岐路 ルフィくんから提示された新たな選択肢に、どう答えていいか分からなくて、助けを求めるように横に居るゾロさんを見上げるけど、目を瞑っていて、言外に自分で考えろと言われているようで……実際そうなんだけど、ルフィくんの痛いほど真っ直ぐな瞳から逃げるように、下を向く。 「あの、わたし……海賊になる気は、ないです……」 「ええ!!? なんでだよ! 楽しいぞ海賊!!」 「いやいや、ヒノデの反応が普通だぞ」 「なんでだよウソップ!! 海賊だぞ!?」 心底わからないとでも言うように、吃驚しているルフィくんに、罪悪感を覚えてしまう。多分だけど、ルフィくん達は海賊だけど、きっとわたしが考えているような海賊とは違うのかもしれない……でもわたしは帰る人間だ。ルフィくん達と旅は出来ないし、皆さんみたいな覚悟もない。そんな中途半端なわたしが旅をするのは失礼だと思う。 なによりルフィくんに、仲間になってくれと言われた時──ルフィくん達のような強い方達と一緒に居れば、危険な海へ出ても無事に元の世界に帰れるんじゃ無いか──と言う考えが芽生えて、心底自分に絶望した。純粋にわたしみたいな戦うことも出来なければ、刀鍛冶としての腕も半人前で、ましてや足手纏いにしかならないようなわたしを誘ってくれたことに、ルフィくん達のような強い人達に認められた気がしてとても嬉しくて、心が弾んだのも少し自分に自信が持てたのも本当だ。でもこの世界を知って、元の世界に帰るという難しさ厳しさ……夢幻を目指すような事であることを痛感して芽生えてしまった、海への誘いに対して打算的な気持ちが心を巣喰った。純粋にわたしを仲間として誘ってくれたことに対しての、おのれの浅ましさや利己的な考えが恥ずかしくて情けなくて嫌でいられなかった。 こんな気持ちのまま誘いにはのれない。 「あの、わたし……行きたい、帰りたい所があって、だからごめんなさい。皆さんとは行けないです。それにそんな覚悟も度胸もないですし……」 「じゃあ、一緒に帰りたい所に行こう!! ヒノデの行きたい所おれも行ってみてェ!」 「海賊船の船長に剣向けることが出来る時点で、度胸はあると思うぞ」 どうしよう、全然引いてくれない。こんな引いてくれないことあるの。さっきまでわたしの味方側かなと勝手に思っていたウソップくんも後押ししてる気がする。押しが強すぎるルフィくんに、どう断ろうか迷っていると、ルフィくんの背後からこちらに向かって走ってくる人が見える。その後ろをゆっくり歩いてくる人も。ああ……どうしよう、あれドクターとトウシンさんだ。もうドクターが起こっているのが遠目にもわかる。怖くて、さりげなくルフィくんの陰に隠れようとしたけど、まるで、逃げるな、とでも言うようにゾロさんに腕を掴まれて、ルフィくんの陰から引きずり出された。 「ヒノデッ!! 病院から抜け出すなんて何を考えているんだ!!!」 怒りながらこちらに向かってくるドクターに、現実逃避のように空を見上げてからもう一度ドクターを見るけど、やっぱり怒っていた、当然かもしれないけど。 ズンズンと効果音が聞こえてきそうなほど、靴底を地面を叩きつけるようにして全身から怒りを表してドクターはこちらに向かってくる。どうしようか考えあぐねている間にも、とうとうドクターがわたしの前に来てしまった。 「勝手に病院を抜け出すなんて何を考えているんだ!? しかも勝手に点滴まで抜いて……大怪我なんだぞ!!」 「す、すみません……」 「すみませんじゃない!! 骨だって何か所か折れているんだッ! 分かっているのか?!」 折れてる? 骨が折れてるって。 言われた言葉に自分の腕や足を見ても、ガーゼや包帯が巻かれているだけで、添え木もギブスも付けられてないから骨折まではしてないと思ってたんだけど。 疑問が表情に出ていたのか、小さい子供を窘めるように、今度はゆっくりと言葉を紡がれる。 「やっぱり気づいていなかった……恐らく、血液を操る力のおかげで傷の治りが異常なほどに早くなっているんだ。意識していないのなら自動で傷を治してくれているんだろう。骨折も折れた骨の部分をくっつくまで血液が折れた骨同士でくっつけて固定してくれているだけで、折れていることには変わりないぞ」 「う、うそですよね……だって痛みとか別に」 「血液と言う能力上、点滴と言う形で薬を血管に流し込んだ方がいいと思って、一番強い鎮痛剤や解熱剤、ほかにも色々点滴しているから動けているだけだ。あとは、悪魔の実の自己治癒力の高さのおかげだ。でなければ当の昔にヒノデは死んでる」 言われた言葉にゾッと、全身が冷水でも頭上から被せられたかのように頭の先から足の先まで一気に冷えているとは反対に、体に巻いてある包帯は気持ち悪くなるくらい汗をかいてしまう。そうか、わたし死ぬところだったんだ。 体は死ぬところだったことへの本能的な恐怖で嵐のように荒れ狂っているのかもしれないけど、自分でも驚くくらい心は凪いだ海のように落ち着いていた。骨折は初めてでそれには吃驚してるけど。 「おい、ヒノデ大丈夫か?」 どんな顔をしているのか、のぞき込むような形でルフィくんがわたしを見つめていた。 「えっと、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」 「ん〜なんか変な顔してたぞお前」 「変な顔ですか……本当に大丈夫ですよ。わたしこの前より元気なので!」 「それは薬のおかげだと言っているだろう!」 「ご、ごめんなさい」 心配してくれるルフィくんに申し訳なくて、元気であることをアピールしたらドクターに怒られてしまった。もう何を言っても怒られる気がする。どうしようトウシンさんももうこっちに着く。 「ドクターあんまり怒らんでやってくれ。まだ起きたばかりで色々混乱しているだろうし、アドレナリンでも出ているんだろう」 「だけどなぁ、トウシンさん」 わたし達の近くまで来たトウシンさんは、怒っている様子はなくて、むしろわたしの身を案じてくれているだけな気がして、怒られるよりも居たたまれない。いっそのこと怒られた方がまだ良かったかもしれない。 「ここで立ち話している方がヒノデに負担だろう。病院に戻ろう」 「はぁ、分かったよトウシンさん。ヒノデ病院に帰ったらもう一度点滴だからな」 「はい……」 これ病院に帰った後もお説教コースなんじゃ。これから待ち受けるお説教に、自業自得をはいえ、逃げ出したい。歩き出したドクター達に倣って、歩き始めようとした時、左手をまるでお姫様の様に恭しくとられる。 「歩くの辛いだろうヒノデちゃん、おれの手を掴んでていいよ」 ひぇ……と、情けない声をあげてしまう。待って、無理、無理です。サンジさんのこの紳士的な対応、生粋の日本人のわたしには耐えられない。いやもしかしたら日本人じゃなくても耐えられないかもしれないけど。無理、恥ずかしすぎる、そんな対応していただくような大層な女性じゃないんですわたし。 きっと包帯が巻いてない肌の隙間は真っ赤になってるだろうし、顔は梅干を食べた時みたいにしわくちゃになってる筈だ。恥ずかしい、無理だよこんなの。 ひたすら心の中で無理、無理だよと言いながら、とても嬉しそうなサンジさんに手を引かれて病院へ向かう。ルフィくんが海賊になることを断ったことに関して、まだブーブー文句を言っているけれど、ごめんね、それどころじゃない。 ◇◇◇ やっとの思いでついた病院で、全身の力が抜けたようにベッドに座り込む。 「やっぱり体調が悪化しているじゃないか!」 違います。気疲れと、恥ずかしさが限界に達しただけです。本当に疲れた色んな意味で。 てきぱきと、そして小さくわたしへの小言を言いながらドクターが点滴の針を刺しなおしてくれる。 「次抜いたら、もっと太い針をさすからな」 「はい……肝に銘じておきます」 これより大きな針って一体。ここ数か月でいやってほど痛めつけられたせいか、若干の……結構痛みに体が麻痺し始めてるけど、太い針は嫌だな。本気でやるからな、と言うのを目は口ほどに物をいう。を体現していて、何回も頷く。これは本気でやるつもりだドクター。 寝ろと促されて、ルフィくん達の手前、申し訳ないけどベッドに横になる。横になったらどっと疲れが押し寄せてきて、ベッドのスプリングに身を沈める。思いのほか疲れていたのか、体を包み込むように沈むベッドが気持ち良くて、気を抜くと寝ちゃいそうになる。 「……首の傷、跡残るか?」 「首の傷? ああ、意外と深いからな、化粧しても消えるかどうか」 質問したゾロさんはドクターの言葉に、ばつが悪そうな顔をして口元を覆う。まだそんなに気にしてくれていたことに驚いてしまう。ゾロさんはどちらかと言うと、ルフィくん達の中でも一番、こう言ったらなんだけど雰囲気的に厳しそうだし、なにより先に攻撃を仕掛けたのはわたしで、しかも船長に手を出したんだからわたし攻撃するのは当たり前のことで、なのにここまで気にしているとは思っていなかった。 「あの、首の傷は気にしないでください。元はと言えばわたしが悪いんですから」 「おい、待て。首の傷とはなんだ? まさか……」 親の仇でも見るような目でトウシンさんがゾロさんを見ると、ルフィくんとウソップくんが達未だに項垂れているゾロさんを指さして、サンジさんは胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。 「「ゾロがヒノデを斬ろうとした」」」 「てめェ!! やっぱり腹を切れ!!!」 「斬ろうとはしてねェ!!! ちょっと脅しただけだ……あと、てめェはこの手を離せッ!! 叩っ斬るぞ!」 「叩き斬られるのはお前だ……」 「やめて! やめてください!! わたしが、わたしが悪いんです! わたしが先にルフィくんに剣を向けたんですッ!!!」 アーロン達の支配がなくなったからなのか、腰に差している刀を抜こうとしているトウシンさんの服を掴んで必死に止める。元はと言えばルフィくんに、ゾロさんの船の船長さんに最初に剣を向けた私が悪いんだから。 「サンジさんもやめて下さい! わたし気にしてませんから! もう今更傷の一つや二つ、いえ、百や二百増えても気にしませんから!」 「そこは気にしろよ」 ウソップくんからツッコミが入るけど、今は今にも刀を抜きそうなトウシンさんと、今にも殴り合いを始めそうなゾロさんとサンジさんを止める方が先決だ。必死の説得がトウシンさんたち三人に届いたのか、お二人とも殴り合いしようとする手を止めてくれた。トウシンさんも刀を抜こうとする手を止めてわたしの方に視線を向けてくれたけど、表情は変わらず鬼のように怒っていた。 「ヒノデ、嫁入り前の娘が体に残る傷を付けられて、気にしないなんて言うんじゃない。ましてや百や二百何てもってのほかだ」 「いえ、あの、でも……今更じゃないですか? 残りますよね、首以外の傷も」 ですよね? と目でドクターに訴えると、哀しそうな表情をしてドクターも頷く。皆さん気にしすぎじゃ……わたしが蒔いた種なんだから皆さんにそこまで気にされると居た堪れない。 「トウシンさん、ヒノデの考えは流石にダメだが。悪魔の実の能力が生命を維持する方にすべてを使っていたからだろう。普通の生活をしていたなら傷跡ができないくらい綺麗に治っていたんだろうが……大なり小なり傷跡は残ってしまうと思う」 「本当に気にしてないので……何度も言いますけど、もともと私が悪いんですから」 「ヒノデが悪いはずないだろう。とにかく傷はどうしても残ってしまう。特に顔は右側の額の傷は濃く残ってしまうと思う」 わたしよりも辛そうに告げるドクターに、より一層申し訳なくなってしまう。何を言っても気にされてしまう。わたしよりも他の人たちの怪我の方が酷いのに。 「あの、本当に大丈夫ですから、額は前髪で隠れますし。それに傷の一つや二つで引くような男性はこちらから願い下げですから! それに傷は女の勲章です!」 「それを言うなら男だろ」 分かってるけどお願い、ウソップくん喋らないで、お願い。いつまで経ってもこの話題が終わらなくなるから。 まだ納得のいってなさそうな表情をしているゾロさんにも小さく笑いかける。 「ゾロさんも……気にしないでください。そもそもわたしが勘違いしてルフィくんに剣を向けたのが悪いんですから。あんまり気にされる方が辛いですから」 ね? と続けながら、今度はきちんと笑みを浮かべる。まだ何か言いたげだったゾロさんも、ドクターやトウシンさんも、これ以上言ってもわたしが引かないのが分かったのか、やっと傷の話題が終わらろうとしたのに、ルフィくんの口からとんでもない爆弾が落とされた。 「ゾロが責任をとればいいんじゃねェか?」 まさかの人からのまさかの発言に、全員がルフィくんの方を一斉に向く。全員から視線を向けられても一切気にしていないのか、ルフィくんは場の空気が凍っている事も意に介さず、話を続ける。 「村で聞いたことあるぞ、女を傷物? にしたら責任を取るんだろ」 得意げに言うルフィくんに、目にも止まらぬ速さでサンジさんの蹴りが直撃し、開け放たれた病院のドアを通り抜けて、広場に飛んで行ってしまう。 「こんっの!! クソゴム!!! 何てこと言ってんだ!?」 「まあ、ある意味傷物にはしたな」 怒り狂っているサンジさんも、納得したようなウソップくんも、何か考えるような素振りをしているドクターやトウシンさんにも、全てに全身から火が出そうなほど体が熱くなる。ゾロさんの顔なんて見れない。どんな表情をしてるかなんて絶対見たくない。 恥ずかしくて恥ずかしくて、視界が滲んでいくのを感じながら叫ぶ。 「いいですッ!! もうやめて下さい!!! 本当に気にしてないので……! だからこの話題は終わりです! 終わりッ!!」 咽ながら、渾身の力で叫ぶと、泣き出す一歩手前のような表情をしているであろう私を哀れに思ってくれたのか、やっとこの話題を終えてくれた。病室に戻ってきたルフィくんにもちゃんと注意してくれて。本当にもうやめてほしい、ゾロさんにだって好みはあるだろうし、ましてやナミさんみたいな綺麗でかわいい女性を見ていて、わたしなんて視界にも入らないだろうに。月とスッポン……いや、月と道端の小石かも。 自分で言ってて悲しくなるけど、実際わたしとナミさんが並んでいてわたしに声をかける人は居ないと思う。声をかける人はよっぽどの物好きだと思う。 「とにかく、体自体は飲み薬を処方すれば明日にでも退院できるだろう。無理は勿論いかんがな。本当はもう少し入院していてほしいが……そうも言っていられなくなったからな」 「え……? なんでですか?」 まだ包帯とガーゼまみれだし、素人のわたしでもまだ退院は出来ないと思う……病院を抜け出したわたしが言えることではないのは分かってるけど。頭にハテナマークをを浮かべながらドクターを見ていると、なぜか苦虫を噛み潰したような、悔しそうな表情へと変わっていく。 「海軍のネズミと言うのが言っていたんだ……ヒノデ、お前の事を海軍本部に報告すると」 「ネズミって……もしかして、あのネズミのような笑い声をした、アーロン一味と組んでいた海兵の方ですよね? 海軍本部に報告ってまさか……!!!」 得体のしれない恐怖が、足元に深い絶望の落とし穴を作っているような気さえしてくる。 ゆっくりとドクターから視線を外して、ルフィくん達の事も見回す。もしかしてみんな知ってるの? 「もしかして、お祖父ちゃんの事ですか?」 「……」 無言は肯定の証だ。ドクターは苦しそうに目を伏せると、トウシンさんが話を引き継ぐ。 「そうだ、ヒノデ……お前がアカツキ・イッセンの血縁者である事を海軍本部に伝えると言っていた。正直なところワシはあまりお勧めしない。理由はいろいろあるが、恐らく海軍に保護……されればきっとヒノデは、ヒノデの行きたい所に、帰りたい場所には行けなくなると思う。今回のことで海軍が一枚岩でないことも分かった。なら余計に海軍の奴らの目的が分からない以上お勧めはできない」 「…………」 言葉が……でない。きっとわたしが、わたし達がこの世界の人間じゃないことを海軍は知っている。そして、どんな目的があるか分からないけど、手に入れたいのかもしれない違う世界の人間を。正直わたしに何か特別な価値があるとは思えないし、元の世界の知識だって専門的なものなんて皆無だ。普通の学生レベルの常識と知識しかわたしには無い。この世界の漫画はあるけど、はっきり言ってそっちの知識も皆無に近い。何を目的にしているのか分からないのが一番怖くて、薄ら寒い。 何も言わないわたしを心配してくれたのか、掛布団から出ていた手をトウシンさんが優しく握ってくれる。 「ヒノデ、ワシは……明日か明後日にでも海に出るべきだと思う。元々ヒノデも行きたい場所に行くために、この村を危険を冒してでも出ていくつもりだっただろう? まだ療養していてほしかったが、きっとすぐにでも海軍が来る可能性がある。ヒノデ時間がないんだ。ワシではヒノデを守れない」 そう言いながらトウシンさんは少しだけかがんで、ベッドの下から、所々シミはあるが上質な革で作られているのが分かるトランクケースと、わたしが元の世界から持ってきた学生カバン代わりのリュックを引っ張り出す。そして腰のベルトに差してある刀をわたしに差しだした。 「これはイッセンが打った刀だ。病気の体のワシではもうまともに振るうこともできない。ヒノデが持って行ってくれ。ヒノデになら任せられる」 「そんな、わたし……」 「ヒノデ、時間がないんだ。酷だがすぐにでもどうするか決めてくれ」 だって、そんな、わたし。助けを求めるように、どうすればいいか答えを乞うようにトウシンさんを見つめるが、トウシンさんは波打たない静かな湖のような瞳でわたしを見ているだけだった。さっきまでわたしに「海賊になろう」「仲間になろう」と言っていてくれていたルフィくん達と静かにわたし達の成り行きを見守っているだけだ。 わたしが決めなくちゃいけない。わたしが……。 元の世界なら高校を卒業して、大学化専門学校に進学して、それこそ刀鍛冶か他の職かを考える……元の世界の選択も人生を左右する大事なものだけれど、その比じゃない。こちらの世界の選択は生きるか死ぬか、命を懸けた選択なんだ。 ゆっくり考えなさい。そう言って、渋るルフィくん達を連れてトウシンさん達は広場に出ていき、ドクターも病室の奥に引っ込んでしまった。 正真正銘わたしが決めなくちゃいけない選択なんだ。わたしは今人生の岐路に立たされている。 【 章一覧|TOP 】 |