この世界とわたし

 トウシンさんや皆さんに支えられつつ、ゆっくり足を進めて向かったアーロンパークは、既に大変なことになっていた。主にアーロン達が。堂々とアーロンパークに向かって行ったから、弱い人達とは思っていなかったけれど、まさか使い物にならないとはいえ、悪魔の実の能力を持っているわたしすら簡単にねじ伏せられていた、名前も知らない魚人達が全員、幹部以外地に伏せているとは思わなかった。
 精巧な造りの観音開きの扉は壊されてるし、五重塔みたいな魚人達の住む屋城も言うべき建物はところどころ壊れているし……海に面している魚人達の出入り口と、道を挟んでその両脇にあるプールには、あの、人間の十倍の腕力を持つ魚人達が倒れていた。
 目の前の出来事に呆気に取られていると、わたし気づいたゲンゾウさんを筆頭とする、ココヤシ村の人達の視線を一身に受けて、グッと背筋が伸びる。

「ヒノデちゃん!?」
「ヒノデなんでここに……」

 村から出たと思っていたわたしが、この場にいることが信じられないのか、口々に困惑の色が混じる声で名前を呼ばれて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ヒノデは自分でここに居たいと願って、ここに居る。ヒノデが自分で決めたことだ。ヒノデの思いを尊重してやってほしい」
「だが、トウシンさん」

 頼む、そう言いながらトウシンさんが頭を下げる。わたしがこの場にいることを、多分皆さん心配してくれている。代表してゲンゾウさんが声をかけてくれたけど、頭を下げるトウシンさんを見て、一度深くため息をつくと、トウシンさんを、そしてわたしを見つめた。

「村の人間全員で話し合って、ナミとヒノデだけは逃がそうと思ってたんだ」
「……すみません」
「謝るな、自分で決めてここに来たんだろう? 私としては例えその怪我でも、海へ出る方がまだ生きていける可能性が高いと思ったんだけどな」

 諦観を滲ませ、ため息すら交えながら言うゲンゾウさんは、本心からわたしのことを心配してくれているのが分かって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。きっと、どんな形でも生きていけること一番だと思っての、ココヤシ村からの脱出だという事が余計に、チクチクと心を蝕む。

「皆さんの思いを無駄にしたこと、本当にすみません……でも、わたしもココヤシ村の人間です。故郷を捨てて、わたしだけ生きていくなんて、できません」

 松葉杖をついたたまの、不恰好な形で頭を深く下げる。今日は本当に色んな人に謝ってばっかりだ。

「頭を上げてくれヒノデ、責めているわけじゃない。ただ、ヒノデも、そしてナミも、二人には散々背負わせた。だから最後は二人がどんな形でも生きて行ってくれればいい。そう思ってした事だ。ヒノデ自身が納得できないならそれでいいんだ」

 言いながら、わたしの頭を優しく撫でてくれるゲンゾウさんに、胸の内から込み上げてくるものを耐えるように口内を軽く噛みしめる。優しさを無駄にしてしまっている自覚は……ある。それがどれだけ残酷なことかも。
 なかなか頭を上げられないでいると、今度は力強く頭を撫で回された。

「頭あげなってヒノデ、みんな怒ってるわけじゃないからさ。ただ、心配なだけだよ」
「ノジコさん……」

 ゆっくりと頭を上げると、晴れやかな笑顔でノジコさんが頭を撫でてくれた片手を上げていた。なんか、ノジコさんに会うのも久しぶりで、不思議な感じだ。いや、皆さんと会うこと事態久しぶりで、なんだか現実味が無くて夢の中に居るみたいだ。
 久しぶりに見たノジコさんの顔に、徐々に視線を下に向けると、腹部の血がにじんだ包帯が目に入って、冷水を被ったみたいに頭の芯が冷えていく。

「ノ、ノジコさん……その怪我」

 口から出た声は情けなく震えていて、同じように震える指でさし示したお腹を、ノジコさんは何でもないことのような表情でさする。

「これね、アーロンと組んでる海軍のヤツらにやられたんだよ。ま、そんな大した傷じゃないから気にしないで」

 大した傷なわけが無い。きっと、私を心配させないがために平気な振りしてるだけだ。脳裏にアーロンパークに来たネズミのような見た目の海兵を思い出す。
 絶対あの人達だ。わたしならまだしも、ノジコさん達にまで危害を加えようとするなんて。
 湧き上がる怒りを、奥歯を噛み締める事で必死に抑える。噛み合わさった奥歯が嫌な音を立てる。何が海軍、何が正義。何をもって正義なのこの世界は。
 身の内からドロドロと吹き出る物は、空しさなのか、恨みなのか、それとももっと、もっとどす黒い──。

「ヒノデ」

 ポンっと叩かれた肩に、黒い泥のような世界から元の海の濃い匂いがする世界に心の焦点がかみ合わさる。

「ヒノデ、大丈夫だ。深呼吸するんだ」
「トウ、シンさん……」
「そんな顔をするな。そんな怖い顔はヒノデには似合わんぞ」

 怖い顔……自分の顔を確かめるように触る。よっぽど顔の筋肉に力が入っていたのか、深呼吸したことで弛緩した表情筋は痙攣して鈍い痛みを伴っていた。
 周りを見ると、ノジコさんをはじめ、皆さんもわたしの方を見てとても、悲しそうな、憐みを含めた表情をしていた。

「本当に大丈夫だから、気にしないでよヒノデ。それよりあたしはヒノデの方が心配だよ」
「すみません……」

 余計な事でわたしなんかの事で心配させちゃだめだ。もう一度、今度はさっきよりも時間をかけて、深呼吸して自分を落ち着かせる。今はここに居ない酷い海兵の事を気にしている場合じゃない、アーロン達に集中しないと。
 少しでも気を抜くとドツボにはまりそうになる思考を、頭を振って思考の奥へと閉じ込める。目の前の事だけを今は考えないと。アーロンパークに意識を戻すと、叫び声をあげて、ウソップくんがこちらに向かって脱兎のごとく走ってきて。

「ウソップの兄貴!!」

 そのまま通り過ぎてしまっていた。

「あいつ……ゲンさんを村で助けてくれた奴じゃ……」
「彼も同じ海賊なのか……?」

 全身血まみれのサングラスをかけた男の人と、額当てをつけた男の人がウソップくんの名前を呼んだ。この人達はウソップくんの仲間なんだろうか、なんでこんな大怪我を負っているのか、まさかアーロン一味に戦いを挑んだんだろうか、みんなウソップくん達が海賊だと知っていたのか、色んな疑問が湧いてきては、解決しないまま新しい疑問が湧いてくる。わたしが居ない間に何が起こっていたのか全然わからなくて、ただでさえ熱で茹っている頭はうまく働いてくれない。
 働ない頭に苛立っている間にも、アーロン一味のチュウがわたし達の傍へと近づいてくる。せめて、何もできないなら、交渉のカードくらいにはならないと。一歩踏み出そうとした足は、トウシンさんや魚屋のおばさん、他にもいろんな人がわたしを隠す様に目の前に立ってくれたことで、踏み出せなった。どうして。

「武器を持ってるとこ見ると、これは反乱と判断し、てめェら全員……」

 庇うように立ってくれているトウシンさん達の間から聞こえてきた声に姿に、充満し始めた不穏な空気に、震える体で血が硬化している首元に手を伸ばしかけたけど、チュウの上半身が勢いよく燃えが上がる。その姿に、助かったという安心感よりも、おぞましさを感じた。感じてしまった。

「お前の相手は!!! おれだろうが!!!」

 勇ましくスリリングショット? パチンコ? を構えて、いつ戻ってきたのか、啖呵を切っているウソップ君は、チュウの怒りを買って次の瞬間にはまた、アーロンパークからチュウと共に叫び声をあげながら逃げ出してしまっていた。

「あ……あの若者は一体……!!」
「勇んだり、逃げたり…………不思議な事ばかりする男じゃ……!!」
「良い腕だ」

 走り去るウソップくんを見送りながら、口々に疑問の声が上がっている。トウシンさんは感心した声を発してたけど。それよりもわたしは目の前で起こった初めて見る戦闘に、目も心も奪われてしまっていた。甘かった、これが命をかけた戦いなんだ。
 この戦いがどこに向かうのか分からないけれど、ルフィくん達が勝利したとして、わたしはその後、元の世界に帰る為に旅に出たとして……戦うの? わたしもまだ見ない誰かと。今のルフィくん達のように。
 急に元の世界に帰るという事が、この世界においてどれほどのものを犠牲にしていかなくちゃいけないのか、血生臭い道になるのか、元の世界に帰ってたその時────わたしは元の世界に、生活に、友達に溶け込める?
 トウシンさんの事も、ナミさんの事も、ココヤシ村の人達の事も大切だ。だけど、今のチュウへの反応を見て、思ってしまった、根本的にずれているって。トウシンさん達が何年も苦しんでいるのも分かっている。だけど目の前で、人が、魚人が焼けこげるような攻撃をされても、攻撃に戻ってきたウソップくんの姿に驚くだけで、チュウの怪我を気にしている様子はなかった。
 この世界で命は軽い。恐ろしいほどに。
 そしてわたしもこの世界に馴染み始めて、さっき明確に、目覚めてはいけない感情が目覚めようとしていた。
 自分も世界も空恐ろしくて、全てに目を逸らそうとした時、トウシンさんがわたしの方を振り返る。

「ヒノデ、目を逸らすな」

 壮絶な光をたたえて、激しいほど燃え上がる炎のような色をもって、見透かすようにわたしを見つめていた。
 目の前の全てが、この世界の心理なのだと。わたしが歩んでいく世界なのだと。

「マズイぞ」

 前を向いたトウシンさんが小さく焦ったようにつぶやく。トウシンさんを含め、みんながわたしを隠す様に立っているせいで、隙間からしか、少しでも誰かが動くと何が起こっているのか見えなくなってしまう。

「あの、なにが」
「あのゴムの男の子がアーロンに海に突っ込まれちまったんだ」
「ゴム? あのゴムって」
「あの男の子、ヒノデちゃんと同じ悪魔の実の能力者なんだよ!!」
「わたしと同じ能力者……」

 そしたら海はまずい!! 身をもって経験してるから分かる。

「早く助けないと!! 死んじゃいます……!」

 縋るように掴んだトウシンさんの腕は、微かに震えていた。
 悔しいんだ、戦えないことが。
 前方の方から、ルフィくんを助けに行こうとする男の人達の声が聞こえるけど、皆さんの背の方が高いせいで、何も見えない。当事者の一人なのに何も分からないことが許せなくて、わたしを隠す様に立っているトウシンさん達の間を無理矢理抜けだして、前方の方に向かう。

「このままじゃルフィの兄貴が死んじまう…………!!」
「ルフィの兄貴はおれ達で何とかするぞ!!」

 わたしも!! 声を上げようとしたが、ノジコさんに手で制される。大怪我の男の人達もゲンゾウさんに止められていた。

「あのゴムの若者ならば、私が助けに行こう」
「あたしも行く!!」
「おれも行くぞゲンさん」
「だめだ!! おおぜいで手間取っている所を見つかっては我々が迷惑をかけてしまう。彼らの戦いに水を差す結果になってはならない。私一人で行く。それでいいな君達」
「すまん!! ありがとう」
「あんたに頼む急いでくれ、足もコンクリートに埋まっててい沈むのも早いと思う」

 深く帽子を被りなおして、大きなハンマーを肩に担いだゲンゾウさんの前に、ノジコさんと一緒に立ちはだかる。コンクリートに埋まっているというのがよく分からないけど、とにかく海の中に入ってしまったのが今は一番の問題だ。

「ゲンさんあたしも行く!!」
「わたしも行きます……!! コンクリートに足が埋まって、るんですよね? だったら壊す時間だって必要なはずです。もしもの時はわたしが囮になります」
「ヒノデッ!!」

 焦るトウシンさんの声が聞こえるけど、ごめんなさい、今は言う事は聞けません。

「ノジコ……!! ヒノデ……お前達は怪我を。特にヒノデ、お前はダメだ。そんな大怪我で連れて行くことは出来ん。囮では終わらなくなってしまう。それにノジコお前も腹を……」
「あいつらあたしの妹のために戦ってくれてんだよ! それにあたしは腹を撃たれただけだ、立ってるのも辛そうなヒノデが頑張ってるんだ、今ここであたしが頑張らなくてどうすんのさ」
「わたしは平気です……行かせて下さい!!」

 必死に頼み込むけれど、ゲンゾウさんとノジコさんもお互い目配せしたと思うと、ノジコさんは優しくわたしの頭を撫でて走っていってしまった。
 どうして、みんな戦ってるに、わたしだけ何もしてない。
 追いかけないと。一歩踏み出そうとした足は、後ろから肩を掴まれたことで踏み出す事は叶わなかった。

「行っては駄目だヒノデ。無謀と勇気は違うぞ」
「でも、トウシンさん……」

 食い下がろうとするわたしを、癇癪を起こす子供を諭すような、それでいて有無を言わせない強さで続けられる。

「あの小僧と同じ悪魔の実の能力者のヒノデに出来ることは無い。分かっているだろう」
「それは……」
「気持ちはみんな分かっている。痛いほどにな」
「……」

 これじゃあ、聞き分けの悪い子供だ。いま、この瞬間にわたしが出来る事は何もない。

「兄貴ィ!!?」

 聞こえてきた悲痛な声に、アーロンパークを見ると、ゾロさんが倒れ込んでいた。この場所から見ても、ゾロさんが倒れるような怪我を負っているような感じはしなかった。ならどうして……。

「やっぱりあの傷が深すぎたんだ……」
「常人なら死ぬか半年も歩けもしねェほどの傷なんだ……!!」

 あの濃い血の匂いを思い出す。やっぱり、あの包帯の下の傷が酷かったんだ。
 心配している間にも、真横を何かが後ろへと弾丸のように飛んでいく。

「サンジさん……!!!」

 弾丸のように横を通り過ぎて行ったのはサンジさんだった。掌低で人が野球ボールでも投げるみたいに飛んでいくなんて。目の前に居る魚人という生き物が、自分達とは西部として違うのだという事が、嫌と言うくらい実感させられる。
 足が動かない。認識が甘かった。わたしが弱いだけだと思ったけど、逆だ、魚人達が強すぎるんだ。

「もうやめて……」

 アーロンパークでは再び立ち上がって、戦いに準じようとするゾロさんが居て、これ以上戦わないでほしいと言う気持ちが沸々と湧き上がってくる。
 三刀流が何なのかは分からないけれど、あんな濃い血の匂いの怪我でこれ以上戦えるわけがない。男の人達が自分たちの幅広の中華包丁のような菜切り刀をゾロさんへ向かって投げ渡すが、ゾロさんが気づく様子はない。

「ゾロさんッ!!!」

 このままではゾロさんに刀が刺さってしまう、名前を叫ぶが反応しないゾロさんに、刀が刺さる残酷な瞬間を見ていられなくて、目をきつく瞑り、唇を噛み締める。目に映るのは防げても、杖を持っている手では耳を塞ぐことは出来なくて、耳から入る情報を覚悟していたけれど、聞こえてきたのは、想像していた悲鳴とは真逆の歓声だった。

「さばいたァ〜〜〜っ!!!」
「六刀の乱れ打ちを!!! やっぱすけェよあの人は!!!」

 聞こえてきた歓声に、恐る恐る目を開けると、ゾロさんの肉を割くと思っていた刀は、ゾロさんの両手に納まっていて、元々持っていた刀は口に咥えていた。三刀流ってそういう感じなのか……色々心配だ刀の事も歯や顎の事も。けど、あの刀を──わたしが打ち直した剣を六本、文字通りすべての腕で使っているハチ相手に……無傷で傷を負わせていた。だけどその事を、すごいとは思えなかった。フィクションの特殊メイクではなく、今わたしが存在している現実で、上半身を斬られて血を流して、痛みに声を上げているハチの姿を見て、歓喜の声を上げるなんて事はわたしには出来ない。

「普通に考えてみろよ? 刀三本しか持てねェお前が、刀六本のおれに敵うわきゃねェ」
「普通に……? ……大きな勘違いだな。三本でも、おれとお前の剣の一本の重みは同じじゃねェよ!!!」

 言葉が重くのしかかる。目の前の戦いを見るだけで足が竦んでいるようながルフィくんへと向けた剣は、ゾロさんよりも……ハチよりも軽い。ゾロさん達はナミさんの為に戦っているのに、傷だらけになって戦ってるのに、わたしはハチが傷つくことを怖がってる。

「一つ聞くがその剣、あいつが打ったやつか」

 首をくいっと、わたしの方を指し示す様に上げながら、ハチにゾロさんが問いかける。急にどうしたんだろう、何でそんな事。

「ニュ!? ヒノデ!? なんでそこに」

 多分、本気で気づいていなかったんだろう、わたしの姿を見とめて、ハチは鳩が豆鉄砲を食ったようななんとも気の抜けた顔をしていた。アーロンは既に気づいていたのだろう、魚人ではなく悪魔のように目を細めて、せせら笑うように口元をゆがめて、わたしをみていた。
 動物が危険を感じて毛を逆立てるように、全身の毛が立ちあがった気がした。瞬き一つが、指先の動き一つが、わたしの命を握っている気さえしてきて、どうしようもなく喉が渇いて、つばを飲み込んだ。

「なんでヒノデがそこに居るか分からないけど……そうだ、この剣はヒノデに打ち直させた剣だ!」
「そうか」

 アーロンからのプレッシャーに気が遠くなりそうになるのを、なんとかゾロさんに意識を向ける事で、持ち直させる。
 剣についての返答に興味がなそうに応えていたけれど、さっきまでと違って声が少しだけ低い気がする。怒ってる? まさか、そんな、ゾロさんが怒るようなことは何も言われてないのに。
 急に声も雰囲気も変わったゾロさんに、アーロンとは違うのに、すこしだけ怖くなってしまう。

「なら、その一本300キロの剣をあいつに打ち直させたのか」

 空気が更にもう一段重くなった気がした。確かにあの六本の剣を打ち直したのはわたしだ。一本300キロもある剣を打ち直すのは、まずまともに持つことも出来なくて、数人で持ってきた魚人達に殴られたのを、瞼の裏でいくらでも思い出せる。
 痛みが、恐怖が、水が沸騰するようにふつふつと蘇る。殴られた時の傷は今も体に残ってるはずだ。きっとそれ以外の時の傷も。
 魚人達から受けた痛みも、魚人達の強さも知っているからこそ、ハチに空へと投げ飛ばされ、ミキサーの様に上空に向かって傘の様に剣を振り回す姿に。ハチの頭上に落ちていくゾロさんに。これから目の前で起こる惨劇に逸らしかけた目に映ったのが、切り刻まれたゾロさんではなく、手を斬られて剣を地面に取り落とすハチだったことに何が起こったか分からなかった。

「回転する剣をいなしながら、手を斬ったな」
「そんなことできるんですか……」
「できる。この海にはもっとすごい奴らが沢山いるぞ」

 懐かしむように、手に入らない幻想を見るように、ここじゃないどこかを見つめるような目でゾロさんを見る姿に、生前のお祖父ちゃんの姿が重なる。
 アーロン達を、ルフィくん達を見れば見るほど、知れば知るほど分からなくなってくる。トウシンさんもお祖父ちゃんも海賊だった時の事を楽しそうに話していたし、恋焦がれているようだけど、何がそんなに惹きつけるんだろう、何で海賊何だろう。こんな、命の奪い合いみたいな事をする事だってあったはずだ。おとぎ話だと思ってた世界が今目の前に広がっている。お祖父ちゃんと同じ世界に来ている。
 海賊──ゾロさんが刀を構える。ハチの剣が全て折られて、あとはもう目を瞑ってても分かる。疑いようのない勝利だった。

龍巻たつまき!!!!」

 文字通り竜巻のようにハチの体が空へと巻き上げられ、羽をもがれた鳥のようにプールへと落ちいった。わたしが打ち直した剣折られちゃったなとか、ゾロさんが無事で良かったとか、ハチが倒されてほっとしてるのか、シャボン玉のように浮かんでは消えていく感情の行き先は、自分でも分からない。
 自分の気持ちなのに、正解が分からない迷路を進んでいるような状態のわたしの横を、頭から血を流しているサンジさんが通り過ぎていく。

「サンジさん……」

 続く言葉が見つからない。何を言いたいんだろうわたしは、何を。
 パクパクと餌を求める金魚のように口を何度か開いても、かける言葉を見つけることが出来ない。沈黙が針のようにちくちくと肌に突き刺さる。いくら頭を回してもかけるべき言葉なんて、平和に生きていた私のどの引き出しにも入っていなくて、徐々に元気のなくなった花が首をもたげるように、頭は地面を向く。
 そんなわたしの頭を、風が煙草の匂いを微かにさせて、撫でるように過ぎ去っていく。

「大丈夫だよ」

 この場に似合わない、穏やかな声色で言ってくれたサンジさんの背を、顔を上げて見送る。
 海賊か、海賊じゃないか。何をもってして悪なのか善なのか。この世界では分からない。わたしはこの世界を知らなすぎる。
 ただ、今のわたしにとって海賊で悪のルフィくん達の信念が、何よりも胸の中で響き続けてる。


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