歪な私 考えがまとまらないまま、点滴の影響か、当たり前だけど体が本調子じゃないからか……いつのにか眠っていたみたい。夢すら見ないほど深い眠りから目覚めたときには、太陽は場所を変え、西陽がカーテンの隙間から差し込んでいて、ちょうど顔にかかっていたせいで眩しかった。のどの渇きを覚えて起き上がろうと、西陽の眩しさと寝起きで視界がままならないまま、目を細めて周りを見回すと、うつぶせになってドクターに治療──いや、魚人海賊団の証の刺青を消そうとしているナミさんをが笑みを浮かべながらこちらを見ていた。 「ナ、ミさん……?」 「おはようヒノデ」 ああ、よかった……ナミさんが生きてる──笑ってる。実感すると、もう駄目だった。起き上がろうとベッドに突こうとしていた手を震えながら顔に持っていく。胸から熱いものがこみ上げて生きて、鼻の奥がつんっと痛む。込み上げてきたものを止めるすべはなくて、全て涙に変わった。嬉し涙をこぼす日が来るなんて夢にも思わなかった。もしかしたらまだ夢の中にいるんじゃないかとすら思えてくる。 「よか、よかったッ……!! わたし、わたし……」 話したいことは沢山あるのに、何一つまとまらなくて、会話にもならない単語が口からこぼれ続けるだけだった。拭っても拭っても零れ落ちてくる涙に、視界が濡れてナミさんの表情は伺えないけど、たまに頷いてくれる小さな声が、涙にぬれているようで、本当なら涙を止めてほしいと思うはずなのに、ナミさんが人前で泣けるようになったのがとても嬉しかった。 ひとしきり、涙を流しながら会話にも、下手したらまともな単語にもなっていない気持ちを泣きながら吐露したわたしは、泣きすぎてこめかみと、鼻の奥、そして泣き過ぎで重くなって酷い瞼になった顔で、ドクターに治療ではなく、刺青を消してもらおうとしていたナミさんとベッドに横になりながら会話をしていた。そう言えば……勝手にアーロンパークに持って行ってしまったコップにも、お見舞いの花の事も、特に言及されることはなくて、ゾロさんあたりが説明してくれたのかな? 自分から聞くには正直後ろめたくて、切り出せなかった。 「刺青……消える?」 「完全には無理じゃな。傷は残る。刺青っちゅううのはそういうモンじゃ」 「……うん。一生消せないのにね…」 「ナミさん……」 刺青と言う物は一度彫ると完全に消すことは出来ないと聞いたことはある。刺青を入れたことはないし、刺青自体日本では珍しいから、周りにも居なかったから昔見聞きしたテレビの知識しかないけれど。だけどアーロンさん達の仲間だった証の刺青が消えないというのは、アーロン達の呪いのようで……刺青が完全に消えない性質だと言われても、肌寒さを感じてしまう。 悲しみとも諦めともつかないナミさんの心中を、推し量ることは当たり前だけど出来ない。ナミさんはわたしよりもずっと長い間、一人で孤独な戦いを続けていたんだから。かけるべき言葉が見つからなくて、押し黙っていると、さっきとは違い幾分明るい声がナミさんから聞こえてくる。 「ねえ、ドクター、彫ってほしい刺青があるんだけど」 そう言いながらナミさんがドクターに何かが描かれている紙を見せて、なんだろうと、のぞき込んでいるわたしに気づいたのか、わたしの方にも紙の表面を見せてくれる。 「その模様って……」 「そ! みかんと風車。彫るならこれだと思って」 ナミさんが見せてくれた紙に描かれていたのは、風車と蜜柑が組み合わせられた可愛らしい模様だった。風車は多分ゲンゾウさんかな? 風が吹いている日などは、カラカラと小さな音を立てている防止に刺さっている風車が優しい音を立てているから。蜜柑のような模様は、ナミさんとノジコさんが住んでいる高台に植えられているミカン畑を模したのかな? 模様の意味は分かる。でも、何でまた新たに刺青を彫りなおすのだろう。そんな疑問が頭を掠めるけれど、聞いていいのか悪いのかわからなくて、もごもごと口を開くか開くまいか迷っていると、ドクターがわたしの疑問に意図せず回答をくれた。 「ノジコもナミも不良じゃな」 そういえば、ノジコさんにも刺青が彫ってあった。もしかしたら、わざわざもう一度体に刺青を掘るのはノジコさんにも彫ってあるから? でもノジコさんの刺青はノジコさんが彫りたくて彫ったんじゃないの? そんな疑問が頭の中に浮かぶと同時に一つの答えが浮かび上がる。ノジコさんとナミさんは一緒に住んでいて、トウシンさんが血は繋がってなくても家族みたいなものだと言っていてた。もしかしたら刺青も刺青の模様も何かお二人にしかわからないものがあるのかもしれない。そしてそれはわたしが安易に聞いてはいけない尊いものなのかもしれない。 ドクターが刺青を掘るための道具を取りに奥に向かって行ったあと、わたしとナミさんの間になんとも照れくさい穏やかな空気が流れ始める。ここ数か月感じたことのない、春の木漏れ日のような、眠気を誘うような穏やかな空気に、今までと違い過ぎて、逆に何を話せばいいかわかなくて、どちらとも口を開くことなく終わるかと思ったけど、ナミさんが先に口を開いた。 「なんか、変な感じね。こうやってヒノデとゆっくり話すなんて」 夢の中にでも居るような、温かいお風呂にでも使っているような、ふわふわとした口調で声をかけられて、もしかしたナミさんもわたしと同じように、まだ実感がわかないのかもしれないのかもしれない。当然だと思う、ナミさんはわたしよりも長い間、この時を待っていたはずだから。 「わたしもです……まだ実感が湧かなくて、なんだか不思議な気分です」 ずっとあの地獄は終わらないと、どこか諦めすらあったから、本当に夢みたいだ。 外から吹き込んでくる風の心地よさも夢のようで。 「夢じゃないんですもんね」 「そうよ、夢じゃない。アーロン達はもう居ないんだから」 「そうか、そうですよね……ルフィくん達がアーロン達を」 倒してくれたんですから。ナミさんもココヤシ村もこの島の人達……トウシンさんもみんなもう自由なんだ。息をひそめておびえて暮らす日々は終わったんだ。なんだか急にいろんな物が変わってしまったみたいで、急激な変化は嬉しさよりも不安を感じてしまう。 実感が湧かなくて、ぼーと虚空を見つめていると、ナミさんが拗ねた表情をして私を見つめていた。 「ナミさん?」 「ルフィくんて何よ」 「え……?」 「だから、ルフィ“くん”って何って言ってんのよ」 もしかして、呼び方の事言ってる? な、なんで? やっぱり海賊の船長さんに対して気やすすぎたかな。ルフィくん本人には一度も言ってないと思うけど。でも、ナミさんそんなこと気にするような人かな……もしかして、ナミさん……ルフィくんの事!? 十八年間で初めて冴えわたっているかもしれない、わたしの女の勘に、興奮と楽しさで片手で口を覆いながらナミさんを見ると、心底嫌そうな顔をしてわたしを見ていた。 「なんか変なこと考えているようだけど違うからね。なんで経った数時間くらいしか関わってないルフィがルフィ“くん”で、付き合いの長いわたしがナミ“さん”なのよ!!」 そっち!? わたしがルフィくんって気やすい感じで呼んでいることに対しての嫉妬だと思ってたけど、別の方向への嫉妬だった。そうか、わたしに対しての嫉妬じゃなくて、ルフィくんへ嫉妬していたのか。 予想もしていなかったナミさんの嫉妬に、思わず頬が緩んでしまう。ナ、ナミさんかわいい……!! 「何笑ってんのよヒノデ!!」 「だって、ナミさん、フフ……」 「笑ってんじゃないわよ! 殴るわよ!!」 「アハハハハッ!!!」 照れからか、怒りからなのか、顔を真っ赤にして拳を握り締めながら怒鳴るナミさんに、申し訳ないけど笑いが止まらない。握った拳は所在なさげ宙をさまよった後、ベッドに叩きつけていた。 「す、すみません! でも、フフフ、そんな事に拘るなんて」 「拘ってるわけじゃないけど……気になるじゃない。友達なのにいつまでも他人行儀みたいで。ヒノデが誰にでもそういう話し方っていうなら分かるけど、そういう感じでもないみたいだし」 友達。ナミさんの口から自然と当たり前みたいに出た友達と言う言葉に、嬉しさが募る。どうしよう、すごい嬉しい……ナミさんにとってわたしなんて厄介者でしかなかった筈なのに、友達だと思っていてくれていたなんて、わたしが一方的に友達だと思っていたなんじゃなかったんだ。 嬉しくて口元がさっきとは違う意味でもにょもにょと忙しなく動いてしまう。 「何よその顔」 「いえ、すみません。何でもないですナミさん」 「だからそれやめてよ。いーい? 今からわたしへの敬語も、さん付けも無しよ!! 同い年なんだし、なにより友達なんだから!」 「え〜と、じゃあナミちゃん?」 「ちゃん付けも無しよ」 急にハードルを上げてくる。ナミさんはわたしと同い年とは思えないくらいしっかりしているし、その、体の成長も……全然違うから最初年上だと思って接してたんだよね。あとからトウシンさんに同い年と聞いてびっくりしたけど。 うー……改めて意識すると恥ずかしい、けど。 ちらっとナミさ──ちゃんの方を見ても、絶対引かないというのが表情から察することが出来て、腹をくくる。 「ナミ……これでいい?」 「そうよ! それでいいのよ!!」 得意げに笑みを浮かべるナミちゃ──ナミに今度はこっちが気恥ずかしくなってしまって、頬が熱をもつ。さっきとは立場が逆転して、ナミがわたしの方を見てニヤニヤと笑みを浮かべてる。絶対さっきわたしが笑ったこと根に持ってる。 終始楽しそうなナミと、照れているわたしに、部屋の奥から戻ってきたドクターは、不思議そうな顔をしながら刺青を掘る準備を始める。 「何をしとるんだ二人で」 「内緒よ、内緒! ね、ヒノデ」 「うん……内緒です!」 「ハハハ! そうか、内緒か」 楽しそうに笑うドクターに、何が楽しいのかと疑問に思いながら、ドクターが針でナミに刺青を掘り始めていくのをベッドに横になりながらも、気になってちらちらと盗み見るけど、痛そうという感想しか出ない。刺青は入れるとき痛いとは聞いていたけど、実際見てみると、インクが針を通して肌に入っていくさまは、見ているのに耐えられなくて、平気そうな表情をしているナミの代わりにわたしが悲鳴を上げてしまう。 「ヒノデうるさい!!」 「だって……すごい痛そう……」 「あんたの怪我の方がはるかに痛そうよ!」 「わたしの怪我とは種類が違う痛さで──だよ、怖い。見てられない」 「じゃあ見るな!!」 「だって……」 怖いもの見たさで、顔を隠した手の隙間から覗いてしまう。痛そう。怖がるわたしを怒鳴りつけながらナミもドクターも何食わぬ顔で刺青を掘り続ける。騒いでいるのはわたしだけだ。 「そう言えばヒノデ、あんたルフィに誘われたみたいね」 「え?」 突然問いかけられた言葉に、何のことか一瞬分からず聞き返すような声をあげてしまう。ナミはわたしの方を見て、優しく微笑んでいた。 「海賊。誘われたんでしょ?」 「……聞いたの? ルフィくん達から」 「聞いたのはトウシンさんよ。ルフィ達じゃない。でも、まあ……予想はしていたけどね、多分ルフィ達はヒノデのこと気いるだろうなって」 「そんなこと無いと思うけど……ルフィくんはわたしじゃなくてお祖父ちゃんの事で誘ったんじゃないかな?」 そうだ、わたし自身の事なんて興味もないだろうし、トウシンさんや海軍のネズミって人の事もあるし、どちらかと言うとお祖父ちゃんの孫だから誘ったんだと思う。そうだ、うん、よく考えればわたしの事誘う理由なんてない。 疑問が解けたような気がして、すっきりした気持ちになったけど、ナミに目を戻したら、眉間にしわを寄せてなぜか怒った表情をしてた。 「ヒノデ、あんたルフィ達がアカツキ・イッセンの孫だから誘ったと思ってるの?」 「え? 違うの?」 だってそれくらいしかわたしを誘う理由なんてないと思うんだけど。 「ルフィ達は誰かの血縁だからって理由で誘わないわよ。ヒノデがアカツキ・イッセンの孫かなんて興味もないわよ」 「でも、じゃあ……なんで」 わたしなんかを誘ったんだろう。疑問は顔に出ていたのか、ナミは更に顔をきつくしかめる。 「ヒノデは……もしかしたら自分なんかと思ってるかもしれないけど、ヒノデは自分が思ってるより凄い子よ。なにより、私はヒノデが居てくれて良かった」 まさかの言葉に唖然としてしまう。 「何で……だってわたし、なにも」 出来なかったのに。そう続けようとした言葉は、ナミに睨まれて言葉が音になることはなかったけど、ナミの顔は相変わらず悲しそうな色を含んだ怒った顔をしていた。 「それ以上言ったら、いくらヒノデでも怒るわよ」 そう、怒気を込めた声で言ったナミはゆっくりと言葉を続ける。 「何も出来なかったとか馬鹿なこと言わないで。少なくとも、私はヒノデが居てくれたことに救われたんだから」 絞り出すように告げられた言葉は、絶対にありえないと思っていた言葉だった。救われたなんてわたしにそんな事言われる筋合いはない。 叫ぶように手相になった声を、一度つばを飲み込むことで落ち着かせる 「だって、そんな、わたしそんな事言われるようなことしてない……ナミに背負わせるだけ背負わせて、迷惑ばかりかけて、わたし何もしてない……。アーロン達との戦いも見届けられなくて、勝手にパニックを起こして、足を引っ張っただけで……」 そうだ。わたしは本当に何もしてない。足を引っ張るばかりで、皆の首をさらに締めるばかりで、状況をどんどん悪化させるような事しかしてない。疫病神みたいなものだ。思い返せば思い返すほど、わたしは状況を悪くするばかりで、ナミに、トウシンさんに、ココヤシ村の人達に何も返すことなんて出来なかった。 わたしがした事は結局、この世界を引っ掻き回しただけだ。本来ならわたしはこの世界に居ない存在なんだ、それなのにわたしが居からこそ、悪い方向に向かっていた可能性だってある。 疫病神もいいところで、ナミに合わせる顔がなかったけれど、横から聞こえてきた鼻をすする音に、何の音だろうと視線を横に向けると、涙の膜を目に張ったまま起こった表情をしたナミがいた。 「ふざけんじゃないわよ!! 何もしてないわけないじゃない! 救われたのよ本当に、私は救われたんだから……その私の気持ちまで否定しないでっ!!」 「……ナミ……」 ナミの剣幕に驚いてしまう。けれど本心から言ってくれたことが、今にもその大きな瞳からこぼれそうな涙で分かって、何も言うことが出来ない。きっとどれだけわたしがわたしの事を否定しても、ナミはわたしの事を肯定してくれるはずだ。その事がすごく嬉しかった。 ナミは言いたいことを言い切ってスッキリしたのか、涙でぬれた目を拭って、何かを思い出しように視線を上に一度向けると、再びわたしの方に顔を向けてきた。 「そう言えばヒノデ、もう記憶喪失の演技は良いの?」 「え?」 「だから、記憶喪失の演技は良いの? って聞いてるのよ」 なんで……。小さく呟いた言葉は、宙へと消えていったと思っていたけれど、ナミの耳にはしっかり入っていたみたいだ。何も言わないけれど恐らくドクターの耳にも入ってると思う。 「なんでって、あんたね……はっきり言ってヒノデとそれなりに関われば、記憶喪失が演技だってわかるわよ」 「──ちなみに理由は」 既になんで、と呟いた時点でわたしの敗北は決まってしまった。ここは下手にとぼけ続けるよりも、なんで記憶喪失が演技である事がバレてしまったのかの方が重要だ。 わたしの問いに、ナミは呆れたように大きなため息を吐くと、一度ドクターに目配せしてから話し始めてくれた。 「あのねー、そもそも記憶喪失って言うけど、ヒノデ少ししっかりしすぎよ。なんて言うのかしら、普通記憶喪失になってたのならもう少し、こう……精神的に不安定になってもいいものなのにそんなの全然ないし。確かにヒノデは常識を知らない事多いけど、それでも記憶が無いことに対しては随分と無関心だったじゃない、ねえ? ドクター」 「そうだな」 ああ、これはまずい。完全にバレている。確信をもって言っている口調だ。でも、記憶喪失の人の演技なんて分からない。この世界に来たときは必死だったんだから。 片手で顔を覆い隠してていわたしを見ているんだろう、ナミの笑い声が聞こえてくる。 「笑わないで……」 「だってヒノデ気づかれてないと思ってるんだもん。しかも完全に途中から自分の設定忘れてたでしょあんた」 「ナミ、そう言ってやるな」 穴があったら入りたい。いや、むしろ自分で穴を掘って入りたいくらいだ。ドクターも気づいていたなら言ってほしい。確かに途中から自分でも記憶喪失の設定忘れてたけど。何で忘れてたのわたし。自分の失態と、下手な演技に恥ずかしさで死にそうになりながらも、恨めしい気持ちでナミを見る。 「だったら早くそう言ってくれれば」 「仕方ないじゃない、ヒノデなんかいつも必死そうだったし、状況が状況だったもの」 「そ、それはそうだけど……下手な演技していた自分が恥ずかしい……」 「大丈夫よ、ほとんど演技なんかできてなかったから」 「追い打ちだぞナミ」 その言葉も追い打ちですドクター。ナミの言葉にダメージを負いながら、一つ疑問がわく。 「ナミはその、なんで記憶喪失を装っていたことについて聞かないの……?」 記憶喪失なんてあからさまに何かを隠しているような設定に、ナミが何も聞かなかったことが不思議でたまらない。記憶喪失が演技だとわかっていたなら、アーロンに支配されていた時のわたしはナミにとっていつ爆発するか分からない時限爆弾みたいなものだったはずなのに。 わたしの疑問にナミは一度視線をさまよわせて、何かを考えこんでから口を開く。 「何か言えない事情があるんでしょ。じゃなきゃヒノデみたいな子が記憶喪失なんて装ったりしないだろうし」 「それは買いかぶりすぎだよ」 「大丈夫よ。私、人を見る目はあるから」 自信満々に言うナミに、苦笑いがこぼれた。やっぱり何か隠してることには気づかれてるんだ。ならもっと深く追及してきてもいいはずなのに。ナミから──ナミ達からしたら、ココヤシ村に得体のしれない人間が居るという許せない状況なのに。どうして。 何も言葉にすることが出来なくて押し黙っていると、ナミの大きなため息が聞こえてきて、びくりと肩が跳ね上がる。 「何を隠してるかは分からないし、正直話してもらいたい気持ちも大きい。でも、聞かないわ」 「どうして……」 本当に、どうして。もしわたしがナミの立場なら聞いてる。普通なら聞いて当たり前の事なのに、ナミに問い詰められることを前提で話を切り出したのに、なのに何で何も言わないの。なんで――。 「どうしてって、そんなのヒノデだって私の話を、私が自分から話すまで聞かないってトウシンさんとゲンさん達に言ったんでしょ? だったら私もヒノデが自分から話したいって思うまで聞かないわ。それが筋ってものでしょ」 いたずらっ子のような笑みを浮かべて言うナミに、口の中の肉を噛み締める。 「ナミ……ありがとう、ごめん……いつか……話せる日が来たら必ず、話すから」 「はいはい。首をながーくして待ってるわ。ただあんまり待たせすぎないでよ? 首が長くなりすぎちゃうから」 「うん……ナミがキリンみたいになる前には話せるように頑張るから、もう少しだけ待ってて」 言う気なんてさらさら無いくせに。もう一人の自分が意地悪く囁いた。その言葉をわたしは無視してナミの言葉の続きを待つ、仕方ないのだ、この世界で生きていく為には、何よりやっとアーロン一味から解放されて、自由になることが出来たナミにわたしの事は話せない。きっとナミはわたしの事を自分の事のように心配してくれるはずだ。それだけは嫌だ、ナミにこれ以上要らぬ心配や荷物を背負わせたくない。 呆れ混じりに言われたナミの何回も言わなくてもわかるわよ、という言葉がナイフのように私の心を抉った。 ◇◇◇ 少ししてから、刺青を入れ終わったのか、ナミは消毒をして包帯を巻いてもらっている。刺青を入れた人に今まであった事なかったから分からなかったけれど、刺青を入れて、はい終わりではないみたいだ。早くても今日一日包帯は外すなと言われているみたい。 「ま、お披露目は明日ってことね」 「いたく、なかった?」 「十年位前に一度入れたことあるから別に、それに今回は自分から彫るんだもの、精神的にも違うわ」 「そっか……それなら良かった。ナミが痛くなくて」 本当に良かった。自分から彫るのと、無理やりアーロン達の仲間としてココヤシ村の人達を人質として取られて彫るのとでは全然違うはずだから。一人嬉しく、口元をにやけさせていると、ナミもなぜかわたしの方を見て笑っている。 「どうしたの?」 「ううん。ただあんたは私が無事で良かったとか、笑ってくれてて良かったとか思ってるみたいだけど、言っとくけどわたしだってヒノデが無事で、笑ってくれていて良かったって思ってるんだからね」 白い肌をほのかに赤くしながら言うナミの熱が伝線したように、わたしの顔にも熱が集まる。はたから見たら女子二人が顔を突き合わせて赤くなっている奇妙な図だろう。わたし達のベッドの間にいるドクターが何やっているんだという目で見ている。 ドクターの視線に恥ずかしさを覚えながらも、最初の話題だったルフィくん達の船に乗るという話を今度はわたしの方から切り出す。刺青を彫っているとき聞いたナミとドクターの話では、明日にでもルフィくん達はココヤシ村を出るという話だったはずだ。もちろんルフィくん達の仲間のナミも例外じゃないはず。 「ナミも船に乗るんだよね? ……そしたら明日にでもこの村を出るんだよね」 「そういう事になるわね……ねぇヒノデ?」 「ん?」 「ヒノデも、一緒に行かない?」 まさかの誘いに声が出なかった。ナミまでわたしを海に――いや、海賊に誘うだなんて。わたしの反応は予想通りだったのか、ナミは何とも言えない表情で申し訳なそうな顔をすると、何故わたしを船に誘ったのか、その理由を話し始めた。 「ルフィ達に誘われたんでしょ? わたしもヒノデが居てくれた方が嬉しいし、心強い」 「でも、わたし……」 「なにより──」 一呼吸置くと、ナミは今にも泣き出してしまいそうな迷子の子供のような、不安そうな表情でわたしを見てくる。 「心配なのよ、ヒノデは不思議なくらい変に存在感があって目を惹くのに、少しでも目を離すと消えちゃうような、そんな雰囲気があって怖いのよ」 そんなにもか、と途端に自分とこの世界のズレに、背中を冷たいものが走り抜けた。ナミの感じた違和感や奇怪さはわたしがこの世界の人間じゃないからだ。だから世界から存在が浮いて見えて目を惹くのかもしれないし、同時にこの世界に本来存在しない幽霊のようなものだから、消えてしまいそうな雰囲気もあるのかもしれない。ちぐはぐなんだどこまでも、私と言う人間はこの世界にとって。掛け違えたボタンのように、噛み合うことのない歯車のように。 「だから一緒に来てほしい。ヒノデが何を隠してるかは聞かない。でも、ヒノデをこのまま独りにはしたくないのよ」 ああ……やっぱりナミは優しい。だからこそ、より一層強く実感できた。 「ありがとう……ナミ」 わたしは絶対ナミ達と行くことはできない。きっとナミはわたしの事情を知れば、共に背負うことを躊躇わないだろう。でも、それじゃダメなんだ、ナミの──そしてルフィくん達の旅にわたしと言う歪はいらない。 【 章一覧|TOP 】 |