睨むことは止めない。悔しさとやるせなさで視界が水を張った膜のように歪む。 涙だけは流すものかと、血の味でいっぱいの口を噛み締めていると、さっきまで何のリアクションも起こさなかった男の子が、優しく胸倉をつかんでいる手を片手で握りしめられる。 「お前、ナミの友達か?」 その問いに一瞬戸惑ってしまう、何で今それを聞くのかという事と、わたしはナミさんの友達でいいの? と言う事に。 ナミさんからしたらわたしは友達と言うカテゴリーに入っているのか分からない、でもわたしは──、 「友達です、だから……ナミさんを泣かせるなら絶対許さない」 胸倉をつかむ手に力がこもる。敵わないなんて知らない、絶対アーロン達と合流なんかさせない、これ以上ナミさんを、みんなを傷つけさせない。 何をされるのか、身構えていたわたしが拍子抜けするほどに、急に満面の笑みになった男の子は、わたしの二の腕をバンバンと力強く叩く。皮膚が引き攣り、骨まで響く痛みに顔をしかめかけるけれど、すんでのところで何とか耐える。負けてたまるか。 「なんだ! ナミの友達だったのか! 良かった良かった」 うんうんと、笑みを浮かべたまま一人納得した様子の男の子に、毒気を抜かれてしまう。 「おれ達今からアーロンをぶっ飛ばしに行くんだ」 「あ、え……? アーロンをぶっ飛ばす? なんで……」 疑問が口から零れ落ちる。 男の子はわたしの手を包み込むように、ゆっくりと自分の胸倉から外すと、わたしの眼を強い光を携えて見つめ返してきた。 「仲間が泣いてた、だからぶっ飛ばしに行く」 「それって……」 ナミさん……泣いてたのか。 怒りで震えそうになる体を、拳を握りしめる事で気持ちを抑える。 ──待って、だとしたらわたしナミさんの仲間に、ましてやアーロンを倒そうとしようとしている人たちに、刃を突きつけたことになるんじゃ。なによりナミさんの仲間とは言っているけれど、この人たちは自称海賊だ、いきなりわたしみたいなのに刃を突きつけられて、相当怒っているんじゃ、もし、わたしのせいでやっぱりやめたなんて事になったら。 自分のしでかした失態の大きさに、血の気が引く。 とにかく謝らなければ思って、男の子から少し下がって、体を縮めて地面に頭をこすりつける。誰かの止めるような声がしたような気がしたけれど、構わず頭をこすりつけた。 「も、申し訳ありませんでした。ナミさんのお仲間だとは知らず、最低な事をしました……わたしのことは後で好きにしてくださって構いません、だから、あの……!!」 『好きにして構わない』の部分に凄い反応している人が居たみたいだけれど、仕方ない、なにをされても文句は言えない。 だけど、これだけは──、 「ナミさんの事は助けてくださいッ……!! お願いします! わたしの事はあとでいくらでも好きにして頂いて構わないので、ナミさんの事だけは」 助けてほしい。と言う言葉は、両肩を強くつかまれ、頭を上げさせられたことによって続かなかった。 「ナミの友達にそんな事するわけねェだろ!!」 急に怒鳴られるように言われて、身体がすくむ。けれど男の子の口から飛び出してきた言葉は、海賊には全然思えなくて、この人たちは本当に海賊なんだろうかという疑問が湧く。 逆に言えば、海賊らしからぬ人達だからこそ、どんな経緯があったかはわからないけれど、ナミさんも涙を見せることができたのかもしれない。 心外だと言わんばかりに怒っている男の子に、こちらも毒気を抜かれてしまう。そう言えば、わたし剣突き刺したままかも。男の子の背後に未だに突き刺さっているであろう剣に目を向けようとした時、頭上に影がかかり、首元の左側あたりをなぞるように触られる。 「クソッ……いきなり動くから切っちまったじゃねぇか」 見上げた先には眉根を寄せ、罰の悪そうな顔をした、申し訳ないけど悪人と言うか、強面の男の人がいた。だけど、なんでだろう逆光も相まって、緑色の髪をした人に既視感を覚える。もしかしてこの人……。 記憶が正しければ、私は失態に失態を重ねていることになるけれど、意を決して口を開こうとした時、私の頭上を鋭く風が吹き抜ける。金髪の男の人が緑の髪の男の人にを蹴り付けようとしたらしい風圧だった。 「テメェ! レディを傷つけるとはどういう了見だ!!」 「刀突きつけられてて、動くとは思わねェだろうがッ!!」 「そもそもレディに刀を向けるんじゃねぇ!!」 「先に攻撃してきたのはコイツだろ!!」 ほぼわたしを挟んだ状態で、頭上で怒鳴り合う男の人たちに、居た堪れなくなる。勘違いして先に剣を向けたのはわたしの方だから、全面的にわたしが悪いんだけど。 止めるべきかどうか迷っていると、わたしの背後にいる人と怒鳴り合ってた金髪の男の人と目が合う。今さっき勘違いでお仲間に攻撃してしまった手前、気まずすぎて目を逸らしたい。 「後ろのアホ剣士がごめんね。首は大丈夫かい? それにしてもその怪我は……」 「あ……」 言われて、刃が食い込んだ首元を触ると、いつもとは違うヌチャ……とした液体特有の感触が指先に伝わる。硬化してない。ゾッと体が冷えていく。普通は血が流れ出ていて当たり前だけれど、わたしの場合は違う、血が硬化して傷を塞いでないといけない。 いつもと違う感触に、心臓がバクバクとイヤな音を立て始める。 剣は? 私が作った剣はどうなってる? 急いで剣のありかを探すと、元の世界の有名な童話のように鼻の長い男の子が、わたしが攻撃しないようにするためなのか、血の剣を持っていた。良かった、まだ剣の形をしてる。なら、傷口だって自分で覆えるはずだ。 焦る心を深呼吸で落ち着かせ、切られた首元を手のひらで覆う。落ち着け……剣が作れたんだ、傷口を覆うくらい出来る。自覚したと同時に、ズキズキと痛みが走る傷口に意識を集中させ、絆創膏のように傷口を覆うイメージで、流れ出た血を操る。手のひらの中で蠢いた血液が硬化するのを肌で感じて手のひらを外した。 「悪魔の実の能力者……」 誰かが呟いた声が聞こえたけれど、今はそれどころじゃ無い。 「あの、出来ればその剣も返していただければ。一応、あの、わたしの血液で出来てるので、その剣」 まさか血液でできてるとは思っていなかったのか、鼻の長い男の子はビクッと震えて、持っている血の剣を恐る恐ると言った感じに返してくれた。気持ち悪いですよね、わたしでも同じこと思いますし。 「悪魔の実の能力者だから、アーロンに捕まってたのか?」 ああ、やっぱりそうか、この人が助け出してくれたのか。 背後から聞こえてきた声に振り向いて、力なく笑う。 「まあ、はい……。そんな感じです。助け出してくださった方……ですよね?」 「ああ」 「その節はありがとうございました……。病院にまで連れてってくださって」 座ったままで申し訳ないけど、頭を下げてお礼を言う。この人が連れ出してくれなかったら、あのまま死んでいたはずだから。 「アーロン一味ってのはレディにそんな怪我を負わせるようなクソ野郎の集まりなのか……?」 金髪の男の人の、空気が震えるような怒気を含んだ言葉に、こちらが驚いてしまう。 慌てて手を両手で横に振って否定する。 「わたしは、いいんです。元々自分で蒔いた種で、それでナミさんに背負わなくていいものを背負わせて、だから、わたしのことは……いいんです」 実際わたしがこの世界のことをよく知りもしないで、自分のことも何も知らないで、首を突っ込んで、そして蒔いた種だ。 わたしは加害者でナミさんが被害者それで──、 「いいわけねぇ!!」 否定された気持ちに、胸が張り裂けそうになる。 「お前がボロボロになっていい理由なんて無え」 「でも、だって……わたし」 真剣な目で否定する黒髪の男の子に返す言葉が見つからない。だって本当にわたしが悪くて。 真っ直ぐ私を見る男の子に耐えきれず、俯いていると、突然体を浮遊感が襲う。 「何してんだよルフィ!」 「何って、こいつも一緒に連れてく」 「バカ言ってんなルフィ!! そいつのその怪我病院に連れてくべきだろ!」 「病院はもう行ったんだよな?」 自分の腕に座らせるようにわたしを持ち上げた男の子は、今は持ち上げられたせいで自分より目線が高い位置にあるわたしに問いかける。 「行きました、あの降ろして」 「じゃあ、いいな! 一緒に行こう!」 聞いて。 全くわたしの話を聞こうとしない男の子に、落とされないように男の子の肩に手を置いて体制を整える。剣を持ったままじゃ男の子に刺さっちゃうと思って、手に持った剣を液体に戻して、さっき出来た首の傷から体内に戻す。 「ルフィ、よく考えろ。そのレディはアーロン達に捕まってたんだ、つれてくべきじゃねェ。ましてやそんな怪我で」 「んー……でもよ、お前アーロンのところ行くつもりだったんだろ?」 なんで分かったの? 疑問は言葉にはならなかったけど、表情でわかったのか、ニッと男の子が笑う。 「だってよ、敵わなくても知らないって言ってたじゃねぇか」 言ったけど、それでなんで連れてくになるんだろう。 「それじゃあ、行くか。この女病院に連れてってもどうせ抜け出すぞ、ならここに置いてくより一緒に連れてっちまった方がまだマシだろ」 椅子に立てかけていた松葉杖を手に持ち、緑色の髪の人が言う。 「そもそも、今の時点で抜け出してんだろ? その怪我で戦う気満々でルフィに襲いかかってんだ。大人しく病院に居るタマかよ」 返す言葉も見つからない。病院に連れて行かれても、また抜け出すから。 「だったらルフィの言うとおり、一緒に連れてっちまった方が安心だろうが。目的地は一緒なんだからよ」 「そりゃうそうだけどよ……」 わたしの心配をしてくれているのか、鼻の長い男の子が納得がいっていない様子で、渋ってたけれど、わたしを抱えている男の子が走り出したことで、強制的に話は打ち切られた。 「じゃあ、行くぞ! アーロンパーク!!」 「おい、ルフィッ! レディを連れてることを忘れんな!!」 勢いよく走り出した男の子にびっくりして、思わず首にしがみつく。速すぎる!! わたしを抱えているのに、遅いどころか、わたしが普通に走る以上のスピードで駆け抜けていく男の子に、驚きを禁じ得ない。 「そういや、名前聞いてなかったな」 「な、なまえ?」 あまりの速さに、振り落とされないようにするのに精一杯なわたしを意に介さず、満面の笑みで男の子が聞いてくる。 「名前なんて言うんだ?」 「な、なまえですね……」 目まぐるしく過ぎ去っていく景色と、抱えられている不動による痛みに耐えながら、口を開く。 「ヒノデ──アカツキ・ヒノデです」 言い終わった後、名字言っちゃいけないんだった……なんて、トウシンさんの忠告を思い出すけれど、目の前の男の子にはわたしの全てを知ってもらいたいと、何故か思えた。 「ヒノデな! おれの名前はモンキー・D・ルフィ! 海賊王になる男だ!!」 太陽の暖かな陽射しを受けて咲いた、満開のひまわりのような、こちらを元気にしてくれるような笑みを浮かべた男の子──ルフィくんに、冷え切っていた心が暖かくなるのを感じて、熱くなる目頭を、抑えるだけで精一杯だった。 【 章一覧|TOP 】 |